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十二話 異世界の迷宮

「かしこまりました」


 いい加減、許容量もいっぱいいっぱいだ。ナビゲーターというなら、せめてこの場のことだけでいいから解説してほしい。


「とはいえ、迷宮主様を立たせたまま話始めるわけにもいきません。なので、まずはそちらに」


 彼女はそう言うと、手を差し出して僕を玉座へと促す。


「座らなきゃダメですか」

「迷宮主様がお座りにならないようでしたら、私たち使い魔は地面に伏した状態で説明をすることになります」

「ははは、面白い冗談ですね」

「ははは、冗談とお思いなのですね」

「分かりました」


 この人怖ぇよ! 全然冗談が通じないし!

 それはとにかく、流石にそんなことをさせるわけにはいかない。これだけの美女美少女だというのに、そんな子達を土下座の状態でいさせるなんて僕の美学に反する。

 僕は渋々と玉座に向かい、諦めも込めて深く座り込む。クッションはふんわりと僕のお尻を包み込み、抵抗をほとんど感じさせない。あくまでもほとんどだ。一切無いのではなく、座るのに適度に心地いいのがすごさをより感じさせる。

 僕が謎の敗北感にうちひしがれていると、半透明の女性は満足したように話を始める。


「それでは、まずはここがどのようなものなのかということについて、説明をいたします」


 彼女がその場にあった本を軽く叩くと、本が淡く発光し、巨大な木とその下に伸びる螺旋階段。そして、回廊と箱形の部屋を空中に写し出す。


「現在、この大木――ここでは世界樹と呼称します――周辺は本書――迷宮の書と呼称します――の発動した魔法により、迷宮(ダンジョン)へと変化しています。

 迷宮(ダンジョン)とは、魔法により違う(ことわり)をもって形成される、いわば別の世界でございます。ここまではよろしいでしょうか?」


 彼女は、映像を指しながら淡々と説明をする。固有名詞が多く理解するのに多少時間がかかるが、実際そこまで難しい事を言っている訳ではない。要するに、ここの辺りは迷宮という異世界のようなものになっているということだ。

 僕は頷いて先を促す。


迷宮(ダンジョン)には、迷宮主(ダンジョンマスター)と呼ばれるものが必ず存在します。迷宮主はダンジョンにとって脳であり、心臓のような存在です。そのため、迷宮主が死亡した場合、迷宮は崩壊し、その一切の機能を停止します」


 迷宮には主がいて、そいつが死んだら迷宮も崩壊する。僕の知っている知識とそう変わらない。

 ただし、少し気になるのは先程まで僕が『迷宮主』と呼ばれていたことだ。


「一ついいかな?」

「いかがいたしましたか」

「君はさっき、僕の事を迷宮主と呼んでいたけど、この迷宮の迷宮主は僕っていうこと?」


 頼むから違うと言って欲しい。この世界に来てからやたら生命の危機にさらされるし、この話が僕の知っているものと同じだとしたら、これからは延々と命を狙われる事になる。

 そんなことはごめんだ。


「その通りでございます」


 世界は一個人の精神的ストレスなどといった事情は鑑みてくれないらしい。また、僕の精神的ストレスを鑑みてくれない半透明さんは追い打ちのように話を進める。


「迷宮主にはいくつか役割があります。

 一つは、迷宮の機能を用いた迷宮の管理と運営。

 二つ目は、周囲に影響を及ぼしやすい魔力を収集し、魔力よりは影響力の少ない状態である、魔物へと変化させること。

 代表的な役割はこの二つでございます」


 はい、またもや俺の知らない知識が飛び出しています。しかし、今回はそれほど心配してはいない。なんといっても落ち着いて話を聞けるというのが大きい。

 今までは追うわ追われるわで、まともに状況の整理ができる状態ではなかったが、今回はナビゲーターにシェリーにラシールもいる。

 今までの苦労がウソのようだ。


「では、まずは二つ目の役割から説明をさせていただきます。

 と、その前に。迷宮主様は魔力というものについてどの程度理解をされておりますか?」

「世界中に存在する魔法の源で、生命の欠片だと聞いてるよ。魔力とは生命力そのものか、非常に近しいものであって、それの余剰分が魔法に使われる。だから、無理矢理魔法を発動させようとすると、生命力が持っていかれるって」


 そういう話だったかな?


「概ねその通りでございます。では、そこから一歩踏み込んだ内容についてご説明いたします」


 ナビゲーターさんはそう言うと、手のひらを差し出す。そこには半透明で茶色の、つかみ所が感じられないほわほわしたものがあらわれる。


「魔力は周囲の影響を非常に受けやすいものです。その辺りの地形や性質。気温や状況、果ては感情までもが魔力に影響を与えます。魔力とはそれほど変化しやすい性質を持っているのです。

 それらの性質から、魔力は必ずしも無色透明というわけではございません。基本的にはその形で世界中に存在しておりますが、極珍しい例として、手のひらの上にあるように視認できるほど濃い濃度になったり、そのような性質を帯びることもございます。

 ちなみに、この魔力が茶色をしているのは周囲が土に覆われており、魔力自体も地下を循環したものだからでございます」


 ナビゲーターはそう言うと、風を発生させるように手を振る。それだけで茶色かった魔力は霧散し、元の無色透明な状態に戻っていった。


「さて、私は先ほど魔力を集めました」


 今度はナビゲーターさんがしゃがみこみ、床へと手をつける。立ち上がりながら空中をつまみ、地中から大量の茶色の魔力を引きずり出した。


「これほどの魔力が集まることは滅多にありません。ですが、特殊な地形をしていたり、特別な要因によって魔力が密集することがございます。

 そんなエネルギーの塊に、何かしらの影響を与えると――」


 ナビゲーターさんが摘まむように集めていた魔力を放すと、まるで滴のように地面へと落下する。

 地面に触れた瞬間、魔力が渦を巻いて何かを形作っていく。

 それは数秒で十センチほどの鼻の大きな人形をとる。これは……ノームかな? 地球では、地精とも呼ばれる存在だったはずだ。


「――このように、魔物へと変化する場合がございます」

「《ウォーターボール》」


 ナビゲーターに視線を送られたシェリーは、ほんの十秒ほどの時間をかけて魔法を形作り、それを小人へとぶつける。

 小人は甲高い悲鳴をあげてその場に倒れ、溶けるように霧散していく。


「また、純粋な魔力のみで形成された魔物の場合、死亡すると今のように魔力へと戻ります。

 また、魔法を行使した多くの場合もこれに該当します。ですが、魔法においては例外がございます」

「例外?」


 僕は今までの経験から、ナビゲーターさんの説明に当てはまらないことがあったかを思い出す。と、何度か思い当たる節があった。


「水や炎などの生成……ですか?」

「その通りです」


 どうやらシェリーは僕と同じ結論に達したらしく、遠慮がちに手を挙げて発言する。隣で眠そうな顔をしながらうつらうつらとしているラシールとは大違いだ。

 ラシールは放っておくとして、どうやら僕とシェリーの解答はあっていたらしく、ナビゲーターは話を進める。


「先ほどのウォーターボールのように、魔法で作られた水や炎などは、役割を終えると元の魔力へと霧散していきます。これが通常の場合です。

 ですが、あらかじめ水を作りたい、炎を作りたいなどの意識をした上で魔法を行使すると、魔力は形そのものを変え、本物の水や炎となります」


 先ほど、魔力は変化しやすいという話をしていたが、エネルギーがそのまま物質化するのだからメチャクチャだ。

 地球にあれば戦争の原因待ったなしで、ほぼ間違いなく地球は滅んでいただろう。まあ、僕が知らないだけでこの世界も似たようなものなのかもしれないけどね。


「さて、なぜ迷宮が造られるのかという話なのですが……」


 ナビゲーターさんはそこまで言うと困ったように息を吐き出し、残念そうに首を振る。


「その知識に関しては私は存じ上げません」

「え、結構大事なところだと思うんだけど」

「私が説明できるのは、本書に記述されたことのみですので。迷宮主様の意向に沿えず、申し訳ありません」


 ものの存在意義と言うのは大事なことだ。生物のように自然発生的に存在するならとにかく、迷宮は何者かによって造り上げられる。迷宮主がという意味ではなく、迷宮の書の著者という意味でだ。

 それが記述されていないということは、何かしら後ろめたい理由があるのかもしれない。

 ただ、ナビゲーターさんは僕の質問に答えられなかった事が不甲斐なかったらしく、深々と頭を下げる。


「いやいや、頭をあげてください。あなたが悪い訳じゃないんですから」

「恐れ入ります」


 彼女は頭をあげると、先ほどまでと同じように几帳面に背筋を伸ばす。そこまで畏まられると僕が萎縮しちゃいそうなんだけど。


「迷宮の存在理由に関しては記述されていませんが、なゼ迷宮を維持しなくてはならないかという部分に、『この世界に必要であるため』と書かれています」


 世界に必要ねぇ……この疑問はしばらく解消されることはなさそうだ。

 まあ、この迷宮の機能の事を考えると、要因の一つとして、魔力を溜めないことという意味合いがあるんだろうけど、こればかりはいくら考えても仕方のないことだ。

 僕は胸のなかに残るわだかまりを気にしつつ、今は現状の問題に目を向けようと頭を切り替えた。

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