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姫と騎士と、終わる世界  作者: 友浦
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神との通信を許された御子

 お風呂、ドレス、化粧――と、()()(たく)を整え、ようやく食事のようでした。綺紗は二人のメイドと別れ、右子に連れられて、慣れないドレス姿のままテーブルのある部屋まで移動しました。縦におかれたテーブルの、一番奥の席に、きちっとまっすぐ置かれたナイフとフォーク、そして手元には横置きではしが並べられ、三角に折られたフキンが飾られていました。その中央には、工夫をこらしたかわいらしい料理が一口サイズの大きさで、一枚の皿にちょこんちょこんと盛られています。メインディッシュの前に出される、前菜というものでしょうか。それぞれ野菜を中心に、色とりどりの飾りが付けられていました。中でも、だしで染めたような色をした、透き通ったゼリーの立方体の中に、細切れにされたほうれん草や、きのこや小エビ、細く切られたにんじんやごぼうなどが入ったものは、まるで宝石のようにきれいでした。

 綺紗が食べ始めると、次々に食事を運ばれます。空になった前菜の皿はメイドの手によって下げられ、綺紗が食べ終わるタイミングを見計らって、スープ、魚、肉と、できたてほやほやの一番おいしい状態で料理が並び出されていきます。

 了悟はどこにいるんだろう。と、綺紗は思いました。おなかをすかせているのでは……。あの時作ってくれた、私が食べられなかったチャーハン、了悟は食べていたのならいいのだけど。綺紗はそう願いました。綺紗は自分だけここでこうしてもてなされていて、申し訳ない気分になります。

 自分のナイフとフォークのカチャカチャ慣れない音だけが響く静かな食卓に、大きくノックの音がしました。綺紗が返事をすると、「失礼いたします」と入ってきたのは紅でした。

「お食事はいかがですか」

「すごくおいしいわ。こんなにすてきな料理を、ありがとう……」

「そう言っていただけると、シェフも喜びます」

 さっきと変わらず騎士衣装の紅はにっこり笑ってうなずき、長テーブルの奥の上座に座る綺紗の右手のいすに、失礼します、と着席しました。

「では……遅まきながら、こうしてお連れした理由を、説明させていただきます」

「ええ……」

 紅の姿を見て、何が起きているのかいよいよ説明されるのだと思うと、だんだんと口の中のものが味をなくしていきました。なんだかねんどをかんでいるような感覚です。紅には「そのまま食事を続けながら聞いてくださいね」と言われましたが、綺紗はもうこれ以上黙っていられず、口に入っていたものをえいっと飲みこんだら、すぐにたずねてしまいました。

「コウさん、私、私ね、わけがわからないの。コウさんがどうしてそんな剣士のような服を着ているのかもわからないし、どうしてそんな丁寧な話し方で私に話しかけるのかも。……こうして、自分がここにいることも」

「そう……よね。……いや、そうですね」

 わざわざ言い直すのは、なぜなのでしょうか。

「それに、どうして私がこんなにお姫様のような扱いを受けているのかもわからない」

 綺紗にとって、すべて、本当に突然すぎることでした。両手に持っていたナイフとフォークを、静かにテーブルに置きました。

「追って、ご説明します」

 紅は申し訳なさそうに目を伏せると、呼吸を整えたあと、思い切ったように口を開きました。ようやく、理由が明らかになります。綺紗はごくっとつばを飲みこみました。

「まず……私のことは、ただコウと呼んでいただいてかまいません。そして、綺紗様のことを、……本来の名である “綺紗羅 ”様と呼ぶことをお許しください」

 綺紗はさっきから気になっていました。この城の人が綺紗のことを、綺紗ではなく綺紗羅と呼ぶことを。

「本来の……名?」

「はい。あなた様の()(たま)が、研究所から生み出されたときに名づけられた、本来の名……綺紗羅」

 よくわからないが、了承して先に進めてもらいます。

「綺紗羅様に、心当たりはありませんか。なにか気配を感じた際に、質量をもった黒い影を目撃したことは」

「……あるわ」

 さっきから、追いかけてきた影――。

 いや、それ以外にも、どこかで見たことがあるような気がします。

「それは――綺紗羅様がその影を見ることができましたのは、実はとある施設で作られた力によるものなのです」

 とある研究所……。

「聖なる研究所。――この地球よりずっと文明の進んだ、宇宙界に存在する組織です」

「宇宙……」

 なにやら話が広大です。

「この地球にも、科学では解明できていないことがたくさんありますよね。たとえば、死んだら人はどうなるのか? ……とか、幽霊はいるのか? ……とか、魂を持った生き物が生まれる理由も……、自分がこの世界に存在している理由も、現在解明できていません」

 まあ、それはたしかにそうです。綺紗も、自分はどうして今生きているんだろう? と疑問に思ったことはありました。しかし同時に、その理由がまだわからないことで、考えてもしかたのないことだとも知っていました。

「それについて解明したいと思ったら、今の科学から方法を変えなくてはならないのです。そして地球よりはるかに進んだ文明を持つ宇宙には、ちがう方法でその解明に向けて取り組んでいる組織がございます」

 紅は、少しほほえんで言いました。

「それが聖なる研究所。神様に直接力を貸していただくことを考えにふくめたテクノロジーで、あらゆる開発を進めております」

 へ……へええ。

 神様の力を借りるテクノロジー。

 火力発電とか水力発電とかなら、この地球にもあるけれど、もしかしてじゃあ宇宙のもっと文明が進んだところにには、神力発電なんてものがあるのかしら……?

「少し、話が飛びますが、今、この地球には、とある病気が広がりはじめています」

「え、病気?」

「そうです。しかし、熱が出るとか、おなかが痛いなどといった症状の出る病気とはちがいます。人の精神を抜き出し、精神体のまま、自我を失わせ暴れさせるという病気です。ほうっておくと、地球上には自我をなくした精神体があふれ、錯乱した状態で闊歩することになります。綺紗羅様が目撃された黒い影――通称・黒影が、それにあたります」

 抜き出された精神体が、あの黒い影……。自我をなくして暴れている……。

「肉体から離れたむき出しの精神体は、歩き回りながら、健康な人間にも病気を誘発します。この病気は感染するのです。幸いなことにまだ、この問題は目立つほどにはなっていないのですが――。しかしこれは、将来的にも、地球のテクノロジーでは解決できない問題です。まずもって、肉体を持ち生きている我々人間には、暴れまわる精神体にふれることも、見ることさえできないのです」

「精神体になって暴れてしまう病気……。でも肉体を持っている人からは見ることも触れることもできない……」

 そんな変な病気、聞いたことがない。だから、これは地球のテクノロジーでは解決できない問題って言ってるんだろうけど……。

 綺紗は質問してみました。

「なにか、方法はないの?」

「はい。そこで、神の力を借りました」

 さっきも言っていた、神の力――。

「本来ならば星の問題は星が解決することが望ましいのですが、全滅の恐れがある規模の問題で、どうしても困難な場合にのみ、宇宙組織が手助けすることになっています。滅びの道に入ってしまった地球を救うべく宇宙組織が開発した技術で、神の力を引き出せることのできる、特別な魂を授かりました。あの闇の影から、この星を救い出す救世主として存在する魂を――それが、綺紗羅様、あなたです」

「えっ」

「神は、あなたのご両親に、神との通信を許された御子を授けられたのです。その御子であるあなたは、世界を救う力があるのです」

 研究所の生み出した、神と通信できる人間……それがあたし?

「本来その力は、予定では十六歳になってようやく発現するはずでした。そのころまでに、こちら側の準備を整え、綺紗羅様のご両親にもご説明し、そして綺紗羅様のご同意も得る手はずでございました。宇宙施設も、進んだ文明とはいえ、まだまだ未知の領域がたくさんあります。たとえば魂を誰と誰の間に授けるかを選択することはできません。神のみぞ知る――。私たちが綺紗羅様をお探しするのも、ずいぶん苦労したものです。とはいえ、(ばん)()順調にいっていたつもりでした」

 たしかに、城に入るときもそんなようなことを言っていました。よく思い出してみればたしか、了悟からも聞かされています。本来、あの力は十六歳に発現するはず、とかどうのこうの…‥。

「とはいえ……、こちらの想像をはるかに上回るお速さで、綺紗羅様はその力を発揮された。まだ十歳にも満たないのに。綺紗羅様の力の発現はたいへん喜ばしいことではありますが、しかし同時に危険の始まりでもあります。力の発現は、言い換えればスタートの合図です。力が発現すれば、戦うことができるようになりますが、逃げることはできません。姫様は、常に黒影から目を付けられるお体の状態になってしまわれたということでありますので……。今回、我々はかねてより護衛に付かせていた了悟のみに御身を守らせるという、姫様に危険にすぎる橋を渡らせてしまいました。幸い、おケガはされなかったものの……本当に、申し訳ありませんでした」

 私はケガしてないけど、リョーゴはケガしたわ。謝るならリョーゴに謝ってほしいわ。――と、もっと綺紗自身が落ち着いていて、相手が紅でなかったら言っていたことでしょう。表には出さないけど、紅だって姉として、了悟が大ケガしたことにはショックを受けたはずです。

 綺紗は思い切って、切り出しました。

「それで、私はどうしたらいいの?」

「単刀直入に申しますと」

 紅はテーブルの上に両手を組んで置き、言いました。

「綺紗羅様のそのお力で、我々をあの影と戦わせていただきたいのです」

「やり方は……?」

「まずは騎士たちと契約をしていただくこと。了悟や佐助と交わした契約と同じようなものです。あれは少々無作法なやり方ですが――」

 ひざまずいて、手の甲にキスしたことを言っているのでしょう。……綺紗は思い出して耳が熱くなりました。

「そして、決戦の際、しかるべき装置に入っていただき、意識を集中し、神から授かった力を私たちに送っていただきます」

「装置?」

「綺紗羅様のお力をエネルギーに変換する装置です。そのエネルギーを利用して、私たちはあの影と戦えるようになれるのです。逆に言えば、それがないと接触することすらできません。戦う相手はさまよえる精神体です。彼らと一戦交えるためには、こちらも精神体で戦う必要があります。しかし我らは肉体を持っています。そのエネルギーを通して、肉体から精神をあふれださせ、接触をはかります」

 綺紗が引き出せるという、神の力。

それをエネルギー源とすれば、普通の人間たちが、暴れている精神体と戦える。そんなしくみになっているようです。

「力を送るのは……大変なの?」

「初めは、コツがいります。そのためのご練習は必要になるかと思います」

「ふう……ん」

「いかがでしょう。綺紗羅様。他に、ご質問は」

 ……

 …………

 ………………正直、自分がなにが理解できて、なにがわからないままなのかすら、わからない状態でした。

 とりあえず、今、地球がたいへんなことになりそうで、

 ただのテーマパークと思っていたイリュージョンランドは、文明の発達した宇宙が運営している秘密組織で、

 そのアジトであるこの城に招待された自分は、なにか特別な力を持たされていて、

 その力を、地球の未来のために、つかってもらいたい、ということらしいのです。

 それが、自分の生まれる前から、計画されていたというのです。

「ホントの……話なのよね……」

 もちろん、綺紗はその目で、あの気持ち悪い黒い影を見ています。了悟なんて、実際に戦ってボコボコになっています。疑いようもないものを見てしまったあとだけれど……そう簡単に信じられるものではありません。言葉にして確かめざるを得ないスケールの話でした。もちろん、紅はうなずきます。

「すべてが、本当の、話です」

 は……

 はあぁぁぁぁ。

 綺紗の口から、長いため息がもれました。

「もし、私がやらなかったら……」

 綺紗は、仮定の話で口にしたのですが、紅はそのこともまざまざと想像したことがあったのでしょうか。想像したくない、といったように顔を蒼白にしてこわばらせ、

「病気にかかったこの世のすべての患者に、もとの魂が戻ることがなくなり、やがて死が訪れます……。そしてさまよう精神体は、次々に健康だった精神を闇の中へと誘い、ゆくゆくは地球は、崩壊へと進んでいくことになるでしょう……。一応、綺紗羅様に比べて力は劣る、数少ない他の候補者に頼みに行くことにはなるでしょうが……」

 そう教えてくれました。

 なるほど……。

 どのみち、綺紗は家に帰ることができません。

 ここでこうして守ってもらえて、お願いされては、断ることができないと、冷静に考えていました。それに、自分ががんばれば、病気の人がたくさん助かるかもしれないというのです。

 そこでふと気がつきました。

 病気……?

「成功すれば、綺紗羅様のご両親が意識を取り戻される可能性があります」

「!」

 今まさに、綺紗が思いいたったことでした。

 パパもママもこの病気にかかっている。

「保証はいたしかねますが……。なにもしない場合よりは、意識の戻る確率は、はるかに高いかと思いますよ」

「やっぱり、そうなのね……」

 そして、綺紗にはパパやママのかかった病気をはねのける助けができるというのです。

(いろんなことが起きすぎて、心は、はりさけそうだけれど。

 泣いてばかりいられないと、いつも思っているじゃないの。

 私の努力で、運命を変えられるかもしれないチャンス――)

「私が、できるかしら」

「はい。綺紗羅様には、そのような力が備わっていらっしゃるはずですし……それに、我々は運命共同体です。綺紗羅様のお力を(はっ)()していただけるよう、我々もできることすべてをするつもりです」

「そう……」

 どのみち断ることはできないけど、

 断りたいなんて思わない。

「……あとは、ご自身の精神の強さ」

「精神……」

 紅は、刃物のように美しく力強い笑みをうかべました。

「最後まで、その精神を貫くことができるかどうか。それは、力を備えた方の、人間性に依拠するところが大きいです」

 言葉がわからなくて綺紗が困っていると、

「つまり、キサちゃん次第」

 目の前には紅のにっこり笑顔がありました。

「大丈夫。キサちゃんならね」

「コウさん……」

 しかし、紅はまたすぐに凛々(りり)しく厳しい団長さんの表情へと切りかえます。綺紗もぐっと身をひきしめ、そして――

「私、やるわ」

「……どうも、ありがとう! 本当に、感謝します……」

 紅は、どっと息を吐き出し、組んでいた手を口元に寄せ、神に祈るようにして頭を下げました。

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