鍛錬の成果
「まだダメなのですか?」
「申し訳ございません、リベルスのゲートが復旧したのですが調整に手間取っておりまして…」
「しかたないな…」
皇国で行われる会議に出席するため、転移ゲートを使おうと思い学校へきたのだが…
修復の終わったリベルスのゲートとの繋がりが上手くいかずに使用できないらしい。
ゲートで行くつもりだったので、開催日まで余り日がない。
「レイカルド、マーレスでいくほかなさそうだ」
「あ、ああ。しょうがないだろ…」
「私はいつでもかまいませんよ?」
「すまんがたのむ」
「はい」
少女の姿からドラゴンの姿へと変わり、3人を乗せ飛び立つ。
「う、うわわわ!」
「レイカルド、いい加減慣れろ」
「そ、そうは言っても…わわわわ」
「レイカルド様?どうしたんですか?」
「ん?こいつな…高いところ苦手なんだ」
「え?」
クレアは意外なレイカルドの弱点に目が点になるっている。
それを知っているにもかかわらず、マーレスは曲芸気味の飛行をする。
「マ、マーレス、た、頼むからもう少し低く飛んでくれ…」
「そうですか?では、いきますよ?」
「え?うわわあああああああああ!」
急降下、そして地面ギリギリを猛スピードで飛ぶ。
「ああ…死ぬかと思ったぞ…」
会議が始まる前に既に疲れきった表情のレイカルド。
結局、ノレスに来るまでの4日、ほとんどの間叫んでいた。
「レイカルド、一国の王たる者、これしきの事、克服しないと…」
「マ、マーレス…そうは言うがこればかりは…」
恐らく一生克服できないだろうな…
「か、帰りは、俺はゲートで帰るからな!」
「わかたよ、しょうがないやつだ…」
その日から、ノレスの王宮で帝国に対する対策会議が連日行われた。
一時期弱体化したとはいえ、その戦力はこちらの連合軍よりもあるのだ。
北部連合に関しても、奴隷解放以外のいい話はなく動きが気になる。
ただ、会議と言っても朝から晩までやるわけではないので意外と空き時間がある。
その時間を利用してクレアの鍛錬を進める。
「えい!」
「よし!つぎ!」
「はい!」
召喚した小型のゴーレムを次々と粉砕していくクレア。
少しづつだが慣れてきたようだ。
一番最初に渡した指輪の発動体が割れてしまった。
これは仕方がないことだが、クレアの成長が実感できることでも在る。
「よし、クレア腕輪見せてみろ」
「あ、はい」
指輪が割れた後、腕輪型の発動体を使っている。
「ふむ、まだ持ちそうだな…」
「大丈夫ですか?」
「ああ、だがそのうち壊れるだろう。出来るだけ早いうちにいいのが見つかるとよいが…」
ノレスに滞在していた土のキャラバンに頼み発動体を探してもらっている。
しかし、なかなかいいものが見つからない。
元々棒状の発動体以外の物は耐久力が低いのが普通だ。
クレアに合った物が見つかるまで後、いくつの発動体が壊れるのか…
「順調のようですね」
「お、マーレスか。ああ、今のところはな」
「何か問題でも?」
「うむ、発動体だ」
「あ、なるほど…それは、問題ですね…」
「キャラバンにも頼んであるんだが…」
「クレアの力に耐えられるには、そのグローブに使われている水晶か、ミスリスでないとダメかもしれませんね」
「そんなの簡単には見つからないぞ?」
「そうですね…クレア、これを試してみて」
「これは?」
マーレスがクレアに渡したのは腕輪型の発動体だった。
「私が作ったものなので、それなりの力はあります」
「ほう…」
「材質は他と同じ樹ですので、何時かは壊れてしまうでしょうが、他の物よりは持つでしょう」
「ありがとう!」
「よし、それをつけてもう一度だ。今度は強めに力を出してみろ」
「はい!」
腕輪をはめると式の構築を始める。
ぱん!
「あ…」
「あら?」
「だめか…」
術を発動したとたん腕輪が割れてしまった。
「まだ全力での鍛錬は無理のようだな」
「あうう…」
「やはり樹ではだめなようですね」
「仕方がないさ、とりあえずは魔力を抑えつつ、今あるもので鍛錬を続けるしかない」
「そうですね」
それから会議が続く間に数個の発動体が壊れた。
壊れるごとにクレアの式の構築が早くなっていく。
「やっと終わった…」
「結局これと言って進展はなかったな」
「しかたあるまい。どこの国も今は自国の事で精一杯だからな」
会議は3週間に及んだが、これと言った効果的な策がないまま終了となった。
帝国の兵力に1国で対抗することは出来ない。
必然的に連合を組むことになるのだが、皇国は直接帝国と国境を接している上に北部連合の心配もある。
アリシア連邦は建国したばかりで安定しておらず、連合軍への参加は不透明。
神聖王国はリベルスへの援助と、いまだに可能性の残る帝国の海からの侵攻を危惧しており動けないでいる。
ガザイアも再び侵攻される可能性があり、予断は許されない状況だ。
この間にリベルスと神聖王国とのゲートが使用可能となった。
「レイカルド、すまんが先に帰ってくれ」
「ん?どうした?」
「クレアの発動体を探さないといけない。キャラバンに頼んであるんでもう少しノレスに滞在する」
「ああ、そうか。しかたいな、わかったよ」
ゲートでレイカルドを見送るとキャラバンの野営地へと足を向ける。
「何かいいものが見つかっていればいいけどな」
「はう、すいません…」
「なぜ謝る?お前が悪いわけでもあるまい」
「え、でも…」
「クレア、気にやむことはありません。発動体に関しては、全ての魔法使いが悩むことですから」
「う、うん…」
キャラバンでは結局いいものは見つからなかったが、気になる情報を聴くことができた。
「へえ、それが本当なら一度行ってみたいな」
「光からの情報だと攻略は厳しいらしいぞ?」
「くそ、この身が自由なら今すぐ行くんだが…」
「はははは、仕方ないさ、宮廷魔導師殿」
「バモス、他のキャラバンからは何も?」
「ああ、ジーナもカインからもこれと言ってないな」
「そうか、すまん、色々と助かったよ。明日にはガザイアに帰る」
「おう、何かあったらいつでも言ってくれ」
キャラバンを後にし、いつもの宿屋に入る。
宿で待っていたクレアが出迎えてくれる。
「おかえりなさい、どうでした?」
「ああ、ただいま。だめだな、とりあえずと言った感じのを幾つか譲ってもらったが、いいのはなかった」
「そうですか…」
「あれ?マーレスは?」
「あ、なんか学校へ言ってくるって行って出て行きました」
「学校?調べ物か?」
「さぁ?」
「マーレスなら何も心配は要らないな。恐らくあの事を調べに行ったんだろ」
「そうですね」
マーレスは朝帰ってくると、神聖王国の学校でも調べてきます、と言い残しゲートに消えていった。
俺とクレアもゲートを使いガザイアへと帰る。
「いたたたた…」
「大丈夫か?」
「はい、なんとか…」
帰国して3日目、いつものように都の外で鍛錬をしていた。
グローブを使用しないでどのくらいの力か試していたら発動体が割れ、術式が崩壊し素手でゴーレムを殴ってしまったのだ。
「あ、残りこれ一つか」
「ええ?うわ…どうします?」
マントの中を探すが見つからず、最後の一個をクレアに渡す。
「暫くは術式を構築する鍛錬は休みだな」
「はい…」
「そうしょげるな、俺の予想以上に上達が早い」
「あ、ありがとうございます」
「あら?どうしたのです?」
「お、マーレスか」
「あ、おかえりなさい」
「ただいま、クレア。どうしたのです?」
「うむ、手持ちの発動体がこれで最後になってしまってな」
「まあ、それは困りましたね…」
こんなところで考えても仕方がないと王宮へと戻る。
マーレスはやはり、狂気の神について調べに神聖王国の魔術学校へ行っていたようだ。
「解った事といえば、大神殿の地下に封印されている剣に関しての事だけでした」
「ふむ、首飾りに関してはマーガレスの学校にあったのかもしれんな」
「ええ、それで学校を破壊したのかもしれませんね」
「ルカ、お前宛にリベリアから手紙が来たぞ」
「お、レイカルド、わざわざすまん」
「いいさ、抜け出すいい口実だった」
「おいおい」
手紙にはあの4人の事が書かれていた。
あの港町に生き残った人々が集まり出したとも書かれていた。
これにクレアは喜んだが、その後に書かれていたことは決していい話ではなかった。
謎の病気がはやっていると言うのだ。
今のところ死者は出ていないが、住人のほとんどが病で倒れたらしい。
リベリアの魔術学校では原因が分らず、援助を俺に求めてきた。
「よし、すぐに向かおう。レイカルド、すまんが暫く留守にする」
「まったく、宮廷魔導師になっても留守が多いな」
「そういうな、いまはしかたがない」
「そうだな、これに関しては俺からも頼む。あの国が俺たちのアキレス腱でもあるからな」
「ルカ様…」
「心配するな、これからすぐにゲートでリベリアの学校へ行くぞ」
「はい!」
「私も参りましょう、なにやら胸騒ぎがします」
「わかった、いくぞ」
突然の事に沈むクレアをつれ、ゲートを使うべく学校へとやってきたところで師に呼び止められた。
「ルカ、忙しいところすまん」
「いえ、何かありましたか?」
「うむ、レミーラの事が少し分った」
「それは、一体何が?」
「どうやら生きてはいるようだが、それだけだ。まあ、生きているのであれば、あの者の事だから自力で何とかするであろう」
「そうですか、でも生きていればいつかは」
「うむ、連絡が取れれば状況が分ろう」
そう、生きていれば何時かは…クレア達がそうであったように…
師と別れ、ゲートを通りリベルスの魔術学校に転移する。
ゲートを抜けると、シルバーエンブレムをつけた魔術師が待っていた。
「ルカ様!お越しいただきありがとうございます。なにぶん復旧したばかりで人手も足りず…」
「さっそくですが、状況は?」
「はい、今のところ死者はいませんが、港のみならずアンガスでも…」
「そうですか。すぐに調査に入りましょう」
首都アンガスで発症した病人を調べる。
高熱にうなされており、その体には黒い斑点が浮き出ている。
「あ、この感じ…」
「どうした?」
「はい、斑点からなにか黒い力を感じます」
「魔法によるものなのか?」
「ルカ、少しよいでしょうか?」
「ん?」
「患者から、ある種の呪いの波動を感じます」
「まさか、帝国?」
「それは分りませんが…呪いの元を何とかしない限り、治る事はないでしょう」
「このままだとどうなる?」
「すぐに死ぬことはないでしょうが、徐々に衰弱して最後には…」
まだ死者がいないということに少しだけ安堵する。
病気の進行はそれほど早くはないようだ。
「急げば間に合いそうだな、すぐに港に行くぞ」
時間はすでに夕方だったが急ぎ港町へと向かう。
クレアの故郷のあの港町へ。
「レナたち大丈夫かな?」
「大丈夫だ、俺が必ず何とかする」
「はい…ルカ様…私…」
「クレア、しっかりするのです。貴方はルカの片腕、5賢者の一人の側近なのですよ?」
「う、うん…ありがと、マーレス」
港町に着くとすぐにあの4人が迎えてくれた。
彼らと年の近い若者はまだ無事なようだ。
どうやら、精神力の弱い子供や年寄りから発症しているようだ。
「レナ!」
「クレアー!」
「よかった、4人は無事なんだね」
「かなりの人数が生き残っていたんだな」
「はい、あの後、ジーナさんと一緒にここに来た時にはすでに何人か戻ってきていました」
「そうか。それで、帰ってきて何か変わったことは?」
4人から話を聞く。
元々この近辺の海は豊富な漁場だったのだが、ここ一月ほどまったく魚が取れなくなってしまったそうだ。
そして、その頃から体に黒い斑点が浮き出す奇病が出始めたらしい。
幸いにも、この近辺の海の伝承に詳しい者がいたので話を聞くことが出来た。
かつて、この付近を通過する船を襲っていた巨大な海蛇を、とある英雄が封印したと言う昔話を聞けた。
町の近くの海沿いにある祠。
この町ができる前からあり、そこに入ることは禁じられていると言う。
その祠に封印されているようだ。
この町は最初、その祠を管理する防人達の村だったが、今ではその事を知る者はごくごく僅かとなってしまったらしい。
「ルカ、これは、帝国や狂気の神とは、まったく無縁の事のようですね」
「そうだな、とりあえずその祠にいってみるか」
話に聞いた祠はすぐに見つかり、中に入ろうとした時だった
「ルカ様!」
「なっ!」
「きゃああああああああああああ!」
「クレア!」
突然黒い炎が襲い掛かってきた。
炎が俺に当たる瞬間、クレアがその身を呈し炎をその全身で受けた。
「う…あ…ルカ…様…ご無事…で…すか…」
「喋るな!マーレス頼む!」
「はい!」
祠から離れ、マーレスがその強大な魔力で治癒術式を構築する。
「ふう、これで大丈夫です。痕も残らないでしょう」
「すまないマーレス」
「いえ、クレアは私の大事な友ですから」
「そうか、ありがとう」
マーレスもクレアを認めていてくれていることに安心する。
「あ…私…」
「お、気がついたか。どうだ?」
「クレア、まだ痛いところとかありませんか?」
「あ、大丈夫。ありがとうマーレス」
「いえ、よかったです」
「クレア」
「ルカ様!お怪我は?」
「お前のおかげで無傷だ、ありがとう」
「よかった…」
「とりあえずこれ着てろ」
「え?うわ!きゃああ!」
鎧と服が全て焼け、裸のクレアにマントを渡す。
クレアの無事を確かめ、マーレスと二人で再び祠の前に立つ。
防御陣を待たないクレアは離れたところで待機させる。
「これ以上進むと炎が来そうだな」
「ええ、ですがあの炎…何処かで見た覚えが…」
「どこで?」
「はっきりとは思い出せないのですが…」
「そうか、思い出したら教えてくれ。とりあえず一回戻って対策を考えよう」
「はい、それがいいでしょう」
一旦町へ戻り対策を練る事とする。
あの炎の威力はかなりある。クレアが着ていた鎧や服は全て焼けてしまった。
体のほうはマーレスの治癒術で痕も残らず綺麗に治ったからよかった。
「あの鎧、気にっていたのにな…」
急ぎ出てきたため着替えを持ってきていなかった。
クレアはレナから服を借り、今はそれを着ている。
「いや、あの鎧でよかった。普通のだったらおまえ、炭になっていたぞ?」
「ふええええ…」
クレアの着ていた鎧には幾つかの防御術式が施してあった。
その式のおかげで火傷だけですんだ。
「しかし、全部燃えてしまったか」
「あ、グローブも発動体も燃えちゃいましたね…どうしよ…」
服と鎧だけではなく、見につけていたもの全てが炭になってしまった。
発動体や渡しておいた幾つかの魔法具はいいとしても、あのグローブを失ったのは少し痛い。
美しい金色の髪も少し焼け、短くなってしまっている。
「あら?あのグローブでしたら、水晶だけ残っていましたよ?」
「あ、本当だ!ありがとーマーレス!」
「水晶があれば作り直すことが出来るな」
マーレスがクレアのグローブに使われていた水晶を回収しておいてくれたようだ。
しかし、暫くはまともに戦うことが出来なくなってしまった。
「さて、あの炎だが、クレアの鎧の防御を破ったとなると、少なくてもシルバークラスはあると見たほうがいいだろう」
「そんなにも?」
「ああ、しかし黒い炎か…何が潜んでいるのやら」
「あ、もしかして…」
「どうしたマーレス?何か思い出したか?」
「ええ、一つだけ、符合することがありますが…」
「ん?」
「これは、私達ドラゴンの問題のようですね」
「ドラゴンの?」
「ええ…」
この大陸にはマーレスを含め6体のドラゴンがいる。
これはかなり以前から知られており、小さな子供でも知っていることだ。
マーレスによるとそのうちの一体、黒き鱗を持つドラゴンが黒い炎を吐くという。
「あの者は、邪神に魂を売り渡し、闇に落ちたドラゴンです。封印されていたはずですが解けてしまったようですね」
「ドラゴン相手か…マーレスと比べてどのくらい強いんだ?」
「力はそれほどではないです。ただ、邪神の呪いが使えるのでそれが厄介ですね」
「この病は邪神の呪いだったのか」
「ええ。私の推測が間違っていなければ、ですが」
「そうなると今回の主力はマーレスだな。俺はサポートか」
「えっと…私は?」
「クレアは見学だな」
「あうう…」
「仕方ないだろ、その状態じゃドラゴン相手は無理だ」
「はい…」
しゅんとしょげてしまう。可愛そうだが今回は仕方がないだろう。
祠の中の様子が分からないので、外におびき出したいところだが出てくる気配はなさそうだ。
「まず、私が中に入り様子を見てきます」
「そうだな、後は状況しだいか」
「はい」
クレアを残し、マーレスと共に再び祠の前に立つ。
祠に入ってゆくマーレスを見送り離れようとしたとたん、黒い炎が祠から噴出した。
「うわ、危なかった…」
離れるのがあと少し遅ければまともに喰らっていただろう。
それから暫くは何も起こらなかった。
祠の中で何がおきているかは分からないが、マーレスの事だから心配は要らないはずだ。
マーレスは比較的若いドラゴンだが、その力は6体の中でも上位に入る。
若いといっても、すでに6百年近く生きているらしいが…
黒い鱗のドラゴンはマーレスよりは格下だというし大丈夫だろう。
「な、なんだ!」
その時、祠の入り口からまばゆい光の帯が噴出してきた。
「ル、ルカ様!あれは?」
「クレア!下がってろ!あれは…マーレスのブレスだ!」
「ええ?!」
ドラゴンがその口から強力な炎を吐くことは広く知られている。
しかし、ドラゴンの中には炎以外のブレスを吐くことが出来る者も存在する。
マーレスもそれに該当する。
「でたか!」
祠を突き破り、黒いドラゴンと銀色のドラゴンが空高く舞い上がる。
激しい空中戦が繰り広げられるが、黒いドラゴンが海面に叩きつけられる。
そこへ、銀色のドラゴン=マーレスが光のブレスを打ち込む。
海中から飛び出し、祠とは湾を挟んだ反対側の山に降り立つ黒いドラゴン。
その片翼はもがれ、左腕はかろうじてついている状態だった。
「くそ!距離がありすぎる!」
援護しようにも射程圏外。近づこうにも間は海。
再びマーレスのブレス。すでに弱っていた黒いドラゴンはかわし切れずに直撃を受け地響きを上げ倒れる。
「終わりました」
ドラゴンの姿のままのマーレスが戦闘終了を告げる。
「奴は…死んだのか?」
「はい、もう二度と復活することはないでしょう」
町のほうを見ると、いきなりの出来事に住民のみならず、治療に当たっていた魔術学校の者や警護に来ていた兵士達も港に集まっていた。
「おおーい、斑点が消えたぞー」
「本当か?!」
「やったー」
呪いの元凶であったドラゴンが倒され呪いが消えたようだ。
しかし、初めてドラゴン同士の戦闘を見た。
いやそれは俺だけではない。古代王国期以降にドラゴン同士の戦いを見た人間は、ここにいる者たちが初めてだろう。
「マーレス、よくやってくれた。礼を言う」
「いえ、礼には及びません。放置しておいた私達の責任でもあるのですから」
マーレスは倒れた黒いドラゴンの方を見て寂しそうに呟く。
あのドラゴンはすでに崩れ去り骨だけになっていた。
「ルカ様、一体何があったのですか?」
駆け寄ってきた魔術師に状況を説明する。
さすがに驚きを隠せないようだ。
俺の元に一体のドラゴンがいることは、魔術学校関係者やシルバークラス以上のものなら大概知ってはいる。
しかし、ガザイアに住んでいる者以外の者は話だけで、実際にマーレスを見るのは初めてだ。
「さて、今日は休んで、明日アンガスに戻ろう」
クレアがかつて住んでいた家を借りその日の宿とする。
「すごかったな、さすがの俺も手が出せなかった」
「ふふふ。でも、あの者が封印が解けた直後で、まだ力が完全ではなかったのが幸いでした」
「完全だったらどうなっていた?」
「この街のみならず、アンガスにも被害は出ていたでしょう」
「しかし、なぜ封印が?」
「長い年月を経て、自然と弱まったのでしょう。それほど強力な封印ではなかったようですから」
「そうだったのか」
「ルカ様、もどりました」
「あら?クレア、その髪は?」
「あ?これ?レナに切ってもらったの」
クレアは焼けてしまい短くなった髪をレナに整えてもらっていた。
以前は背中まであったが今は首筋が見えるくらいまで短くなっている。
「似合いますよ、クレア」
「そう?ありがと」
「すまんなクレア」
「え?いえ、そんな…ルカ様をお守りできるのであれば、髪の毛くらい…」
そう言って顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「クレア、お前の気持ちは嬉しいが、余り無茶するなよ?」
「は、はい…」
翌朝、倒したドラゴンを見に行く。
すでに数人の魔術師達が集まっていた。
ドラゴンの骨はかなり価値のある資料だ、魔術学校で厳重に保管されることになるだろう。
「これか…」
俺はその骨の一部、人間で言えば咽喉仏の辺りにある骨を手に取る。
大きさは手に納まるぐらいだが見た目よりも重い。
「はい、それが竜玉です」
竜玉はドラゴンの力の象徴。本来であればそのドラゴンの持つ力に反応し輝いているそうだが、今は持ち主を失いその光も失せている。
「これを加工するのか?」
「ええ、そうすればかなりの力を持つ発動体が出来るはずです」
昨夜、マーレスから竜玉の事を聞き、発動体にすればいいのではと言われた。
確かに竜の骨、しかも竜玉だった部分で作れば相当なものが作れそうだ。
「しかし、どうやって加工する?かなり硬そうだぞ?」
「大地の民なら可能でしょう。ついでにグローブもお願いしてみては?」
「お、そうか、彼らなら出来るか…よし、帰りに寄ってみよう」
「ひゃーこれがドラゴン、すごいねー」
「え?ジーナ?」
「あれ?ジーナさん?」」
なじみのある声に振り返るとそこにはジーナがたっていた。
「話しは聞いたよ、さすがだね」
「いや、その前にどうしたんだ?」
「どうしたって…復興の手助けさ。食料やら生活用品運んできたのさ」
「そうか…ちょうどよかった、少し買い物させてくれ」
「ん?かまわないが…クレア?その頭どうしたんだい?」
「あ…えっと…」
詳しい戦いの状況を話す。
「そうかい、可愛そうに。でも、よくやったね。えらいよ」
「えへ。へへへへへ」
ジーナに褒められ照れくさそうに俯く。
キャラバンで鎧と服、それと発動体を買い町に戻ると、運ばれてきた荷物が住民に配られていた。
その中心にはあの4人ががんばっていた。
「レナ達がんばっているようだな」
「うん、よかったです…」
「ジーナ、今はどんな状況だ?」
「ああ、フールスを集約拠点にして、風と土がノレスからフールスまで運んで、あたい達がアンガスまで運んでいるのさ。他の国からの援助もあって物資は十分、復興も順調だよ」
「そうか、よかった」
配給を手伝うためにクレアが4人の下へと駆け寄る。
クレアの姿を見た住人の数人が再会を喜んでいる。
次の日、キャラバンと共にアンガスへと帰る。
ブレットたちはあいかわらずで、僅か3日だが騒がしい旅となった。
首都アンガスに戻ると、すぐに国王からの呼び出しがあった。
復興の進む首都をみつつ、王宮へ向かう。
「だいぶ復興が進んでいるな」
「皆さんの顔も明るいですね」
「ああ、まだまだ色々大変だが、大丈夫だな」
「人間は強いです。どんな苦境からも立ち直る、強い心と術を持っています」
「そうだな」
国王との謁見を済ませ、魔術学校に戻ると師の姿があった。
「どうなされたのですか?」
「うむ、学校の復興に際し、必要なものをガザイアから届けさせたのじゃ。ついでに様子も見ておこうと思っての」
「そうでしたか。何かお手伝いできることは?」
「こちらは気にするな。おぬしは今は自分の使命に集中しろ」
「はい、ありがとうございます」
「ん?クレアおぬし…だいぶ成長したようだな」
「あ、はい!ありがとうございます」
「ええ、発動体の問題も解決しそうですので、近いうちにランク測定を」
「そうか、手配しておこう」
「お願いします」
「しかし、この短い期間でよくここまで…さすがと言うべきか…」
「クレア自身のがんばりもありました、その成果でしょう」
「そうか、結果を楽しみにしているぞ」
師と別れ、ゲートを使いノレスへと向かう。そこからはマーレスに乗り一路、大地の民の村へと向かう。
大地の民は加工や細工を得意としている部族だ。
少数部族で、この大陸には2つ彼らの村があるだけだ。
この世界に存在する物質の加工は全て出来るというのが彼らの心情だ。
ミスリスに関しても、俺が手に入れた文献を元に、加工法を研究していてくれている。
クレアの新しいグローブと、竜玉の加工を頼むためにその村を訪れる。
「これは、お久しゅうございます」
「いきなりの訪問すまんな、さっそくだが頼みたい」
長老に水晶と竜玉を渡し事情を話す。
「これが竜玉…わしも始めて見ますわい」
「出来るか?」
「はい、お任せを…1週間ほどで出来ますでしょう。それまでごゆるりと」
「さすがだな、頼む」
ものが出来上がるまでの間、村外れで鍛錬を続ける。
師が驚いていたのも無理はない。普通に手に入る発動体ではすでに耐えられなくなっている。ゴールドクラスの力を身につけつつあるようだ。
そして、1週間が過ぎた。
「うわ…すごい…」
クレアは出来上がったグローブと腕輪を見て驚きの声を上げている。
さすがに手の込んだ細工物に仕上がっている。
グローブのその細かい模様をよく見ると全て式となっていた。
「これは?」
「はい、お話を聞き、グローブには燃え難い素材を使い、耐火の式を埋め込みました。腕輪はさすがに加工には苦労しましたが…」
「そうか、ありがとう」
「ありがとうございます!」
「よし、早速試してみるか」
「はい!」
村に被害が出ないよう離れた場所で試すことにする。
「よし!やってみろ」
「はい!」
集中し式を構築する。
これまでとは比べ物にならない魔力を感じる。
「ルカ、これは…」
「気をつけろ、覚醒するぞ!」
発動と同時に召喚したゴーレムに殴りかかる。
「ええいっ!」
「うわ!」
「くっ!」
その一撃でゴーレムが跡形もなく消し飛んだ。
再生も出来ないほどだ。
それだけではない。地面が大きくへこみ強烈な衝撃が俺とマーレスを襲う。
前もって注意しておかなければ吹き飛ばされていた。
今使った術式は初歩の簡単なもの。もし、上位の式を使っていたらこの辺一体が吹き飛んでいただろう。
「やったな!クレア!」
「おめでとう!」
「え?あ…はい!」
自分の周りを見て驚いているようだ。
「腕輪は?」
腕輪には何も変化は見られない。全力で戦うことなどそれほどあるはずもないからこれなら大丈夫だ。
ガザイアへと戻り、すぐに学校へと行く。
師の立会いの下、魔力測定を行う。
「こ…これはすごい!」
測定をしている魔術師が驚愕の声を上げる。
「ここまで強い魔力付与系の力は記録にありません…」
「よし、クレアもういいぞ」
「はい」
最終的な結果を聞くまでもなかった。計測途中ですでにゴールドランクに達していたのだ。
さすがにクリスタルまでは行かなかったが、それでも数年ぶりのゴールドの授与者が現れた。
「我が師よ、お願いします」
「うむ、クレアをゴールドのエンブレムと認める」
「はい!ありがとうございます!」
この報告に魔術学校のみならず、王宮でも大騒ぎとなる。
卒業生以外でのゴールドの出現は記録にない。
そして、この歳でのエンブレムの授与者も記録になかった。
これまでの最年少は18、クレアはやっと15になったばかりだ。
「やったなクレア!すごいぞ!」
「レイカルド様!ありがとうございます」
「見事です、クレア。よかったですね」
「はい、ファラレルさんありがとう!」
「私も、クレアに負けないようにがんばるから!」
「はい!ミレーア様、がんばってください」
友から、仲間から喜びの声が上がる。
翌日、厳かに授与式が行われた。
師の手により、ゴールドのエンブレムと、魔法のマントが手渡される。
これでクレアは名実共に魔導師だ。
「魔法を使い拳で戦う魔導師か、すごいな」
「えへへへへ…」
「エンブレム授与者の全ての記録を塗り替えての授与だ、誇りに思えよ」
「はい!でも、まだ信じられません…奴隷にまでなった私が…」
「そうだな。だが、かつて奴隷でありながら、シルバーまで行った者もいる。別段不思議ではない」
「そうなんですか…」
「奴隷になり、それに耐える事が鍛錬となったのかもしれん」
「クレアとルカ様が出会ったのは、神のお導きだったのかもしれませんね」
ファラレルのいかにも司祭らしい言葉に皆が頷く。
あの時、奴隷を買うなど考えてもいなかった。
何の気まぐれか、クレアを見て気がついたら金を商人に渡していた。
そして、クレアと共に居ることが当たり前になっていた。
「運命の出会いか?くそ、うらやましいな」
レイカルドの言葉にファラレルとマーレスは頷き、クレアは俯いてしまう。
そこに、リベルス国王や皇王、法王からも祝いの手紙が届く。
皇王はまだしも、法王から届くとは思ってもいなかった。
そしてもう一通、俺宛に法王から届けられた手紙があった。
「これは…」
「どうしたのです?」
マーレスの問いかけも俺の耳には入ってこなかった…