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姫と騎士と、終わる世界  作者: 友浦
22/24

世界が終わらなくても

 あの緊急事態の後、

 了悟は右子さんに会ったのでした。

 右子さんに、「綺紗羅様をお助けしなさい」と、聖堂に続く、閉じていた渡り廊下の鍵を開けてもらいました。そして了悟はどさくさにまぎれて、あの装置に入りました。了悟は驚きましたとも。綺紗の言っていた絶望感が、本当に、骨の髄まで殴りつけてくるような――そしてこってり強力な毒物で溶かしつくしてくるような、嫌な感じをその身をもって体感したのです。

 そして、すべてを忘れました。

 この数日間暮らした日々は、綺紗か了悟か、はたまた両方が作り出した夢だったのです。

 アダムとイブなんかではなく。

「いや……」

 綺紗は、見るからにうろたえていました。

「パパ……ママ……。私の役目。なんとかしなくちゃなんて……ああ、そうだわ。そうよね……」

 いっせいに、自分の役割を思い出してしまったのです。

「そうよ、忘れてたわ。私の役目。戻らないと、私……ああ、でも……」

 気丈に構えようとしながらも、すがるような目でこちらを見ます。そのとき了悟は、あの日、(きつ)(えん)(じょ)で佐助が言っていた意味がようやくわかったのでした。

 “もう少し言わなきゃわかんねーか、……つまりだな”

 つまり――

 “神のため組織のために、あの嬢ちゃんを裏切るんだな、ってことだ。綺紗羅様じゃねぇ、キサちゃんだ。なんでもねえただの小学四年生の女の子キサちゃんを、お前は三年間ずーっと一緒にいた男として、そんなふうに簡単に裏切んのかよ、ってことだ”

 了悟は綺紗を裏切っていました。

 そうか。

 そうだ。

 裏切った。

 俺のことを友達と信じていたキサを、

 俺のしたことを優しさと信じていたキサを、

 両親が倒れて、寄り添う人を求めていたキサを、

 残酷に

 容赦なく

 俺は――裏切った。

 傷つけたのだ。

 優秀な騎士であろう、使用人であろうと見せたがる、

 俺のエゴのために。

 綺紗を。

 それだけは、どれほど言葉を並べても消せない、事実だ。

 了悟は、今にも泣き崩れそうな綺紗のそばまでかけよると、小さな両手を手に取って、そしてしゃがんで目と目を合わせ――訴えました。

「キサ、俺は、お前の幼なじみで、友達だ」

 綺紗が、はっとした表情になります。

「たとえ敬語を使ったって、俺は、俺だ! ここは綺紗の夢でもあるけど、俺の夢でもある。俺はここにきて、お前が姫だってことを忘れていたの、わかるよな。でもここで、俺は俺だっただろ」

 綺紗は考えました。こんな世界になってしまってから、原付バイクに乗りながら、ガソリンスタンド探したり、賭け事の店入ったり、コンビニに買い食いして回ったり――そのどれもが、綺紗を「綺紗羅様」と(あが)(たてまつ)る前の、本性を隠していたという了悟と……まったくと言っていいほど同じ調子だったことを。

「たしかに、キサとの出会いを最初からたどれば、はじめのうちは、不良を演じていた。綺紗を慕うことを演じ、親友を演じていたさ。でも、綺紗から“姫”をなくしても、もう、やめられない今があることも、事実として、受け入れなくちゃいけなかった。それは俺が、悪かった。そんなものは持っていないと頭から否定したのは、考えなしの行為だった。綺紗が怒るのも、傷つくのも、当然だよな。今ならこうしてわかるのに……なぜ、気付かなかったんだろう、俺は」

 了悟は、ため息をつきました。しゃがんだ状態を()()できなくなったように、がっくりとうなだれます。

「許してくれな……綺紗。俺ってさ、いつもいろいろと、後がないから。やるってなったら、とことんやんなくちゃなんねぇ。それで、とことんやった結果、大切なものを、かたっぽ、見失ってた」

 そして了悟は顔を上げて少しほほえむと、こう言いました。

「傷一つない綺紗羅姫は騎士としての俺の誇りで、俺のそばで笑ってるキサはかけがえのねー親友だ。俺には二つあるんだな。綺紗の、姿が」

 綺紗のほおに、つうっと一しずくの涙が流れました。

 やっと、ようやくやっと、了悟の表の面と裏の面がつながって、了悟のことを立体的に見ることができたような気がしました。

「……装置のことは、俺にはなんともしてあげられねえ。精神に干渉してくる機械だ。入ってるのはまだちっちぇえ綺紗なのに、フル稼働させたら、耐えられるはずがねえ。実際、中にいる綺紗が、記憶を覆い隠して、こんな世界を作りあげちまったんだからな。たぶん、精神的な()()はもう相当なものだと思う。でも、そんなことお構いなしに黒影が暴れ始めちまった」

 了悟が、綺紗の手を握る。捧げ持つようにではなく、仲間として手を取るように。

「キサ。俺は、親友としておまえに頼むよ。世界がこんなふうにならないように、おまえの、そして俺の――両親の、(かたき)をとるために、戻ろう」

 両親を助けられるかもしれない責任、もっと多くの人を助けられるかもしれない責任。了悟と紅の両親の(かたき)()ち。

「頼む」

 勢い余って綺紗にぶつかるぐらい頭を下げる了悟の姿は、近頃いつも見せていた美しい一礼よりずっと価値のあるものに綺紗には思えました。

 綺紗は了悟の頭を抱きしめて、なでてあげました。

「戻り……ましょ」

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