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十九話 こんにちは人質

「さて、と」


 契約を終え、憎々しげに僕を見つめる冒険者が三人。それと、これからの未来を予想し、青ざめた表情で震える少女が一人が目の前に座り込んでいる。

 契約の内容は三つある。

 一つ目は、重要情報の漏洩禁止。この重要情報とは、僕が迷宮主であること、シェリーが人間のようなスライムであること、シェリーやクリス。ラシールなどが特別強いということを指している。もしもこれが破られることがあった場合、本人であればその場で自害。そうでなければ、知った人も、教えた人も死ぬまで追い回さなくてはならない。

 二つ目は自害の禁止。これは、不要な場面で自身の命を諦める事を禁止する契約だ。人質としての価値を保つという意味合いもある。

 三つ目は任務報告の強制。僕は今から彼らにとある仕事を頼むわけだけど、その報告を十日後に必ず行わなくてはいけないという契約。これも守られなかった場合、阻まれることがあった場合には、障害をうち壊してでもこの迷宮に来なくてはならないことになる。以上の契約を一人の少女に埋め込んだ。最も大切に扱われ、最も可愛がられていそうな、あの少女に。

 僕はというと、仲介役となったシェリーの為に何をしてあげようかと思案し、一息を着いたところだった。まあ、とりあえず今夜辺りにお礼でもすればいいだろう。


「君達にはやって欲しいことがあるんだ」


 僕はシェリーの作ったソファーに深く座り、なめるように冒険者達の様子を観察する。一人を除いて刺すように鋭い視線を送っており、僕への強い敵意が見てとれる。何かあったら困る――というか、その場合は僕は死ぬことになるのだろう。幸いにも、ここはまだ迷宮の中であり、いつでもゴブリンたちを呼び出す準備をしているから、そうなる心配はない。両隣には、心強い味方が控えている事だしね。


「そんなに心配しなくても、難しいことは言わないよ。君達にはまだまだやってもらうことがあるからね」


 これはその一つだよ。僕は微笑みながらそう呟く。まあ、返ってくるのは冷たい目なんですけど。


「きみたちに君達にやってほしいことはいくつかあるんだ」


 僕は人差し指を立てる。


「一つ目、周囲の土地についての情報を集めること」


 中指を立てる。


「この迷宮がどれ程認知されているかの調査」


 僕はその二つを挙げてニッコリと微笑み、以上だよと冒険者達に告げた。


「御主人様、発言をしてもよろしいでしょうか」


 冒険者達は相変わらず話を聞いているのか分からないが、その様子を見ていたクリスが小さく手を挙げる。


「ん、なにかな?」

「この者達には家畜の買い入れと輸送を命じていただけると良いかと」


 この迷宮における食料の関係上、動物の肉はほとんど手に入らない。もしも家畜を手にいれることができれば、その辺りの食料事情も解決するだろう。野菜や果物の食事と言うのも悪くはないが、先日のカレーに肉が入っていなかったのは個人的にも不満だった。たんぱく質というのは常時確保できるようにしておきたいし、そういう意味でもこの提案は良いものだっただろう。


「そうだね、それも付け足しておこうか。やってくれるね?」


 しかし、いい加減返事の一つもしない冒険者達に怒りを覚えてきた。反抗心があるのはいいことだが、そのうち一人の生殺与奪を握っているのは忘れないでもらいたい。こちらとしても、今後のデッドオアアライブが掛かった重要なことなのだ。

 彼らも僕のそんな雰囲気を感じたのか、エミリーと呼ばれていた彼女がぎこちなく頷く。

 まあ、話はもうひとつあるんだけど。


「あと、君には一つ決めてもらわなきゃならないことがある」


 僕は頬杖をつくのをやめ、人差し指をライラと呼ばれていた女性に向ける。


「君はここに残ってもらう」


 僕のその一言に、ライラの顔がさっと青ざめる。怒りとも困惑ともつかない表情を浮かべ、明らかな動揺が見てとれる。


「なぜライラが! その役なら私が受けます!」


 エミリーが声を荒げて一歩だけ前に出る。その直後、とぐろを巻いた蛇の形を模した流水がエミリーの肌に触れないように囲い混む。その大元はシェリーの腕から延びており、触れれば肌が溶ける事は想像に難くなかった。

 僕はわざとらしくため息をつき、首を振って呆れたような表情を見せる。


「理由はちゃんとあるよ。でも、君達に教える気はない」


 それだけ言うと僕は目を細め、今までの声よりも低い声で、威圧するように言葉を続ける。


「自己犠牲の精神はあっても構わないと思うけど、僕はそれに配慮しないし、それをやる相手は選んだ方がいい。君達は、一歩間違えればここで挽き肉に形を変えるかもしれないんだからね」


 その言葉を聞いたエミリーは静かに歯を食いしばり、シェリーに触れないように頷く。

 僕は手を軽く振り、シェリーに目配せをする。蛇状のスライムはそのまま音もたてず戻っていき、半透明な腕へと形を変える。

 彼女達に選択権はない。しかし、それでは一つ疑問が残るだろう。


「ちょっといい?」


 この疑問は解消しなければならない。ライラはそう直感で感じたのだろう。キツい目付きで僕へと声をかける。僕はわざとらしく首をかしげ、何かなと呟いた。


「君はさっき決めてほしい事があると言ったわ。けど、人質になることに選択権がないなら、何を選べば良いの?」


 僕はライラの言葉を聞き、一瞬、イタズラっ子のような笑みを浮かべる。そして、ただ一言、後でねと答えた。


「質問はそれだけかな?」


 彼らは何も答えない。代わりに、怒りと恨みのこもった視線を投げかける。僕はそれを意に介さず、満足そうな笑みを浮かべる。


「それじゃあ、行ってらっしゃい。よい報告を期待しているよ」


 僕はそう言って、迷宮の《侵入禁止》をもう一度発生させる。目の前からは僕たちと望んだ人物以外の人物がいなくなり、結果としてライラと僕達だけが残された。

 彼女は相変わらず敵意のこもった視線を送り続けている。しばらく友好的な関係を築くのは諦めた方がいいかもしれない。

 僕が新入者との今後の関係について悩んでいると、ラシールが制服の袖を引っ張る。


「ご主人様ぁ、お話も終わったことだし、そろそろお家でゆっくりしたいの……」


 そう言うラシールの表情は眠たげで、こっくりこっくりと船を漕いでいる。


「うん、そうだね。戻ろうか」


 僕は袖をつかむラシールの髪をすくように撫で、そのまま爪先で地面を叩く。足元には全員を囲むように青白い魔法陣が現れ、一瞬の間に風景を変える。

 着いた先は館のエントランスホール。入り口に当たるそこには見せかけだけの扉がついている。その大きさはまさに巨大の一言で、巨人が出入りするために着けたのかと思うほどだ。まあ、ハリボテなんだけど。

 足元はパット見普通の絨毯だ。僕の趣味で赤地のものになっているが、その実素材は植物性となっている。しかし、この絨毯の意味はそこではなく、端に施された刺繍にある。

 刺繍は全てこの迷宮の一部を糸のように細めて通している。もしもこの館まで侵入者が現れるようであれば、この絨毯の上は他の階と同じか、それ以上の脅威となって侵入者に襲いかかることになるだろう。

 想定外の収穫に浮かれていた僕はその場でくるっとターンを決め、声もでないほど驚愕しているライラの顔をのぞく。僕がのぞき込んだことで、流石のライラも意識を取り戻したようではあるが、酸欠の金魚のようにパクパクと口を動かしている。

 先程までの敵意のこもった視線とはうってかわり、その可愛らしい様子に思わず自然な笑みがこぼれる。


「ようこそ、僕達の迷宮へ」



―――――



 私は思わず口を開けて呆けてしまった。ついさっきまでは蒸し暑く不快な森の中だったというのに、光に包まれたと思ったら豪華絢爛な屋内に立っていた。

 私は、平民の出だ。貴族の屋敷など見たことはないし、せいぜい人から聞いた程度の認識しかなかった。そんな私にも、想像図というものはある。数々の調度品が品よく並べられ、客人用が多数存在する。部屋の隅々までが清潔に保たれ、いつでも客人を迎え入れることができる。そんなものが、私のイメージだ。

 目の前には、そのイメージ通りの光景が広がっていた。

 冒険者に伝わる一般的な迷宮のイメージは、こんなものではない。洞窟や入り組んだ深い森。遥か昔に栄えていた文明の遺跡などが一般的だ。どこも侵入者を排除することに徹底し、何も知らない人間が入れば出てくることは叶わない、そういうもののはずだ。決して、森の中にそびえる大木ではなく、ましてやその中に広大な敷地と、豪華絢爛な館があるようなものではない。

 あまりの出来事に、私の頭は破裂しそうだった。

 迷宮主の少年が私の顔を覗き込む。相当間抜けな顔をしているだろうが、それを考えるよりも聞くべき事はいくらでもある。しかし、聞くべき事が多すぎて思考が回りきらず、口を開閉させるだけだった。


「ようこそ、僕達の迷宮へ」


 少年はそう言って、屈託のない笑みを浮かべる。

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