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二十二話 焼き回し

「やあやあ、お疲れさま。ちゃんと帰ってきてくれてよかったよ」


 冒険者達を送り出してから十日が経過した。シェリーとラシールに頼んでおいたことは終わり、迷宮の強化も着々と進んでいる。僕の予想が正しいのなら、このままいけば、熟練の冒険者でもこの迷宮を突破するのは難しくなるだろう。それは僕達の身の安全が確保されることになるし、忘れかけている魔王からの命令も簡単に果たすことができる。何が起こるかわからないこの世界、身の安全を固めておいても困ることはないだろう。

 ライラはこの迷宮の技術に驚きながらも、それを吸収して自身のものにしようとしているようだ。熱心な事で何よりである。僕に物を教えるための教材も作っているようだし、特別いうことはない。

 そして今日、待ちわびていた冒険者たちが帰ってきた。


「お疲れさま。帰ってきて早々悪いんだけど、集めた情報の報告書を書いてくれるかな。場所と道具は用意してあるからさ」


 帰ってくるのは、相変わらず憎悪のこもった視線ばかり。ライラやレニィの《契約》のことなど、忘れているのではないかといわんばかりだ。


「それは構いませんが、それよりもこれを。あなた宛だそうです」


 エミリーはそう言うと、身に付けていた鞄のなかから紙を取り出す。形を見るに、どうやら手紙のようだ。

 ……はて、この世界に僕宛の手紙を出す人物などいないはずだが、いかがなものか。もしかすると、僕の存在を感知した何者かが僕に手紙を送ったのかもしれない。たぶん違うけど。


「シェリー」

「はいはい」


 シェリーは生返事を返すと、そのまま手紙を開封し、文章を読みにかかる。

 数行ほど読んだだろうかという頃、シェリーの顔色が変わる。


「シェリー? どうかしたの?」

「……異端と、それに仕える魔物に告げる」


 体の血液が、一気に引く音がする。


「この手紙を読んでいるということは、冒険者達は無事に迷宮に着いたという事だ。流石、私を下しただけあって、目利きもさぞ素晴らしいもののようだ。

 さて、本題は他でもない。君たちの今後についてだ。あれから無事に帰ることはできたものの、やはり異端が世に蔓延るなど神はお許しになら無いだろう。だが、残念なことに私は迷宮に潜ることが出来るほどの実力はない。そこで――あの村を滅ぼすことにした」


 無意識に噛んでいた唇が切れたようで、口内に血の味が広がる。奇しくも、それがこれからの村の未来を暗示しているようで。


「村を滅ぼしにかかるのは、冒険者達が君たちの元にたどり着いてから一日二日後になると思う。それまでに村までやって来るのなら、村は無事に次の朝を迎えられるだろう。よい返事を期待している。

 ――ところで、今は亡きアリシアも、魔物にされたとあってはさぞ浮かばれないだろう。そこで、君達には手向けの花を用意した。彼らから受け取ってくれ。

 闇神の使徒、ティーダ」


 シェリーが手紙を読み終えた直後、グレンがその装備からは予想もできない速度で走りだす。

 その先には、血の気の引いた表情のシェリーがいた。


「っ! シェリー!」


 グレンは自身の懐から黒いモヤが詰まった水晶玉を取り出す。そしてそのままシェリーの眼前にたどり着くと、水晶玉はまばゆい光を発し始める。


「死ねぇ!!」

「――なんてね」

「《キューブ》」


 クリスが魔法を唱えた直後、グレンの手にしていた水晶玉が薄い膜の箱に覆われる。僕が口角を釣り上げ、グレンが呆然と手の水晶玉を見た直後、大した音もなく、閃光というほどの光もしない中、ポンッという間抜けな音と共に水晶玉がはじけ飛んだ。しかし、その破片は箱の中に残り、外へと落ちることは無かった。

 僕はちらりとエミリーの姿を見る。口元に手を当て、本気で驚愕の表情を浮かべているようだ。レニィといえば、青ざめた表情でその場に立ち尽くしている。どうやら、どちらもこの事態は予想できていなかったらしい。一方、グレンはといえば血走った眼で僕の方を見つめている。

 ……ふむ。


「わざわざ手の内を明かしてあげる必要はないんだけど、今回は特別に教えてあげるよ。今のは《空間魔法》の《キューブ》と言って、空間を遮断する魔法。と言っても、本来の使い道はこういうのじゃなくてね」


 僕がクリスに目配せをすると、キューブはそのまま目にもとまらぬ早さで縮小し、シャボン玉が弾けるような音を立て、水晶玉の破片ごと消え去った。


「今みたいに、対象を閉じ込めて消し去る魔法。魔法に耐性があるようなら、ものすごい力で圧迫されるだけで、消え去ったりはしないんだけどね」


 ちなみに、境界上に物質があった場合、魔法の耐性に応じて切り傷が生じるようだ。ただ、生物だと切れ目が綺麗すぎて傷にもならない。だからこそ、相手をちゃんと箱のなかに納める必要があるんだけど。

 さて。


「僕は君たちに一つ罠を仕込んでおいたんだ」


 一拍の間を置き、言葉を紡ぐ。目の前で×する人を殺されそうになったとは思えないほど、平坦な声に自分でも驚きを隠せない。思っていたより、自分は義憤を覚えるような性質では無いようだ。とはいえ、これが術中でなければどんな反応を示したのか、その結果とならんで身の毛のよだつ思いがする。


「僕はそこの子に契約を仕込む際、僕達を害することを禁止しなかった。なぜだか分かるかい?」


 彼は答えない。目の前に立ち、この場であれば最も代表として立っているはずの彼であるが、言葉を話す代わりに荒い息を漏らしている。


「答えは、君達がどうするかを試したかったからさ」


 離れたところに立っていたシェリーとクリスが、並び立つように僕の後ろに移動する。


「ただ敵対するのであれば迎え撃つし、誰かに操られているのなら助けてあげるつもりだった。僕は君たちを利用したことを悪いとは思っているけれど、何でも許すほど寛容でもない」


 僕の言葉を聞き、エミリーは安堵の表情を浮かべる。対して、レニィは青ざめた表情を浮かべ、グレンは尚も怒りにその身を焦がしている。いやはや、確かにさっき言った事態を想定はしていたけど、これはベクトルが違うんだよね。

 内心辟易としている。とはいえ事態は解決しなければいけない。僕は諦念のため息をつくと、クリスの名前を呼んだ。


「クリス」

「かしこまりました」


 彼女はそれだけ聞くと、半透明となってグレンへと近づいていった。相変わらず冷たい目で彼の頭にそっと手のひらをかざし、呪文を呟く。


「《サニティ》」


 手のひらに淡い光が発生する。それと同時に、彼は白目を向いて、意識を失い倒れ込んだ。


「まあ、最後の可能性として、一部だけが敵対者に懐柔されるっていうのがあったけど、想定していなかったかな」

「グレン!」


 レニィがグレンの元に駆け寄る。別に怪我をさせたわけでは無いから、死ぬことはない。むしろ、手駒にされていたのを解放してあげたんだから、逆に感謝してほしいくらいだ。とはいえ、僕はその詳細については知らないので、クリスに解説を求める。


「先ほどまで彼にかかっていたのは、恐らく《バーサーク》という魔法です。《闇魔法》に属し、対象の身体能力を向上させるものです。代償として、効果を受けている時間は自身の中の攻撃的な強い意志を大きくし、知的な言動を行うことができなくなります」


 クリスはその効果について述べた後、恐らく一定条件の下で発動するように細工されていたのでしょうと、冷淡に告げる。彼女がグレンを見る視線は、いつになく冷たい。

 レニィも、グレンの無事を確認して落ち着いたようだ。僕たちに対して懇願するような表情を浮かべ、声をあげる。


「お願いだ! わたしはどうなっても構わないから、他の人達は助けて!」


 僕はソファに肘をついてその様子を見ている。喉元は吐き気がするほど熱しているというのに、心は凍りつくほど冷淡だ。彼女と、横でその様子を見て混乱するエミリーの様子を観察して、分析できるくらいには落ち着いている。だが、頭は彼女のために動いてやろうとは欠片も思えない。

 それはなぜか?


「君、グレンが何と取引したか知ってたね?」


 僕の一言に、彼女の顔色が土気色になる。

 その一点が答えで、その一点だけで十分だった。

 グレンは、ティーダと取引をしたのだろう。それは恐らくレニィを助けるためで、僕を討つための決死の策だったのだ。証拠に、あの水晶玉は粉微塵に弾け飛び、その破片でしか残骸を残さなかった。

 次元を隔てるというのは、非常に強力なものだ。その中と外を別の世界にしてしまうのだから、その効力は推して知るべし。

 ――だというのに、あの水晶玉はこちらに光と音を響かせて見せた。

 こちらがこちらなら、あちらもあちらだ。

 グレン自身、渡された物がどのようなモノなのか知っていたかは分からない。だが、その怖いもの知らずな特攻精神には恐れ入ると、内心吐き捨てる。

 溺れるものは藁をも掴むというが、掴んだのは爆弾だったのだから笑えない。彼は今、守れるものを巻き沿いにしようとし、守りたかったものと共に命を刈り取られようとしたのだから。

 喉元までせり上がった熱を吐き出すように、深いため息をつく。




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