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姫と騎士と、終わる世界  作者: 友浦
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国道不良号線? 病院までの長い旅

 外へ出ると、まだ了悟はいませんでした。それにしても、どうするつもりなのでしょう? 綺紗はとりあえず、病院までの道を頭の中でたどってみました。たしか、こういってああいって……

すると、遠くの方からボボボボボというようなエンジン音が聞こえてきたのです。

角を曲がってきたのは、黒いバイクでした。……学生服の少年が乗っています。

「え」

 まさかとは思いました。まさかそんな……

 少年はエンジンをかけたまま綺紗の前でバイクを停め、頭をすっぽり(おお)うようにかぶっていた黒いヘルメットを取りました。

 シャレた巻き毛、

 髪と同じ黒い瞳、

 すかした笑顔。

 どう見ても了悟です。

(え、ええええ……了悟?! バイク!?)

「ほれ」

 了悟はアンダースローの(よう)(りょう)で、手に持ったヘルメットをぽーいと投げてよこしてきます。綺紗はなんとか受けとりました。

「リョーゴ、バイクなんて乗れるの?」

「バイクってか、原付な。姉ちゃんのだけど。よく乗ってるっていうか……」

 了悟はブウンブウンと、わざとエンジンをふかせて、

「ま、乗れや。送ってってやっから」

けらけらと笑っています。

「……二人乗りなんて私、一回もしたことないわよ!」

「んじゃあこれが初めて、ってことで」

「で……できるのかしら?」

「ラクショー。乗るだけ」

 なにか問題でも? という顔の了悟に、綺紗が戸惑っていると、「ほら早く後ろ乗れよ」と了悟はサドルの前のほうにつめて座りなおしています。

 私、乗れるの? でも、これならたしかに、大人の力を借りるでもなく、パパのおみまいに行ける……けど。

 綺紗はとりあえず、両足でバイクを支えていてくれる了悟の座るサドルの後ろ部分に、よいしょと足をかけてまたがりました。

「了悟、もうちょっと後ろこれるわよ」

「ン、落ちない?」

「大丈夫」

了悟の腰に手を回して、落ちないようにしっかり抱きつきます。

(わー。なんか大人……、って感じ)

「メットした?」

「へっ、ヘルメット? まだ」

 ヘルメットのかぶりかたがよくわかりません。いつも綺紗が自転車に乗る時に使っている、半球の白いヘルメットとはちがって、頭の上からあごの下まですっぽりおおうボールのようなタイプなのです。ただかぶるだけでいいのでしょうか。

「あー、やってやるやってやる。かせ」

 了悟は(しゃ)(たい)を揺らさないようにうまいこと降りると、さっきまで支えてくれていた足の代わりにつっかえ棒を出してバイクを固定。綺紗からヘルメットを受けとると目の前に少しかがんで、頭にはめてくれました。目の位置の部分だけ透明の素材になっています。かぶったとき一瞬真っ暗になって、それに息苦しくて、外が見えるようになったときちょっとあわてて了悟を探してしまいました。視界がとてもせまくなります。了悟はヘルメット越しにこっちをのぞきこんできました。綺紗とばちっと目が合うと、「あんがい似合うな」と少し笑っています。

「似合わなくていいっ」

綺紗はそう言ってからはたと気付きました。

「了悟のヘルメットは?」

「俺は不良だからいーの」

 代わりに、というように制服のポケットから取り出した、無理やり折りたたんだ學帽をかぶって、座席にさっと飛び乗ります。

「もう、それ大丈夫なの?」

「出発しまーす」

 細かいことは(もん)(どう)()(よう)、というように、了悟の右手がハンドルを握りました。そんなのでいいものなの? 綺紗が考える暇もなく、ゆらり、とした()(ゆう)(かん)が全身を(おそ)いました。

「わ、きゃあ! 動く」

「そりゃあ、なあ……」

景色がゆっくりゆっくり後ろに流れていきます。(はだ)に感じる風は、まだ自転車に乗った時となんとなく同じでした。でも、だんだん、自分の意思と関係なく、勝手に速くなる感覚が、綺紗にもわかりました。

ボオオオオオオオオ……

 本当にすぐに、人間の足でこぐには大変な速さに達してしまいます。やっぱり自転車なんかとは全然ちがうわね、と綺紗はあらためて実感します。そして、走っているのは道のふちの細い歩道ではなく、車道の真ん中なのです。もう、車と同じ扱いです。「すごい、すごい。道路、走ってる私」綺紗が言うと、了悟が「風になってる~!」と茶化すように叫んで振り返ります。車体がよろよろ揺れて、あぶないこときわまりないです!

 もう綺紗の家がはるか後ろになり、大通りに出ました。ランプが三つ横並びの信号を待ち、車と車の間を、風を切るようにして走り抜けます。

それにしても、なんでこんなことになってしまったのかしら、とまだ不思議な気持ちで綺紗は思いました。まさか、学校帰りに了悟とバイクでパパの病院にまで行くなんてこと、誰が予想できるというのでしょう。

「あっ、次、右よ!」

「ちょっ、早く言えよ! こっからじゃ曲がれねー!」

 商店街へ突入。八百屋さんや洋服屋さん、(きっ)()店なんかががちゃがちゃと並び、いつ来たって活気にあふれた通りのここも、バイクの上から見ると(しん)(せん)です。

「おやおや、小さい子が二人乗りなんかして」

「あんちゃん、気ぃつけて運転するんだよー」

 信号で停まったときに、お店の外にいるおばちゃんやおじちゃんが声をかけてくれました。

「はいよ~。俺は安全運転っすから~」

 了悟も楽しそうに、それに応えています。

 ぐんぐん遠くへ来ている感覚。

 そこからは、ちょっとした旅でした。

 大量の丸太を()んだトラックの後ろについてしまった時は、前が全然見えなくて了悟ともどもひやひやしました。その上、そのトラックが小石を踏んでガッタン! と、大ゆれ。今にもズササササーッと落ちてきそうな丸太に、二人で叫んで、命からがらトラックを抜かしたり……。

そこでエンジンを使ったのか、または元々入ってる燃料が少なかったのか、了悟が勝手にガソリンスタンドに入っていきます。綺紗は、ガソリンスタンドといえば、パパやママといっしょに来る以外のイメージがありませんでしたが、自分のバイクとかを持ったらこうやって来るんだなあ……、そういえば、了悟って年上なんだなあ、とまた思い、いっしょにいる自分もちょっと大人になったような気がしました。

 綺紗はガソリン代を出せるほどのお金はないけれど、なにもしないのでは送ってくれる了悟に悪いと思い、給油を手伝いました。

「このレバーを、押し続けていればいいのね?」

「うん、勝手に止まるから、そのままやっててくれればいいよ」

 綺紗がバイクの給油口につっこんだ給油機のレバーを引いていると、ガソリン特有の化学的なにおいが漂いはじめます。ふだん、車で来たときは、こんなことママがやらせてくれません。

 了悟はぬれた()(きん)で、バイクの車体をくまなく()いていました。しゃがんで、片手でバイクを支えながらごしごしと力をこめて。私はそっちをやるべきだったかしら……と、綺紗が思った時でした。

「ちょ、なに、なにやってんの!」

 驚く綺紗に言われて、あ? と首をかしげる了悟の口元には、一本のタバコ。

「な、な、なにタバコなんて吸ってんの、ってば! その、ガ、ガソリンスタンドで!」

 タバコの火が、ガソリンに引火するようなことになったら、ガソリンスタンド全体が大爆発です!

「りょ、リョ~ゴッ!!」

「吸ってない、吸ってない! まだ吸ってない! 火ついてない!」

綺紗の()(はく)にたじろいだように、了悟は両手をあげて、あたふたと後ずさり。綺紗はタバコを取り上げようと――

「あっ、バカッ! キサおい、レバー!」

「えっ?」

 了悟の視線の先、綺紗の手はいつの間にかレバーをにぎりしめたままひっこぬいていて――……(きゅう)()(こう)からレバーがすぽーんと出るのが綺紗の目に見えた時には、了悟がばっと立ち上がって、押さえてくれました。

「あぶな……」

 あやうく、ガソリンが巻き散らかされるところでした。そこへ火花でも飛んだら、大炎上です。

「ったく、綺紗のほうがよっぽど、あぶねーぞ?」

 ふー、とため息をついてタバコをはなした了悟の口からは、煙は出ていません。

「だって……リョーゴ……なにしてんのよう……」

「この場はキサに任せてちょっとあっちで吸ってくるかー、と思ったんだよ。吸うわけないだろ、スタンドなんかで。あぶないから……。ただ、ま、なんかついクセでタバコ出した瞬間くわえてたけど……」

 綺紗は震えながらレバーを見つめています。

「さ、俺が替わる……」

 そこまで言って、綺紗が泣きそうになっているのに気付いた了悟は、「あーもう、悪かったよ」と困ったように頭をかきました。

「俺も手伝っていーですか」

「いいけど……」

 了悟は綺紗のぶすっとした返事を聞いて、やれやれと笑ってタバコをしまうと、静電気除(じょ)(きょ)装置に触れて静電気を取り、綺紗の背後に立ちました。そして、緊張気()()の綺紗の小さな手の上から、そっと支えるようにレバーを握りました。

 ガーっと音を立てて、ガソリンがバイクに吸いこまれていきます。綺紗が、高身長の了悟をあおぎ見ると、彼は涼しげに遠くを見ていました。了悟がいっしょに給油してくれることに安心して綺紗もつられて前を見ると、色あせた緑の田んぼを道路が横断している景色が広がっていました。山の向こうには街があるのでしょう。

 ガシャン、という音が響いて、手元から振動がなくなります。

「終わったか……」

 了悟はお金を入れるなど何事かの操作をすませると、「ンじゃ、ちょっと吸ってくるから、キサはあっちの椅子に座って、これでアイスでも買って食って待ってろ」と言って財布をくれました。そして原付を引きふたたびタバコを口にくわえながら、ふらふらと田んぼの方へ歩いていきました。

(タバコなんかよりもアイスの方がずっとおいしいと思うのだけど)

 自動販売機に向かいながら、そんなものにお金を使わなきゃいけないなんて気の毒ねえ、と綺紗は肩をすくめました。


 まだまだ旅は続きます。

 ガソリンもばっちり入った後、また二人乗りをして道路を走っていると、了悟が「ハラヘッタ」などと言いだしたので近くにあったコンビニに寄ることになりました。

 綺紗は自分の分のパンを選んで、店内のどこかに消えた了悟を探しました。

「やべえ、クソ熱い展開」

「ちょっと、何やってるのよ」

 そこは雑誌コーナーでした。

 なんでも、了悟は昔見ていた有名なアニメの原作が少年誌で連載していたことに気付いたとかで興奮しているようでした。しかし綺紗はそれが有名な作品過ぎて、むしろどうして了悟が知らないのかわからず、不思議な気分でした。

「友達とそのマンガの話をしたりしないの?」

「俺は()(こう)の不良だからだよ。話しかけてくるやつは誰もいない!」

「え、それってすっごくさみしい人なんじゃ……」

 綺紗の言葉を聞き終わらないうちに了悟はなにかに目をとめると、ため息まじりにパタンと少年マンガ雑誌を閉じました。そして、左のほうの、表紙がごちゃごちゃした怪しげな雑誌に手を伸ばします。

「なに、それ?」

「……ん? ああ、パチスロ情報誌だよ」

 言われて雑誌を見てみれば、その表紙のごちゃごちゃしたものは7とかスイカとか、スロットマシーンの()(がら)だとわかります。

「パチンコ、スロット? 打つの?」

「まあ……俺の生活の(かて)というか……。バイトみたいなもんだよ」

「そ、そんなの読んでるから、友達いなくなるんじゃないの?」

 さきほどアイスを買ってもらった時に渡された(なが)(さい)()が異様に厚かったのを思い出します。あの時綺紗は()(ぜに)しか使いませんでしたが、チラッと見えたあのお札の色は……万札でしょう。そして……情報誌をめくる了悟は、あまり楽しそうではありません。()(けん)にしわをよせて新聞を読んでいたパパを思い出してしまいます。

(年上……って言ったって、まだ()(せい)(ねん)なのだけれどね……)

 レジでまたあのタバコを注文する了悟を見て、綺紗は少し心配になりました。


 バイクの給油に続いて、綺紗たちも栄養補給をしたら、運転再開です。

 そこでまた、思いもよらないことが起きました。

 日の落ちかけてきた大空の下、綺紗でもなんとなく名前を聞いたことのある有名な大通りを走っているときでした。ファファーンというクラクションを鳴らしてくる、ヘンな車に横に並ばれたのです。助手席の窓が開いて、サングラスをした金髪のチャラけた若い男がへらへら声をかけてきました。

「二人乗りだなんてあぶないねぇ~。そんなのより俺らの車に乗ってきなよ、おチビちゃん」

 綺紗は困って、「リョーゴ!」と了悟の背中に向かって叫びました。その人たちは若い男とはいえ、了悟より、もちろん綺紗よりずっと大人の、大学生か社会人です。危険なにおいがしました。それに、なんといってもこちらは小さなバイク。全速力なら車のほうが速そうです。しかし、綺紗のそんな不安をよそに、了悟は余裕たっぷりに「ちぎるか?」と聞き返してきます。そんなことできるの? と綺紗は思いながらも大きく頷くと、了悟は被っていた學帽をさっとポケットにしまい、バイクはブーーンと加速。手元のアクセルを全開にしたのでしょう、吹き飛ばされそうな風に、道路の横の建物や人はもう線の集まりのようにぶれて見えなく……。バイクの小ささを利用して、車道の脇を走り抜けたのでした。もう完全にあの車をふりきったでしょう。

「大丈夫か? キサ!」

「ええ! ぜんぜん平気よ!」

「ははなんかおまえ、すっかり慣れてんな~」

 あのチャラ男の驚いた顔ときたら! 車ではいくら早く走れても、この小さいバイクのように(わき)を走って先に行くことはできないのです。

 ふう、助かった!

 綺紗は大きな川にかかる橋の上で、ちかちかするほどの数の橋のアームに目がくらんで落ちそうになり、ぎゅっ、と了悟の腰にしがみつきました。ほっそりとしていますが、背中は広く感じます。

 了悟のかたい肩越()しに見えた西の空にはもう、真っ赤な日が沈みかけていました。

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