友と王と新たな誓い
レイカルドの即位式は順調に進んでいく。
病床の国王に代わり、王妃が代わりに戴冠式に出席し、新王の誕生を祝うために集まった国民に新王の誕生を告げる。
若い国王の誕生に人々は歓喜の声を上げる。
俺はそれを、レイカルドから離れた場所から見ていた。
今はまだ、新しく国王になる王子の友人として招かれた客だ。
目立たぬよう、他の来賓に紛れている。
クレアはさすがに王宮に入れる事は出来ないので宿だ。
たぶん、この群衆の中に居るんだろう。
夜の大祝賀会も終わり、即位式の1日目は滞りなく終わった。
王宮の外、街の方はまだ大騒ぎしているらしく、人々の声が聞こえる。
「ああ、何でこんな面倒なことやらなきゃならんのだ…」
部屋に戻ったレイカルドが思わず悪態をつく。
部屋には俺だけだからまだいいが、大臣とか居たら大目玉を食らうだろう。
「仕方ないさ、ガザイア国王の即位式だ、それなりに派手にやらないとな」
「明日もまだあると思うと、気が滅入るよ…」
明日はガザイアと親交の深い国々から来た王や貴族との謁見がある。
歴史の長い国なので来賓の数は半端じゃない。恐らく丸1日かかるだろう。
しかも、その一番手が同盟国でもある隣国、ミケルス皇国の皇王なのだ。
それを思うと少し気の毒だが、これも王としての勤め。レイカルドの新国王としての最初の仕事だ。
「ま、がんばれや、国王様」
皮肉たっぷりにからかう。
「くそ、覚えてろ。お前を側近にしたらこき使ってやるからな」
「お手柔らかに、陛下」
お互い顔を見合わせ笑う。これから先、こういう事が増えるんだろうな。
レイカルドにとって俺は、唯一愚痴をこぼせる相手となるはずだ。
「さて、明日に備え今日は寝るとするか。ルカ、お前は明日はどうするんだ?」
「俺か?まだ正式に宮廷魔導師になったわけじゃないからな、謁見式には出ないつもりだ。今のうちにやっておきたい事もあるし、少し出てくる」
「そうか、分った。それじゃ、お休み」
王宮を出ると、街はまだ祝賀祭で大騒ぎだった。
かつてレイカルドが俺と一緒に魔術学校にいた頃、共に悪さをして街で大騒ぎを起こしたことが何回かある。
そのせいかどうかはわからないが、あの頃、王都に住む人々はレイカルドの事を王子ではなく、近所の悪ガキといった感じで接してきた。
むろん、俺も同じような扱いを受けていた。
あの悪ガキがいまや自分の国の王様。昔のレイカルドを知る人たちは皆、その話しで持ちきりだ。
「おや、もう一人の悪ガキが来たよ」
その声のした方を見ると、そこには酒場の女主人が居た。
俺はそのまま取り囲まれ、酒の肴となり、開放されたのは夜明けだったが、久しぶりに楽しい酒を飲んだ気がする。
宿に戻ると、既に起きていたクレアと朝食をとり、馬を借りると都の外へと出る。
新国王の即位式の真っ最中だ。都の出入りは厳しく制限されているが、俺の事を知らない衛兵はいないと言ってもいいだろう。
たとえ知らなくても、エンブレムを見ればその身分は一目瞭然だ。
俺の姿を見ると、直立不動を取り無言で門を開けてくれた。
都を出た俺は、半日ほどの距離にある湖のほとりで角笛を吹く。
この湖の、今俺達が居る反対側の山にマーレスの住処がある。
ここなら誰も居ないから騒ぎも起きない。
すぐにマーレスがその巨体を現した。
そして、着陸すると同時に一人の少女へとその姿を変える。
「ふえ?!」
クレアが横で不思議な驚きの声を出す。
上位のドラゴンは時折、人の姿に変身して街をうろつくことがある。
この少女の姿は、マーレスが街に出る時の仮の姿だ。
この姿の方が何かと話しやすいので、マーレスは必ず変身する。
「ルカ、預かっていた物、お返しします」
少女の姿をしたマーレスの手には奇妙な形をした一本の杖が握られていた。
俺はその杖を受け取り、その感触を確かめるかのように握り締める。
「ルカ様、それは?」
「これか?これは、遺跡で見つけた古代王国時代の杖だ。強力すぎて危険なのでマーレスに預けていたんだ」
以前探索した遺跡で見つけたこの杖には、術者の魔力を大きく増幅する力が備わっている。
この杖を使えば、駆け出しの魔法使いでもたった一人で中規模の国を、それこそ壊滅できるだけの力を得ることができる。
万が一、悪人の手に渡ったりしたら、最悪帝国の手にでも渡ったりしたら世界が滅ぶ。
なので、この世界で一番安全な保管場所、ドラゴンであるマーレスに預けていた。
「そんなものをなぜ?」
「この杖を上手く使えば、ほんのわずかな魔力で強力な術式を構築できる。今後、間違いなく戦になるからな…」
ただ、使い方を間違えれば増幅された魔力で術式が暴走し、とんでもないことになるだろう。
「宮廷魔導師として必要な力…戦争の為の力ですか…」
クレアは寂しそうに呟く。
戦争のための力。故郷を占領され、失った彼女には辛いだろうが、これも仕方がない。
新国王の即位で国全体が浮かれている。
中枢部も即位式やらなんだかんだでばたばたしている。
しかも、各国の要人や王まで来ているのだ。
もし、俺が帝国の王だったら絶好の進行の機会だと判断する。
とはいっても、このガザイアに攻めてくるのは容易なことではない。
帝国もそれ相応の準備をしてくるはずだ。
それに対抗するための力、念には念を入れて…というやつだ。
「ルカ、貴方なら何も心配はないと思いますが、その杖の扱いは、くれぐれも慎重に。いくら私でも、死んでしまった者を、生き返らすことは出来ないですからね」
「ありがとう、マーレス。肝に銘じておくよ」
少女の姿をしたマーレスが心配そうな瞳を向けてくる。
何かの役に立つでしょうと、幾つかの魔法具を俺に渡し、再びドラゴンの姿に戻ったマーレスは湖を越え、住処のある山に消えていった。
宿に戻ると宿の主人から手紙を渡された。
昼間、王宮から使いが来て置いて行ったそうだ。
主人に礼をいい部屋へと戻る。
「ついに来たな」
開ける必要はない。内容は分かっている。
「召喚命令ですね」
クレアもいつに無く真剣な表情だ。
それもそうだろう、彼女自身もかなりの地位に付く事になるのだ。
翌朝、王宮に向かった俺とクレアはすぐにレイカルドに呼ばれ、彼の部屋に行った。
部屋の中では、レイカルドが大臣達に矢継ぎ早に指示を出していた。
「すまん、緊急事態でな。お前の知恵がほしい」
「どうした?」
「帝国がミケルス皇国に攻め込んだ…」
「皇国にだと?!」
予想より早い。即位式はなんだかんだでまだ後半月は続く。
その間、各国の要人がかわるがわる訪れるが、今は皇国の皇王が来ている。
皇王の不在を狙ったのか?
「ミケルス皇王は朝一番で転移術を使いお帰りになられた。俺達は同盟国として援助しなきゃならん」
「侵攻の規模は?」
「まだ詳しくは判らないが、2万近いらしい…」
あちこちを旅して回り、帝国の内情は耳にしてきた。
2万という数字は、帝国の総兵力の約2割だ。
「皇国の兵力は?」
「皇王の話だと1万弱、傭兵を急募しても1万5千が精一杯だそうだ」
「くそ、皇国の兵力に合わせてきたか。レイカルド、今ガザイアにはどのくらいの兵力がある?」
「正騎士団が1万、一般兵が1万ちょっとであわせて2万弱だ。あと、すぐに招集できる予備役が5千ほどいる。」
「完全に後手に廻ったな。援軍を送ればその隙に乗じてこちらにも攻め込んでくるだろう。帝国にはそのくらいの兵力は十分ある」
「帝国はそんなにも兵力を蓄えていたのか?」
「ああ、伝え聞いた話しでは10万近くはいるといわれている」
「そんなにも…どうすればいい?」
「俺が行く、兵は2千もあればいい。第2騎士団を貸してくれ」
「しかし!」
「お前は国の守りを固めろ、確実に帝国は攻めてくる。国境の山岳地帯で食い止めればガザイアの兵力でも対抗できる」
「くそ!それしかないか…わかった、頼むぞ」
「まかせろ、心配するな」
すぐに各騎士団の騎士団長が呼ばれると命令が伝えられ、同時に俺の宮廷魔導師としての就任辞令が下される。
「就任直後の仕事が、同盟国への援軍の指揮とは…まったく、やっていられないな」
「ルカ様…」
思わず、クレア相手に愚痴をこぼしてしまった。
しかし、時は待ってくれない。愚痴をこぼしている時間はない。
出陣の準備をしている第2騎士団の騎士団長と予定を話し合う。
ガザイアの騎士団は全部で4つある。
一つは近衛騎士団だ。
国王に常に同行している部隊で兵数は5百と少ないが皆、鍛えぬかれ、選ばれた騎士の中の騎士だ。
そして主力の第1騎士団。兵数は5千。騎乗戦では大陸で指折りの部隊で、集団による連携攻撃を得意としている。
俺が借りた第2騎士団は兵数2千、この部隊は歴戦の精鋭部隊。個々の力は騎士団の中では一番だろう。
第3騎士団は3千ほどの兵力だが、新しく騎士になったばかりの者が多いので、今回の遠征には不向きと考え第2騎士団を指名した。
「詳しい状況は現地に行ってみないとわからん。まだ国境で競り合っているのか、既に入り込まれているのか…その状況によって作戦を立てなければいけない。可能な限り急ぎ向かうぞ」
「そうですな、兎に角、相手の動きがわからなければ作戦の立てようもありませんな」
「国境のミリシンまではどのくらいかかる?」
「強行軍で2週間です」
「大丈夫なのか?」
「そのくらい問題ありません」
さすがに歴戦の精鋭部隊である。頼もしい限りだ。
「こちらは精鋭と言っても2千だ。相手は2万近い。皇国との戦闘でどのくらいの被害が出ているかわからんが、向こうは増援をいくらでも送ってこれる。
厳しい戦いを覚悟してくれ」
「はい、心得ております。我が第2騎士団、命に代えましても使命果たしてみせます」
俺は一足先に都を出発する。先に行って状況を把握するためだ。
俺とクレアだけなら急ぐことも出来る。途中の街で馬を換えながら、騎士団との合流地点でもあるガザイアと皇国の国境の街『ミリシン』を目指す。
普通に来れば3週間はかかる行程を10日で走りきる。
さすがに堪える。体の節々が痛いが仕方がないだろう。
ミリシンで休みを取りつつ、情報を得、戦況を確認する。
ミリシンにはミケルス皇国軍の後方支援部隊が駐留していた。
戦域はここから北へ半日ほど行ったところらしい。
彼らから話を聞く。
皇国軍は不利ながらも何とか堪えているようで、まだ国境を境に一進一退の攻防を繰り広げているようだ。
地図を広げ、戦場を確認する。
帝国と皇国の国境は北は山地だが南は広大な草原だ。
大規模部隊を展開するにはもってこいの戦場である。
この広大な戦場でわずか2千の第2騎士団をどう使うか?
普通に考えれば奇襲は無理だろう。隠れる場所がない。
しかし、可能だ。
幻術で騎士団を隠せばいい。
それでも舞い上がる土煙や蹄の音は消せない。
気が付かれずにずにどこまで近寄れるかが勝負の鍵だ。
クレアは馬には乗れないが、それなりの速度で走れる。
彼女の実力を知ってもらうためにも、今回は先陣を切ってもらおう。
彼女の一撃が突破口となるはずだ。
その後、新たな報告を聞いたり、自ら状況を見に行ったりしつつ騎士団の到着を待つ。
「帝国軍が皇国軍との交戦に集中している隙を突き側面から攻める。俺の幻術で騎士団を隠しての奇襲だ。馬が出す土煙や音は隠せないから、それに気が付かれる前に可能な限り近づけ」
俺の到着から5日後、騎士団が着いた。
すぐに団長を呼び作戦を伝える。
「なるほど、それならもっと良い手があります」
「なんだ?」
「雨を待ちます。そうすれば土煙は舞いませんし、蹄の音もしないでしょう」
「しかし、足場は相当悪くなるぞ?」
「その位問題ありません。それに、来る途中気がついたのですが、今夜あたり一雨きそうですし」
そういう団長の顔は、既に勝利を確信したような顔だ。
さすがに幾多の戦を潜り抜け、騎士団長にまでなった事だけはある。
「よし、解った。騎士団は突撃した後そのまま走り抜けろ。陣形が崩れたところを俺が叩く」
「はい」
「反転後、皇国軍と共に一気に畳み掛けろ。反撃の隙を与えるなよ」
「おまかせを!ガザイア騎士団の力、とくと見せ付けてやります」
ミケルス皇国の軍にはかなりの被害が出ていると聞く。
開戦時から比べると総兵力の3割近くを損耗しているらしい。
対する帝国軍は増援を受け、その兵力はほとんど減ってないと言う。
完全にこちらが不利な状況だが、一つだけ朗報があった。
帝国の部隊の主力は下級妖魔だということだ。
数は多いが質は悪い。統率も取れていない。
一度乱れれば一気に崩れるはずだ。そこに勝機を見出すしかない。
「ルカ様、雨が降ってきました」
「お、いい感じで降ってきたな。クレア、明日は頼むぞ」
「はい!」
夜、兵舎代わりの宿に戻ると、外を見ていたクレアが雨が降り出したことを教えてくれた。
いい感じだ、あまり降られると足場が悪くなるが、逆に降らないとすぐに乾いてしまう。
翌朝、雨は上がったが天候は曇り。しかし、こちらにとっては都合がいい。
騎士団と俺は視認されるギリギリの距離まで戦場に近づき様子を伺う。
既に戦闘は始まっていて、激しい戦いの音が聞こえる。
地面は昨夜の雨で濡れていて、これなら土煙が舞うことはないだろう。
若干足場は悪いが、蹄の音も乾いた地面よりもはるかに小さい。
「よし、作戦通り行くぞ。全員準備しろ」
騎士団は突撃の準備をする。強行軍の疲れはまったくないようだ。
さすがに鍛えられている。
幻術の術式を起動させる。瞬く間に騎士団の姿が見えなくなる。
「おお、すごい!」
「これは…!」
騎士達から驚きの声が上がる。むろん声だけ聞こえて姿は見えない。
「ガザイア第2騎士団…突撃!」
かけ声と同時に騎士団が走り去っていく気配だけがする。
見えないが先頭をクレアが一緒に走っているはずだ。
俺は視認可能な距離まで馬を進める。
そして…帝国軍の進行部隊の側面にいた妖魔が吹き飛び、隊列が瞬く間に崩れる。
それと同時に騎士団が姿を現す。
奇襲成功だ。
すごい…クレアの一撃で出来た突破口に突入する騎士団。
一気に駆け抜けたその後には、一本の通路が出来ていた。
敵の陣形を真っ二つに割ってしまったのだ。
そして、二つに割れた陣形の片側、戦闘域の中央側の部隊でさらに異変が起きる。
部隊の大半を占める下級妖魔たちが次々と吹き飛ばされていくのだ。
あの戦い方はクレアだろう。時折、あの綺麗な金色の髪が見える。
「太古の礎から連なるその力…」
残りの後方の部隊を叩くため強力な術式の構築を始める。
この杖をまともに使うのは今回が初めてだ。
どのくらいの魔力でどの程度の威力になるかまだつかめていない。
味方部隊に被害が出ないよう、敵の部隊のかなり後方に照準する。
「目覚めよ!その力持ちて、紅蓮の炎を降らせよ!」
術式の発動と共に杖の先から天空を目指し炎が昇ってゆく。
そして、高空から敵めがけ炎の雨が降り注ぐ。
まるで嵐でも来ているかのように炎の雨が降る。
「これは…もう少し制御したほうがよかったか?」
思わずそう呟いてしまうほどすさまじい降り方だ。
魔力を全開にしてもここまで炎を降らせることは今まで出来なかった。
騎士団と皇国の部隊は、その光景におもわず動きを止める。
クレアもその光景を驚きの顔で見ている。
そして、炎の雨が止んだ後には黒焦げになった妖魔の死体と地面が残った。
「いまだ!騎士団、突撃!!」
真っ先に動いたのは騎士団だった。
それに呼応するように皇国の部隊も動き出す。
こちらに駆け寄ってくる影が一つあった。金色の髪をなびかせ、滑るように走ってくる。
「ルカ様!」
駆け寄ってくる彼女の顔はなにか嬉しそうだ。
帝国軍は総崩れで後退してゆく。今回の戦いは我々の勝ちだ。
「クレア、よくやってくれた。勝敗は喫した。後は彼らに任せよう」
「はい!ルカ様の魔法、すごかったです!!」
「いや、あれには俺自身驚いている。この杖の威力はすごい」
「ふえぇぇぇえ」
毎度お馴染みとなった、クレアの訳の分からない驚きの声も、今は心地よい。
帝国軍の追撃は、敵後方部隊の規模が分からないため中止され、部隊が引き上げてくる。
無傷で勝利した騎士団も戻ってくる。
「おみごとでした。お噂はかねがね聞いておりましたが、噂以上ですな」
「いや、騎士団もさすがだ。まさか敵陣を二つに割ってしまうとは」
「なに、あの程度の事。普段の訓練の成果が出ただけです」
軽く言ってくれるが相当なものだ。一体どんな訓練をしているのだろうか。
「それに、クレア殿も見事でしたな。お姿が見えないのでどうやったかわかりませんが、目の前で妖魔共がいきなり吹き飛んだ時は驚きましたよ」
「見ての通りクレアは拳闘士だ。その拳で吹き飛ばしただけさ」
「すさまじい威力ですな…その後もすごかったですし」
「あうぅぅ…」
俺の横で顔を真っ赤にして俯いてしまうクレア。
まあ、これで騎士団に彼女の実力を示せた。
そこへ、皇国軍の将軍がやってきた。
あの将軍とは以前、皇国に立ち寄った時に幾度か会っている。
「ルカ様、ご助力感謝します」
「いえ、同盟国として当たり前の事をしたまでです。将軍こそあの劣勢の中、見事な指揮ぶり、感服しました」
「はははは、大陸5賢者の一人にそう言ってもらえると嬉しいです。しかし、これは一時の勝利に過ぎません。帝国軍はすぐに建て直し攻めて来るでしょう」
将軍のその言葉に俺は疑問があった。俺の予測では帝国軍は同時期にガザイアにも侵攻するはず。そうなると兵力の分断ということになる。いくら帝国でも2箇所での同時戦闘は維持が厳しいはずだ。
「いえ、俺の予想ではこれ一回きりでしょう。おそらく、ガザイア国境でも戦端が開かれているはず」
「同時侵攻ですな。帝国もやりますな…しかしそうなると、どちらかに兵力を集中させる…」
「今、ガザイアは新国王の即位式の真っ只中。各国の貴族や重鎮が大勢来ています。万が一ガザイアが落ちる事があれば…」
「なるほど、どう転んでもガザイアは我が皇国に援軍を送らなければならない。
そうなると守りは薄くなる。その隙に…というわけですな」
「その通りです。まあ、ガザイアの守りを帝国軍が崩せればの話ですがね」
ガザイアと帝国の国境は険しい山岳地帯になっている。
そのため大規模な軍の展開は無理だ。
必然的に少数の部隊で戦うことになる。
そして、ガザイアはその山岳地帯に強固な砦を築いてある。
「私も一度見ましたが、あの砦を落とすには少なくても1万の兵力で半月はかかるでしょうな。損失無し、休み無しでの場合ですが」
さすがに将軍についているだけの事はある。確かに1万ほどの兵力で休み無しに攻め込めばあの砦は落ちるだろう。
しかし、それは無理な話だ。損失は必ず出る。疲れも溜まる。部隊をそっくり入れ替えるにしても、あの狭い峡谷では一旦全部隊を引き上げねばならない。
そして、守りに有利なあの地形は確実に敵の兵力を減らすことが出来る。
砦があれば守りに必要な人数はそれほど数はいらない。
交代と予備の兵力をあわせても5千もいれば守りきることが出来るはずだ。
更なる交代要員として1千もいれば、よほどの事がない限り砦が落ちることはないだろう。
将軍と今後の戦況を分析しながらミリシンへと戻る。
「ルカ様!本国より連絡が来ています!」
兵舎となっている宿に着くなり衛兵に呼び止められた。
衛兵から厳重に蝋封のされた封筒を受け取る。
封筒からわずかに転移術式の残滓を感じる。この波動は…師の物だ。
どうやら火急の知らせのようだ。
中身を読むと予想が当たっていた事が解る。
「思った通り、帝国はガザイアに侵攻してきた。その数は後方部隊を含め4万だそうだ」
その言葉に騎士団長も将軍も驚きを隠せない。
4万といえばかなりの兵力だ。
「やはり、ガザイアに兵力を集中してきたか。複数の部隊での波状攻撃をするつもりだな」
「ルカ様、すぐにお戻りになりませんと」
「そう急ぐこともないだろう。あの砦ならば耐えられる。砦が落ちる前に帝国の方の兵力が尽きるさ」
「は…はい、そうですが、しかし!」
「それに、いざとなれば最終手段もあるしな」
「あ…そうでしたね」
団長は最終手段の言葉に安堵のため息を漏らす。
「最終手段ですと?」
将軍はさすがにそこまでは知らないようだ。
「峡谷を崩して街道を埋めてしまうんですよ」
「な…なんと大胆な!」
崖を崩し道をふさぐ。こんな事をしてしまえば西側との行き来が出来なくなってしまう。
しかし、帝国が占領している西側との交易は途切れて久しい。
それに、海路もある。つぶしてしまっても問題はない。
皇国に攻め込んだ部隊は増援も含めて約2万5千ほどらしい。
その部隊はほぼ全滅した。
ガザイア方面に4万、合計で6万5千。
俺が知る限り、帝国の総兵力の6割強。
もし、この侵攻が失敗すれば帝国は大打撃を受ける。
無論、こちらの損失もそれ相応のものがあるだろう。
この戦いが終わった後、お互いに兵力の回復が必要だ。
暫くはこれまで通りにらみ合いとなるだろう。
騎士団と共に王都へと凱旋する。
既に伝令により結果を知っていたレイカルドは、安堵の表情で俺たちを出迎えた。
「ルカ、よくやってくれたな。感謝する」
騎士団長に労いの言葉をかけたレイカルドと共に、クレアと二人でレイカルドの部屋へと来た。
「クレアも、話しは聞いている。よくやってくれた」
「いえ、私はただ、ルカ様のご命令を果たしたまでで…」
相変わらず褒められることに弱いようだ。顔を真っ赤にして俯いて黙ってしまった。
「ところで、砦のほうはどうなんだ?」
「今のところこちらが優勢だ。それに、帰ってきた第2騎士団も戦列に加わるからな。負ける要素は考えられん」
「そうか、それならいいんだがな…」
「ん?どうした?何か気になることでも?」
「ああ、今回の戦、帝国の主力は下級妖魔だったのは聞いているよな?」
「報告は受けている。砦の方に来た部隊も半数以上が妖魔らしい」
「いくら下級とはいえ、あれほどの数の妖魔を使役することは不可能に近い。何か特殊な術式を使っているか、それか…」
「それか?何かあるのか?」
「上級の魔族を従えているかだ」
「な!そ、そんなことが可能なのか?」
少数の妖魔共を従えるのにはそれほど難しいことはない。
基本的に力に屈服するので、こちらが強いことを見せ付ければいい。
しかし、数が多くなると簡単にはいかない。もともと統率の取れていない妖魔たちをまとめるには何かしらの手段が必要となる。
その手段の一つが術式による強制的な支配だ。
しかし、これには膨大な魔力が必要となる。
術式が解除された瞬間、妖魔共は統制を失ってしまうからだ。
維持するだけでも相当な量の魔力が必要になるため、現実的ではない。
そしてもう一つは、力を持つ魔族による支配だ。
何らかの手段で、魔族を使役することが出来れば、その力で妖魔を間接的にだが、支配することが出来る。
しかし、これまで魔族を支配したという人間は現れていない。
古代王国期時代には数名の魔法使いが魔族を従えていたらしいが、それも伝説の中での話し。真実かどうかはわからない。
だが、逆に考えると?魔族のほうから接触してきたら?
そう考えると帝国の急成長にも説明がつく。
この考えをレイカルドに話すと、さすがに彼も考え込んだ。
「まあ、いくら仮説を立てて考えたところで、答えは出てこないだろう。最悪お前の考えている通りだとすると、ガザイア一国だけの問題ではないしな」
「それもそうだな。とりあえず今は目の前の戦いに勝つことだな」
「そういうことだ」
「陛下!お休み中のところ申し訳ありません」
扉の外から衛兵の声が聞こえた。
「入れ!」
「失礼します」
「どうした?」
「はい、砦からの伝令であります。帝国軍が撤退を始めたとのことです」
「解った、下がれ」
敬礼をして部屋を出て行く衛兵を見送りながら、俺とレイカルドは同じ疑問を持った。
早すぎる、いくらあの砦が難攻不落でも諦めるのには早すぎる。
「ルカ、どう思う?」
「わからん。諦めたにしては早すぎる」
「そうだな、やつらの意図が読めん」
暫く無言の時が流れる。情報が少なすぎて敵の意図が読めない。
少なくても数ヶ月から半年は攻撃が続くと予想していた。
「これも、考えても仕方ないな。撤退したというならそれでいい。念のため砦の守備兵を増やしておけばいい」
「そうだな…さて…ルカ、少し付き合え」
「仕方ないな、仕事だ、文句は言えん」
お互い渋々といった面持ちで立ち上がると謁見の間へと行く。
玉座に座るレイカルドの左側に俺は立つ。右には近衛騎士団の団長が立ち、クレアは俺の後で控えている。
砦への指示を持たせた伝令が謁見の間から出て行くのと入れ替わりに、幾人かの大臣が入ってきて色々な報告をしていく。
ただ立っているだけなので暇だ。しかし、これも宮廷付き魔導師としての仕事だ。おろそかにはできない。
一通りの報告を聞き、部屋へと戻る。
「結局、即位式は中途半端で終わってしまったな」
大臣達の報告はほとんどが即位式中止に関するものであった。
謁見の出来なかった者達からの伝言や、即位式後に行う予定だった人事についてや、式典後の各国に対する対応等が主だった。
「主役のお前が出席できないんだ。それに、一番の大物であるミケルス皇王陛下が帰られたんだ」
「そうだな。まあ、俺としては逆に助かったがな」
お互い顔を見合わせ笑う。大臣がいたらこれも大目玉だろう。
「失礼します。陛下、謁見を申し出ている者がいますがいかがいたしましょう?」
「今頃?何者だ?」
「はい、女性ですが、メリア神の司祭のようです」
「え?!」
衛兵の言葉に俺とレイカルド、それにクレアまでが同時に声を出した。
3人で顔を見合わせる。
俺たちの知る中でメリア神の司祭で女性と言えば彼女しかいない。
何しに来た?と3人で首をかしげる。
「わかった、司祭ならば断るわけにも行くまい。謁見の間ではなくこの部屋に通せ」
「は!」
衛兵が出て行き、扉が閉まるのを確認して俺はレイカルドに話しかけた。
「おい、まさか…」
「だろうな、メリア神の司祭で俺の所に来る女と言ったら、あいつしかいないだろ…」
二人同時にため息をつく。クレアも一度きりだが彼女とは会って話をしているので困惑の表情を浮かべている。
「失礼します」
「入れ」
扉が開き、入ってきた人物は間違いなくファラレルだった。
「レイカルド王子、このたびは即位おめでとうございます」
形式的な挨拶をしてくるが、あえて王子と言ったところにとげがあるなと思った。
「ひ…久しぶりだなファラレル、げ、元気そうで何よりだ」
「いえ、陛下、こそお元気そうで」
なぜか、陛下のところを強調している。
レイカルドの表情が固い。逆にファラレルは何か楽しそうだ。
そして、暫く無言の時が流れると、ファラレルはくすくすと笑い出す。
「はあ…もう、王子!いけません!と、怒れなくなってしまいましたね、レイカルド様」
入ってきた時とは打って変り、昔のように接してくる。
その様子にレイカルドはなぜか戸惑っている。
「おい、レイカルド、しっかりしろよ」
「あ、ああ。だ、大丈夫だ」
全然大丈夫には見えないんだが…いまだに、彼女の事が苦手なようだ。
「ファラ、どうしたんだ?わざわざ即位を祝いに来るようなお前じゃないはずだ」
「あら、ルカ様?私だってガザイアの国民ですよ?新王の即位を祝ってなにがいけません?」
「それはそうだが…」
まったく、俺よりも5つも年下とは思えない余裕ぶりだ。
伊達にメリア神の高司祭をやっていないなと思う。
「それよりもどうやってここまで来た?あれからまだ1ヶ月も経っていないぞ?」
「お忘れですか?メリア神の司祭だけが使える帰還の術式の事を」
そうだ、忘れていた。メリア神に仕える高位の司祭達は、自分の産まれ故郷に帰る事が出来る特殊な帰還術式が使える。
術者本人しか転移できないが、目標となる地点に目印が無くても転移が可能だ。
「本当は影ながら即位をお祝いするつもりでしたが、実は私、ガザイアの大神殿の副司祭に就任することになりました。そのご挨拶を兼ねてお伺いしたのです」
「本当か!ファラ、おめでとう」
「すごいじゃないか、ファラレル。おめでとう」
「おめでとうございます」
三人同時の祝辞。
ファラレルは余裕で軽くお辞儀をする。
ガザイア大神殿…大陸全土で信仰されているメリア神の最高神殿だ。
そこの副司祭ということは最高司祭の直下と言うことだ。かなりの出世となる。
「ルカ様も、宮廷付きの魔導師になったそうですね。ついに誓いを果たしたのですね、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。誓いを果たしたが、全てはこれからだ」
「はい。しかし、以前のようにお二人揃って無茶はいけませんよ?」
「ん?そうだな、ファラが来たからには無茶は出来んな」
俺はレイカルドと顔を見合わせ笑う。
「クレアさんも、がんばってくださいね」
「あ…はい、ありがとうございます」
その後、四人で小さな祝賀会をした。
魔術学校時代の思い出話に花が咲く。
クレアはその話を興味深そうに聴き、驚いたり笑ったりしていた。
そして、俺とレイカルドは共に新たな誓いを立てた。
立会人はファラレルだ。メリア神最高神殿の副司祭である彼女ならば適任だ。
「大いなるメリア神の前で誓いなさい」
ファラレルが普段とは違う厳かな口調で告げる。
俺とレイカルドはお互いの顔を見て頷き、まずはレイカルドが宣言する。
「我らは誓う、お互いに助け合い、全ての困難に打ち勝つことを」
続いて俺が宣言をする。
「我らは誓う、お互いを信頼し、共に永久の時を過ごさんことを」
死ぬまで二人でいよう、そして全ての困難に二人で立ち向かおう。
その決意を誓いとして宣言する。
まるで結婚式の誓いのようだ……
「本当に、お二人は、昔と何にも、変わっていないのですね」
「お二人とも、素敵です」
皮肉めいたことを言ってくるが、そんなファラレルの表情は、メリア神の女神像のように穏やかだった。
クレアは、なぜか拍手しながら泣いていた。