八話 異端者
真っ暗な森の中を走る。月の光があるため、全く見えないわけではないのだが、それでも足元はおぼつかない。
急ぐ僕たちの進行を確実に送らせているに、苛立ちを覚える。しかし、ここで見つかってはもとも子もない。
「あとどれくらい?」
「もう少しです。この先に開けた場所があるので、隠れるならそこです」
どうやら、僕たちが進んだ場所とは違う場所に潜伏しているらしい。
焦りを押さえて、冷静になること。僕自身に戦闘力はない。しかし、シェリーの魔力タンクとして生き残らなくてはならない。そうしなければ、僕たちに勝ち目など存在しない。
小一時間ほど進んだだろうか。村の方向は分かるが、村自体は見えなくなっていた。
焦りのせいか、それとも緊張のせいなのか、脳裏に焼けつくような感覚を覚える。
その感覚は、けたたましい警鐘をならしていた。
「鬱陶しい……」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。問題ないよ」
僕の呟きはシェリーに聞こえていたらしい。シェリーは後ろから心配するように声をかける。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「着きます」
先行するクラリスが、僕たちにギリギリ聞こえる程度の声量で伝える。
そこはクラリスが言った通り、大きな草木が生えていない場所だった。空からは月明かりが降り注ぎ、こんな状況でなければ幻想的だと見とれてしまうところだった。しかし、今回の目的は景色を眺める事ではない。
「クラリス……?」
そこには、盗賊の影も形もなかった。それどころか、そこにいたのは真っ黒な修道服を着た青年だけだ。
「彼はティーダ侍祭。この村の闇神の神殿にて神に仕える神官です」
「いや、それよりも盗賊と妹さんは……」
「黙りなさい」
目の前の神官が何かを呟いた瞬間、脇腹に鋭い痛みと焼けるような熱を感じる。
「ぐっ!」
「ご主人様!」
思わずうずくまる僕の下にシェリーが駆け寄る。
「騙したな……」
「異端者が何を仰るのです」
クラリスが氷のように冷たい目を浮かべ、ティーダと呼ばれた神官の下へ向かう。ティーダも、蔑むような視線でこちらを見つめている。
脇腹からは、決して少なくない量の血液が流れ出ている。
「異端者……?」
彼の言葉を繰り返しつぶやく僕に、冷ややかな笑いがかけられる。
「魔物を従え、村に取り入る。いつかは村を壊滅させるおつもりだったのですか?」
「ふざ、けるな」
ばれている。シェリーがスライムであることが。そして馬鹿げている。その思い込みに加えて、村を壊滅させようとしていたという言いがかりが、僕の怒りに拍車をかける。
「僕にそんなつもりはない! 大体、盗賊でなければ誰が村を焼いた!?」
クラリスは、村が盗賊に襲われたのだと言っていた。それに、あの炎は間違いなく本物だった。だとしたら、あの村は今も襲われている可能性がある。
「お前が神官だというなら、こんなことをしているよりも村を助けに行けよ!」
「その必要はありません。あれはクラリスがやったものですから」
こいつは、何を言っている……?
「なんで、そんなことをする必要がある?」
「あなたのせいですよ。あなたが村長の娘を殺し、スライムなどに擬態させるからです」
違う。そう言おうとしたが、腹の傷が痛み、声が出なかった。
彼の横に立つクラリスの瞳には、明確な怒りと殺意が浮かんでいた。
「あのままでは、村中の人々はあなたを村長の娘を助けた英雄とし、あなた方異端者を喜んで迎えれたでしょう。そうなるくらいであれば、村ごと焼き払うべきだったのです。
まあ、それが出来ないのが彼女の優しさなのですが」
ティーダはそう言うとクラリスをそっと抱きしめ、穏やかな笑みを浮かべる。おかしい。狂っている。そう考える僕をクラリスは睨みつけた。
「アリシアは、優しい人だったの。私に魔法を教えてくれた。私に世界の広さを教えてくれた。私に常識を教えてくれた。私に作法を教えてくれた」
私に、私に、私に。彼女は両肩を震わせながら、『アリシア』にしてもらったことを、数えきれないほど語っていく。その瞳には明らかな狂気が宿っていた。
「あなたは! 私からアリシアを奪った! 彼女の命を、尊厳さえも!」
彼女は怒鳴る。しかし、彼女の言葉に心当たりがないかといえば、そうとは言い切れなかった。
「そんな世界はいらないの。私にはアリシアだけがあればいいの!」
僕はそっとシェリーの方を見る。彼女は表情を固まらせたまま、僕の方を見返した。
「さあ、クラリス。いなくなった人物の事を思い出すのはやめましょう。そんなことよりも、今は彼女を踏みにじった彼を始末するのが優先されるべきです」
「……そうね。ごめんなさい、ティーダ」
ティーダの言葉でいくらか落ち着いたクラリスは、先ほどよりも狂気を納めていた。しかし、隠しきれない狂気は漏れ出ている。クラリスはその怒りの炎を瞳にたたえながら、狂気を燃やしていく。
「《火炎球《ファイアボール》》」
彼女の指先に火の粉が集まり、徐々に巨大な火の玉が形成されていく。その炎がバスケットボールほどの大きさになった時、彼女は口を開いた。
「さようなら、名前も知らない旅人さん」
「シェリー!」
「はい!」
彼女が炎を放つ瞬間、シェリーが僕の脇腹の傷を癒す。動けるようになった僕は地面を大きく転がり、近くの草陰に紛れ込む。学生服が黒くて助かった。
「どこへ行った!」
クラリスのヒステリックな叫び声が森に響き渡る。行き場を失った火炎は木に命中し、生木だというのに煙を吐きながら燃えていく。なんて火力だ、あんなのに当たったら即座に蒸発するぞ。
「シェリー、ここから逃げられると思う?」
「無理だと思います。侍祭といえば、周囲の魔物を探索できる程度の実力はあるはず……私が一緒では、確実に発見されます」
ティーダを見れば、辺りを見渡すのをやめ、僕達の方へと視線を向けていた。その動作は、シェリーの言葉の正しさを如実に物語っていた。
僕は全力で考える。見ていたところ、この世界は魔法を発動するまでに数十秒から一分ほどの隙がある。先ほどまでは確信がなかったから迂闊な行動はとれなかったが、これが分かったからにはいくらか行動がある。
魔法を撃つのはティーダだ。クラリスは未だ甲高い声で僕たちを探している。大方、自分が相手を傷つけたところで、クラリスにとどめを刺させたいのだろう。そうでなければ、先ほどの動作の意味が分からない。
彼の攻撃は僕の死角から現れた。あれは何のためだった? 僕は必死に頭を働かせる。僕たちに確実に攻撃を当てるため? いや、魔法の速度は非常に速い。詠唱の時点から分かっているならとにかく、発動されてから避けるのは困難だ。だとしたら、ほかに意味がある。もしくは――そうせざるを得なかった?
「シェリー、闇魔法ってある?」
「は、はい。使い手は少ないですが、闇の神殿に所属する神官ならば……」
僕はとっさに足元を確認する。現在、月は真上にある。つまり、足元には影がある。
「そういうことか!」
「ご主人様?」
僕はシェリーに思いついた作戦を耳打ちする。シェリーはそれを聞くと、悪戯っ子のようなニヤリとした笑みを浮かべる。
「分かりました」
「それじゃあ、行くよ」
―――――
「隠れているのは分かっていますよ。私からは逃げられません」
私は穏やかな笑みを浮かべながら、隠れている異端者の下へ歩みを進める。
私の魔法の発動するための方法は描画だ。アリシアとクラリスは詠唱することで魔法を発動させていたようだが、私は違う。
彼らのような無知な異端者に見つかることなく、魔法を発動させることができる。
「さあ、おいかけっこは終わりにしましょう。そうすれば、あなたも神の御元へ行くことが出来るかもしれません」
魔物に警戒しながら、ゆっくりと、ゆっくりと。草木を掻き分ければ、そこには――。
「見つけまし……た?」
そこにいたのは、異端者ではなく、スライムだった。
「お、らぁ!」
「ぐっ!」
私は、半身を地面に強打した。
―――――
僕は肩で息をしながら、手に持っていた石を放り投げる。
「ざまぁみろ」
彼が見付けられるのは、魔物だけだ。だから、仮に僕が別のところに隠れたとしても、見付けることはできない。そして、彼の使っていた魔法は闇の魔法だと言っていた。こんな月明かりの中、それも広場では影が出来る場所など足元くらい。だから、彼はわざわざ僕の死角から攻撃をする必要があったんだ。
あとはシェリーに合図をするだけだ。
「シェリー!」
僕はシェリーの名前を呼ぶ。それを皮切りに、シェリーはかけていく。
「クラリス、君の大事なティーダは僕が手にかけさせてもらった。君程度は僕の敵ではないからね」
僕はクラリスに向き直り、声高く宣言する。呆然としていたクラリスの表情に再度、怒りの炎が点る。
「ふざけるな! あなたはろくに戦闘もできない! ティーダからそう聞いてるんだ!」
僕はその言葉を聞き、その場から走り出す。シェリーが走った方とは反対側に。
クラリスは僕を追いかける。
僕はクラリスと付かず離れずの位置をキープする。が、ひ弱な現代人と体を使う人種では脚力も体力も違う。
距離は徐々に詰められていった。
そんな中、僕は横目で後ろを確認する。
うん、やはり炎を準備している様子は見られない。彼女は走りながら魔法を使えるほど、卓越した技術を持っていないらしい。
だとしたら、予定通りだ。
「あれだけ威勢よく啖呵を切ったわりには、足が遅いんですね!」
うるさい。これでも体育の成績は普通だったんだぞ。先生のおまけでだけど。
とはいうものの、僕の方が遅いのも事実。あと数秒で捕まるというところまで彼女は来ていた。
「遅くていいんだよ!」
僕はそう声をあげながら、彼女の方に向かって走り出す。
「えっ、ちょっ!」
彼女もまさか自分の方に向かって来るとは思わなかったらしく、思わず足を止めようとする。僕はそのタイミングを見計らい、彼女の足元にスライディングで突っ込んだ。
「きゃあ?!」
彼女は可愛らしい悲鳴をあげながら、僕の足によって宙を舞う。
いくら失速し始めたとはいえ、すぐに止まることはできない。そんなところに足をかければ、彼女の体はバランスを崩して、今のように宙を舞うことになる。
僕はそのまま、広場に向かって走る。 僕が広場にたどり着くと、そこには人間の形に戻ったシェリーが待っていた。
「ご主人様! 大丈夫でしたか?!」
「うん、予定通りだよ」
シェリーは心配そうに僕の元に駆け寄る。大丈夫だといっているのに、身体中を確認する辺り、あまり信用はされていなかったらしい。
僕が苦笑いを浮かべていると、草影からうめき声が漏れる。
「やって、くれましたね……」
身体中に木の葉をまぶしながらティーダは立ち上がる。僕は自分で思っていたよりも腕力がないらしい。
「ふ、ふふ。無知な異端者だと慢心していました。やはり、傲慢はいけませんね」
ティーダはそう言いながら、修道服で手元を隠しつつ魔法を発動させようとする。
「シェリー!」
「《スプラッシュ》」
シェリーが魔法を発動させる。どうやら、ティーダがうめき声を漏らしたときから準備をしていたらしい。
シェリーの指先から鉄パイプほどの水の柱が現れ、ティーダに命中する。しかし、彼は修道服が多少濡れただけで、傷を負っている様子は見られなかった。
「スライムの魔法ごとき、私には効きません」
彼がそう言うと同時に、シェリーの足元から爆発音が響く。僕が慌ててシェリーの方を向くと、シェリーの片腕部分が無くなり、先はスライムに戻っていた。
「ああ、アリシア……やはりスライムに襲われたのですね……」
片腕となると、すぐには再生できないらしい。シェリーは肩口を抑えながら、憎々しげにティーダの方を睨み付ける。
「そんな下賎な魔物になってしまうとは、彼女も報われないでしょう」
彼はまるで舞台に立っているかのように大袈裟な身ぶりで、悲しみを表現する。しかし、その言動とは裏腹に、その表情には嘲笑するような笑顔を浮かべている。
「今、このティーダが楽にしてあげますよ」
彼はそう言うと、大きな、しかし正確な手つきで魔法陣を描いていく。肌に感じる違和感が、先ほどよりも強力な魔法を放とうとしていると教えてくれた。
シェリーの方を見るが、やっと腕の再生が終わったところだ。
間に合わない。
シェリーは、どこか達観したような顔をしていた。
「さようなら、アリシア」
僕はシェリーを突き飛ばした。
眼前のシェリーの表情は、驚愕に染まっていた。なぜ、どうして?
彼女の頭のなかは、そんな疑問で一杯なのだろう。
「ごめんね、シェリー」
僕はそっと瞳を閉じ、襲い来る激痛に備えた。少しでも、ティーダを喜ばせないように。
しかし、僕はそのまま地に落ちた。痛みは、予想よりも遥かに小さい。
「ご主人様!」
目を開ければ、真っ黒なドレスを身に纏った誰かが、片手でティーダを持ち上げていた。
「なんじゃ、あやつらがあれほど持ち上げる存在がどんなものなのかと、わざわざヒューグくんだりまでやって来たと言うのに……」
「は?」
彼女は僕の方を軽く見やり、冷笑を浮かべた。
「これほどの素質があるのに自殺志願とは、滑稽なことじゃのう」
「がっ、あっ!」
彼女に首もとから捕まれたティーダは、呼吸をしようと必死に喘ぐ。
「ああ、すまんすまん。貴様のことを忘れておったわ」
彼女はそう言うと、ティーダを持ち上げていた腕を軽く振る。
たったそれだけの動作で、ティーダは木々を折りながら森の中へと消えていった。
「……あなたは?」
空気が重い。呼吸をするのも辛く、まるでタールを吸っているような気分だ。
僕が謎の重圧に耐えていると、シェリーが再生した腕で僕にしがみつく。シェリーはガタガタと震え、畏怖の象徴を見るように彼女を見詰めていた。
「シェリー?」
「ふふふ、やはりそこの娘には分かってしまうか」
彼女は艶かしく舌を動かし、薔薇のように赤い唇を湿らせた。
「妾はアイム。今代の魔王じゃよ」




