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姫と騎士と、終わる世界  作者: 友浦
24/24

私は、生きていく

 ふつうの生活に戻れるようになった綺紗は、城を離れる際に広間でお別れ会のようなものを開いてもらいました。

 豪勢なコース料理と、心も軽くなる華やかな音楽。(しゅ)(ひん)である綺紗を楽しませようと、あらゆる演出が用意されていました。

 ひとしきり楽しみ、ふと自分の部屋に帰ったときのことです。いつにもましてレースとフリルがふんだんに使われたドレスも難なく着こなし、「これでこのドレスも最後なのね……」となんだかつまらない気持ちになっていたころでした。ノックの音が転がりました。

「あっ、どうぞ」

「失礼いたします」

 騎士服姿の了悟が、綺紗の前に現れました。パーティーからそのままの服のようです。騎士服はデザインが華やかな分、パーティーの空気を盛り上げる服装として使われています。綺紗はたたたっと了悟のそばに駆け寄りました。

「この度の素晴らしいご活躍、およろこび申し上げます」

「リョーゴ……」

 了悟は、またあの質のいい()(しょう)を浮かべて一礼します。

「リョーゴのおかげよ。リョーゴが現実世界に戻ろうって言ってくれなかったら、私は使命を忘れてあの世界でリョーゴと遊びほうけていたかもしれないわ」

「いえ、私のおかげなどと、そんなことはございません。綺紗羅様が……」

「リョーゴ!」

 綺紗はもう、うるさい! というように抱きつきました。

「姫様、私のようなものに……このように触れてはいけません……!」

「だって……リョーゴ……。リョーゴ……」

 了悟から発せられるいつものちょっとかすれた声にのせられた敬語が、綺紗を映す黒い瞳をゆがめるほほえみが、綺紗の胸に突き刺さって痛くて、こうして寄りかからないとどうしても立っていられなかったのです。

 しかし。

「それでは、私からご提案です」

 了悟は綺紗を振り払うこともせず、むしろ顔をもっと間近に寄せて、ささやくように耳打ちします。

「二人きりのときは……キサと、お呼びしてもよろしいですか?」

そしてそっと離れるとき、了悟はキラキラ笑顔の中――すかした顔をチラ見せします。

 ……こんなの、不意打ちです。

「つーわけでさ。あとでな、キサ」

「……ん」

 綺紗は、了悟ほどうまく表情をコントロールできないのでした。


 この世界に、平和な未来が取り戻されてもう一か月。

 元の学校に戻った綺紗は、下校時、家には帰らずに電車とバスで病院まで通っていました。そのせいもあってか、なかなか了悟と下校することがありません。いや、綺紗が普通に帰るときも、了悟がいなかったりして、もうクラスの女子集団で帰るというようなこともありません。みんなでキャーキャー騒いでいた日々が懐かしく思えるのでした。

 おや、今日は了悟が校門で昼寝をしているようです。

「リョーゴ! 来てたのっ」

「ああ。まあ……ちょっとな」

「でもごめんなさい、今日もパパとママの病室に行って、そのまま泊まるの! パパのほうは、もうすぐ退院なのよ!」

「そうかー……」

 しかしこの日は、「それじゃあ、その前にちょっとだけ俺の家寄って行かないか」と了悟が頼んできました。パパとママと会えるのはうれしいですが、別に大慌てでいく必要はありません。もう、毎日のように会っているのですから。それに、今みたいに了悟から頼みごとをしてくるなんてめずらしいことでした。綺紗は了悟についていきました。


「どういうことなの……リョーゴ……」

「もっと早く……ちゃんと言おうと思ったんだが……」

 了悟の家に行くと、佐助のトラックに段ボール箱が運ばれていく最中でした。たくさんの黒い服の人たちが荷物をまとめています。

「最近、この準備が忙しくてさ……」

 任務は終了したから、綺紗は両親が健在する生活に戻り、了悟も普通の暮らしに戻る。そう思っていたのですが……。

「なによこれ! どういうこと!」

 どう見ても、引っ越しの準備です。しかし、少し普通と違うのは、荷物を運ぶ人が引っ越し屋ではなく佐助のトラックで、手伝っている人は皆、黒の紳士服を着た人たちでした。

「これはぜんぶ、地球の土産として自慢しよーと思ってるんだ。最悪、金策に困ったら、宇宙のやつらに(たか)()で売りつけてやるぜ。引っ越し費用もバカになんねぇしよぉ……」

 それって……。

「ああ、俺はこれから、あっちの世界で生きていくんだ……」


 了悟は綺紗を、人のいない、物が取っ払われてがらんどうとしたリビングに通しました。

 了悟の話は、こうでした。

 あのとき「組織で生きる」と決めてしまった俺たちは、もう、この世界では生きていけない。あれのせいで両親を亡くした俺と、父さんも母さんも元気に生きてるキサとじゃ、住む世界がちがってくるんだ。

大戦も終わった後の俺たちは、ここで生きていける線路からはみでてしまった。

 学校も行ってない、卒業できないし、この世界とはおよそかけ離れたことばかりの技術を積んできている。まあ、ランドの従業員としてなど、働き口はあるんだが。

 だから、宇宙施設へと移住する。――もうイリュージョンランドのポートに宇宙船が来ていて、これから旅立つところらしいのでした。そこで、紅と今までの経験を活かして生きていくのだそうです。

「そんな……急じゃないの……」

「綺紗には言わないで行こうかと思った。でも、俺のことずっと探させたら悪いから、最後にお別れだけ、な」

 もう、いつか決心はし終わったのだろう、と思わせるような、はっきりした口調で。

 しかし、それでも綺紗はすんなり納得できるはずもありません。

「で、でも……リョーゴは、スロットがすごいじゃない! 別に地球でだって、食べていけるんでしょ!? 学校だって……お金貯めて、いつでも通えばいいじゃない……! ううん、たとえ学校に通えてなんかなくたって――」

 そうひらめいた綺紗は、もしかしたら了悟が考え直すのではないかと思って、いきごんで言いました。

 しかし了悟はゆっくり、首を横に振ります。

「俺はさ、キサ。キサとちがうところがもう一つある」

「……なに……」綺紗はもう涙声です。

「この世界に、生きていることに……なってないんだ、俺……。姉ちゃんも……」

「……!!」

「あの日、おやじとおふくろが死んだ日、迎えに来た係りの人に、両親といっしょに死亡届を出してもらっている。関係者はみんな、そうするんだ。戦いも終わったここに、俺たちの正式な居場所は、ない」

「死亡届は……まちがいでした、って、もう一度……手続きし直せば……」

 了悟は、必死に引き留めようとする綺紗に優しくほほえむと、

「ううん。……こんな俺だけど、求められている場所があるんだ。何万……何億人という人を、次にまた救えるかもしれない。俺は……俺にしかできない、人のためになる仕事をして、生きて行こうと……思ったんだ」

「リョーゴ……」

 しんとすると、外から「了悟、手伝えー!」と佐助の渋みのある声が届きます。

「はいーっ、行きます、行きます」

 了悟は首を後ろに倒して、大きく返事を投げます。

 綺紗の頭の中には、これまでの了悟との記憶が描き出されていました。

 今まで、どれだけ多くの時間を了悟と過ごしてきたというのでしょう。気を置かれていた分や、別にあった真実など、本当に()(まつ)なもののように感じました。

ブルーパワーインバーターという精神に触れてくる装置が見せた、神との強すぎる通信に壊れそうになった綺紗を守るために見せた偽りの世界にリョーゴがいたのは、彼にたまたま同じ装置にもぐりこまれたせいだけでは……なかったのでしょう。

 取り戻した世界に――……

 パパ、ママ。

 リョーゴはいなくなるそうよ。

 私もついて行ってしまいたいところだけれど、パパとママを残して、そんなことなんてできないわよね。

それならば。

「私は、この世界で生きるわ。あなたがいなくなっても、立派に、ここで生きていく。いつか、また会える日が来たら、そのときは、楽しみにしていてちょうだいね」

 せめて笑顔でさよならしよう。――そう思うのに、正面に立つ了悟があまりにも物分かり良く先にそうしているのを見ると、自分まで感情を抑えてしまうのがさみしく悲しくなってしまい、

「ホントにっ……また会いに来てよ……!」

 もう背伸びしていられませんでした。もういいや! 綺紗は了悟にかけよって、「絶対よ! 絶対に、また会いに来るって約束して!」とぽかぽか叩きました。

「あーもう、鼻水、鼻水。ほらこれで拭け……」

「うるさいっ。あとリョーゴも泣きなさいっ……!」

「あほかー」

 もう少しこのままでいたいと思うのに、向こうから、「リョーゴ、もう乗れ! あの船が出ちまったら、あとは(じっ)()なのわかってるな!」と、佐助が別れの時を知らせてきます。

「は、はい、すぐ行きます!」

 了悟がそう言うと、なんと、さっきまで引っ越しの準備をしていた紳士服の人たちが、このリビングまでぞろぞろと集まってきてしまいました。なんでも、綺紗羅様に改めてきちんとあいさつをするためのようです。

「リョーゴ!」

 思わず綺紗は、了悟を呼び止めました。

「はい」

 了悟は足を止めます。返事がもう敬語になってしまっているのが、ちくりと綺紗の胸を刺します。組織の人の前では、さっきまでのように友達としてふるまうことはまだ許されていないのでした。

「また……会えるよね?」

 綺紗は、そう尋ねてから、ひらめきました。

 コホン。

 むだにせきばらい。周りを組織の人に囲まれているのをいいことに、人差し指をビシッと指して――言い換えました。

「また、会いに来てよね!」

 了悟は、綺紗にしか見えないような角度で、やれやれといったような笑みをにじませます。しかし、そこは組織の前。さっきまで軽口をたたいていたかと思えば、すっと綺紗の前に出ると、なんと自然な動作でひざまずいて、

「おおせのままに。オヒメサマ」

 そう言って、うやうやしく綺紗の手を取り、その甲に軽い口づけをしたのです。

「あ……」

 どき。

 そのあまりの(ひょう)(へん)ぶりは、なんだかもう()(きょう)なほどで。でももう、そこにかしこまる美しい男の人を、今までの了悟と切り離して見ることはできません。

まんまと最後、了悟にかっこつけさせてしまった綺紗は、しかたなく、にっこり笑うしかありませんでした。(おわり)

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