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姫と騎士と、終わる世界  作者: 友浦
17/24

喫煙所にて

 喫煙ルームは、幻影城の五階北のテラスに用意されています。屋根のないここからは、毎日ちがう表情を見せてくれる空が楽しめます。絶景の自然アトラクションです。

 了悟は一人、そこにたたずんでいました。

 口元から、ふーっと紫煙がもれます。その煙は、風に流されて形を変え、元の透明な空気に混ざって消えます。

 はあ……。

「ダメだなあ……俺は」

 了悟は、自分の声が耳に届き、思わず口に出していることに苦笑いしました。

「よう、小僧~」

 背後からしゃがれ声がしたので了悟がふりかえると、頭に白いタオルを巻いた佐助が手を振って、こっちに向かってくるところでした。口には火のついていないタバコをくわえています。

「佐助さん。お疲れ様です」

「ンす。あ、ライターがねンだ」

 了悟はすっとポケットに手を入れてライターを取り、差し出しかけ――そのまま佐助の口元に持っていき、火をつけました。どもー、と表情で返されます。

「最近鈴木さん来ないっスね」

 フーッ。

 佐助はタバコの主成分であるニコチンを、全身に染み渡らせるようにして、吸い、吐きます。

「ハーッ。あー、そうだな。見ねえな」

 フー。佐助は柵にひじをついて寄りかかり、ハー。煙を空へ向けて吐き出します。了悟は長くなった灰を灰皿にぱっぱと落としました。

 これだけ広い城でありながら、喫煙所がたった二か所しかないのは、軍の者に喫煙者が少ないことも関係しています。しかし、その分少ない顔ぶれと毎日顔を突き合わせることになり、ちょっとした交流が生まれたりもしていました。

 了悟は一度ゆっくりタバコを吸うと、煙を吐きだしてから、報告しました。

「俺、明日から全空きですよ。また、スロットとか麻雀打ちに連れてってください」

「おうおう。そりゃあいいけどよ」

 佐助は少し穏やかな目になり、たずねます。

「嬢ちゃんの子守はどした」

「……」

 了悟が押し黙っていると、

「ンン? どうしたんだよー」

 と、少しにやつきながら、小突いてきました。

「俺……、自分を、失格にしてきました」

 しゃべらずにはいられませんでした。

「途中まではなんとか、うまくやってたんですが、……もう、だめです」

了悟はつい、綺紗と過ごした日々のことを思い出してしまったのでした……。


 俺は、両親が死んでから、姉といっしょにこの組織に拾われた。親を殺した病気に復讐できると聞いて、俺たちは親戚の誘いを断って、この組織でやっていくと決めた。

 この世の真実を知らされて、それに、世界は宇宙も含めたらもっと広いってことがわかって、神様の力ってホントにあったんだってわかって、それが俺が小六のころ。親を殺した病気に復讐するんだって姉ちゃんと息巻いていたのに、――俺なんかが、いったい何ができるんだろうって思ったら、いつだって心が折れそうになった。

 でも、なんとか役目をもらった。

 神の力を分け与えられた子のそばにいて、いざというときには絶対に守り通す重要な仕事だった。でも、不自然になってはいけない。あくまでも自然にそばにいること。それが条件だった。

 だからこそ――団長である姉ちゃんの後押しもあった上で、ではあるけれど――、俺のような若い人間が選ばれた。

 俺がキサと同じ小学生の時は自然とそばにいられたからよかったが、問題は自分が中学に上がってしまってからだった。どうしたら一緒にいて不自然でなくなるか? いろいろ考えて俺は、早退して小学校の校門で昼寝している不良中学生という設定をあみだした。街中の不良を観察して、パーマをあてたりしてみてくれも不良っぽくしたし、タバコも吸ってみた。言葉づかいも悪くしたし、いざというときに守れるように、武道とか剣術とか、だいたいのことはやった。もちろんまだまだ修行中の身だけれど、そこらへんの適当なチンピラには負けない自信はあった。

 キサとの関係も最初は難しかったのを覚えている。キサの正体は最初から知っていたわけだけど、だからといって俺がキサに神様の御子に接するようにするわけにはいかない。そんなことしたら、あやしすぎる。崇拝して付きまとったりしたら変なストーカーと思われるかもしれない。だから、なによりもまず不良を貫き通すことにした。多少失礼なことを言っても、自分が隠しボディーガードだとばれるよりは、最終的には姫様のためになるほうがいい。

 全部姫様のため――

 そのつもりだった。

 だから、その関係が終わったら、姫と騎士の関係に戻るべき。

 戻るべきだと思っていたのに――

 どれくらいまとまりのある言葉となって口から出ていたのかはわからない。

 テラスの柵から、吐きだした煙で遊ぶようにしている佐助に、何気なく言われた。

「そりゃーつまり、最初は、組織がかわいくて、主人を売ったんだな」

「えっ?」

 俺が? 俺が主人を売ったとは、いったいどういうことだろうか。

「あの子は、お前といてすごく楽しかったみてーじゃねえか。騎士としちゃ、主人に気に入られて、愛されて、合格だ。けど、それがふさわしくない場に戻ったら、今までの自分はあなたのためにつくってきた偽の姿でした、だなんて言っちまうとは、人として、男として、どうなんだろうなぁ?」

 ……つまり?

「主人の意にそぐわないことをすれば、神や組織に歯向かうことと同じ、ということでしょうか」

 綺紗羅様が敬語をやめてほしいと、今までと同じ私を求めてきたことを、断ったのは、主人の意に反したことになる。組織は、神の子に敬意をもって接しなくてはならないとしているのだから、その当人である綺紗羅様の意に反するのなら、いくら組織の取り決めでも、組織の方針を変えなくてはならなかった、ということ?

「俺が言いたいのはそんなことじゃねぇよ」

 佐助さんは、俺の心の中を完全に見透かしたように口角を上げているが、瞳だけは笑っておらず、真剣だった。

「もう少し言わなきゃわかんねーか、……つまりだな」

 佐助さんはまだ長いタバコを惜しげもなく灰皿でつぶしてもみ消すと、こちらに向き直って――

「――、――」

 プープー

 プープープー……

「これは……非常警報!?」

「緊急収集か! いそげ」

 けたたましく鳴り響くサイレン。イリュージョンランド全体も騒然としている。俺も佐助さんも、授かった剣をとっさに抜き出し、タバコは灰皿に落とした。突然の、敵の集団暴走の知らせだった。

 今すぐ騎士として戦わなくてはならない、SOS信号だ

「俺……」

 なによりも先に頭によぎるのは、綺紗だった。

 綺紗はまだ心理的なトレーニングをすべて受けてはいない。

 それでもやらなくてはいけないだろう。

 まだ未完成で、できるわけがなくとも。

 このままでは綺紗羅様のお心が――

 なんてことだ……。

 俺は走りだした。

「綺紗羅様のところに行ってきます!」

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