蜃気楼の向こうに
「でんでんむしむしか~たつむり~♪」
ザーザーと雨が降りしきる中、少女は歌う。黄色いレインコートを身に纏い、真っ赤なランドセルを背負った、普通の女の子だ。
「わ~たしのあ~たまはどこにある~♪」
しかし、彼女には首から上が無かった。どうやら、何処かで頭を失くしたらしい。
「くちだせはなだせめだま~だせ~♪」
そして、少女は無い顔を求めて彷徨い続ける。果たして、彼女の行き着く先とは……。
◆◆◆◆◆◆
ここは閻魔県要衣市古角町の一画に存在する峠高等学校の、とある教室。
「いや~、最近雨ばっかりだね~」
「確かに全然お日様出てないし、ジメジメしてるしでイライラしちゃう」
「“お日様”とか、言い方可愛いな、お前(笑)」
「うっさい!」
今日も今日とて、他愛もない会話が垂れ流れていた。まだ朝礼の前という事もあり、各々が好き勝手に集まり会合している。
「………………」
そんな何処にでもある退屈な日常の狭間に、浮ついた影が一つ。朝っ腹から月刊ム○を愛読するこの少年の名は、小丸 狩人。クラスでも有名なオカルトマニアで、皆から「オマル」と綽名され親しまれている。普通に虐めである。
だが、中高生特有の人間強度を持つ彼には、周りの目など気にならない。例え陰口を叩かれようと、後ろ指を指されてクスクス嘲笑われようと、校舎裏や便所でパンツを下ろされて写真に収められようと、狩人は努めて無視する。何故なら、相手にするだけ時間の無駄だからだ。人間の屑が辿る末路など、想像に難くないだろう。
まぁ、大抵は虐める側が天罰を食らうよりも、虐げられた側の方が先に自ら命を絶ってしまう場合が殆どなのだが。世の中は腐ってるし、社会は理不尽である。学校とは、人間の悪意と社会の闇を学ぶ為の監獄なのだ。
しかし、そんな尖りに尖った陰キャの狩人にも、気になる人は居る。
「……偶には来てみるもんだな」
「………………!」
それは同じオカルトマニアの少女、天道 説子である。自分と同じく不健康で陰気な雰囲気とルックスが素晴らしい。好き。
彼女はあまり登校せず、普段は何処で何をしているのか分からないが、偶にこうしてやって来ては気怠そうに一日を過ごし、知らぬ間に煙の如く消えている。最近は謎のぬいぐるみを抱っこしている事も多いが、そのギャップもまた良い。
「あ、えっと……」
何時もはチラ見するだけであるが、今日は勇気を持って話し掛けてみよう。この高鳴りを何時までも胸に秘めている事など出来ない。今朝のご飯が好物の卵焼きだったからか、狩人はテンションが若干暴走気味であった。
「どうした、狩人?」
「うぇい!? はぁ、ふぃ、ふぅ、ほぇ、ほぅっ!?」
だが、やはり陰キャのコミュ障。思い掛けず名前で呼ばれた狩人は、完全に動揺していた。挙動が不審過ぎる。何がはひふへほだ、はまやらわ。
「全く、少しは落ち着きな。弱く見えるぞ」
「そんな藍○様みたいな事言われましても」
何なら強い言葉など一つも使っていない。つまり雑魚って事でスネ、分かりマス。
「………………」
結局、雑魚な童貞野郎は、股間だけをバキバキにしつつ、黙るしかなかった。情けないのう。
《お~い、説子。依頼だぞ、働け》
「開口一番がそれか。放課後にな」
(いや、まだだ! まだ舞える!)
しかし、狩人は諦めていなかった。思い立ったが吉日、それ以降は全て凶日。色々といきり立った彼を止められる者などいない。
(今日こそは……説子さんの後を付けよう!)
さらに、狩人は心の中で宣誓する。これからストーカー規制法にガッツリ抵触すると。
今日も二年三組は平和だった。
◆◆◆◆◆◆
「やめて……やめて……ッ!」
少女は首を振る。まだあった頃の頭を。嫌悪と絶望が色濃く浮かび上がった顔は、見ているだけで心が痛む。尤も、彼女の為に心を痛めるような輩は、この場に居ないのだが。
「可愛そうにねぇ……。痛い? 苦しい? 怖い? 御免ねぇ、知ってた~♪ あははははははっ!」
そして、少女を襲った男は、刃を振り下ろした。
◆◆◆◆◆◆
放課後、どんよりとした夕暮れの街中。
「何時まで付いてくるつもりだ?」
「はぉん!」
狩人はあっさりと説子に見つかった。というか、最初からバレバレだった。説子は視力のみならず、五感の全てが常人を遥かに超えているので、素人童貞の気配を察知するなど朝飯前だ。今は夕食前だけど。
「いや、えっと、その~」
「好奇心は猫を殺すぜ?」
「スイマセン……」
情けない男である。
「どうせボクの事が気になってるんだろ? 何時もこっちをチラチラ見てるもんな」
「ぇはんっ!」
色々とバレテーラ。こんなに恥ずかしい事は無い。
「まぁ、良いさ。見たけりゃ見てれば」
「えっ、嘘、マジ?」
だが、続く説子の言葉は意外な物だった。まさかのOKだ。普通は“早く帰れ”だの“素人は引っ込んでろ”だのと追い払われる所だが、これは逆にチャンスである。ガンガン行こうぜ!
「命の保証はしないがな」
「ほへ?」
そう言って、説子は先へ進み始めた。まごつきながらも後を追う狩人。彼としては「オカルトマニア同士の心霊スポットデート」ぐらいのつもりだったのだが、違うのだろうか?
「そ、それで、これからどうするん、ですか?」
「「巖守神社」へ向かう。……最近、そこで妙な物が目撃されているらしいんでね」
「「巖守神社」……有名な心霊スポットですね……」
「巖守神社」とは、ここから程近い場所にある、廃れた神社だ。鬱蒼とした森の奥にあり、昼間でも殆ど日が差さない陰気な空間で、夜ともなれば何かが化けて出そうな所である。
事実、白装束の髪が長い女の幽霊が出るだの、敷地を荒らすと呪われるだのと、様々な噂がある。オカルトマニアであれば一度は訪れたい心霊スポットだ。インドア派の狩人は無関係だけれど。
(何だ、やっぱり肝試しに行くんじゃん……)
狩人はほっと一安心した。確かに霊場へ土足で足を踏み入れるのはフラグでしかなかろう。そういう意味で危険だと言ったのだ。
『おっと……』
「うわぉっ!?」
ボケーっと考え事をしていたからか、狩人は小さな子供にぶつかってしまった。覆水を盆に返えしたような藍髪に死斑色の肌をした、甚平姿の少年である。こんな逢魔ヶ時に独り歩きとは……。
「どうした。また家探しか?」
『そんな所だね。君は依頼?』
「そんなとこだな。子供は早く家に帰りな」
『それを探してるんだけどなぁ……』
と思いきや、説子と知り合いのようだ。引きこもりの狩人とは違い、意外と人の伝手があるらしい。どういう知り合いなのかは知らないが。
「………………」
「……な、何か?」
「いや、何でもないさ」
ふと説子が彼を見遣ったが、直ぐに前を向いて再び歩き出す。少年は、もう居なくなっていた。
「着いたぞ」
そうこうしている内に、巖守神社へ続く参道の入り口に辿り着いた。苔と蔦に塗れ、朱色があちこち剥げ散らかった古ぼけた鳥居が、闇に染まった顎を開いている。ここを上って行けば、何れは社が見えてくるであろう。
「さぁ、行こうか……」
「は、はい……」
日が沈んだのも相俟って、滅茶苦茶に怖過ぎる……。
◆◆◆◆◆◆
「さてと……右手は何処に埋めようかな~」
男は切り落とした少女の右手首をしげしげと持ち上げながら思案する。他の個所はとっくに処分した。あとは右手だけ。
「それにしても、可愛いお手々だなぁ~♪」
しかし、名残惜しい。まだまだ肉付きの良い、もちもちとした肌をした、小さな手。見ているだけで、
「……チュパチュパチュパ」
そそられる。思わず舐め回したくなるくらいに。
「嗚呼、良いよ……甘くて美味しいねぇ~♪ さぁ、次はここを扱いてもらおうかなぁ……はぁ……はぁ……はぁぁぁっ……うっ!」
さらに、今度は男の男を無理矢理握らせ、そのまま激しく乱高下した後、絶好頂した。とんだ変態である。
だが、こういう下衆が上手に蔓延ってしまえるのが、今の世の中。気付いていないのか、それとも見逃しているだけなのか。それは上級国民様や国家のお犬様が知っているのであろう。
ともかく、男は何時ものように右手首を丁寧に丁寧に埋め立て、何事も無く山を下りた。これもまた、変わらぬ日常。彼にとっては。
「………………』
物言わぬ右手首に、無数の蠢くナニカが寄り集まってくる。不思議な形の殻を背負った蝸牛のようなそれらは、瞬く間に手を食べ尽くし、
『で~んでんむ~しむし、か~たつむり~♪』
地上に這い出ると、他の肉片と合流して、一つとなった。
◆◆◆◆◆◆
(意外と綺麗だな……)
参道の真ん中を上りつつ、周囲の景色を見渡していた狩人は、そんな感想を抱いた。もっと草木が生い茂り、獣道と変わらぬ状態になっているかと思ったが、意外な事に整然とした竹林が左右に広まっている。落ち葉は殆ど落ちておらず、苔生してすらいない。案外と誰かが整備しているのだろうか?
「ところで、お前はここに纏わる怪談、どれくらい知っている?」
すると、参道の端を歩く説子が、右の人差し指を立てながら尋ねてきた。
「えっと……“丑の刻参りをしている女が出る”とか、“神社を荒らすと化け物に食われてしまう”とか、そんな所ですけど……」
狩人が食い入るように右手を見詰めつつも、それとなく答える。
「そうか。……今一番新しいのは、首無しの女の子が出てくる話だな」
「へ、へぇ、そうなんですね……」
曰く、夜の境内に足を踏み入れると、首の無い少女が頭を欲しがるのだとか。
「そいつが現れる時は、普段は穢れた参道も綺麗さっぱりと整備され、神社も真新しく見えるそうだぜ」
「えっ……」
説子の言葉に、思わず狩人の動きが固まる。どう考えなくても、今の状況がそうだからだ。
「それって――――――」
「もしかして、出るかもな。オカルト冥利に尽きるだろう?」
「………………」
つまりは、そういう事である。
◆◆◆◆◆◆
月も疎らにしか見えない夜。
「ねぇねぇ、ホントにこの先に行くの?」
「当ったり前じゃん。じゃなきゃ、ここまで来た意味無いだろ」
二人のバカップルが巖守神社を訪れていた。言うまでもなく、若気の至りだ。年の頃で言えば、高校を卒業間近か、あるいは大学デビューを仕立てか。何れにしろ、一夏の思い出に肝試しをしたくなるのは、何時の時代も変わらない。
「思ったよりも綺麗ね?」
立ち入った境内及び社殿を見て、女の方が不思議そうに呟く。
「そう言えば、階段もゴミ一つ落ちてなかったな。……知ってるか? こういう時に、出るんだぜ~」
「やだも~」
男が同意しつつ、大げさに振る舞う。パリピの彼ぴっぴそのまんまなムーヴである。
と、その時。
「「あっ……!?」」
急に闇が深くなったかと思うと、突然雨が降り出した。最初はポツポツと、直ぐ様にザーザーと。バカップルは大慌てで本殿の軒下に逃げ込み、雨宿りをする。
「んもぅ~、何で急に降り出すのよ~」
「まぁ、梅雨時だしな……」
『ふふふふふ♪』
「「………………!?」」
子供の声。それも可愛らしい、少女の物。
「なになに、何なのよ!?」
「ま、まさか、マジで出たのか!?」
『うふふふ、きゃはははははは♪』
姿は見えない。何処からともなく、声だけが聞こえる。バカップルを嘲笑う、性根の腐った臭いと共に。
――――――ポタッ……!
「えっ!?」
――――――ポタタタッ!
「な、何だぁっ!?」
軒下から滴る、何らかの粘液。肩に、頬に、手に付いた半透明の液体。それらに驚いた男と女が見上げると、そこには……。
『わ~たしのあ~たまは、ど~こにある~?』
「きゃあああああ!?」「うわぁああああっ!」
首の無い女の子が、二人を見下していた。
◆◆◆◆◆◆
「ここがそうか」
遂に説子と狩人は辿り着いた。噂の根源たる巖守神社の境内に。噂通り小綺麗で、朧に差し込んだ月明りに映えている。
「噂通りだな」
「は、はひぃ……!」
威風堂々とした説子に対して、狩人はビビりまくり。名前負けにも程がある。そんな様でよくデートと洒落込めたものだ。
「お前が怖がる必要は無いだろう」
「そ、そうは言ってもさぁ……!」
そして。
――――――ガシィッ!
「通い慣れてるもんな?」
「な、何故バレたぁっ!?」
ナイフで背中を突き刺そうとする狩人の右手首を、説子が振り向きもせずに受け止め、捻り上げた。
「ボクは鼻が利くんでね。頑張って落としてはいるようだが、血と精液の臭いが染み付いてるぜ、変態さん?」
さらに、瞳を猫のように鋭くして、女の手首に欲情する変態野郎を見下す。説子には最初から分かっていたのだ。狩人が、実は名前負けしていないハンターである事に。
「“狩り場”を荒らされないよう噂を立てて、それでも好奇心に抗えなかった猫を、こうやって始末してきた訳ね。化けの皮も上手く被れてて、偉い子ちゃんだねぇ?」
「くっ……この僕を見下すな、雌犬がぁ!」
「残念、ボクは雌猫だよ」
「ぐぎょばぁあああっ!?」
しかし、所詮は人間。里桜の改造人間を相手に敵う筈も無く、狩人は一閃で血煙へと変えられた。今まで誰にも裁かれずに調子に乗っていた馬鹿は、狙った獲物によって物理的に捌かれる最期を迎えたのである。アーメン☆ハレルヤ、地獄へ堕ちろ。
「さて、これで依頼は完了って事で良いかねぇ?」
生ゴミを処分した説子が、虚空に話し掛ける。
『ありがとう~♪』
すると、本殿の方から誰かが答えた。今度は振り返った説子の目に映るは、黄色いレインコートを着た可愛らしい顔立ちの女の子。
だが、何処かアンバランスで、違和感が拭えない。まるで、首から上が別人のようだ。
否、首だけではない。身体中のパーツが性別以外は統一性が無く、継ぎ接ぎの人形にも思える。
「お前の姉に宜しくな……何て言う訳ないだろ!」
『わきゃ~♪』
むろん、説子は問答無用で回し蹴りを入れるも、少女の身体はあっさりと砕け散り、直ぐ様元に戻った。
その瞬間、説子は見た。無数の蝸牛らしき生物が寄り集まるのを。
「なら、依頼文を読み上げてやろうか?
“数日前から妹が巖守神社の近くで行方不明になりました。警察に掛け合っても、何故だか真面に扱ってくれません。そんな折、「妹の恰好をした幽霊を見た」という噂を耳にしました。他にも沢山の怖い話も聞いています。誰も頼りに出来ません。どうか真実を突き止めて下さい”
……だ、そうだ。
撒き餌に任せておけば良い物を、ノコノコ顔を出しやがって。
いや、顔を“食った”のはつい最近か?」
『だって、ようやくぜんぶそろいそうだったから、うれしかったんだも~ん♪』
少女のようなナニカが、心底嬉しそうに答える。
そう、全てはこいつの仕掛けた罠。手首フェチの変態を隠れ蓑に獲物が来るのを待ち、奴さんが処理を終えから美味しく頂く。警察を父親に持つ上級国民様は、嘸かし便利だったであろう。死体が見付からなければ、何でも揉み消してくれるのだから。それでもついつい姿を見せてしまったのは、単に擬態が完成間近で舞い上がっていたからである。
『だけど、おれいをいいたいのもほんとうだよ? ……かんせいいわいのごちそうになってくれるんだからねぇ~♪』
と、少女が満面の笑みで説子に襲い掛かった。
――――――ゴォオオオオオッ!
『きゃあああああ!?』
しかし、説子が口から吐いた地獄の炎によって迎撃され、火達磨となって転げ回る。粘液のおかげか簡単に鎮火出来たが、獲物に手痛いしっぺ返しを食らうとは思いもしていなかったからか、身体中がわなわなと顫動している。
「そんなみっともない擬態が完成品だぁ? 図に乗るなよ、蛞蝓野郎』
『――――――クヴィリリィイイイイイイッ!』
そして、ネチョネチョと気持ちの悪い七変化をした挙句、栄螺を彷彿とさせる殻を背負った雷竜のような姿に変貌した。前向きに四本の角が生え、鋭い牙の並ぶ裂けた口を持つ顔立ちは、完全に肉食性の恐竜そのものだったが。
◆『分類及び種族名称:蜃気楼貝獣=蛟』
◆『弱点:胴体』
『キュヴィリリリリッ!』
下手糞な擬態を解いた怪物「蛟」が、再度説子に襲い掛かる。竜脚類然とした見た目に反して、かなりの高速で野を駆ける様は、何処かシュールだ。
――――――ゴォオオオオオオァァッ!
当然、説子も獄炎で邀撃するのだが、
『クギュヴィリィイイッ!』
『うぉっ!?』
何故か真逆から蛟のテールスイングを食らい吹っ飛ばされてしまう。
『クヴィリィアアアアッ!』
さらに、蛟は背中の殻に生えた棘から無数の粘液弾を乱射した。この液体はかなり強いアルカリ性らしく、着弾した木々が物凄い勢いで溶解していく。
『なるほど、蜃気楼って訳か』
しかも、小綺麗に見えた境内が途端に朽ち果て、元の姿を現す。噂に聞く整った光景は、蛟が幻覚作用のある体液を気化させ、投影してだけの嘘偽りだったのである。それは正しく蜃が吐いた気が見せる虚ろの楼閣だ。
『下らん手品だな』
だが、幽霊の正体が枯れ尾花であるように、種がバレた手品など何と言う事は無い。
『はぁあああっ!』
『キヴェイアッ!?』
説子が獄炎を体内で燃え上がらせ、凄まじい衝撃波と破滅の光を炸裂させれば、果たして蛟は蜃気楼諸共弾き飛ばされ、
――――――ゴヴァアアアアアアアアアッ!
『キュギリィッ!』
獄炎を超えた凶悪な熱線の追撃を受け、鬼の始祖みたいに爆散した。もちろん、一つ残らず焼き尽くし、一匹たりとも存在を許さない。逃がせば、そこから再び増殖して生き返る、群体生物だからだ。
『お……ねえ……ちゃ――――――』
むろん、最後まで残った、とても小さな右手首も……。
そして、
『………………』
『お前は……?」
燃えカスの中で一際美しく輝く種のような物を、刺客風の鎧を着た何者かが奪い去って行った。
「フン、まぁ良いさ。依頼外の仕事はしない」
しかし、依頼以上の事をする気の無い説子は、気怠げに背伸びをしてから、何事も無かったかのように帰路へ着く。
「――――――人も化け物も変わりゃしない。一皮剥けば、皆同じだ」
すっかり元の木阿弥に還ってしまった、鳥居の端側を潜りながら。
◆蛟
別名「蛟竜」。意味合いとしては「水を司る神霊なる大蛇」であり、その名の通り水場に棲み付く大蛇や龍の姿をしている。水流を自在に操るだけでなく、成分を弄って毒水に変えてしまう事も可能で、吉備の国(岡山県の辺り)を根城にしていた個体は毒で通行人を次々と狩り殺していたという。
元々は中国出身の水神であり、そちらでは“摩訶不思議な息を吐いて蜃気楼を見せる能力”を持っているのだが、同じ能力のお化けハマグリとガッツリニッチが被っていたりする。
その正体は陸棲かつ群体の蛞蝓。背負っている貝殻はあくまで幻覚作用を齎すガスを溜め込む場所で、蝸牛のように防御手段としては用いてはいない。また、一体一体は小さい為、身体の一部分ずつしか擬態出来ず、それ故にお気に入りのパーツを集めて回る習性を持つ。




