この世界の滅亡の果てに(8)
この世界の滅亡の果てに(8)
「結、本日、ただいまからよろしくお願いします」
透から出た言葉は予想外に素直だった。
「よろしくお願いされましたって、カイルさんに言うセリフと全然違うじゃない。僕の命は結のものだ!と言わなきゃ今この場で喚き散らして、まこちゃまを殺す!」
苛立ちの矛先が何故か斉藤誠に向けられた。
「お初にお目にかかります、前田透さま。俺が殺されるのことを回避したいので、姉さんにぜひ、お言葉をよろしくお願いします」
斉藤誠の言葉に結の口元が一瞬、ニヤリとした。
「ごめん。結婚とかしたこと無いから何を言って良いのか分からなかった」
「カイルさんにはああいうことを平気で言えるのに」
結はいじけているようだ。
「あれは本当に思っていることなんだ。カイルの家族は僕の命を救ってくれた。だけど、僕を守って、死んでしまったんだ」
隠す必要はない・・・透は結だけでなくブラックソードのメンバーに対して心からそう感じた。
「俺の家族はお前を守れて、幸せの中、笑顔で死んでいった。後悔して死んでいったわけじゃない」
カイルは透の言葉に反応した。
「だから、俺はカイルの命を守る」
「いい加減にしろ。お前の命はもうお前のだけのものじゃない。その為に何があってもこの戦いを生き抜け。俺の家族に対して恩があるというならその生き残りの俺が前田透に命令する」
カイルは気付けば、涙をこぼしながら、透に訴えるように話した。
「カイル・・・ありがとう」
透は瞳に溜め込んだ涙に耐えながら、搾り出すような声で囁いた。
「もう、透の命は私のものなんだから!」
感動の場面をまたしても結が壊す。
ブラックソードにはお涙頂戴の場面はご法度なのだ。
その感情を持ったままに仕事依頼に出向けば、仕事の失敗どころか、命を失う可能性がある。
この集団は大切な想いを心の中に秘めたままで生きているポーカーフェイスな集団なのだ。
それを作り出しているのが北ノ崎結その人だった。
しかし、今回は結本人も気付かないうちに塩っ辛い水分が少しだけ頬を伝い、口元にまで流れてきていた。
「あくびをしてたら涙が出てしまったみたい」
そこに居た誰から見ても結から流れ出た涙だと分かっている。
そして、結のこの言葉を聞いたブラックソードのメンバーは結への信頼とこの集団への想いを各自でそれぞれに強くしたようだ。
「僕の命は結のものでもある」
「少し前進したけどその程度の扱いで許される結さまではないぞ、菊之丞秀麻呂!」
今度はマイクに矛先が向いた。
「姉さん、急に振られても心の準備が出来ておりません」
マイクは苦笑いしている。
ブラックソードのメンバーも大爆笑している。
「己、そちは上官である私を愚弄する気か!」
結の話す言葉の時代背景があべこべになってきた。
「ありがとう、結」
気が付くと、結は後から透に抱きしめられていた。
「今更だけど、こんな私でいいの。脱いだら別の意味ですごい女だけど」
「うん、結がいい。それに僕はもう夫なんだよね?」
改めて、透が結に尋ねる。
「もちろん!今ここにいるメンバーと、カイルさんが二人の婚約の責任者として、責任を取ってくれる・・・よね?」
何故か、結はメンバーを威圧するような目つきをしながら話した。
「姉さん、責任って、そりゃないですよ」
「俺ら、透さんの嫁さんじゃないですよ」
「きな粉棒の恩返しで責任を取ります」
「早く子供を女の子を俺をおじいちゃんに」
誠はまた結の村正の峰の餌食になり、その後を話すことは出来なかった。
「結さん、2人だけの時間がどんどん短くなりますよ」
カイルは時計に目をやりながら結に問いかける。
「それじゃ、野郎ども、あとは任せた」
誠の峰打ちの姿勢を外し、今度は透の首に峰を当てながら本部の中へと消えていった。
「俺はいつものことだから仕方ないが透さんにあれは無いんじゃないか」
誠は不思議そうにその光景を見ていた。
「あの状態だと無抵抗で透を連行できるから最良の作戦だと思う」
カイルが答えた。
「ところで君の本当の姿は我々ブラックソードのメンバーにもお見せしていただけないのかな、奇術師カイルさん」
結と透が消えることを狙っていたかのように誠が質問を投げかけた。
「申し訳ありません。商売柄、そこは明かせないことになっていますので」
意味ありげにカイルが答えた。
「それは残念だ。そういえば、透さんは我ブラックソードの一員となりましたがあなたは入られないのですか?」
誠が悪意を持った口調で聞き返す。
「透が一員になったということで俺も入らせていただきます」
カイルの答えは意外とあっさりとしたものだった。
「そうですか、それは安心しました」
その答えに合わせて、誠も答え返す。
「それで俺はブラックソードの一員として入れてもらえるのか?」
「そうですね、それでは私が試験を致しましょう」
準備されていたかのように木刀が2本、二人の前に投げ入れられた。
「なるほどね、そういうことか」
まず、カイルは木刀を手に取ると、両手で強く握り締め、構えた。
「そういうことだ」
誠も右腕一本で木刀を手に取ると、いつでも来い!手の空いている左指を動かしながら合図をする。
「それではいくぞ」
カイルが上段の構えから誠に襲い掛かると誰もが思っていた。
しかし、真剣勝負だと思っていた展開にはならなかった。
誠からも勝負の行方を息を殺して見守っていたメンバーの視界からもカイルの姿は消えていた。
「これだから傭兵集団は傭兵集団でしかないんだ」
声が聞こえたかと思うと、ブラックソーソード本部の2階相当の高さまで跳躍して飛んでいる。
そして、それと同時に、持っていた木刀を誰もいないはずの茂みに狙いを定めると、思い切り、投げ込んだ。
「これでお前らの試験の合格としてくれるんだろうな」
という言葉と同時に茂みの中に隠れていた何者かは木刀の先が頭の上部に正確に当てられ、脳震盪のような状態でもがいていた。
カイルはすぐに持っていた銃でその刺客を始末し、茂みの中でも何かを力強く踏みつけていた。
「私との勝負を放棄した人間にブラックソードに入る資格はない」
その茂みからカイルが出てきたタイミングで誠は言った。
「何だと!」
カイルの厳しく鋭い視線が誠に向けられる。
「それにお前はこのメンバーに対して罵声を浴びせたな」
木刀を片手に持ったままで誠はカイルに問いかける。
「そうだ、それがどうした」
カイルの言葉にはまだ何も伝わらないかという苛立ちのようなものがあった。
「その態度も気に喰わない」
誠はブラックソードという組織の根幹を揺るがしかねないカイルの言動を強い言葉で受け流そうとしていたのかもしれないがこの後カイルから飛び出す言葉に打ち返す刀がない状況に追い込まれる。
「お前達は現実に気付いていない。この男の正体を知ったとしてもそう言えるのか、斉藤誠さん」
「気付かなかったのは私達の不注意かもしれないが侮辱は許さん」
「これは斉藤誠さんがWRから尾行がついているとも知らずに、連れてきたお客さんだ」
「何だと」
「そして、そのお客さんにこれだけの数のエリート傭兵がいて誰も気付いていない」
「それに関しては礼を言う」
「礼なんて言われたくないんだ。お前ら、誰と戦争しようとしていると思っているんだ。WRだぞ。その意味をもう一度しっかりと考えるんだ」
「考えなくても分かっている」
「分かっているつもりになっているだけだろ。俺はお前達が弱いとは思わないし、数々の修羅場を潜り抜けてきて、気付けばここにいるんだろうと思う。手ごたえのない場所に居続けれないんだろ、ここに集まっているタイプの人間達は」
「ああ、そうかもしれんな」
「そんなすげーぇ集団から気配を消せる人間を送り込んでくるんだよ、あのWRという組織は。最新兵器に、世界中の情報網、資金に底はなく、政治、経済、裏の世界から小さな子供まで、何でも思うままに動かせる。俺は世界各地でやつらのやり方をこの目にしてきた。借金の肩に人身売買で売られていったばかりの少女が次の日から売春宿で働かせられていることに驚き、自分が身請けをし、家族の元に戻して、1年後その国に帰ってみると売春宿でその子はまた働かされていた。その子の家を訪ねてみると両親はアル中に薬中で会話にすらならない。近所の人間に話を聞いてみると、身請けから帰ってきた次の日にまたその子を売り渡して、金に変えていた。その1年後には自爆テロでその子は世界中のニュースの中で目にすることになった。その影にWRがいることを突き止めたが俺に出来るのはそこまでだった」
「この中にもそういう環境の中で育って、生き抜いてきた人間も多いが」
「だから、お前も傭兵でしかない。しかも正規の傭兵からは弾かれる、もしくは性が合わないのか。まあ、その事は今関係ない」
「そこまで私やこの仲間達をコケにしてお前は何を言いたいんだ、偽善者野郎」
「悪い、俺は偽善者にもなれない男だ。ただし、この世界をいつか変えたいと願っている。この世界を作り上げた組織をぶっ壊して、争いの無い世の中を夢見ている」
「偽善者じゃなくて理想論を語るロマンチストだったか」
「そうだな。でも、お前達の気付けなかった刺客に気付き、始末できる優秀なロマンチストだ」
「その優秀なロマンチストが何故捕まえたその場で即始末した。いろいろと情報を聞き出すことも出来ただろう」
「いいか!これは国同士の戦争ゲームではなく、ただの殺し合いだ。しかも、自爆するような人間で送り込んでいる時点で、偽の情報まで掴まされるかもしれない。そうなれば、ここの統制を誰が保てる。この状況を予想していなかったという事は今までこんな風に責めこんでこられたことがないんだろう。もっと言えば、その刺客の来ている服の裏側を見てみろ」
「こ、これは」
刺客の服の裏側には小型の手榴弾が複数仕込まれていた。
「それを使われる前に仕留めたんだ。その手榴弾のおかげで相手の反応も遅れたから木刀も命中した」
逆に言えば、間に合わなければ、全滅に近い結果を招いていただろうと誠は思った。
「なるほどな」
「それだけじゃない。茂みの中の2台の小型GPSカメラも破壊しておいた」
これだと言わんばかりに、その欠片を誠に投げた。
「こんなものまで」
「確かにあんたらは最強の傭兵集団かもしれない。作戦、戦略を練り、自ら動くときは勝てるものはいないかもしれない。ただ、これまでの実績と成果が自らの鼻を高くしてしまっているのも確かだ。それをまず認めないとこういう風に敵さんから攻められると今日のように一気に全滅させられる組織に狙われているということを再確認してほしいのさ」
「おいおい、今度は褒め殺しか」
「俺はここに集まっている傭兵の1人1人が弱いとは口にしていない」
カイルがそう答えたあと、ブラックソードのメンバーの顔を見渡した。
「そうだな、カイルさんの力を貸していただきたい」
斎藤誠は全てを理解すると、唐突にカイルに右手を差し出してきた。
「ここにいる仲間達の全滅を防いだ功績で試験は通過したのか」
カイルも誠の差し出してきた右手に右手を重ね、その後、お互いの両手で握手をした。
「噂ではただの変装マニアだと思っていたが違ったようだ」
「そりゃどうも」
「本部の場所だけは変えずにいたがそろそろここも潮時ということか」
「その件ならもう既に手を回してあるが先に中の二人を呼び戻してすぐに移動しなければいけないな」
「二人きりの時間を過ごしていただく予定が今回に関しては俺の失態だ」
「いや、さっきも言ったが尾行なら尾行に特化しているものがいる。しかも、今回は組織ではなく個人雇用だろうな。娘の気持ちを持て遊んでいる輩を始末するためについて来たようで助かった。表側の請負人で助かった」
カイルは自分のノートパソコンから個人請負リストと称するデータからこの刺客の顔が存在することにホッとしていた。
「そのリストは?」
「世界中にいるプロフェッショナルの皆様の内緒のリストだ」
「カイルさんの素性についてはもう詮索することは止める」
「まあ、それどころじゃないだろうしな」
「みんなの命を巻き込んでしまってすまない」
誠は後にいるメンバーにまで聞こえるように大きな声で謝罪し、深々と頭を下げた。
「WR幹部様は娘の恋愛にも口じゃなく刺客を出してくるんだな」
呆れたような口調でカイルが答えた。