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11◆処分 2

お弁当を食べた後、レイコが9組からわざわざ来てくれた。


本当は、学食で落ち合ってもよかったんだけれど、あそこには杉本が来るかもしれない。


彼と顔をあわせる勇気は、まだない。


「なに、まだ落ち込んでるん?」


と紙パックに入ったアップルジュースを『おごりだよん』と言いながら差し出してくれた。


沙雪はそれを受け取りながら、あいまいにうなづいた。


レイコはうかない沙雪を、あのデートの後遺症と勘違いしている。


本当は、違う。


沙雪の表情を重いものにしている犯人は、後ろの窓際の空席。


松浦は、3時限が終わって、昼休みになっても戻ってこなかった。


クラスメートたち――ことに女子――も気になるらしい。


「どうしたんだろうね」


というささやきがいつも教室のどこかで聞こえるようだった。


と。


「あれー、古田。どしたの?」


レイコが戸口に向かって声をあげた。


つられて顔をあげた沙雪は、やや険しい顔の古田と目があった。


古田と、バスケ部だろうか、背の高い男子がもう一人、引き戸のところに立っていた。


「三次さん、ちょっといい?」


声は優しいけれど、断れない雰囲気。


教室の外へと促す所をみると、おそらく人に聞かれたくない話。


杉本のことだろうか。抗えない雰囲気に沙雪は立ち上がりながらも身を固くする。


と。そのとき。


沙雪とすれ違うように、クラスの男子二人があわただしく入ってきた。


「大変、大変だ!」


「松浦クン、学校謹慎くらってるんだとよ!」


男子の声は、まるで教室中の皆に聞かせるような大声だった。


ちなみに学校謹慎とは、学校に登校しつつも、生徒指導室などで1日中隔離されて自習するという停学の一歩前の処分である。


「朝から生徒指導室だって」


「えー? 何やらかしたの?」


男子のまわりに皆がわらわらと集まってくる。


ここは進学校だけあって『謹慎処分』などという単語を聞くことはめったにない。


それだけにクラスの皆は興味津々なのだ。


「なんかー、無断でバイトしてたのがばれたらしい」


「ええー!バイト」


「なんでばれたんだろうね」


突っ立っていた沙雪は、それを聞いてまさかと思った。


古田を振り返る。


案の定――古田は、沙雪をうながした。






「きくけどさ」


古田は切り出した。


古田ともう一人――きくとバスケ部の副キャプテンだという。合コンには来てなかった人だ――は沙雪を屋上に続く階段の入口に連れ出した。


屋上は施錠されているから、ほとんど誰も来ない。


つまり静かに話ができるというわけだ。


古田の様子が――視線は厳しいけれど、声はあくまでも気を遣ってくれている感じなのと、心配したレイコが付き添ってくれたから、ここまで付いてきた沙雪である。


だけど、こんな緊迫した状況ははじめてだ。


何を問いただされるのだろうか。


「……松浦クンのバイト、先生に話したの、三次さんじゃないよね」


――どうして。


反射的に首を横に振る。


と同時に、わかったことがある。


松浦がバイトをしていることを、学校に誰かがチクった。


そして、沙雪が松浦がバイトしている店に行ったことを、古田は知っている。


もちろん沙雪でも。


校則でバイトが禁止されているのは、知っている。


だけど、チクるなんて考える以前に、あのときはバイトをしている松浦と、校則とを照らし合わせる余裕なんかまるでなかった……。


「違う」


言葉がやっと出てきた。声がかすれているのがわかる。


自分じゃない。


自分が松浦をチクるわけがない。


松浦に助けてもらったのに、どうしてそんなことをするだろうか……。


沙雪は必死に首を振った。


古田は――沙雪の答えの内容よりも、あきらかにその態度を見ていたようだった。


視線が一気に柔らかくなると、深くうなづいた。


「やっぱりそうか、そうだよね」


やっぱり?


つまり、最初から沙雪がチクったとは思われていなかったんだろうか。


……それにしてもどうして、沙雪が松浦の店にいったことを、古田が知っているのだろう。


「やっぱり、杉本だろ」


副キャプテンが古田にささやく。


やっぱり、ということは。


沙雪と杉本が土曜日にデートしたことを知っている?


杉本はもしかして、バスケ部のメンバーに沙雪とのデートのことを逐一話したのではないだろうか。


なぜか自慢げに話している様子が頭に浮かんだ。


もしかして、キスのこともすっかり話してしまったんだろうか。


湧きだしてきた嫌なフラッシュバックに、沙雪は胸がつまるのを覚えた。


「ねーねー。てかなんでそもそも、サユがチクったなんていうの?」


ついにレイコが声にする。まさに助け舟だ。


古田は眉毛を下げて、申し訳なさそうな顔になった。


「いや……さ、土曜日に店に三次さんが来たって、松浦クンが言ってたから」


古田と松浦は、思ったよりずっと仲がいいらしい。


休みだった昨日も連絡をとりあうほど。


それより……松浦が自分の話をした。


そんな些細なことに沙雪の心臓は存在を主張し始める。


それが本題じゃないのに。


松浦の口が、沙雪を語った。


どんなふうに。


沙雪の胸はさっきとは逆の理由で、苦しくなっている。


「でもさー。松浦クンの店には、サユと一緒に杉本も行ったんでしょ。チクったのは杉本できまりじゃん」


レイコはずけずけと犯人を名指しした。


「うん……たぶん、そうなんだろうけど」


古田は言いよどんだ。


杉本が松浦のバイトをチクったとすれば、あのとき邪魔されたことの仕返しだろうか……。


「……あの。松浦くんはどれくらい謹慎になるの?」


しばらくの沈黙のあと、沙雪は思い切って聞いてみた。


今回、松浦が学校謹慎処分をくらった原因の、半分くらいは自分のせい。


沙雪にはわかっていた。


だって、沙雪のことで杉本に恨みをかわなかったら、こんな風にチクられることはなかったのだから。


「んー。普通だったら1週間学校謹慎+放課後1時間草むしり1カ月、あたりだと思うけど……」


でも、転校してきたばかりだから、校則よくわかってなかったって言い訳できるかもしれない、と古田は答えた。


しかしすぐに「あ、でも」と向き直る。


「ごめんね。疑って。……松浦クンが捕まったのは三次さんのせいじゃないのはわかったから、気にしないで」


そんな風にあわててフォローを入れるところを見ると、沙雪はうっかり泣きそうな顔を見せていたのかもしれない。


無防備な自分を見せていたことに気づいた沙雪はあわてて下を向いた。


そんな沙雪に、さらに古田は付け足した。


「……それにあいつ、三次さんが店に来たこと話してるとき、なんか楽しそうだったし」







しかし、松浦の処分内容は、古田の楽観をはずれた。


今までの前例どおりに――つまり学校謹慎1週間と、放課後の草むしり1カ月に決定したのだった。

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●遊びに来てくださいね!春の企画小説
はじめてのxxx。

 

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