一話 嘘から出た誠
確かに、僕は異世界に行きたいと願った。でも、それは自暴自棄気味な言葉で、決して本心ではなかった。
だというのに、神様は意地悪だ。奇跡を起こすというのなら、もっと他に叶えて欲しい願いがあったというのに。
百歩譲ったとしても、だ。
「神様の馬鹿野郎……」
こんな森の中に放り出すことはないだろう。
―――――
見渡す限りの木々に、目を凝らせば小さな虫逹。正直虫は気持ち悪くて嫌いなので、さっさとこの場所から立ち去りたい。しかしながら、人家のある場所どころか方角一つ分からないこの状況ではどうしようもない。
まずは現状の確認だ。
衣服はそのまま。フラれて川縁に座っていた頃と同じ学生服姿だ。
体。自分でいろんな部位を触ったり目視して確認するが、ぱっと見て変化は見受けられない。少なくとも、ネット小説のようにモンスターや魔物になってしまったということはないようだ。その点は、他人との交流しやすそうで助かる。
場所。見渡す限りの森林。果物などは見受けられず、うっそうとした樹木が立ち並んでいる。森の中のためか、気温が若干低いようだが、それでも凍えるような温度ではないし、湿度がやたら高いわけでもなさそうだ。寝るときは野晒しかもしれないが。
持ち物。驚きのオールナッシング。衣服は剥ぎ取られなかったようだが、荷物までは一緒に持ってきてくれなかったらしい。
「うーん、どうするべきか……」
人家を探して当てもなくさ迷うのは愚策だろう。体力を消耗して世界からサヨナラする未来が見えている。正直、自分の体に自信があるわけではないし。
逆に、全く動かないという手段はどうだろう。これも愚策だ。現在、所持しているものは何もない。食べ物どころか飲み物も持っていない。そんな飲まず食わずの状態では、動けて二日だろう。気力の事も考えると、今日一日がタイムリミットと言っても過言ではない。なんか、泣きたくなってきた。
気を取り直して最後の手段。この場所に目印をつけ、目ぼしいものを探しながら探索することだ。そして、なにか収穫があったら帰ってくる。
正直、どの作戦も対して有効な手だてではない。運任せで生存率もめちゃくちゃ低い。
前述した理由以外にも、僕が行動不能になる理由は沢山あるだろう。自然物による負傷に、外敵から突然襲われる事、そもそもこの場所を見つけられないこともあるかもしれない。
しかし、それでもここにとどまっていてはいけない。異世界に助けなど来はしないからだ。
「善は急げ、かな」
自宅はドが付きそうなくらいの田舎だったため、都会派の人よりは体力に自信がある。しかし、それでも鍛えている人には到底劣る。そんな人間が森のなかで立ち往生しても、余計に寿命を縮めるだけだ。
そうと決めた僕は大きめの枝を拾い上げ、その場に突き立てる。そして、適当な草の茎を使ってその場に目印となる十字架を作った。
縁起でもないとは思うが、余り造形に凝った物は作ることができないし、逆にさっぱりしすぎては目印にならない。妥協点というべきポイントがここだった。
そして、この十字架にはもう一つ意味がある。
「さようなら、現代の僕」
決別が、必要だった。
―――――
草木の隙間を縫うように歩くこと数時間。体感で計っているため正確な時間ではないが、日が暮れないことと疲労が溜まらなければ問題ない。
戻るための道は記憶しているし、これまた問題はない。そして何よりも、探索に出た収穫は大きかった。
近場に切り立った崖のような場所があり、その一部に洞穴がぽっかりと口を広げていたのだ。見たところ崩れそうな感じでも無いし、深さもそこそこあるようで雨風はしのぐことができそうだ。
「今日の宿は確保完了」
僕はそう一人呟く。声に出す必要は欠片もない。しかし、このままでは何日声を出さないか分からないし、しゃべり方を忘れてしまう恐怖もあったからだ。
さて、宿の中は外よりも少しだけ涼しく、そのままでは凍えてしまうかもしれない。唯でさえ体を冷やすことは体力を消耗するのだ。それは避けなくてはならない。
とりあえず、暖をとるためにも葉っぱを集める。ベッドになるほどではないだろうが、贅沢は言っていられない。ついでに、食料が見つかればいいんだけど……。
しかし、世の中はそう簡単にはいかない。幸運を立て続けに起こせるほど、僕は運が良くはない。
草を集めることは全く問題無かったのだが、食料となりそうなものは欠片も見つけられなかった。学生服を使って草を集めている間も、せわしなく辺りを眺め回していたが、それらしいものは見つけられなかった。
「明日はもう少し捜索範囲を広げなきゃ……」
日は既に傾き始めている。夜は魔物の時間だ。ましてや、環境の事すら知らない僕が出ていっていい時間でもない。僕にできるのは、明日の幸運を祈って木の葉を被る事だけだ。
こうして、僕の異世界一日目が終了した。
―――――
……寒い。外を見れば、まだ月は天高い位置に登っている。
自分の指先を触ってみれば、やはり多少冷たくなっている。どうやらこのせいで目が覚めてしまったようだ。
やはり、木の葉で暖をとろうとしたのは無謀だったらしい。素人の浅知恵など自然には通用しないと嘲笑われたようで、どことなく気分が悪い。
「んー……」
とはいっても、出来ることなど何もない。せめて少しでも体温を下げないように、体を丸めて寝るくらいしかできない。
そう思い、体を丸めたその時だ。
洞穴の外から草が擦れる音と、何かを引きずるような音が聞こえてくる。
「――っ!」
悲鳴をあげそうになるのを咄嗟に堪える。外に何がいるのか分からないというのに、居場所を教えるような真似は悪手だ。
声を潜め、物音一つ立てないように呼吸を押さえる。しかし、物音は徐々に大きくなっていく。
幸運の次は不幸が来るようだ。最早運命を覚悟するしかなかった。
「……ぁあ」
声。人の声? それも綺麗な女の人の声だ。しかし、こんな時間に? 森の中で? それもうめくような声を?
頭の中は疑問符だらけだった。しかし、仮に外にいるのが本当に女の人で、呻いているのは負傷しているからだとしたら……。
こんなときに発揮される豊かな想像力は、傷付いて森のなかで助けを求める女の人を描いていた。
……ああもう! くそが!
自分で自分に悪態をつく。もう少し利口に動けば良いものを、それもできないだなんて。しかし、想像通りになっているかもしれない女性を見捨てることなんてできなかった。
僕は被っていた葉っぱを撒き散らし、外へと飛び出した。
「あぁ……」
「――クソが!」
僕の予想は正しかった。外にはこの世界の物とおぼしき服を纏った女の子が、負傷して地に伏していた。
「……くそ、が」
ただし、確実に助からない状態で。