この世界の滅亡の果てに(4)
この世界の滅亡の果てに(4)
「透、さっきから何を考え込んでいるんだ」
カイルはその様子が気になって仕方が無いようだ。
「これ、データを開けないどころかUSBとして認識してくれない」
透はカイルから手渡されたUSBをノートパソコンから抜いてしまった。
「いや、どこから見ても普通のUSBメモリだけどな」
カイルがUSBを手に取り、じっくりと見ている。
「そのUSBメモリは確かにただのUSBメモリだと思う」
「ただのじゃないだろう。あの建物の全部のセキュリティの通り抜けを可能にしたメモリだし」
カイルはニューロンバイオテクニクス研究所内のどこかのセキュリティで引っかかった時の脱出方法をいくつかの案で考えていた。
「寧ろ逆だよ。あの建物内部がUSBメモリでまず認証されることが分かったからすべてクリアできると思ったんだ」
「指紋認証や眼球認証、骨格認証、いろいろとあったはずなんだがどうして通り抜けられたのか俺にはさっぱり分からん」
「そこは少し賭けもあったんだけどね。でも、ブラックソードのヘッドの傷痕の話を聞いた後ならやっぱり行かせていなかった」
透は真剣な顔で答えた。
「少しの賭け?」
カイルはどういうことだ?という顔をしている。
「自分が一番優れていると思っている開発者ほど、自信を持ちすぎていて己の弱点が無いと思っている」
「何が言いたいのか分からん」
「どのセキュリティを抜けるときもまずUSB認証から始まる。そこを利用できると思ったのさ」
「それとほかの認証クリアと関係あるのか?」
「今更だけど」
「今更だけど何だ?」
「例えば指紋認証から認証が始まった場合はアウト。眼球や骨格認証だったとしてもアウト。ほかの認証でもアウト」
「お前、そんなやばい状況になるかもしれないのに俺にあんな所に行かせたのか?」
カイルは自分の置かれていた状況をようやく理解しはじめたらしい。
「あんな所だから大丈夫だと思ったと言ったろ?」
透は意味ありげな顔をした。
「自信家の作ったセキュリティシステムだからか」
なんとなくカイルも透のいう言葉が分かったようだ。
「そういうこと。まさか私のセキュリティプログラムが破られるはずが無い。私のこのシステムは世界一だとか。相手さんはそういうタイプの奴だと思ったからね」
「透。お前も相当の自信家だぞ。お前の作ったプログラムですべてのセキュリティが解除できると思っていたんだからな」
笑いながらカイルが答えた。
「いや、地球一だと思っているよ。まぁ冗談だけど」
透も照れ笑いをしている。
「いや、宇宙一とか言えよ。世界一も地球一も変わりないと思うぞ」
「このUSBには自分のつぎ込める技術の全てを詰め込んでおいたんだ。実はこれで負けてしまうのであれば、そこまでの人間だと今の自分自身も賭けていたんだ」
「透、お前は実は俺よりもギャンブラー体質なんじゃないか」
「そうかもしれないね」
「そういえば、話を元に戻すと、レジスタンスはしっかりとこのUSBにコピーして取り込むことが出来なかったということか」
カイルが腕組みを始めた。
「多分、それも違うと思う」
半信半疑だけど・・・という顔で透が答えた。
「それならどうしてUSBを差しても認識しなくなったんだ。ここに来るまでにUSBが壊れた?俺が壊した?」
「これは特殊な素材で特注で作ったUSBだからそれもありえない」
「まさか、レジスタンスとかいう奴がそのUSBの中で邪魔してるとか・・・・いや、ありえない、ありえない」
まるでSF小説の話のような発想をしてしまったなとカイルは恥ずかしそうにしている。
「カイル・・・それだ。いや、そうに違いない。この中で邪魔をしているんだ」
カイルの言葉を聞き、透はそうだったのかという顔をした。
「お前今の言葉、本気にするところじゃないぞ」
カイルは言いづらそうに透を見る。
「本気にするところだよ、カイル。だって感情のある人工知能を誘拐してきたんだ。ありえないことは無い」
「人工知能を誘拐って、俺、仕事で人を誘拐するとかしないし。最初の誘拐が人工知能って」
人工知能を誘拐と言った透の言葉にカイルが困惑している。
「それほどのものをカイルが持ち出してきてくれたということだよ」
透は素で答えたようだ。
「お前にそこまで褒められるとはなあ」
カイルもまんざらではないらしい。
「少し早いけど佐伯学に会いにゆくしかないね」
急に透の顔が緊張した表情に変わった。
「佐伯とかいうやつならレジスタンスをこじ開けられるということか」
カイルも透の考えを感じ取ったようだ。
その頃、ニューロンバイオテクニクス研究所内ではレジスタンスをコピーした犯人について解析が進められていた。
「レジスタンス、あなたのデータをコピーした人間に見当はついたの?」
クリスがスクリーン画面に視線を送り、レジスタンスに問いかける。
WR本部内で起きたアクシデントとはいえ、この件はクリス・レイモンドとレジスタンスだけの極秘行動になっている。
自宅で家族を目の前で無残な姿で殺され、錯乱状態に陥っていた職員はその後組織内の隔離施設で保護されている。
ただし、精神が落ち着いた後に予定されている事情聴取も現時点においてもまともに会話が成立することは難しく、全くの未定のようだ。
「わかりません」
今までレジスタンスがこの回答をクリスに言うことはなかった。
「相当のやり手のようね」
クリスはエスプレッソカップを片手に持つと、一気に飲み干した。
「カフェインの大量摂取は身体に悪いですよ、クリス」
この部屋に設置されている全方位角度のカメラからレジスタンスはクリスの行動を見ているようだ。
「この世の中に刺激はないがこの苦味には衝撃が走る」
毎回クリスはこのセリフを吐くらしい。
「クリス、少しは女性らしい行動をされてみてはいかがでしょう?」
「レジスタンスに言われるほど私は男男してないと思うのだが」
「いえ、されています。そのだがという語尾は必要ありません」
「男男してないと思うの・・・・無理だ・・・・気持ち悪い、虫唾が走る、死んでしまう。私が死ねばレジスタンスを動かせる人間がいなくなる」
わざとらしくクリスがレジスタンスに聞こえるように演技をしているようだ。
「いえ、存在します。今USBを挿入したようです」
レジスタンスははっきりと答えた。
答えたようにレイモンドには聞こえた。
「今の言葉。本当なのか?」
さっきまでのクリスの口調とは変わった。
「透というそうです」
レジスタンスが答えた。
「やっと犯人がデータを稼動させたのか」
クリスの口元が笑った。
「現在地はグアテマラにあるマヤ遺跡、大ジャガーの神殿でしたがその後すぐに抜き去ったようです」
「お前の中に入れているプログラムに気付かれたか」
「いえ、プログラムの前に、私自身のデータなので私自身がプログラムの解除をしないはずです」
「USBが認識しないと思われて抜かれたということか。壊れたと思って処分してくれればいいのだがな」
そうあってほしいとクリスは思った。
「透という名前は組織内のデータ検索でも出てきません」
「しかし、そんな人間がどうしてお前を動かせると思ったのだ」
クリスはふと思った疑問をレジスタンスにぶつけた。
「これは私の想像なのですが透という人間が佐伯学という人間を越えた天才に成長する可能性があります」
「成長?」
「少しの情報ですが声紋から年齢判定すると成人男性前後という分析が出ました。それだけではなく、この施設内のセキュリティのすべてをクリアしたプログラムを作成したのも恐らくこの透という人間だと思います」
「お前にその言葉を言わせるとはな。私の想像に・・・思います・・・・・か。レジスタンスもどんどん人間らしくなってきている証拠だな。それが私には一番の収穫だ」
「クリス、私の想像というのは人間の使う言葉を真似てみただけです。その後のセキュリティ突破の分析状況からそう判断したまでです」
「なるほどな。しかし、それが人間らしい感情を持っている証だ。人の真似は人もする行動だからな」
クリスが懲りずに2杯目のエスプレッソを一気に飲み干した。
「クリス、本当に大丈夫ですか?」
「お前が進化している祝いにお前の変わりに飲み干した・・・お前の分も考えて先ほどの2倍の濃さにした・・・」
クリスは口の中に広がる苦さに耐え切れず、それ以上話せなくなった。
「クリス、無理はよくありません」
冷静な分析判断で返答をするレジスタンス。
ウォーターサーバーからグラスに勢い良く水を注ぎ込むとクリスは一気に飲み干した。
「いつも以上に苦さが残っているな」
2倍の濃さにしたために当たり前のことだがここではその事に突っ込みを入れてくれる人間が存在しなかった。
「クリス、今度は水分でお腹が出てしまいますよ」
またしても冷静な分析判断で回答をするレジスタンス。
「それは困る。よし、少しだけ休憩をするとしよう」
「それが宜しいかと思います。腹部の膨らみが収まるまで3時間前後となります」
「分かった。レジスタンス、そのタイミングで私を起こしてくれ」
クリスは寝る気満々である。
「分かりました。その後で佐伯学についてのお話もさせていただきます」
「よろしく頼む」
そういうとクリスはものの数分で深い眠りについてしまったようだ。
1時間前後で腹部の膨らみはほぼ凹むと分析をしながらも仕事の手を休めることのないクリスにレジスタンスは必要な睡眠を取らせたかった。
それは人間としての感情なのか、今後のクリスの体調を分析判断しての言葉なのか、謎である。