~ さようなら ウェンディゴ ~
雌鹿は
泣いているような 怒っているような
何か言っているようにも思えたけれど
僕には もう 聴こえない …
僕 は 目の前の 雌鹿を 喰いたくて喰いたくて !
我慢なんて 出来ないし 必要もない !
ダラダラと 涎を流して ハンマーを手にした
僕が ユラ~っと 立ち上がると 雌鹿がリビングへと 逃げた
僕は 雌鹿を追った …
此は 狩りだよ! あたり前の事さ ! 雌鹿を捕まえて 喰うんだ!!
僕は 必至に 雌鹿を追った
「生キルタメニ 喰ウ … 生キルタメニ … 生キルタメニ … 」
四隅に 追い込んだ 雌鹿 は 怯えた目をして 僕を見つめる
僕の 興奮は止まらない !
雌鹿を気絶させようと 思いきり ハンマーを降り下ろした
ゴ ン ッ !!
鈍く重い音が響き 僕の目を 闇が覆う
微かに 旨そうな雌鹿 と 強そうな雄ゴリラが 見えた …
熱い ! 躰中が熱い !
僕の 躰は 床に沈んだ …
僕の 額を流れ落ちる 血は 生温かくて
とても 綺麗だったよ …
遠くで お母さんが 僕を呼ぶ声が 聴こえた
「翔大 ! イヤァ―! 翔大!!」
お父さんの 声も 聴こえた 何処かに電話している
「もしもし 警察ですか 息子がおかしくなって … 妻を …あの直ぐ来て下さい! 」
あぁ … そうか …
雌鹿 は お母さん で …
雄ゴリラ は お父さん か …
じゃぁ あの 子 豚 は …
氷のように冷たい 僕の躰は やっと 温かくなった
後 は 眠るだけ …
そうだよね ? ウェンディゴ …
君も 淋しかったんだよね きっと …
誰かの 声は もう 聴こえない …
僕の躰は 人間に戻れたから
さようなら 悲しい ウェンディゴ …
僕は 微笑んで
瞼を閉じた 永遠に眠り続ける事を願って…