七話 半端者
「ということ、あれか。君は人さらいに会ったのかい?」
「ええ、お恥ずかしい限りですが」
村についてから数日後、ついに身の上を話すことになってしまった。
僕は彼らにどのように身の上を説明しようか悩んだ。異世界からきて森の中で過ごしましたーなどという、そんな妄言をどこの人間が信じるというのだろうか。
そこで僕は偽の経歴を作り上げることにした。最低でも齟齬がない程度であれば現状は問題ないだろう。
話の展開はこうだ。
僕は遠い国からやってきた旅人だ。何人かの護衛と一緒に旅をしてきたのだが、一人で席を外したタイミングで誘拐されてしまう。
人さらいたちは僕に暴行を加えることもなく、ただひたすらに移動していた。しかし、彼らの命運も尽きたようだ。人さらいたちは森の中で魔物に襲われ、幸いにも袋に詰められていた僕は一名を取り留めた。
当てもなくさまようわけにもいかなかった僕は、幸いにも見つけた適当な洞穴に身を寄せた。
そこで記憶を失った『アリシア』に出会い、彼女の水魔法に助けられながらも二人で森を抜けてきたというわけだ。
これが、僕の考えた茶番である。
「なるほど、数日のうちに大変な苦労をしたみたいだな」
「ええ……でも、彼女のお蔭で助かりました」
「いやいや、こちらこそ感謝しているよ。もう、二度と会えない物だと思っていた」
食事が終わり、シェリーは元母親と一緒に食器を洗いに行った。混乱することも多いとは思うが、シェリーならばうまくやるだろう。
一方、僕の方はというと、ついさっきまでの壮大な茶番を村長さんに話していた。村長さんは人柄も良く、やや豪快なところもあるが、逆にこちらの些細な失敗には目をつぶってくれる人のようだ。
僕自身も、今のところぼろを出すようなこともなく、上手くやっていると思う。
「それに、私は魔物に襲われたのかと思っていたよ。最近は魔王が復活したせいで、魔物が活発に動いているという話も聞いているしね」
「魔王……ですか」
僕は相も変わらず、聞いたことはあるが詳しくない単語を耳にする。
「ああ、嘘みたいな話だが、ここは魔生の森があるとおり、魔力がたまりやすい土地でね。以前から多くの魔物が出現している」
「はぁ……」
なんだかよく分からない話になってきた。あとでシェリーに詳しく話を聞かなければ。
「ここ最近はこの辺りでも強力な魔物が確認されていてね……物騒な話だよ」
「あなた、そろそろ良い時間じゃないかしら」
「ああ、そうだな」
シェリーと元母親が楽しそうな笑顔を浮かべてこちらにやってくる。結構な時間話し込んでしまっていたようで、いつの間にか月が昇っていた。
「済まないね。年寄りの長話に付き合せてしまって」
「いいえ、こちらこそ、身分も確かでないのに泊めて頂きありがとうございます」
「いやいや、いいんだよ。君は命の恩人だ」
そんなものではない。そんなセリフが喉元まで上ってくるが、腹の中に押し込む。この幸せそうな表情を、わざわざ壊す必要などない。
「ありがとう、ございます」
「さて、アリシア。お前も疲れているだろう。ゆっくり休みなさい」
「はい。……その」
「アリシア」
シェリーは暗い表情を浮かべたまま返事をし、何かを言おうとする。しかし、その言葉は元父親によって遮られる。
「私達は君の親だ。今はそう感じられなくとも、いつかは思い出せる」
「……はい」
「さあ、もう寝よう。お互い珍しいことがあって気も使うだろうしね」
村長はそういうとシェリーの元母親を連れて、そのまま寝室へと向かって行く。僕とシェリーは、二人その場に取り残された。
「……さ、僕たちも部屋に行こうか」
「はい」
どこか気まずい雰囲気が流れる中、僕たちは部屋に向かう。僕らの部屋は真正面に位置しており、ドアの目の前までは一緒だ。
そこにたどり着くまでの間、僕たちは一言も言葉を発しなかった。
「それじゃあ、おやすみ」
僕は振り返らず、シェリーを見ないでドアノブに手をかける。その時、後ろから服の裾を引っ張られる。
「シェリー?」
「少し、お話があります」
心臓を貫かれる気分だった。
「……分かった」
僕はそのままドアノブを回して、部屋の中へと入る。
僕が間借りしている客室にあるのは、ベッドと机。それとは別に、テーブルと椅子が用意されていた。
僕はシェリーにベッドに座るように促し、自分はテーブルに備え付けられた椅子の向きを変え、シェリーの方に向き直る。
「それで、話ってなにかな?」
僕はシェリーに話を促す。シェリーの目は真剣そのもので、ふざけた様子は見られなかった。
出来るだけ冷静に。そう考えてはいるものの、実際にそうはいかない。心臓は高鳴り、唇は乾く。
「差し出がましいようで、大変申し訳ないのですが」
シェリーは何を言うのか決めたのか、迷うように動かしていた視線を僕の方へと向ける。
「ご主人様は――」
シェリーの声を遮るように、爆音が響く。
慌てて窓から外を見れば、暗いはずの空は赤く染まっていた。
「村が、燃えています」
誰に言うでもなく、シェリーがつぶやく。果たしてそれは本当にシェリーが言ったものだったのか。
夜盗か、山賊か? 思わず舌打ちをする。折角たどりついた村だというのに、村を潰されてたまるものか。
ここは『アリシア』とシェリーの村だ。
「シェリー」
「はい」
「スライムに戻れ」
シェリーは、僕が何を言っているのか理解できなかったようだった。呆然とした顔でこちらを見つめ返し、口をぱくぱくとさせ何かを言おうとしている。だが、今はそんな時間はない。
「シェリー」
「わ、分かりました」
シェリーは瞬時にスライムの状態に戻る。いつの間にか質量が増えていたようで、今ではドラム缶ほどの体積になっている。
まだ、『アリシア』がシェリーであるとばれる訳にはいかない。彼女が帰る時の為に、彼女の居場所が必要なのだ。それに、よそ者の僕が追い出されたところで何も問題ない。
「出来るだけ人の目に触れない様に。僕の周囲にいて」
「ワカリ……マシタ……」
僕たちは窓から飛び出した。
―――――
外は悲惨な状況だった。村のほとんどで家が燃えており、そこからさらに延焼が広がっている。一刻も早く火を消さなければ、村が全焼してしまう。
「シェリー、どれくらいの水を作ることができる?」
「カナリ……タクサン……」
「やってほしい」
僕は即座にそう答える。しかし、シェリーはその体を震わせる。
「シカシ……ゴシュジンサマノマリョク……ツカイマス……」
「構わないよ。とにかく、村の火を消してくれ」
「……ワカリマシタ」
シェリーはそう答えると震え、僕から魔力が抜けていく感覚がする。シェリーの足元から直径数メートルほどの青い魔法陣が出現し、発光を始める。
「……は?」
シェリーがぷるりと震えると同時に、首筋に冷たいものが落ちる。それは次第に勢いを増し、一分もたたないうちに土砂降りの雨が降り始める。
「シェリー?」
「アメフラシノ……マホウデス……シカシ……」
「旅人さん!」
遠くから女の子の声がする。シェリーは近くの草木のしたに、水溜まりのようになって身を隠す。
女の子は昼間、道具屋であったあの女の子だった。
「えーと、道具屋の子だよね」
「クラリスです。この雨降らしの魔法はあなたが?」
「そうだよ」
咄嗟に嘘をつく。表情などからばれるようなことはないだろう。
クラリスはそれを聞くと、声を荒げて話し始める。
「助けてください! 盗賊が、盗賊が村を!」
「っち」
悪い予感は当たってしまったようだ。しかし、この雨では直に炎も収まる。だとしたら、優先するべきは……。
「村長さんには伝えた?」
「はい、今は村の皆さんに声をかけています。でも……」
「でも、どうしたの?」
クラリスは暗い顔で僕にすがり付き、突然涙を流し始める。どうしたというのだろうか。
「妹が、盗賊にさらわれて……」
「……盗賊の場所は?」
「魔生の森の方です」
「分かった」
僕はちらりとシェリーの方を見る。彼女の姿は既にそこにはなかったが、家の方から走ってやってきた。
「アリィ! 妹が、妹がぁ!」
クラリスは先ほど僕にしたように、シェリーにすがり付いて泣きじゃくり始める。僕はシェリーの方を向いてこくりとうなずく。
「クラリス、僕たちは今から妹さんを助けにいく。君はここで待ってて」
「大丈夫です、私たちでしっかり助けて来るから」
僕とシェリーは彼女を落ち着けるように肩を撫でる。しかし、彼女の目付きは先ほどと違って鋭かった。
「私もついてく。私、これでも火の魔法が使えるの」
「……分かった。でも、無理はしちゃダメだよ」
「うん」
彼女は神妙な顔で頷くと、僕たちを先導するように森の方へ足を進める。
「こっち。盗賊達は反対際から来たから、こっちからなら回り込める」
「助かる。行くよ、アリシア」
「はい!」
僕たちは彼女を追いかけるように走り出した。夜の森は森は暗く、隠れるのにはうってつけだろう。なるべく早く見付けなくてはいけない。
シェリーの手を握りしめ、僕たちは足を進めた。