帝都
神聖王国聖都を飛び立ち一週間。ところどころで休みを取りつつ皇国領上空を飛んでいた。
「あ、あっちにノレスが見えますよ」
「お、もうこんなところか。さすがに早な」
敵地に行くとは思えない雰囲気でここまで飛行してきた。
マーレスはまるで旅を楽しむかのように、時折谷間に急降下したり、山際ギリギリを飛んでみたりする。今も、雲の中から出てきたところだ。
このまま西に進めば帝都だ。
「ルカ、ガーレフの転移術を感知しました。一度降ります」
「わかった」
高速で飛ぶドラゴンで飛んだままでは転移先の指定が出来ない。
一度地上に降り、転移を待つ。
「レイカルドからか…なんだろ?」
師の手により転移されてきた手紙はレイカルドからだった。
帝都に送り込んだ密偵から連絡があったが、手紙には書ききれないので一度戻ってこいと書いてあった。
「何かわかったようだな、一度ガザイアに戻るぞ」
「はい」
「解りました、では行きますよ」
「うわ!」
「きゃあ!」
マーレスがいきなり飛び立ちバランスを崩して落ちそうになる。
しかし、落とさないのがマーレスの飛行技術。
こちらが落ちるか落ちないかのギリギリを攻めてくる。
数日でガザイア王都に到着。いつものようにテラスに降りるとレイカルドが待っていた。
「忙しいところすまん、どうしても伝えておきたくてな」
「いや、かまわんよ。情報は出来るだけほしい」
「で、北の方はどうだった?」
レイカルドの私室へ移動しつつここまでの事を簡単に話す。
クレアの友が見つかったことにレイカルドも喜んでくれた。
「さて、本題だが…皇帝の様子がおかしいらしい」
「皇帝が?どんな風にだ?」
「これを読んで見ろ」
レイカルドは密偵からの報告書を俺に渡す。
帝都がまだルンダーラと呼ばれていた頃は、大陸西部で一番美しい都といわれた都だったが、華やかさはなくなり完全に別の街になってしまったらしい。
そこに住む人々はいつも何かにおびえながら暮らしているようで、城の兵士すらそんな状況だと言う。
そんな帝都の状況が事細かに報告されていた。
「これは、予想以上だな」
「ああ、俺もあの都には何度か行ったが美しい都だった」
さらに読み進めると、帝国皇帝の事が書かれていた。
城には入る事が出来ないので詳しくは解らないが、皇帝はなにやら人ならざるものにその身を蝕まれ、狂気を起こし、戦争を始めたと言うのが都の民のもっぱらの噂らしく、城の兵士も変わり果てた姿の皇帝を見たというのだ。
「人ならざるもの?なんだ?」
「ルカ、前にお前が言っていた魔族なんじゃないか?」
「いや、その可能性はマーレスが否定してくれたよ」
「ええ、魔族が人間に何らかの形で関わるようなことはないでしょう」
「そうか、マーレスが言うのならそうだろう。じゃあなんだ?」
人を蝕む狂気の力?聞いたことがない。
「お前の師、前宮廷魔導師のガーレフにも聞いてみたんだが解らないそうだ」
「師にわからないものが俺にわかるわけがない」
「まさか、狂気の神?」
マーレスの言葉にその場の空気が一瞬凍りつく。
「たしか、今は帝都と呼ばれているあの都の近くに、狂気の神の信者が作ったと言う神殿がありましたよね?」
「ああ、確かあったはずだ。長い年月を経て、今は埋もれてしまっているはずだ」
「私の記憶が正しければ、確かその神殿で狂気の神は英雄の手により、封印されたと…」
はるか昔、まだ古代王国が出来たばかりの頃の話だ。
突如として現れた狂気の神を倒すため、その頃一番力があった者を集め、討伐に向かわせた。
しかし相手は神、倒すことなど不可能。かろうじて封印し事なきを得たという伝説が残っている。
「あの伝説は本当だったんだな…」
「私も伝え聞いただけですのでなんとも…」
「誰かが封印を解いたとでも?」
「いえ、それはないでしょう。あの時代の封印を今の者が解く事はまず不可能。
一部の例外を除いて、ですけどね」
「その例外とは?」
マーレスは俺とレイカルドを交互に見る。
「ルカ、ですよ」
「俺か?!」
「貴方がその杖を使い、封印を解けば解けるでしょう」
「確かにそうかもしれないが…」
確かに、この杖を使い全力でやれば、古代王国時代の強力な封印も破れるかもしれない。
「ふむ、しかし、ルカほどの力を持つ者、他にいるのか?それにそんなすごい杖、簡単には手に入らないだろう」
「5賢者を除けばまず、居ないでしょうね。それに杖も」
「それじゃあ、なんなんだ?まったく持ってわからん」
レイカルドは思わず天井を仰ぎ見る。
「あの…」
それまで黙っていたクレアが遠慮がちに話に割り込む。
「ん?どうした?」
「えっと、もし、その、狂気の神様が封印された物とか、その神様の力が宿った物を手に入れたらどうなります?」
「そうか!そんな物を身近においておいたら、人間の精神力じゃ漏れて来る力に対抗なんて出来ない」
「なるほど、クレアおみごとです」
「やるじゃないか、クレア」
「え?えへへへ…」
恥ずかしそうに俯いてしまうが、なかなかよく気が付いてくれた。
俺たちのように詳しく知りすぎている為、深く考えてしまう事がないので素直に考える事が出来るのだろう。
「よく気がついたな」
「あ、小さい頃に聞いた昔話で、そんなお話があったかなって」
もし、狂気の神の力によって作られた装飾品かなにかを手に入れ、それとしらずに身に着けていたとしたら、その狂気に精神を冒されてもおかしくはない。
どんなに小さくても神の力だ、下級妖魔程度軽く使役できる。
これは急ぎ真偽を確かめたほうがよさそうだ。
「よし、急ぎ帝都へ行き確かめるぞ」
「はい!」
クレアとマーレスが同時に返事をしてきた。この二人、最近妙に仲がいいが…何かあったのだろうか?
「お、そうだ。ルカ、お前の師が帰ってきたら寄る様に言っていたぞ」
「ん?わかった。すまんな」
王宮を出て、学校へと向かう。クレアとマーレスは王宮で待つそうだ。
「ただいま戻りました」
「うむ、どうやら大変なことになっているようだな」
「はい…」
俺は師に、ついさっき4人で話していたことを伝える。
「なるほど…可能性は否定できんな」
「はい、それを確かめるため、明日帝都へと発ちます」
「うむ、くれぐれも気をつけてな」
「はい」
学校から宮廷に戻り、自分の部屋に入る。
久しぶりに帰ってきたのだがゆっくりすることも出来ない。
明日は、山脈を超え帝都だ。
「ルカ様、なんかすごい重いです…」
「これは、すごいですね…重く、苦しいです」
クレアとマーレスが同じような感想を漏らす。
俺も感じる。重苦しい力が都を包んでいる。
帝都上空に着いた俺たちは、幻術で姿を隠し都へ接近した。
眼下に見える帝都は報告にあった通り、かつての姿は見る影もなかった。
「危ない!!」
マーレスがいきなり急旋回をする。ギリギリでどこからか飛んで来たか分らない雷撃をかわし、そのまま一旦都を離れる。
「幻術を見破られたか…」
「そのようです、先ほどの雷撃、城のほうから飛んできました」
「かなり強力な雷撃だったが…」
「ええ、あれほどの雷撃、かなりの術者でしょう。恐らくルカと同等…」
「あの、ルカ様…雷撃が来る少し前、お城に暗い影が見えました」
「そうか、やはり邪な心を持つ者が居るようだな」
これは、簡単には潜入できそうもないな。
あの距離で幻術を見破り、正確な攻撃をしてきたほどの術者だ。既に俺たちの存在に気が付いていると見て間違いはないだろう。
「ルカ、以前私が渡した魔法具は今あります?」
「ああ、これか?」
「これをつかいましょう」
地上に降り、夜を待ち闇にまぎれて潜入を試みる。
慎重に慎重に都へと入る。
魔法具の力で気配を完全に消すことが出来ている。
それでも、幻術を破られたのだから注意するに越したことはない。
なんとか密偵と落ち合うことに成功したが、残念なことに新たな話は聞けなかった。
「申し訳ありません、私の存在が気が付かれた様で、行動がままなりません」
「いや、よくやってくれたよ。可能な限り急ぎ離脱してくれ」
「はい」
密偵と別れ、教えられた隠れ家へと身を寄せる。
小規模ながら、戦争に反対している者達の集まりがあり、その者達の協力が得られた。
昼間は動けないので、活動は夜だ。
都は昼でも人通りが少なく、夜になると通りには誰もいなくなる。
クレアに通りを行く人々を見てもらったがこれと言って収穫はなかった。
マーレスも魔力探査を行ったが、城には強力な障壁があり、何も分らないというのだ。
ドラゴンの魔力すら防ぐ障壁なんて人間には作れない。
やはり神の力か?
5日ほど探索を続けたが結局何も収穫はなかった。
分った事と言えば、クリスタルエンブレムクラスの術者が居て、その者はとても強い邪な心を持っている。そして、城を覆う強力な障壁があるという事だけだ。
日を追うごとに巡回している兵の数が増える。
これ以上は危険と判断し、再び夜陰に紛れ脱出する。
「詳しい事は何も分りませんでしたね」
「しかたないさ、気が付かれ対応されてしまったんだ」
こちらの存在に気が付き対策をすぐにしたはずだ。相手の力を読み間違えたのは俺の失策だ。
とはいえ、俺クラスの魔導師なんてそうは居ない。
そして、魔導師ごとに得意な力がある。
雷撃を得意としている高位の魔導師を調べれば何か解るかもしれない。
王都に戻るとすぐに魔術学校の師の元へと赴いた。
この時、マーレスが付いてきたのだが、扉がマーレスが触れただけで開いてしまったのには正直驚いた。
「ルカ?何を驚いているのです?」
「いや、今扉に触れただけで…」
「あら?ルカ、まだこの扉の事は知らないようですね?」
「え?」
「話はまた次に。今はガーレフと会うのが先ですよ」
「あ…ああ」
マーレスが中に入ると同時に再び扉が閉まり、獅子の目から赤い光が俺のエンブレムに伸びる。
開いた扉から校内に足を踏み入れるとマーレスが待っていた。
そして、背後で再び扉が開く。
「ふわぁ…ここが魔術学校…」
クレアが恐る恐ると足を踏み入れる。
初めてここに足を踏み入れたものは大概驚く。
入って正面には巨大な像が立っている。
初代ガザイア魔術学校の長『ガーデン』の像だ。
吹き抜けの天井からは、永遠に魔法の光を放つ飾りが辺りを照らす。
そして、校内全体に満ちる魔力。
「クレア、力を感じるか?」
「は、はい。なんていうか…包み込まれるような、でも苦しくない…お母さんのような優しい力…」
「ふむ、やはり感じるか…」
「ルカ、やはりクレアには…」
「ああ、魔法使いとしての素質があるようだ」
「へえ…え?ええええええ?!」
像の迫力と、全体に満ちる魔力に呆然としていたクレアがとんでもない声を出す。
「お、おい!」
「むぐぐぐぐ」
慌ててその口を塞ぐが、既に遅かった。
「ふむ、校内では静かにな」
「これは我が師、申し訳ありません」
「ひゃ!す…すいません!」
クレアは慌てて頭を下げる。
「ふふ、ガーレフ、お久しぶりです」
「マーレス殿、良くぞこられたの。既にルカから転移された手紙により全て許可は出してある。存分に調べるがいい」
「感謝しますガーレフ。では私はこのまま書庫へ参ります」
「ああ、たのむ」
マーレスは帝都を飛び立った直後、魔術学校の書庫で調べ物をしたいと言って来た。
なんでも、狂気の神について調べたいそうだ。
そこで師に頼み、まだ未解読の古文書が眠る地下書庫の解放許可をもらった。
マーレスなら古文書を解読する必要なく読めるだろう。
俺はクレアを連れ、師の私室へと入っていった。
「転移させた手紙にも書きましたが、帝国には俺と同等の力を持った魔法使いが居るようです」
「その事でわしのほうでも少し調べたが、一つだけ気になることがある」
「なんでしょうか?」
「うむ、マーガレスの魔術学校の長『レミーラ=ヘイスター』じゃ」
「レミーラ殿ですか?」
レミーラ=ヘイスター…マーガレスの魔術学校の長を勤める5賢者の一人だ。
もちろんクリスタルエンブレムを所持時ている。
帝国侵攻の後、連絡が取れなくなってしまっている。
「しかし、レミーラ殿は水系だったはず」
「彼女には一人娘がおってな、名は確か…『サリア』だったかの?そろそろ19になるはずだが、雷撃が得意だと聞いた」
「ま…まさか…」
「うむ、仮にも5賢者の一人の娘、そのようなことはないと思うが…」
「あ…えっと、いいですか?」
「どうしたクレア?」
「はい、あの時見た黒い陰ですが、女の人じゃなくて、どちらかと言うとおじいちゃんって感じでした…」
「そこまで分るのか?」
「いえ!影がそういう風にみえただけで…」
「ふむ、色々な仮説が成り立つが答えは出ぬようじゃな…」
「はい、情報が少なすぎます」
「マーガレスの魔術学校の様子はどうであった?」
「空からしか見ていませんが、ほぼ崩壊していました。あれでは…」
「やはりそうか…」
「あと、お願いしておいた件ですが」
「既に準備は出来ておる。行くが良い」
「ありがとうございます」
礼を述べ師の私室より辞す。
「ふう…包み込まれそうな圧倒的な力でした…」
クレアがため息混じりに、始めてあった我が師の感想を述べる。
「5賢者の人達って皆さんすごすぎですよ…」
「まあ、法王様を除けばみなクリスタルエンブレムの持ち主だからな」
クレアは既に、俺と法王、それと我が師ガーレフと、5賢者の内3人に会った事になる。これはこれですごいことなのだが、俺と一緒に居るのだから当然と言えば当然だ。早いうちに慣れてくれないと困る。
「あの、それで何を頼んでおいたんですか?」
「ああ、お前の魔力測定だ」
「へ?」
「以前から気になっていたんだが、クレア、もしかしたら魔法使えるかも知れんぞ」
「うそ…」
クレアが俺のゴーレムやガーゴイルと戦った時、皇国防衛戦の時、クレアから僅かだが魔力を感じていた。
そして、強力な感知能力。意識を集中する時にも魔力を感じていた。
普段はまったく感じることはないが、戦いや何かで精神を集中すると発するようだ。
その事を話してやると、目と口を大きく開け驚いた。
「よし、そこに立つんだ。そして、いつものように集中するんだ」
部屋の中央に書かれた魔方陣にクレアを立たせる。
「では、お願いします」
「はい」
魔力測定をしてくれる、シルバーエンブレムを持つ魔術師が幾つかの水晶球を覗きこむ。
これにより魔力特性、魔力強度、総合的な魔力量がわかる。
「はい、結構です」
「ふう…」
クレアは集中を解きため息をつく。
「どうだ?」
「はい、ルカ様の予想通りですね。少なくてもシルバークラスの魔力が内在しています。ただ、まだ完全には覚醒していないようです」
「やはり…クレア、お前ここ卒業すれば、シルバーエンブレムの魔術師だぞ」
「うそ…」
「俺が嘘を言うか?で、特性は?」
「はい、魔力付与系ですね。武器や防具に魔力を籠め、一時的に防御力や攻撃力を大幅に増幅させることが出来ます」
「やはりな…どうりで強いわけだ」
「えっと…どういうことです?」
クレアは無意識の内に魔力を拳に集め、攻撃力強化へと魔力転化をしていたようだ。魔力付与の一種だ。そのためあれほどの破壊力を生み出せた。特に、俺が与えたグローブを手に入れたことにより、手へのダメージを気にしなくても良くなったため、加減無しで力を発揮するようになったのだろう。
ただ、直接魔力を転化し続けるので効率が悪く消耗が激しい。
無意識で、しかも覚醒していない今でこの状態だと、末恐ろしいものがある。
もしかしたら数年ぶりのゴールドエンブレムの授与者になるかもしれない。
「あ…え…えっと…あ、あの…」
俺の話を聞いたクレアは戸惑いを隠せないようだ。
まあ、いきなりこんなこと言われれば戸惑うのも当たり前だ。
「どうやら、結果が出たようじゃの」
「これは、ガーレフ様」
師が様子を見に来た。やはり気になっていたようだ。
結果を聞きやはりと頷く。
「ルカ、どうするのじゃ?お前が側に置き鍛錬をしてもよし、学校において講義を受けさせるもよし。お前しだいじゃ」
「しかし、俺の側ではエンブレムが…」
「お前も知っての通り、この世には卒業ということに関わらずエンブレムをもつものがいる。その娘も問題はなかろう」
「では!」
「うむ、完全に力を使えるようになってから再度測定しランクを決める。まあ、今の時点でシルバーとなると、ゴールドの可能性は高いの」
「わ…わ、私がですか?!」
クレアはさっきから驚きまくりだが、俺としては師の言葉にほっとしている。
魔法を使えるようになるために学校へ入れなければ行けないと思っていたがその必要もないようだ。
彼女を手元に置きながらその力を育てることが出来る。
「よし、明日からは空いた時間全て鍛錬だ、いいな?」
「え?は!はい!」
突然の事にまだ混乱しているクレアをつれ、マーレスのいる地下書庫へと行く。
測定の結果を聞き、マーレスも喜ぶ。
「クレア、よかったですね」
「あ…う、うん…」
「それで、何か分ったのか?」
「ええ、まだ表面的なことだけですけど…」
山のように詰まれた古文書から一冊を取り出し見せてくる。
「これに記してあることが真だとすると…」
マーレスの話はこうだ、狂気の神は体と精神の二つに引き裂かれ封印された。
そして、精神のほうは帝都近郊の神殿に、体のほうは現在の聖都にある大神殿の地下深くに安置されたそうだ。
かつてルンダーラと呼ばれた帝都は、その神殿を守る防人達の村が発展したものらしい。
「なるほど…皇帝がその事を何らかの形で知り、ルンダーラを帝都と定めた?それとも、誰かが神殿より遺物を掘り出し、それを皇帝に捧げたのか?」
「ルカ、仮説をいくつも考え、思考に耽るのは、貴方の悪い癖ですよ」
「あ…すまん、分ってはいるんだが…」
「私はもう少し調べています。貴方達はどうします?」
「王宮に帰るよ。レイカルドや法皇様にも報告しないといけないし」
「分りました。では、何か判明しましたら連絡しますね」
「ああ、たのむよ」
王宮に帰る前に学校にある転移室から法王に宛て報告書を転移させる。
そして、王宮に戻りレイカルドに報告したのだが、帝都に関する報告よりもクレアの魔力測定の結果のほうに興味を示した。
「おいおい!それ本当か?だったらすごいことじゃないか!」
「お前が興奮してどうする。だがこれで、エンブレムが授与されれば名実共にガザイア宮廷付き魔導師の側近だな」
「しかもゴールドか?とんでもない話だな」
「でも…まだ信じられませんよ…私が魔法なんて…」
「大丈夫だ、すぐにその身で実感できる」
「はい…」
「で、ルカ。クレアの鍛錬はどのくらいかかりそうだ?」
「そうだな…今の状態から魔法というものを理解して、使えるようになるには半年もあれば十分だ。後は、いつ完全に覚醒するかだな」
「お前のように突然覚醒することもあるんだろ?」
「ああ、クレアの魔力からみて、それには気をつけないとな。あの時ほどではないがそれ相応の力が放出されるはずだ」
「なにかあったんですか?」
「ん?俺の力が覚醒した時だが、あまりの魔力量で学校の施設の一部が壊れてしまってな」
「ええ?!」
師と出会い、厳しい講義を受ける中、俺の力は突如として覚醒した。
その時に発せられた膨大な魔力で教室は半壊。そこに居た数人の生徒が負傷。師も少なからず傷を負った。
急激な覚醒は危険を伴う。クレアの魔力もかなりの物なので注意しないといけない。
「今現在の力、測定結果から推測される力…そうだな、クレアが魔力をすべて攻撃力に転化した場合…」
「した場合?」
レイカルドとクレアが同時に固唾を呑む。
「山の一つくらい消し飛ぶだろ」
「なんと!」
「ふぇええええ!」
「嘘だ…」
「おい!」
「あうう…」
「まあ、この王宮くらいは一撃でつぶせるだろうな」
「ルカ…お前…まあ、それでもすごいことには変わりないか」
「でも、なんでだろ?お父さんもお母さんも魔法なんて使えなかったのに」
「親は関係ないぞ。魔力は誰でも持っている。しかし、それを魔法の力として使えるほど強く持っているか、それを発揮出来るかは個人差が激しい。それに、自分の魔力に気がつかず一生を終える者の方が多いからな」
「そうなんですか…」
魔法が使えない=魔力がないというのが一般常識だが実のところ誰にでも魔力はある。
そうでないと精神の維持が出来ないからだ。
魔力と精神力は密接な関係があり、魔力が強いものは総じて精神力も強い。
しかしながら、精神力は強くても魔力が弱い者も居る。
これは、その人間が持つことの出来る魔力の量に左右されるという事が分かっている。
この器の大きさは生まれもって決められており、どんなに鍛錬しても増やすことは出来ない。
精神力は厳しい修行をすれば誰でも鍛えることは可能だ。
精神力が強く、持つことの出来る魔力量が多い者が魔法使いとしてやって行けるのだ。
レイカルドは王家の血を引くだけありその精神力は強いが、残念ながらその量が少なく魔法がまともに使えなかった。
なんとか学校を卒業したのだが、ギリギリすぎてあせった記憶がある。
クレアはこれまでの経験で心が鍛えられた結果、強い精神力を持ったのだろう。そして、元々かなりの魔力量を持っていたようだ。
「へえ、そうなんですね…じゃあ、もしかしたらレナやミリーも?」
「ああ、使えるかも知れんな」
「ふわわわわ…」
「精神力はどうにでもなるが、魔力量だけはな…クレアがうらやましいな」
「へ?レ、レイカルド様?!」
「ちなみに魔力量は親譲りらしい。お前の両親のどちらかが魔法の素質があったんだろうな」
「そうなんだ…」
「俺は父上の血を継いだみたいでね、母上だったらもう少し使えていたのかもな」
先王であるレイカルドの父も魔法は使えなかった。
そのかわり剣の腕前は大陸でも一、二を争うもので、剣聖と呼ばれた皇王ですら敵わなかったそうだ。
母である王妃はシルバーまであと少しという魔力を持っているので、母のほうの力を受け継いでいればもう少し魔法を使えたかもしれない。
「よし、明日からは厳しく行くぞ。いいな?」
「はい!お願いします!」
がん!
「いったあ…」
「おいおい、壊すなよ?」
「あう…」
勢いよく頭を下げすぎテーブルにぶつける。
俺とレイカルドの笑い声が響く中、赤くなったおでこをさするクレア。
「なんか、楽しそうですね」
「お、ファラ。どうしたんだ?」
そこに、正装したファラレルが現れた。
「今日は月に一回のお祈りの日ですよ?お二人は忙しいことを言い訳にこのところ全然お祈りに来ていませんからね。私のほうから出向きました」
「あ…そうか、今日か…」
俺もレイカルドもメリア神の信徒ではないが、この国にはメリア神の大神殿がある。その影響か、信徒以外でも毎月一回ある礼拝の日に神殿で祈りを捧げるのが常となっていた。
そのまま4人で王宮内にある神殿で祈りを捧げる。
忙しいからと逃げようとも思ったが、それを許さないファラレルの強い意思を感じた。
祈りを終え、ファラレルにもクレアの魔力測定のことを話す。
もちろんファラレルも喜んでくれた。
小声でクレアに、誓いを果たせますねと言ったのが少し気になった。
翌日から国務の合間を縫いクレアの鍛錬が始まる。
まずは魔法の発動体だ。
術式を使う時、必ず発動体になる物に直接素肌で触れていなければならない。
クレアの場合、その戦い方から戦闘時にはグローブをしているので手で持つことが出来ない。
本来なら杖のような片手で持てる棒状の物の方が安定して発動できる。
首飾りや指輪もあるのだが、小さいものは魔力に耐えられずに壊れてしまうことがある。
普通に作られたものではダメだ。マントを探りかつて遺跡から手に入れた発動体を幾つか取り出す。
腕輪やサークレット、指輪もある。
この中からクレアと相性のいい物を探していくしかなさそうだ。
次に必要なのが呪文と、それと共に行われる身振りだ。
基本的に右手に杖を持ち、左手で空中に式と呼ばれる魔方陣を描く。
俺もこのスタイルのため、剣と魔法は同時に使うことが出来ない。
杖以外の発動体を使えば可能なのだが、これまで見つけたどの発動体も俺の魔力に耐えられず壊れてしまい諦めている。
この際に動きを阻害する鎧を着ていると上手く式が書けずに失敗してしまう。
その為、魔法使いのほとんどは動きを妨げる鎧を着ていない事が多い。
クレアの着ているのは革鎧だが動きやすいように作られているし、魔力付与系はそれほど複雑な式を書かないので大丈夫だろう。
そして一週間が過ぎようとしていた。
この間も、帝国に関する情報を集めたり、新しく出来たアリシアとの協議や会議があったりと余り鍛錬の時間が取れなかったが少しづつ進めていった。
魔術学校の地下書庫にこもったマーレスは4日後にやっと出てきた。
さすがにドラゴンだ。出てきたマーレスは、4日もこもっていたとは思えないほど普通だった。
しかし、それにもかかわらず分ったことは少なかった。
分った事は封印された物が、精神のほうは首飾り状のもので、肉体は剣ということだ。
神聖王国にある大神殿の地下には、一本の剣が封印されているというがその剣がそうなのだろう。
後は首飾りだ。恐らく皇帝かその側近が持っているに違いない。
問題はそれをどうやって手に入れたかだが、それこそ本人に聞いてみるしかなさそうだ。
「ル…ルカ様…もう、む…無理です…」
クレアはそう言って座り込んでしまう。
「ふむ、まだ魔力の加減がつかめないか…」
鍛錬を始めてそろそろ10日。
まだ、魔力のコントロールが上手くできていない。
これは、ある意味しかたがない。まだ14の少女なのだ。
一般的に見ても14という歳は魔術学校に入る頃の歳だ。
そのくらいだとまだ基礎学習の段階。
クレアはその基礎学習を飛ばし、実技に入っている。
普通なら基礎学習が終わり、実技に入るまでは4~5年はかかるのだ。
クレアは実戦の中で力に目覚めた。そういう場合は、知識よりも実技で覚えたほうが上達が早いことが多い。体で覚えるというやつだ。
「よし、今日はこれで終わりにしよう。明日は皇国にいかないといけないからな。
今日はゆっくり休め」
「はい…」
よろけながらも立ち上がり自分の部屋へと帰って行く。
皇国で、帝国に対する会議が開かれることになっている。
レイカルドと俺に皇王と将軍、神聖王国からは神聖騎士団の団長が参加する予定だ。
そして、新しく同盟に加わったアリシア連邦首長国の王も参加する。
クレアはもちろん俺やレイカルドの護衛として同行しなければならない。
会議の合間を見て鍛錬をするしかなさそうだ。