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姫と騎士と、終わる世界  作者: 友浦
11/24

「本日より姫様のお世話をさせていただきます高橋了悟です」

 次の日。

「おはようございます。綺紗羅様。お目覚めいかがですか」

 天蓋ベッドの中で目を覚ますと、カーテンの向こうに人影が見えました。ドレスではなく、かちっとした服装……明らかに、右子ではありません。

 さっと眠気が飛びました。その勢いのままカーテンをめくります。

「リョーゴ……」

 そこには了悟がいました。

 ……そもそも声でわかりましたが。

「本日より姫様のお世話をさせていただきます高橋了悟です」

「うん……」

「姫様のご成長を見守らせていただいてきた自分としましては、このたびの就任は、たいへん嬉しいことでございました。初めてのことで、至らない点が多いとは思いますが、せいいっぱい務めさせていただきますので、なにとぞご容赦ください」

 嫌味のない笑顔で、すらすらと美辞麗句を並べます。執事服を身にまとった了悟の姿と立ち振る舞いは、昨日から始まった了悟の丁寧すぎる言葉づかいに、それはそれは悲しいくらいに似合っていました。 しかし、綺紗はこんなことではめげません。

「……今日からよろしく。しっかりやってみなさいよね」

「はい」


 あの時、

 昨日、右子に綺紗は一つのわがままを言いました。

「リョーゴに私の世話をしてもらうことはできない?」

 これまで了悟が、仕事として自分に付き合ってくれていたことを無理やりいったん受け入れたうえで、綺紗が出した一つのアイディアでした。今まで綺紗は、了悟の裏の面に気がつきませんでした。了悟は授業をさぼって昼寝をしている不良だとばかり、中学生のくせに小学生と行き帰りするような子どもだとばかり思っていました。

 それならば。

 本当の了悟はそうじゃないというのなら。

 だまされ続けていたことになる私には、リョーゴの真の姿を知りたいと思う権利はあるんじゃないのかしら?

 それに、今、どんな形であれ了悟のそばを離れたくはありませんでした。

 綺紗のお願いに、右子は、感情を殺したような無表情のまま「お望みとあらば、やらせてみましょうか。あの者も、新しい次の仕事を与えられるところでしょうし」とうなずいてくれました。

「……うん。あ、でも、嫌がって、やらないかもしれないわね……」

「その点について、ご心配にはおよびません。指揮命令系統はしっかりしておりますので。ただ正式な姫様付きのお世話係ともあれば、その分要求される技術は少なくありません」

「そうなの? じゃあ、簡単にはいかなさそうね……」

「はい。初めのうちは私から教育をさせていただきたく思います。姫様と、そして組織全体の品位に関わることですし……。お許しいただけますでしょうか」

 姫として育てられていない綺紗は、了悟に何か粗相をされても、あまり無礼だと感じないでしょうが、規律ある組織全体としてはそうはいきません。そのあたりにかんづいた綺紗はおとなしく、

「いいわ。じゃあ、リョーゴでも大丈夫だってことになったら、そうしてね」

 と、了悟のことを右子に一任しました。

 その瞬間、なにやら右子の目がキラリと光ったことにも気がつきましたが――

 リョーゴだって、お仕事ならまた必死に頑張ろうとはするはず。つまり、どんなに右子が厳しかろうとも精一杯食いついて頑張り、そばにいてくれるはずです。

(その間に、リョーゴがホントはどんな人だったのか、つきまとってぜんぶ知っちゃうんだから!!)


 そういうわけで、綺紗は朝から了悟の真の姿を知るために、行動を開始しようとしました。

が。

 眠気は消えているものの、起きたばかりでのろのろとしか動けません。すると、

「お目覚めのコーヒーか紅茶を、お淹れいたしましょうか」

 了悟は見越したようにそう提案します。

「そんなの、すぐできるの?」

「はい。ドアの外にご用意しております」

「じゃ……紅茶、お願い」

「はい」

 にっこり笑って、姿勢を正して一礼。下がったと思ったらすぐに、花の絵の描かれた上品なカートを引いて戻ってきます。周りには囲いがなく、動くテーブルのようなカートで、その上にはティーカップ、皿、ティースプーン、ティーポットや、ミキサーのようなコーヒーの豆を挽く機械などが乗っていましたが、了悟の動作はすばやくも落ち着いていたため、カチャリとも音をたてないどころか、乗っているものをいっさい揺らしません。

 食器はどれも、ふちが花びらのようにひらひらっとしたデザインで、ティースプーンや取っ手などは金を使っているのか、指輪に使えそうなくらいぴかぴかまぶしく金色に輝いています。了悟は豆を挽く機械の横の、小さい壺のような入れ物を手に取ると、そこからティースプーンで何か茶色い粉――茶葉です――を少量すくい、茶こしに入れます。ティーポットを右手に持ち替えると、茶こし越しに湯を円を描くように同じ速さで注ぎ、ティーカップにムラなく透き通った液体を落とします。手を進めながら「砂糖はほんの少しだけお入れしておきますね。ストレートでお作りいたしますが、ミルクやレモンもご用意いたしておりますので、ご要望がございましたらなんなりとお申し付けください」と、確認を取りながらも、いちいち意見を聞きません。綺紗が、自宅でも了悟の家でも紅茶を飲んだときはいつもストレートだったのを記憶しているのでしょう。最後に「アールグレイの茶葉でお作りいたしました。観賞用に葉を一枚浮かせております。召し上がってもお体にさしつかえありませんが、のどにつまらせないようご注意ください」と一言添えると、どうぞと両手で皿に乗せたティーカップを差し出してきます。ありがとう、と綺紗はカップだけ受けとります。そっと口をつけてみれば、さっきお茶を注いだばかりなのに、カップはふちまで暖かく、しかし中身はやけどしない程度に少し熱いくらいの、ちょうどいい熱さで――

「おいしい……」

 香りが尾を引き、深い味わいが後に残ります。飲んですぐはさらっとのどを通り過ぎるようで、しかし、一瞬では解けない複雑な味が口いっぱいに広がり、後を長く楽しませるのです。さらに一口。わずかに乾いていた体が、潤っていくのを感じます。

 少しカップを置きたいと思ってふりかえれば、了悟はさっと受け皿を差し出してくれます。

「リョーゴ、こんなに上手にお茶を淹れられたのね」

 綺紗は紅茶の細かい味のちがいを見極めたことはありませんでしたが、すくなくとも自分でやるよりは数倍おいしいと感じました。こんなにおいしい紅茶は、今まで飲んだことがありません。

(さく)(ばん)、右子様に叩き込まれましたもので」

 苦笑いと照れ笑いを混ぜたような微笑を浮かべ、了悟は打ち明けます。

(えっ、もう!?)

 右子の行動の速さには驚かされます。

「じゃあ、あんまり寝てないんじゃない?」

「はい……申し訳ありません。ですが、この身をていしてでも、業務に影響のないようにいたします。――少しでも早く一人前になれるよう頑張りますので、どうぞ、お許しください」

 別に、寝てないことをとがめるつもりはなかったんだけど……。

 むしろ心配になり、ちょっと無理させちゃったのかしらと悪い気分になります。

 綺紗が紅茶を飲み終わると、着替えなど支度を手伝ってくれるメイドに案内を代わりました。その間に了悟は食器の後片付けをするようです。

 先ほどの話からして了悟は、さっそく右子の厳しい教育に耐えてくれているみたいでした。やはり、このまましばらくは了悟のそばにいられそうです。

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