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六話 証明

 店から帰る途中、大事なことに気がつく。


「しまった、買い物を忘れた……」

「仕方がないですね。私も少し怖かったですし」


 換金はしたものの、保存食や必需品を買い忘れた。それらのことが頭から吹き飛んでしまうほど怖かったのも確かだが、それにしたってドジが過ぎる。しかし、このまま戻りたいとも思えない。


「仕方ない、買い物は明日にして戻ろうか。僕も疲れたよ」

「でしたら、私は自室を探ってみます。何か目ぼしいものがあるかもしれませんから」

「分かったよ」


 僕達はシェリーの元自宅に戻り、それぞれにあてがわれている部屋へと戻る。

 僕の予想通り、シェリーはこの村の村長の一人娘だったらしい。先ほど、シェリーの元母親が体を拭くためのタオルを持ってきてくれた際に、色々と身の上を教えてもらった。

 シェリーは……アリシアは、今年で十七になる予定だったそうだ。そのままいけば、アリシアはどこかの村の息子さんと結婚し、そこでゆっくりと暮らす。そうなるはずだった。

 しかし、数日前、アリシアと両親はとある事情で大喧嘩をした。

 両親はアリシアには嫁いでもらい、ゆっくりと暮らして欲しかったそうだが、アリシアはそうではなかった。

 アリシアは、魔法の学校に行き、冒険者と呼ばれるものになりたかったそうだ。しかし、両親は断固としてそれを許さなかった。

 どちらも一歩も譲らず、緊張が頂点に達したとき、アリシアは家を飛び出してしまった。そして、それ以来行方はぷっつりと途絶えてしまった。

 村の人総出で探そうとしたものの、アリシアはご丁寧に魔法で痕跡を消していた。雨が降り注ぐ中、水の魔法で痕跡まで消されては、追跡など不可能だ。

 そして、両親は村長だ。無理と分かっていることに、労働力は割けない。血の涙が流れる思いをしながら、アリシアの捜索を断念する。

 それが、僕がこの世界にやって来る二日前の出来事だったそうだ。

 そして今日の昼。僕はアリシアを……シェリーを連れてこの村へとやって来た。


「はぁー……」


 胸くそ悪い話だ。この話の中で、悪意があったものなど誰もいない。

 アリシアはほんの少しのワガママで人生を失った。聞けば、アリシアはほとんどワガママを言わなかったそうだ。村長の娘。その立場が、アリシアの想いを圧迫したのだ。結果として、どうしても譲れない願いか生まれ、そして命を失った。

 両親はアリシアに冒険者などという、危険と隣り合わせの仕事に就いて欲しくなかっただけだ。娘の安全を願い、幸せに生きてほしいという願いのどこに悪意があろうか。しかし、その結果アリシアは死んだ。

 探せば助かるかも知れなかった。しかし、痕跡を消すことが出来るほどのアリシアの魔法の技量と、村長としての責務が、彼らの間を邪魔したのだった。悪意なんて、どこにもない。彼らの誰一人を責める要素など、どこにもない。


「……胸くそ悪い」


 今頃、シェリーはアリシアの部屋の中を探索しているのだろう。頭がよく、責任感もあっただろう。そんな娘が、自身の記録をつけていないとも思えなかった。

 シェリーは、記憶を取り戻すのだろうか。そして、記憶を取り戻した時、シェリーはシェリーのままでいてくれるのだろうか。

 ……そういえば、シェリーは、僕無しでは一日の間しか人間の姿を保てないんだった。

 胸の内に、ヘドロのような真っ黒い感情が生まれる。

 僕が魔力の供給を止め、雲隠れをしたとき、シェリーはどうするのだろうか。

 大慌てで僕を探すだろうか。

 それとも、自分の人生を諦めて人としての生を捨てるのだろうか。

 それとも、人間であることを、諦められないのだろうか。

 唐突に、吐き気が僕を襲う。


「う゛、お゛えぇ」


 腹の中が出るほどではなかった。しかし、その嘔吐感は喉に残る。

 僕は一体何を考えているのだろう。そんなことをすれば、シェリーが僕の元に戻るとでも思ったのだろうか。


「…………くそ」


 疲労のせいだ。僕はそう感情を押し殺し、ベッドへと潜り込む。

 ベッドから、シェリーの匂いがした気がした。この家が、シェリーの居場所だと主張するように。



―――――



 気が付けば、後頭部が柔らかな感触に包まれていた。眩しさもほとんど感じず、違和感を覚えながらも目を開ける。


「……おはようございます、ご主人様」

「シェリー……」


 ぼんやりとした頭が酸素を供給され、少しずつ活動を再開する。どうやら、夕方になるまで眠ってしまっていたようだ。


「勝手ながら、膝枕をさせてもらいました」

「ああ、どうりで頭が柔らかかったはずだ」


 ちょっとした悪戯心で頭を動かす。しかし、頭部からはウォーターベッドのような感触が帰ってくるばかりだった。頭上ではシェリーがにこやかな顔で僕を見下ろしている。


「ご主人様。少々戯れが過ぎますよ?」

「申し訳ありませんでした」


 謝罪を聞いたシェリーはにこやかに笑い、僕はそのまま体を起こす。固まった関節をほぐそうと身をよじりながら、アリシアの部屋の探索結果を尋ねる。


「アリシアの部屋はどうだった?」

「本にとどまらず、様々な書物が保管されていました。街から外れた一人の村娘が持つには余りに過多な量の書物が」


 本気だったのだろう。いつかはこの村を飛び出して、広がる世界を見て回る。そんな子供じみた夢を本気で見るために、大人相応の力を手に入れようとしたんだ。


「そっか。内容は?」

「魔法の書物に研究書、国々の成り立ちや常識など、やはり一般人には過ぎたものばかりです」


 さぞ、悔しかっただろう。たった一度きりの過ちで、世界への道を閉ざされてしまったことが。


「そうだったんだ。今後の旅に役立ちそうだね」

「旅に出るのですか?」


 シェリーの一言に鼓動が跳ねる。ここに残りたいなどと言われたらどうしようと。


「その予定だよ。僕は世界を見て回りたい」


 この言い方は、卑怯だろう。シェリーにとっても、『アリシア』にとってもこの一言は必要以上の重みがあるはずだ。


「そうですか。では、支度が必要ですね」

「それは今度。ところで、何の用事でこの部屋に?」


 強引に話題を変える。自分自身、まだこの決断に踏ん切りがついていないのだ。少しでも、答えを先延ばしに。結果を遠くに。


「失礼しました。村長夫妻が夕食の準備が出来たと」

「あー、それはごめん。行こうか」


 大分待たせてしまったかもしれない。早くそっちに行かないと。

 二人で慌てながらダイニングに向かうと、『アリシア』によく似た女性がミトンで大きな鍋を掴んでいた。彼女はこちらの慌てた様子を見ると微笑みを浮かべる。


「ちょうど出来上がったところです。二人とも席へどうぞ」


 奥さんはそのまま僕たちの分の椅子を引いて場所を示してくれた。そのうちの片方は可愛らしい色合いのクッションが置かれていたため、あえて座ることを避けた。

 僕がちらりとシェリーの方を見ると、彼女も意味を察したのかクッションのある椅子に座った。

 奥さんは僕たちを見て笑みを深めると、愛嬌のある笑顔でシェリーに話しかける。


「あら、お客様にクッションのある椅子をお出しするところじゃないかしら」

「す、すみません」

「いいのよ。二人とも、気を使ってくれたんでしょう?」


 ばれてた。


「子供がそろいもそろって気を使って……。いえ、旅人さんはアリシアの命の恩人だもの。そんな言い方をしてはいけないわね」


 しかし、彼女は本当にシェリーによく似ている。シェリーがそのまま五歳ほど歳をとれば、あんな姿になるのだろう。

 しかし、それだと彼女の出産年齢が危険どころの騒ぎではなくなる。つまり、あの容姿で既に三十代後半を迎えていることになる。


「もう少しで主人がやってくると思うので、もう少し待っていただけるかしら」

「ありがとうございます」


 僕は軽く会釈をし、テーブルの上をざっと眺める。見たところ、元の世界でのテーブルとそう変わらないようで、少し安心している。正直、テーブルマナーなどには自信がないんだ。

 僕が話題の種に悩んでいると、扉が開いて村長さんが現れる。


「済まない、待たせたな」

「おかえりなさい」


 村長さんは申し訳なさそうに笑顔を浮かべると僕たちに歩み寄り、話しかけてくる。


「君たちも待たせたね。アリシアも」


 彼は自身も席に着き、果実酒が注がれたコップを手に持って掲げる。


「さて、それでは、大事な一人娘を助けてくれた英雄に乾杯だ」

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