これからの暮らし
「それでは、本日はお疲れと存じますので。こちらの城にてどうぞごゆっくりお休みくださいませ。私はこれにて失礼いたしますが、この城の中におりますので、メイドに頼めないようなことがございましたら、なんなりと、そうお伝えください。私がすぐに参ります。また、のちほど右子が明日からのスケジュールをお持ちいたします。明日から、お忙しくなるとは思いますが、……がんばりましょう」
綺紗も「うんっ」と笑顔で返します。団長として、表面上あまりなれなれしくはできないのでしょうが、了悟の家に遊びに行った時のような、優しい心を今では感じ取ることができました。
紅は姿勢を正して一礼したあと、空中に向かって「右子」と呼びつけます。
「はい」
黒髪おかっぱのメイド、右子がまたまたどこからかぱっと姿を現しました。
「あとは、お願い」
「了解」
そうして紅は食事の間を出ていってしまいました。さみしさが綺紗を襲いはじめる前に、右子が引き継いでくれます。
「それでは、これよりご自室へとご移動になりますが、なにかご要望はございますか」
要望……。
右子の申し出に綺紗がとまどっていると、右子は「真由」「綾香」と二人の女性の名前を呼びつけました。そして自然な動作でふりかえり、綺紗もつられて右子の後ろを見ると、そこには二人の新しいメイドがまたまた一瞬で現れました。この城のメイドさんはみんなこんな手品みたいな登場ができるのでしょうか。
「呼んでふりむく間には、そこにいなさいと言っているでしょう」
「「申し訳ありません、右子様」」
声をそろえてメイドの二人は右子に頭を下げました。
(あ……、い、今の早さは、不合格レベルなのね)
なんだか、この人たちを見ていると、たいていのことは叶えてくれそうです。こちらに向き直った右子に、要望として
「パパと、ママには……会えないのかしら」
思い切ってそう頼んでみました。しかし、
「ご両親様には、専門の病院にて安静にお休みいただいております。綺紗羅様がここをお離れになるのは大変危険かと存じます……」
右子の答えは、半分予想していたものではありました。外には影がいます。紅の話では、特別な力により影とたたかうことができるようになった綺紗は、逆に、戦いから逃げることができなくなってしまったのです。つまり、戦うことを覚悟せずに城の外に出るのは、やはり危険ということのようです。まあ……しかたがありません。
「そのかわりと言っては――」ところが、右子は少し迷ったように言いよどませた後、代替案を提示してくれました。「――高橋了悟でしたら」
一瞬、高橋了悟と言われても誰のことかわかりませんでした。
タカハシリョウゴ……
リョーゴ!?
「りょ、リョーゴには会えるのね? い、今すぐ?」
はっとして綺紗はイスから立ち上がりました。
「はい。高橋了悟でしたら、いつどこへでも。綺紗羅様がお望みのままに」
今すぐ、会える!
「会いたいわ!」
「それでは、お呼びいたします」
右子は、二人のメイドになにやら命令してくれます。会いたいという願いを、了悟に届えてくれるようです。
「それでは、すぐに呼びつけますので――これよりご案内しますご自室にて、しばしのお待ちを」
綺紗は大きくうなずきました。
(やっと……。……早く会いたい)
ってゆーか……
私が神の力(?)みたいなのを持ってて、何年も前から世界を救う救世主として存在することが計画されてたなんて、リョーゴはそんなとんでもないことを知ってて、ずっと黙ってて……
(いーーっぱい、文句言ってやるんだから!)
それに……
(ケガ……手当てしてもらったみたいではあるけど、大丈夫なのかしら)
リョーゴは、もう私の部屋に来てるかもしれない。
右子に連れられて、長い廊下を歩いている間に、メイドに足を止められてぺこりとお辞儀をされても、ドレスが似合っていることをほめられても、手を少し上げ、にこりとほほえんで手短に対応します。そのしぐさは、もう何年もこの城で暮らしている本物のお姫様のようでした。