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姫と騎士と、終わる世界  作者: 友浦
14/24

戴剣式

 それは、聖堂にて戴剣式が行われる日のことでした。綺紗は、騎士たちと契約して剣を授ける特別な役として、奥の聖壇にあがっていました。

 神官は、ふんでしまいようなほど長い裾をひるがえしながら、手に持ったこれまた長い木製の杖で、ここ聖堂の大理石の床に、なにやら大きな円を描きます。しかし、描く動作をしているだけで、線は目に見えません。神官はまるで描いたものが見えているかのように、あっちへこっちへ移動しながら、その中にさらに複雑な線を描き加えていきました。神官のそばを補佐するようにシスターが二人付いて回り、指をさされて指示をされた場所に水晶玉を置いたり、塩のような粉を盛ったりします。ほどなくして、神官とシスターが静かに一礼して下がるのを合図に、円を挟んだ綺紗の正面に、何百もの騎士と整列していた紅が出てきて、描かれたであろう円のそばに歩み寄りました。

「それでは、恐れ入りますが綺紗羅様、ご準備をよろしくお願いいたします」

 聖堂の広場のすみから司会進行をしてくれるシスターの声に、綺紗は頷きました。

 これから、正式な契約の儀式がおこなわれます。この式を通じて契約した人間には、これから、綺紗のパワーが送られることになります。この契約がうまくいかないと、綺紗の力を受け取れず、黒影との戦いに出た瞬間に負けて死んでしまうのです。イリュージョンランドに関係するすべての者にとって、かなり重要な式典でした。

 この日綺紗は、聖堂の装置に入るときに着せられる科学的な生地のシンプルな白ワンピースではなく、いつも城内で着ているお姫様ドレスを用意されていました。歩くときに裾をふまないように両手で少し持ち上げながら、少し緊張して円の中央へと進み出ます。

 綺紗は、リハーサルでやったことを丁寧に一つ一つ思い出していきました。

(まずは……)

 綺紗が円の中心あたりに来ると、紅もきびきびとした動作で円の中に入ってきます。そして、すっと膝をつき、

「永遠の忠誠を誓います」

 凛とした声を響かせると、深く頭を下げました。その瞬間、

 ぽう……

 と、足元に金色に輝く魔方陣が現れました。神官の描いていたものが姿を現したのでしょう。その神秘的な光景に、聖堂の中の空気がはりつめます。通常営業しているイリュージョンランドのにぎわう音が聖堂内を通り過ぎ――

「よろしい。汝の右手、我が剣となり、左手、我が盾となれ――。命、我が糧となり、魂、我が灯となれ――」

 つとめて厳かに発せられる、綺紗の許諾の呪文が、空気をさらいました。すると、紅の前、綺紗との間に、一本の剣がにじみ出るように現れました。

 綺紗も紅も、その場にいるすべての関係者の間に、契約がうまく進んでいることにほっとした空気が流れます。

 刃の部分は、了悟との契約時のものとよく似ていますが、紅のほうがやや小ぶりで、柄の下から(あか)()(ひも)尻尾(しっぽ)のように垂れ、先には深紅の宝玉がつられています。了悟のは柄と刃の間にたてがみのような毛が付いており、そこに宝玉が埋め込まれていましたし、佐助はそういった装飾は見られず、日本刀でした。剣は、人によってそれぞれ形がちがうようです。

綺紗は、前もって言われていた通り、宙に浮いているその剣に手を伸ばし、柄を握って自分のもとに引き寄せます。すると、

(……えっ、重っ!? 剣ってこんなに重いの!?)

 ボーリングの球を棒状に伸ばしたぐらいの重みを感じました。映画などで、こういった剣を軽々と振り回しているのを見たことがあったからか(おそらく、剣を扱う人はそれだけ鍛えているからやすやすと振り回せるのでしょうし、映画撮影で役者が使うような剣は軽い素材でできているのでしょう)、予想以上の重さに驚きつつも、任務を遂行しようとします。まず、紅の右肩にゆっくりふり下ろし、剣の腹で軽く触れます。そして、左にも同じように一回。

(まあ、持てない重さではないけど……)

 終わったら、地面に静かに置きます。それを、紅がうやうやしく拾い上げて、頭を下げたまま両手で捧げ持つようにしてかかげると、一歩下がり、ようやく頭をあげます。水平にした剣から垂れた朱色の飾り紐をかすかに揺らし、柄を中心に剣をくるんと一回転させてそのまま脇に差すようにして、どこか空中に消しました。これからの戦いに燃える、力を満ち満ちとさせた表情に、綺紗はどこか尊い、感慨深いものを感じました。

 次の人が前に進み出て交代し、紅にやったことと同じことを繰り返します。その人が終わったら、また次の人が。そして次。卒業生一人一人に卒業証書を手渡す校長先生にでもなったかのように、また一人、また一人と契約していきます。

(お、重い……)

 が。

 カラン、カラン。

 大きな金属音が聖堂に響き渡りました。

「あっ……」

 無限にも思える力作業に綺紗は心も体もくたくたになって、剣を地面に置くときに、うっかり落下させてしまったのでした。

「……し、失礼」

 綺紗はなるべくあわてずに一言そう詫び、落ち着きを保ちます。契約者は、あらぬ方向へ転がってしまった剣を追いかけて拾い上げ、また捧げ持つようにして下がります。何事もなかったかのように、次の人に進みます。

 それにしても、あと何度これを繰り返せばよいのでしょう。一人が終わって下がればまた一人が前に、その人が終われば次の人が……と、永遠にも感じるほど、足並みそろえて淡々と現れるのです。綺紗は途方もない気分でした。

 そして、

(うっ……腕が、上がらないわ……)

 細い剣もあれば、大きい剣もありましたが、さして大きくもない平均的な剣にもかかわらず、全然持ち上がらなくなりました。

(な、何これ。腕がヘンだわ……っ)

 しかし、綺紗は自分の役目を全うしなくてはと、なんとか上にふり上げます。勢いがうまくコントロールできず、真上に上がってしまいましたが、なんとか上がりました。さあ、まずは右肩に一回――ふり下ろしてタッチさせようと構えたときです。

「あわっ……きゃっ……!?」

 たえかねた筋肉がビリリッと電流が走ったように痛んだ瞬間から、その腕がわたのように感覚がなくなり、力がまったく入らなくなりました。しかも、落ちていく刀は、刃を下に――頭を垂らした騎士の肩のほうに向いています。

(どうしよっ! ケガさせちゃう……っ!!)

 お願い!! よけて!

 ――

 ――……

 カクン。

 と、突然、重さが消えました。衝撃は、ありません。

「!?」

 手を、あたたかいなにかが力強く包んでいます。綺紗は、思わずつむっていた目をあけました。

重ねられた白手袋の手。その主をたどると――

「リョーゴ……」

 騎士衣装に身を包んだ了悟が、後ろから支えてくれていました。綺紗の手越しに握った剣を少し浮かせ、下にひざまずいている騎士が無傷なのを確認すると、ほっ、と息をつきます。

「肩に触れる直前まで、私が補佐いたします。私は先日、綺紗羅様をお守りする際に、すでに契約済みですので」

 聖堂内はわずかにどよめきが起こりましたが、先ほどから綺紗が限界であることも伝わっているのでしょう。了悟がちがった方法で契約している者であることも手伝って、後にひかえた者は了悟を(くろ)()のように見ないものとして、綺紗の前に変わらずひざまずき、こうべを垂れました。

(はあ……助かった……。このまま続けていたら、死者を出してたかも……なんて)

 了悟は綺紗の後ろ、頭の上から手を伸ばして、剣を振るための力を貸してくれます。おかげで綺紗はもう、ほとんど力を使わずに済みました。了悟は軽々と剣を持ち上げ、次から次に契約をさせてくれます。これくらいの剣は簡単に担げる訓練を積んでいるのでしょう。……なんだかとても安心できます。

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