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リオ ー屋上のラストボスー  作者: 三河 悟
闇黒の夏休み編
28/47

雨流々が如く

やっぱり倫理観0の方が筆が乗るワァ~♪

 しとしとと、雨流々(あまるる)が時。


「雨々降れ降れ、母さんが~♪ 蛇の目でお迎え嬉しいな~♪」


 今時珍しい蛇の目傘を差しながら、眼鏡を掛けたお下げの少女が歩いていた。周囲には人っ子一人おらず、彼女しか居ない。か弱い女の子が独り歩きなど無防備極まりないが、お腹が臨月の膨らみ方をしているので、最早そういう問題ですらないのであろう。


「……嘘吐き」


 そもそも、彼女には帰る家が無い。迎えに来る母も居ない。何故なら(・・・・)少女の両親は(・・・・・・)事故に見せ掛けて(・・・・・・・・)殺されたからだ(・・・・・・・)。汚い大人に全てを奪われた挙句の果てに、独り路頭へ放り出されてしまったのである。

 そして、少女の気持ちを代弁するかの如く、雨は止まず、勢いは増し、やがて土砂降りとなる。


「許さない……許さない……許さない……ッ!」


 さらに、少女のシルエットが歪み、蠢き、全く別の怪物となった。今、彼女の逆襲が始まる。


 ◆◆◆◆◆◆


『コケッココーッ!』


 とある早朝、鶏が鳴く頃に。


「えっ、陽花が!?」


 閻魔県(えんまけん)黄泉市(きせんし)郊外の一区画に聳えるお屋敷に住む、一人の少女――――――梅雨時(つゆじ) (あおい)に、凶報が届いた。親友の邑崎(むらさき) 陽花(はるか)が行方不明となったのだ。


「そんな……どうして……まさか……っ!?」


 葵の脳裏に様々な悪い考えが過る。

 陽花は明治維新以来の新興宗教「雨流峨(あまるが)」の七代目であり、それ故の柵や暗い話が多かった。その上、彼女の両親は先日事故で亡くなったばかりで、教主の座を巡った御家争いによる暗殺との見方もある。事実、葬式の指揮を執っていたのは陽花の後見人であり、彼女はほぼ座っているだけの状態だった。

 そして、今朝の一報である。最悪の考えが頭を過るのも無理からぬ事だろう。こうしてはいられない。


菜刀(さいとう)! 今直ぐ陽花を探しに――――――」

《残念ですが、お嬢様……それは出来ません》


 だが、執事の菜刀(さいとう)から返ってきた言葉は、信じ難い物であった。しかも、バーチャフォンに投影された彼の顔が、何故かニヤついている。


《何故なら、私の友人からの頼みなのでねぇ~?》


 それはつまり、そういう事(・・・・・)だった。


「菜刀、お前……ッ!」

《ご安心下さい。お嬢様も直ぐ邑崎様にお会い出来ますよ。……極楽浄土でね》

「失礼します、お嬢様♪」「さぁ、大人しくして貰いましょうか」「無駄な抵抗はよしてねぇ、面倒だから」

「………………!?」


 さらに、葵を取り囲む、複数人の家政婦や護衛だった者たち。どいつもこいつも下卑た笑みを浮かべている。全員、菜刀の息が掛かっているようだ。



 ――――――ボフンッ!



 そこへ催涙弾が一投。一瞬にして部屋中に煙が充満し、不届き者たちの視界を奪い、動きを封じる。


「お嬢様、こちらへ!」

(しずく)!」


 投手は葵の専属メイド、日柳(くさなぎ) (しずく)。おそらく屋敷で唯一の味方である。


「ゲホッ、ガホッ……くそっ、追え! 逃がすな!」「ふざけんじゃないわよ、まったく!」「絶対に逃がさないからなぁ!」「ぶっ殺してやる!」「馬鹿、菜刀様から生け捕りだと言われてるだろ。鱗慶(りんけい)様のご趣味だそうだ」「揃いも揃ってロリコンかよ。ご愁傷様だねぇ」


 しかし、葵へのダメージも考慮した為か催涙の効果は薄く、精々煙幕程度にしかなっていなかった。直ぐ様復活した裏切者共が、血眼になって葵を探し始める。捕まったら生き地獄なのは言うまでもないだろう。絶対に見つかる訳にはいかない。


「こっちです、お嬢様……ぐごがががげげげっ!?」

「雫!」


 だが、現実とは非情な物。幾ら広いとは言え一戸の住宅でしかなく、周りが敵だらけとなれば、あっさりと見付かって呆気無く捕まるのは自明の理だ。程無くして二人は追い付かれ、背後からのテーザー銃で雫が感電死(ショート)し、雫も数人掛かりで取り押さえられてしまう。


「――――――ご苦労様です、皆様方」


 そして、満を持して登場する、裏切者代表の菜刀執事。普段の優しい表情が嘘のような、どす黒い邪悪な笑みで葵を見下ろしている。


「では、お召し換えを」

「「「「はい♪」」」」

「いやぁああああっ!?」


 さらに、指を弾いて鶴の一声。部下たちに葵をひん剥かせた。白日とは程遠い、雨流々が曇天の下に、彼女のあられもない姿が晒される。この先に待っているのは、企画物のAVも真っ青な展開である。

 しかし、そうはならなかった。


「下らん企画だな」

「「「「ひぎぃっ!?」」」」

「なっ!?」「ゑ?」


 闇の一閃が空を引き裂き、裏切者たちが一瞬にして汚い花火と化す。肉片すら残らない血煙だ。驚く葵と菜刀が見た先に立つのは、


私に依頼の手紙(・・・・・・・)を出しておいて(・・・・・・・)、勝手にくたばるなよ。お前をどうこうして良いのは、この世に私唯一人なんだからな」

「貴女は……!?」

「有名な噂話「屋上のリオ」の主人公様さ」


 噂に聞く「屋上のリオ」こと、香理(かり) 里桜(りお)であった。

 逆立った栗毛と赤いカチューシャにモノクル眼鏡を掛け、ブルマーの体操着の上からブカブカの白衣を羽織り、ゲゲゲカラーのソックスと赤い靴で死の輪舞を踊る姿は、まさしく噂通りである。ついでに、菜刀を鼻で嗤う程の邪悪な顔立ちにトランジスタグラマーという、歪でアンバランスな容姿も掲示板の通り。

 そう、葵は陽花が行方不明になる前……もっと言えば、陽花が後継者に(・・・・・・・)選ばれた辺りに(・・・・・・・)手紙を出して(・・・・・・)いたのだ(・・・・)彼女の様子が(・・・・・・)おかしいと(・・・・・)


「ふ、ふふふっ……ふほほほほほっ!」


 すると、菜刀がさっきまでの狼狽具合は何処へやら、急に高笑いを始めた。しかも、どういう訳か上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外し、終いにはフロントラットスプレッドで白シャツを内側から爆散して、その肉体美を顕わにした。


「何処の馬の骨かは知らんが、雑兵を退けた程度で、この「牙羅婁(ガラル)格闘術」の使い手である私に勝てるとでも――――――」

「キモい」

「ひでぶっ!?」


 だが無意味だ。どんなに最強を気取っていても、唯の人間では里桜の相手にならない。何故なら彼女は“本当の悪魔”なのだから。


「モブはモブらしく、塵は塵に還りな」


 酷い言い草である。まぁ、菜刀たち(こいつら)に同情の余地は無いのだけれど。


「おい、痴女」

「いや、好きでこうしている訳ではないのですが……」


 そして、菜刀(モブ)に対する興味関心を完全に失った所で、里桜は葵へ目を向ける。目付きが非常に厭らしい。彼女は男が好きじゃないのだ。


「私には富も権力もお家柄も関係ない。あらゆる常識が通じない、非常識なマッドサイエンティストだ。そんな私に依頼を出した以上、覚悟は出来てるんだろうなぁ?」

「………………!」


 凄む里桜と、息を呑む葵。屍山血河の最中で狂科学者と裸の少女が見つめ合うという異常事態が、いっそ甘美で艶めかしい雰囲気を醸し出している。


「ならば、お前の口から話してみろ。語ってみせろ。お前自身の魂の嘆きをな……」


 ◆◆◆◆◆◆


 閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)古角町(こかくちょう)の一画、(とうげ)高等学校、その屋上。豊かで奇怪な緑が延々と広がる魔境であり、その中心部には選ばれし者しか入れない場所がある。


“峠高校の何処かに存在する「コトリバコ」に、怪奇な悩みをしたためた手紙を出せば、水先案内人が狂科学者「屋上のリオ」の下へ連れて行ってくれる”


 今や他校でも有名な、峠高校の噂話だ。

 しかし、それは得体の知れない七不思議などではなく、現実に存在する。人間が闇を抱えている限り、彼女は屋上にてせせら笑う。何故なら里桜こそが闇そのもの……本当の悪魔なのだから。


「あいつ、何処に行きやがった?」


 そんな里桜の相棒(おんな)実験動物(モルモット)である水先案内人――――――天道(てんどう) 説子(せつこ)が呟いた。アホ毛の立った紫色のおかっぱ頭と猫のような金色の瞳、病的な肌にスレンダーな身体付きが特徴で、古めかしいセーラー服を纏っている。彼女を一言で表すなら、ヒョロガリの「猫娘」であろう。

 その説子が今居るのは、屋上ラボの資料室。古今東西あらゆる書籍に加えて、表には出せない実験資料の数々が収められている、紙本の牙城である。“今時紙媒体なんて”と思う輩も居るかもしれないが、電子情報は割と簡単に消えるし漏れ出す物なので、実はそこまで信憑性は無い。そもそも管理してる奴が小悪魔(ディヴァ子)だし。

 だからという訳ではないが、説子はこの紙に囲まれた空間が好きだ。延々と魔本を読み漁れるなんて、オカルトマニア冥利に尽きる。


『ビバ~ン♪』


 と、本棚の陰から、ひょこひょことぬいぐるみ――――――ビバルディが現れた。虎猫柄のモフモフとした毛皮に、金の王冠と赤いマントを纏った、薬屋の前に置いてありそうなカエルの姿をしているが、その中身は塔城(とうじょう) 主人(あると)という少年である。元はディヴァ子の中の人だったものの、小悪魔に身体を乗っ取られた挙句、里桜の玩具として生まれ変わった、結構ハードな人生を送っている。

 まぁ、今は屋上のマスコットキャラでしかないのだけれど。ついでに説子の抱き枕でもある。羨まけしからん。


『ビバルンルン』

「……なるほど。ボクが読書に夢中になっている間に、依頼が来ていたのか」

《では、お出掛けになるんで?》


 と、際どい恰好を漆黒のローブで覆い隠した小悪魔――――――ディヴァ子が、立体映像として説子の側に出現した。彼女こそ主人から全てを奪い取った元凶であり、今は屋上ラボの管理システムを司る、大悪魔(リオ)の小間使いだ。下僕という意味では説子も似たり寄ったりなので、当然出向く物と思い話し掛けてきたのである。


「いや、面倒臭い。あいつが出向いたのなら、それで解決するだろうしな。ボクは昼寝をさせて貰う」


 だが、ディヴァ子の思惑とは裏腹に、説子は昼寝を始めてしまった。見た目通り猫みたいな気紛れさだ。


《あらまぁ。では、花に水遣りでもしましょうか? お願いしますよ、ビバルディくん♪》

『ビバ~♪』

『何時もありがとね~♪』


 代わりと言っては何だが、ディヴァ子はビバルディ経由で鉢植えに水遣りを行う。花ではなく少女の――――――志賀内(しがない) 悦子(えつこ)の生首が根付いている、怪奇植物(さくひん)なのだけれど。彼女もまた、里桜に人生を狂わされた被害者(モルモット)である。

 これぞ依頼が無い時の屋上における日常で、普通の光景なのだ。

 そう、異常者たちにとっては(・・・・・・・・・・)、だが……。


 ◆◆◆◆◆◆


「お前は、神の子なんだ」

「あなたは選ばれし者よ」


 陽花は、そう言われてきた。生まれた時から、ずっと。両親曰く、「雨流峨」という名前は明治以降に付いた物にすぎず、時代と共に手を変え品を変え名前すらも変えながら存続してきた由緒正しき教えであり、明確な“神”が存在するのだと。

 そして、陽花は今代における巫女である、と。神にその身を捧げ、次なる神を宿すのが定めだと、両親は嬉々として語っていた。

 それが陽花にとっての日常で、普通の光景だった。


「それはおかしいよ、陽花」

「え?」

「神を信じるならまだしも、身を捧げて子を宿すなんて、普通じゃないわ!」

「え……えっ?」


 しかし、ある日の事、それとなしに幼馴染へ家の密儀を話したところ、真っ向から否定されてしまった。普遍的である筈の日常が、外の世界では異常な事だと、親友に言われたのである。そのショックは、とても言い表せる物ではない。


「悪夢から覚めるお時間ですよ、お嬢様」

「………………!」


 さらに、現実を受け入れとばかりに、運命が陽花を襲う。悶々とした思いを胸に抱いていた最中、世話役であった鱗慶の謀略によって両親が殺されたのだ。燃え盛る車とへしゃげた両親をバックに、陽花を見下ろす彼の顔には、心の底からやり切った喜色が浮かび上がっている。


「貴女が穢れた教義に染め上げられる事に、私は耐えられない。だから、私は貴女を救う事にした。……貴女の父親に狂わされた、私の妹のようにならないようにねぇっ!」

「い、いや……いづっ!?」

「愛しているぞぉ、陽花ぁ!」


 その上、身体の方もヤり切ってしまう。水風船のように膨らんだ己の腹を見て陽花は、自分が全てを喪った事実を理解した。


「ほぐぅ……っ!?」

「えっ……?」


 だが、出すモンを出し終えた鱗慶は、絶頂のまま死んでしまった。


「――――――ああ、そうか』


 そして、陽花は新たに理解する。継承の儀式(・・・・・)は終わったのだと(・・・・・・・・)

 すると、それに呼応するが如く、陽花の身体に変化が起きる。見た目こそそのままだが、全身の筋肉が異常なまでに増え、蛇腹状に変異した骨と融合し、変幻自在に動かせるようになった。しかも、皮膚の色や質感までも思い通りに変えられるおまけ付き。


『産まなくちゃ。雨流々が時に、復讐の子らを……』


 さらに、既に息衝き始めた自らの腹を愛おし気に撫でながら、さっきまで無かった筈の蛇の目傘を差して、行く当ても無くフラフラと歩き出す。




『お疲れさん』




 そんな陽花の後ろ姿を、鱗慶の姿形を(・・・・・・)写し取った(・・・・・)何者かが見送った(・・・・・・・・)


 ◆◆◆◆◆◆


 そして、現在。すっかりと晴れ上がった空の下、陽花は実家に戻ってきていた。風光明媚な屋敷は見るも無残に荒れ果て、そこら中に赤黒いナニカが染み付いている。まるで恐ろしい怪物が、汚い雑巾(おとなたち)を力尽くで搾り上げたようである。滴る雫でさえ、ネットリとした血油に変わっている。


『………………』


 そんな過去の残骸には目もくれず、陽花は奥へ奥へと進んで行く。卵床となる、かつては“儀式の間”と呼ばれていた場所だ。本日吉日今日この日、雨と共に育んだ命を流し出す。


『フッ……』


 結局は定められた運命に抗う事が出来ないのだと、陽花は苦笑いした。

 しかし、全ては詮無き事。今から生まれる我が子を思えば。

 だって、彼女にはもう何も残っていないのだから。

 損をするのは、何時だって無力な弱者である。井の中の蛙(むくなこども)は、大海(そとのせかい)を知らない。毒蛇(どくおや)に囲われ、睨まれているが故に。


「陽花!」


 と、人外の道を歩む陽花の前に、葵が現れた。


『邪魔よ』

「ひぐぅっ……!?」


 だが、彼女にとって幼馴染など、既にどうでもいい存在であった。蛸のようにグニャグニャと伸びた陽花の右腕が葵をヌルりと縛り上げ、穴という穴に指を滑り込ませる。搾るだけでは飽き足らず、このまま内側から捲り返すつもりだ。


「白昼堂々触手プレイとは、趣味が良いな」

『ぐっ!?』


 しかし、新たに現れた人影――――――否、闇の化身によって陽花の腕が切り飛ばされ、葵は九死に一生を得た。


『誰よ、あんた……!』


 苦悶の表情を浮かべながらも、直ぐ様右腕を再生させつつ、陽花が闇を睨み付ける。


「私は噂の里桜。聞き覚えが無いのかな、芋お下げ?」

『キキャアアアアッ!』


 さらに、身重とは思えぬ跳躍力で襲い掛かった。闇の正体はもちろん、我らが里桜である。


『キェアアアォッ!』

「太刀筋が甘いねぇ」


 陽花が傘を振るい、蹴りを繰り出し、里桜がそれらを足捌きのみで躱して、続く陽花の伸びる裏拳を宙返りで回避しつつ、素手で左腕を切り飛ばした。


「だけどまぁ、刺し身は甘くて美味いかもな」


 しかも、先に切り落としておいた腕と合わせて持ち上げたかと思うと、ギャグ漫画みたいに呑み込み、エロ漫画の如く腹を膨らませる。


『貴様ぁ!』

「怒った怒った、蛸みたいに。いや、蛸その物だな」


 そして、爛々とした白日の下、ボテ腹の女たちが刃を交えた。ボデンボデンと腹部を揺らしながら、蛇の目傘と手刀が火花を散らせる。傘こそ割と頑強だが、肉体強度としては陽花の方が遥かに劣っていた。当然、直ぐに押し負け、吹き飛ばされる。


『ぐべぁふぅ……はぁぉおおおんっ!』


 すると、何を思ったか、陽花が戦闘中にも関わらず己を激しく慰め、満ち満ちた表情で潮を吹き上げた。


『ブリュゥウウウウウッ!』


 さらに、腹を中心に身体を鯖折り、捻じくれ合わせて、不気味な姿へと変じた。コウモリダコとてるてる坊主を融合させたシルエットは、まさに深き者共の崇める神だ。



◆『分類及び種族名称:深淵超獣=雨女』

◆『弱点:腹部』



「やっぱり蛸じゃねぇか」


 そんな陽花だったナニカを見て、里桜は身も蓋も無い事を言い放った。確かにその通りなのだけれども……。

 だが、相手はただの蛸ではなく神――――――否、妖怪である。一筋縄では行かないだろう。事実、変身した直後から落下傘の如く回りながら暗雲を呼び起こし、真っ赤な雨を土砂降らせる。


「あ、ぐ……がはぁっ!?」


 と、雨を浴びた葵が藻掻き苦しみ、皮膚がズブズブと溶け崩れ始めた。酸化反応というよりも、これは……。


「“放射能の雨”か、アモーレ」


 そう、これは放射線に汚染された死の赤い雨。浴びた者は一瞬で被爆し、急速に死へ向かう。


「だが、私にとってはお湿りにもならないな」


 むろん、それは常人にとっての話。本当の悪魔たる里桜は何処降る雨だ。


『ブリュリュリュリュリュッ!』


 陽花は驚きつつも、口から放射能水流(ハイドロポンプ)を里桜へ吐き掛ける。これまた即死級の技なのだが、哀しいかな、相手が悪過ぎた。


『ガァァヴィィアアアアアッ!』

『ブリュォオオッ!?』


 放射能水流を浴びて弱る処か、エイリアン染みた悪魔へと変身した里桜を見て、陽花の思考は完全に停止する。雨流峨の神など、コイツを前にしては何処までもちっぽけな、井の中の蛙であった。何せ、熱や汚染物質を吸収して力を増すのが、香理 里桜という女なのだから。



 ――――――キィイイイイイイイイン!



『いや、イヤ、嫌ぁああああああッ!』


 そして、里桜の吐く微小化酸素粒子光線を食らった陽花は、汚い花火となって散った。全く相手にならない。もちろん、腹に抱えた神の子らも残らず弾け、同時に雨流峨の教えも梅雨と消えた。


『……んん?」


 しかし、それでも霧散せず残るナニカが一つ。ポタリと雫のように落ちたそれは、何らかの種を思わせる物体で――――――、


『………………』


 何処からともなく現れた、刺客風の鎧に身を包んだ誰かと、そいつが切り離した左手が回収し、あっと言う間に消えてしまった。まるで次元転移(テレポート)である。


「ま、それはそれとして……」


 だが、里桜はそんな出来事など目で追いもせず、代わりにボドボドになった葵の残骸を見下ろし、


「玩具で遊びたい気分だなぁ?」


 グニャリと嗤った。


 ◆◆◆◆◆◆


 その日の夜。


「……はっ!?」


 葵は医療用寝台の上で目を覚ました。確か放射能の雨で原型を留めない程に溶け崩れた筈なのだが……?


「――――――って、何よこれぇっ!?」


 しかし、生きている不思議を感じる間も無く、葵は現実を突き付けられる破目になる。


「嗚呼、私がお嬢様と一つに……」「し、雫と正常合体してるぅ!」


 そう、これまた死んだ筈の雫と継ぎ接ぎに融合していたのだ。フランケンシュタインの怪物と言うか、キカ○ダーと言うか、アシ○ラ男爵と言うか……とにかく、きちんと一体化すれば良い物を、何故かごちゃ混ぜのキメラ合体にしてしまったのか。理由など、一つしかない。


「お目覚めのようだな」

「り、里桜さん!? これは一体どういう事なのですか!?」

「繋げてみたい。何とな~く、そう思ってみただけだよ」

「ハ○ター博士か!」


 ア~ヴェ☆マリ~アッ~♪


「まぁまぁ、良かったじゃないか。これでお前も……いや、お前ら(・・・)も、柵からは解放されただろ? 思う存分楽しむと良い。お友達の分までな」

「ちょ……それってどういう――――――」「お嬢様~♪」「なぁっ!?」


 すると、葵の意思に反して身体が勝手に動き出し、狂ったように自らを辱める。その上、少しずつ一体化が進み、側だけは完全に葵の姿となった。

 もちろん、主導権を握っているのは、脳の大部分を占めている雫の方である。


「嗚呼、お嬢様! いえ、葵ちゃん! 初めて会った時から、ずっとずっと好きだったの! 今までは立場があったけど……既に無い! 阻む物は、何一つ無いわ! そして今、大好きな葵ちゃんの肉体が、私の手の中にぃぃぃいッ♥」

「いやぁあああああああああああッ!?」


 泣いて笑いながら絶頂する葵を背に、里桜がポツリと呟く。


「友情にしろ敬愛にしろ、最後に行き着く所は一緒ってか。……なら、私もごっこ遊び(・・・・・)でもしようかな」


 里桜は、男が嫌いだ。

◆雨女


 名前通りに、雨を降らせる女の妖怪。雨神が堕落して妖怪化した存在とされており、後に一緒に出掛けると何故か雨天になる女性に対しても使われるようになってしまった。ツイフェミが騒ぎそうな話である。

 正体はコウモリダコに近い頭足類が地上に進出した存在。石油や放射性物質などの危険勿を摂食していて、除染されてノコノコ戻ってきた人間を放射能の雨で殺し、卵を産み付けて姿形と人格を乗っ取り繁殖するという、悪魔のような生態を持つ。

 まぁ、もっとヤバい悪魔に狙われたせいで殺された訳だが……。

 ちなみに、雄個体は他の頭足類同様に“生殖活動が終わると直ぐに死ぬ”という呪いのような遺伝プログを持っている為、寄生された男は不幸と言う他無い。

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