幼なじみは年上の不良中学生!
*
「さよーならー」
帰りのあいさつが終わると、綺紗はだらだらしないでランドセルをしょって、さくっと教室を出ました。綺紗の後ろには、女子がずらずらとくっついてきます。
(私が教室を出ないと、女の子みんなが私のことをずっと待っちゃって先生が困っちゃうから、しかたがないのよね)
みんなが、綺紗のことを待って、行動していると思うと、綺紗はついつい、ふふんと鼻歌を歌いました。げたばこでくつをはきかえているときに、
「アルコールランプの火を、ふたをかぶせて消すのが怖い」
という相談を受けた時は、自分も少し苦手なくせに、
「じゃ、そんな時は私にまかせて! 消して回ってあげるわ」
などと、ウインクまでして大見栄を切ってしまったほどでした。あとでこっそり練習しようと決意し、「ふたは上からかぶせるんじゃなくて、横下からこう、おり返すようにねー……」と、綺紗が半分自分に言い聞かせるようにして、講座を始めたときです。
「あっ!」
相談をもちかけてきた子が叫び声をあげました。思わず綺紗は口を閉じます。それを引き金に、他の子からも……
「きゃっ、今日もいるよぉ」
「やっぱかっこいいよね……」
「また学校サボったのかな?」
「みんなで行こ……?」
それから、綺紗を置いて、みんなはそれぞれはしゃぎ始めました。
……実は、みんなが綺紗を待っている理由は、他にありました。
小学校の校庭から門までの道の両脇に広がる芝生。その中で、中学の学制服を着た男の子がいつも昼寝をしているのです。からっと晴れた秋の青空を天井に、運動場の遠くのほうで部活動の号令が響いているのを聞きながら、本日もとても気持ちよさそうにすやすやと眠っています。日ざしがまぶしいのか、顔は學帽をのせられていて見えませんが、こんなところにこうしているのは、はっきり言って一人しかいないことはだれの目にもあきらかでした。
近くまで来ると、さっきまであんなにさわいでいたクラスメートたちは、急にもじもじし始めて、「きさちゃん行って……」「幼なじみなんだし……おねがい!」「ほら、うまくやってね!」と綺紗を押します。
「もう、幼なじみったって……!」あの人が小六の時一緒に登校してただけだって、みんなわかっているんでしょう? それよりアルコールランプの説明は、もういいの?
目がハートマークになった今の女子たちにとって、綺紗のアルコールランプ講座など、どうでもいいことです。
やれやれ。でもなんのことはない、これはいつものことね。と、綺紗はため息をつきました。
(もう。みーんな、この人がねらいなんでしょ!)
綺紗だって本当は、彼女たちが綺紗にまきついてくる理由が、本当はこれのためだとわかっていました。
そう、小学校の門でぐーすか寝てる、このちょっと不良っぽい中学生……
「コラッ!! リョーゴまたサボったの?」
「んぁ……? あぁキサ。学校終わったのか?」
太陽を背にした綺紗の呼びかけに彼は首を動かして、學帽を芝生に落としました。パーマをあててある、シャレた巻き毛が見えたと思ったら、カッと日が彼の顔にさしこみます。
「くぁ~っ、まぶしっ」
彼が狼のように叫ぶので、綺紗以外の女の子はヒッと、息をのみました。
小学生の帰る時間より早くから、こんなところで昼寝をしている中学生が、まともな中学生なわけがありません。ただでさえ年上であるので、いくらキャーキャーさわいでいた子たちとはいえ、いまだに怖がってしまうのも無理はありません。
そんなこの人が、みんなのお目当ての不良中学生、高橋了悟でした。
「わりぃわり、嬢ちゃんたち、おにーさんこわくないよー?」
了悟のふくみのある笑顔が逆にまたこわいのか、みんな子リスのように一か所にぎゅっと固まっています。
「や~しかしいい天気だなぁ。よし俺も帰るか」
了悟がころっとひとなつっこい調子になり、昼寝をやめて帰りしたくをはじめます。するとようやくみんなもおそるおそる近づいてきました。これもいつものことです。
了悟は、晴れの日はいつだってこの校門で昼寝をしているのです。彼は綺紗が小学二年生の時この小学校に転校してきて、通学班が同じだったために毎日いっしょに登校していました。その時彼は六年生で、すぐ卒業してしまいましたが、どういうわけかこうやって彼が綺紗を待つようにして、また一緒に下校しています。登校も了悟といっしょです。――本当に綺紗には理由がよくわかりませんが――。家が近いため自然と合流する登校時はさておくとしても、下校までいっしょとは綺紗もふしぎでした。しかし、了悟のことはもう同級生以上に仲のいい友達なので、綺紗にとっては嬉しいことでした。
初めは了悟と、綺紗と、綺紗の友達一人だけで帰っていましたが、了悟の派手でおもしろい人柄と、校則を無視したおしゃれなルックス、それから不良中学生と下校するというちょっとしたスリル感が綺紗のクラス内で噂になり、一人、また一人と、いっしょに下校したいという女の子が増え、今ではほとんどクラス内の女の子全員がいっしょに帰っています。
「ねえ、リョーゴくんって、どうしていつもあんなとこで寝ているの?」
了悟のことが好きな女子一人目が、ランドセルのベルトをいじりながらおそるおそる質問しました。
「んー、それは俺が不良だからだなー」
のんきな了悟に、
「なに堂々と不良なんて言ってるのよ!」
綺紗はつい怒ってしまいました。了悟は、ああ見えて私立中学校に通っています。いまだに學帽(警察官みたいな帽子のこと)を制服として使っているあたり、さすが私立校――お金がかかっています。しかし了悟の家は、お金に余裕がないことを、綺紗は知っていました。
わざわざ高額なお金を払って私立中学に行かせてもらっているのに……。
その声に了悟はとぼけた顔で「やることはちゃんとやってるよー」と言い返します。
「昼寝なんてして、なにをやってるっていうのよ」
綺紗は声なくつぶやきました。いくら仲がいいとはいえ、あまり、家庭環境のことで出しゃばりすぎたことは言えません。
しかし、間が空くこともなく、二人目が質問をぶつけます。
「親に怒られないの?」
その質問に了悟は、やれやれといった顔でため息をつきました。
「みんなはちゃんとおとーさんおかーさんの言うことをよく聞くんだぞっ」
やっぱだめじゃーん。そんな声が上がります。
「私、中学生のお兄ちゃんと一緒に帰ってるって言ったらパパに怒られたよ」
ひっこみじあんの三人目が、勇気を出して発言。
「ははは、それは聞かなくてよろしい! 君はえらい!」と、了悟。
「えへっ」
「えーでもるりちゃんとこのお父さん、すごく優しいんだよ?」
「こないだなんて、遊びに行ったら イリュージョンランドに連れてってくれたんだもん。ねーっ?」
「うんうん、るりちゃんちのパパいいなあ。かっこいいし」
るりちゃんと仲のいい子たちが、るりちゃんのパパを口々にほめたたえます。イリュージョンランドとは、正式には神聖幻想国という、世界各地にある巨大テーマパークのことです。日本には東京、大阪、名古屋、の三か所にあるパークが有名で、この田舎にもあります。場所はここから車ですぐの、まあまあ近くとはいえ、中が豪華な分入園料は高く、また広くはぐれやすいので、小学四年生の綺紗たちは子どもたちだけでは行かせてもらえないことが多かったのでした。そんなイリュージョンランドに友達もみんな連れて行ってくれる優しいパパだとほめられて、るりちゃんは恥ずかしそうにうつむきながらも、とても嬉しそうでした。
「うちのパパなんかさ、家ではちゃんとした服着てなくてだらしないの! いっつもシャツパンだよ? 見せらんな~い」
「えっ、うちのお父さんもだよぉ、私が友達つれて来たら、急いで着がえてるの」
「るりちゃん、それはえらい方だよ! だってうちは土日はお友達出入り禁止なの」「うちもー。お父さんいるときはだめー」「お母さんも厳しくてさー」「あ、でもカナちゃんちのお母さん若いよねー!」「そうかな?」「しかも美人! あ、化粧品の通信販売、うちのママの代わりに取ってくれてるんだよね?」「あーっ、それうちのママも、いつもお世話になってまーすって、言っておりました!」「え、ちーちゃんのママもなの?」「ここらへんはみんなそうだよねー」「ダイエット食品はみーこのママの――」
へー、みんなのパパママはそんなふうなのか。
自分の家はね、と言い出すタイミングがなかなかつかめず、綺紗はみんなの話を聞いていました。
私のパパはね……
ママはね……
………………
…………
……
「……さーん?」
「……ーい、……さーん?」
「おーい!! キサ!」
自分が呼ばれていたことにはっと気がつくと、周りにいたと思っていたにぎやかな友達が全員消えていました。
「えっ! ……ご、ごめんなさい私、今、あ……あれ? みんなは?」
あれれ……了悟と二人きり。
あたりをよく見ると、――ガレージ、庭があってその向こうにちょっと大きめのレンガの家。綺紗は、ここが最も見慣れた場所――自分の家の前だと気付きます。ということは、です。
「みんななんかとっくに帰ったぞ。キサ、すごいぼーっとしてたぞっ、はは」
了悟の言葉に、ああ、そうだったかも、とぼんやり思いいたりました。まだみんなの話し声が耳鳴りとして残っているくらいなのに、同時にひとりひとり別れて行った記憶もあるような気がします。
了悟が少し前かがみになって、顔をのぞきこんできます。
「大丈夫か?」
「えっ……うん……」
別に、慣れているはずなのだけれどな。
綺紗はどうしてこんな気持ちになるのかわかりませんでした。
「悪かったな」
「な、なによ、私だって、もう、そんなめそめそするような年じゃないし」
了悟の優しさはとてもうれしかったのですが、それよりも綺紗は、そうさせてしまう自分にくやしいと思いました。
実は、綺紗の家にはちょっとばかし事情がありました。綺紗のパパは、一年前から入院していて、もうずっと家にいないのです。さっきの「うちのパパ・ママ」会話にうまく入れなかったことを思い出すと、自分を叱りたくなりました。明らかにふさぎこんでしまっていたでしょう。綺紗は周りの子に、ふれられない壁や、溝なんかを、感じさせないようにしたかったのです。
「んー……父さん、調子よくないのか?」
「う、うん……まあ。大丈夫よ、べつに」
平気なふりが、うまくできません。
「それならいいんだけどさ、ちょっと気になったから」
黙っていると、了悟はほのかに笑って、子どもをあやすように綺紗の頭をポンとなでました。
実はパパがいないのは綺紗だけではありません。
「リョーゴだって……」
了悟にだって、両親がいないのです。しかも入院で家にいないのではなく、この世にいません。もう働いているお姉さんと、この先の角を曲がったところのアパートで二人暮らしをしています。
両親が、この世にいない。
綺紗は思います。
お父さんやお母さんの話、私はこんなにも動揺してたのに、了悟は私のことまで気づかって……。
パパとママの死って、どういう感じなのか、綺紗にはまだわかりません。入院しているとはいえ、やっぱり、パパはここにいるって思うのです。
“死”なんて、想像するしかできないけれど、たぶん、イメージしたものはまだなまやさしいものなんだろう。
それを、どうやって乗り越えたんだろう?
そうやって、なんでもない風に、人の心配までするようになるには、どれくらいの闘いが必要なの?
綺紗は、ぐっと顔をあげました。
「最近はママの調子まで悪くて、ずっとおみまいに行けてないんだ……。もう、ひと月も」
「え、そうだったのか」
「うん……。でもほら、だって、今ママに無理させたら、パパだけじゃなくてママまで倒れちゃう。しょうがないわよね。了悟もそう思うでしょ? 別に私は、平気だわ! パパがちょっとかわいそうかな? ってだけよ」
パパが倒れてから、綺紗はママとたくさんおみまいにいきました。最初は毎日。こないだまでは、だいたいは週に三回は行っていました。ママも綺紗も、パパのことが心配で仕方がありませんでした。ママはパパの分まで働いてとりかえすんだわー! と燃えていました。しかし……
すると今度は、ママの具合が悪くなってしまったのでした。
綺紗は、家に帰ったら自分がママを看病するくらいのつもりでいます。了悟を見るたび、負けてられないと、心が震えます。
もちろん綺紗だって、パパもママも元気だったらな、と思うときもあります。でも、そんなことを考えたって、そのおかげで何かが変わることはありません。
(私だって、泣いてばかりいたくないわ)
すると、黙っていた了悟が
「なあ、キサ」
と、カラオケにでも誘うように軽い調子で提案します。
「俺が連れていこっか。おまえの父さんのおみまい」
「え?」
は?
え?
えええ?
「なに、言ってるのよ」
「え、だから俺が連れてくって」
「む、無理に決まってるじゃない」
「いや、行ける」
了悟はにやりと、まるで近道を知っている小学生のような笑みを浮かべて、楽しそうです。
「こ、こ、ここからどれだけあると思ってるの、遠いのよ? っていうかまずここから最寄り駅までだって、自転車で三十分かかるじゃない」
綺紗はあわててそれがいかに無理なことであるかの説明をしますが……。
「二人で自転車持ち寄って、三十分間こいでこいで、なんとか行けたとしても……、ほら、私行くときはいつもママの車だったから、駅降りてからとか道わからないわ……!」
そう、あのあたりはけっこう田舎で、ちょうどいいところに電車が通っていないのです。しかし、了悟はそんなことは予測ずみだとでも言うように、
「車道ならわかる?」
と、綺紗の前にしゃがみこんで、目の高さを合わせると、大きな手で頭をわしっとつかんできました。
「一応、わからないこともないけど……。でも、リョーゴのお姉さん、お仕事でしょう?」
うん、と了悟は頷きます。
じゃあ、送ってもらえないじゃない。と、綺紗は思いました。
でも。
了悟は、「時間あるなら、ランドセルおいてこい」と言うと、綺紗を足のつま先から頭のてっぺんまでながめてから、「あと、悪いけどそれ、ズボンにはきかえて。外で待ってろよ」と言い残して最後に綺紗の頭をわしゃわしゃとなでると、足どり軽くあっちの曲がり角を曲がって行ってしまったのです。
とりあえず綺紗は、言われたとおり家にランドセルを置きにいきました。
「ママー、ただいま!」
玄関から大きく呼びかけますが、返事がありません。ママはたしかに家にいるようなのに……。綺紗はそっと和室に入って、洗濯の終わった、まだたたまれていない服の山からジーンズを探してひっぱりだして、スカートからはきかえました。
(白ブラウス、カーディガン……は、べつにそのままでいいか。カチューシャも……)
そうして、
「ちょっとリョーゴと遊んでくるー」
と、呼びかけましたが、返事がありません。綺紗はママに会ってきちんと言って行こうか迷いました。でも、どこへ行ってくると言えばいいのでしょう? 正直に言ったら、ママは気をつかって、自分が送っていくと言うかもしれないのです。そうなっては、こまってしまいます。パパには会いたいけれど、ママをこまらせてまで会いに行っていいとは思えませんでした。綺紗は玄関のはじっこにランドセルをおいて(いつもなら自分の部屋に持っていかないと叱られてしまいます)、そのまま行くことに決めました。