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魔法とクリスタルとドラゴンと  作者: 上城 龍
クリスタルの魔法使い
2/33

誓い

「ジーナ、朝早くにすまんな」

「お、帰ってきたね。どうだった?」


キャラバンの野営地で一番大きなテントに入る。


「ちょっと、それ!すごいじゃないのさ!」


俺の鎧姿をみたジーナが驚きの声を上げる。

さすがに一目みただけで分かったようだ。


「まさか、ミスリスかい?」

「ああ、そうだ。他にも珍しい物がかなりあった」

「へー、そいつは楽しみだ。しかし、あたいも色々と見てきたけどさ、ミスリスの武具一式なんて初めて見たよ」


ここに来るではマントを着ていたので誰も気がつくことはなかった。

だが、マントから物を取り出す都合上、ジーナの前ではマントの前を空ける必要がある。まあ、ジーナに見られたからと言って不都合があるわけでもない。


「これと、これと…あと、これかな?」


マントの中から彼女の好みと思われるお宝を取り出す。


「どれどれ…」


暫くの間お宝の鑑定。


「なかなかのもんだね。これほどの物めったに無いよ。ちょっとまってな」


そう言うと、ジーナはテントの外へ出て行った。

暫くして、ジーナは数人の若い下働きの男達と戻ってきた。

男達は大きな箱を重そうに持っている。


「この箱には金貨が3万枚入っている。これでどうだい?」


箱を開け俺に見せてくる。

3万枚…かなりの額だ。贅沢しなければ、一生なにもせずに暮らせる額だ。

そうは言っても、俺にとってははした金だ。

旅費や遺跡の探索に必要な物の購入でなにげに出費が多い。

特に魔法具は高い。安い物でも金貨数百枚、高い物は数千枚はする。

ジーナは俺から買い取ったお宝を売ることでこの何倍も稼ぐのだろう。

相手はもちろん好きものの好事家。珍しいものを手に入れるためには金に糸目はつけない連中ばかりだ。

キャラバン、特にジーナはそういう連中との付き合いが強い。

直接売りに行ってもいいが、買い叩かれるか、下手すれば奪われた上に口封じで殺されてしまう。

キャラバンの連中であればそんな心配は無い。

もし、キャラバンの連中に手を出せば、どれほど由緒正しい王侯貴族でもこの世から消されてしまう。

それほど、キャラバンの影響力は大きい。

だから見つけたお宝はキャラバンか、余り価値のない物であれば骨董屋に売ることにしている。

金貨の山を見たクレアは、驚きのあまり声も出ないようだ。

隣で硬直している。


「ジーナの言い値でいいよ。ジーナより高く買ってくれる所なんてないからな」

「さすがだね、商談成立だ。で、その鎧は売る気は無いのかい?」


売る気が無いのをわかっていて聞いてくる。

ジーナらしいといえばそれまでだが。


「おいおい、どんなに金貨積まれても売らないぞ。二度と手に入らないからな」

「あははは、そうりゃそうーだ!さて、商談成立のお祝いだ!一杯やろう」


グラスを合わせ、商談成立を祝う。毎回の事だが、さすがに早朝の酒はきつい。


「ルカ、この後どうするんだい?」


酒を一気に飲み干したジーナが聞いてくる。

相変わらず酒に強い。俺も強いほうだが彼女には敵わない。

クレアは、一口で酔ってしまったのか、真っ赤な顔して隣でふらふらしている。


「これと言って予定は無いな。南へ行くか、東へ行くか。思い切って海を渡ってみるのもありかもな」

「そう、だったら暫く一緒に来ないか?」

「一緒に?なにかあったのか?」

「ああ、この街に来る途中、盗賊の一団に襲われてね」


キャラバンの最大の敵は盗賊団だ。やつらにはキャラバンの影響力はまったく関係ない。ただ、ほしいから奪う。

キャラバンはやつらから見れば格好の獲物。その為、護衛を雇うのが常だ。


「護衛の半分近くが負傷しちゃってね。今、治療中だが死者が出なかっただけよかったよ。そんな状況だから、あんたが来てくれればそれこそ大助かりだ」

「そんな大規模な盗賊団がいたのか?」

「いや、人数は30人ほどだったけど、姑息な手を使って来てね。まさか、獣使いを雇っているなんて考えもしなかった」


30人、盗賊団としては中規模だ。

キャラバンが雇う護衛は身分のはっきりした腕の立つ者ばかりだ。

盗賊程度、敵ではない。

下手な護衛を雇うと、物を盗んで逃げたり、いざという時に使い物にならなかったりする。

その為、信頼の置ける人物からの紹介が無ければ護衛は出来ない。


「獣使いだって?」

「ああ、猪やら、鹿やら、狐やらがいきなり襲ってきてねー。熊が出た時はさすがに驚いたよ。で、隊列が乱れた所を本隊が襲撃してきたのさ。何とかしのいだけど、結果は護衛の半分が負傷ってわけよ。しかも、盗賊相手じゃなくて獣相手でね」


キャラバンから信頼を得る一番早い方法は護衛につくことだ。

地道だが確実だ。

旅に出るにあたり、俺はガザイアのとある富豪に頼み紹介状を書いてもらい、大陸南部を巡回しているキャラバン『青き清浄なる水のクリスタル』の護衛として雇ってもらった。護衛として付いて行けば関所などの通過が楽だからだ。

まあ、キャラバンのリーダーには身分を明かしていたので何の疑いも無く受け入れてくれたのだが、他のメンバーの信頼を得るのには時間がかかった。

そんな経緯からか、俺は時々キャラバンの護衛をすることがある。


「いいだろう、その依頼受けよう」

「すまないね、助かるよ。あんただったら、そこらへんの護衛雇うよりも頼りになるからね。で、いくらだい?」


護衛の依頼料、普通なら雇い主が決めるのだが、聞いてくる。

これも信頼の証だろう。こちらの言い値で雇ってくれる。


「いつも通りでいいよ」

「いいのかい?悪いね。ほんと、欲が無いねあんたは」


キャラバンの護衛をする時、おれは食事と寝る場所だけ要求している。

最初の頃は依頼料をもらっていたが、お宝の取引をするようになってからは依頼料はもらっていない。

金に困らなくなったというのもあるが、高く買ってもらった上に依頼料をとってはお互いのバランスが悪い。

こういったことも、お互いの信頼を深める要素となる。


「あ、今回から二人分で頼む」

「分ってるよ、出発は何も問題なければ4日後だ。その頃にはほとんどの護衛の治療が終わる。それまでのんびりしてな」


ふと横を見ると、クレアが寝ていた。その顔は真っ赤だ。


「ありゃ、お嬢ちゃん寝ちゃったのかい?」

「あーどうやら酒はダメみたいだな」


まあ、まだ14だ、当たり前だろう。

クレアの事はジーナに頼み、宿へと戻ると4日分の宿賃を前払いする。


「おや?なんかすごいの着てきたね。儲かったようだね」

「まぁ、そこそこ」

「そうかい。で、お嬢ちゃんは?」

「ん?キャラバンのボスと祝杯挙げたんだが、酔ってそのまま寝てしまってね」

「あらま。まぁ、あの歳じゃしかたないか。4日って事はキャラバンに同行するのかい?」

「護衛の依頼受けてね。暫く一緒に行くつもりだ」


空き腹に酒を飲んだのでちょっと具合が悪いが、少し遅めの朝食をとることとする。

朝食をとりながら後4日何をして過ごすかと考える。

通常、キャラバンは一週間から長い時は一月ほど街にとどまり商売を行う。

その間俺は、近くの遺跡の探索や手に入れた古文書の解読などして過ごしていた。

4日では探索に出ている暇は無い。やるとすれば古文書の解読だ。

今回の宝の中にも古文書の類はあった。それの解読をするかと思い、部屋へと入ってゆく。

昼飯をはさみ、ゆっくりと解読をする。夕方頃にクレアが戻ってきた。


「大丈夫か?」

「あ…はい、なんとか…まだ少し、頭痛いですけど…」


軽い二日酔いのようだ。まぁ、仕方ないだろう。


「ジーナさんに迎え酒だ!って飲まされそうになって逃げてきました」

「ははははは、ジーナらしいな。まあいい、お前は休んでろ」

「はい…」


そう言って鎧を着たままベッドに倒れて寝てしまう。

俺はそのまま解読作業に戻る。

結局残りの3日、解読作業だけで終わった。

クレアはその間、何もせずただ俺の作業を見ているだけだった。


「さぁ!出発するよ!!」


ジーナの掛け声と共にキャラバンは動き出す。

街を離れ、街道を南へと下る。

俺とクレアはジーナから借りた馬に乗り、キャラバンの先頭を行く。

クレアは馬が始めてらしく、俺の後に乗りしがみついている。

護衛の者達は、まだ包帯を巻いている者も見られたが、全員復帰したようだ。

次の街までは何事も無ければ5日ほどで到着する。

その間の食事や寝床は、キャラバンが用意してくれる。

一人で移動するよりも楽だし食事も美味い。

そして、何事も無く4日目が過ぎようとしていた。


「ルカ様、右手の茂みに気配が…」

「気がついたか、左の方にも気配があるな」


夕方、そろそろ野営の準備をする時間だ。

その為、隊列が若干だが乱れている。


「ジーナ、くるぞ」


俺達と同じようにキャラバンの先頭で馬を進めるジーナに小声で話しかける。


「ちっ!この時間狙ってくるなんて、いやらしい連中だね」

「左右の茂みに数人、恐らくこの先の橋の向こうで本体が待ち伏せ、左右の連中が後を塞ぐってパターンだろ」

「橋の真ん中で挟まれたら厄介だね。こっちから先に仕掛けるかい?」

「そうだな、左右の連中は任せてくれ。念のため、ジーナは他の護衛に守りを固めるよう言ってくれ」

「あいよ!」

「いくぞ、俺は左、クレアは右だ」

「はい」


ジーナは馬の歩みを緩め、後から付いてきている護衛の戦士に指示を出す。それと同時に、俺とクレアは左右に分かれる。

馬から飛び降り、滑るように走るクレア。

一瞬にして勝負はついた。

クレアの行った右には二人いたが、瞬殺された。

左には三人いたがもちろん俺の敵ではない。新しく手に入れた剣の錆となった。


「このまま、橋の手前で野営するよ!警戒怠るんじゃないよ!」


ジーナの指示の元、キャラバンは街道をそれ、開けた場所で野営の準備に入る。

何度となく通る街道だ、どこに野営に適した場所があるか熟知している。


「二人ともすごいな。ジーナさん自ら紹介するだけの事はある」


戦士の一人が話しかけてきた。まだ若い、20台だろう。

なかなかにいい装備をしているし、キャラバンに雇われるぐらいだ、それなりに腕も立つのだろう。


「あんな盗賊、大した事無いさ。それよりも問題は…」

「そうだな、橋の向こうの連中か…。俺はブレット、見ての通り戦士だ」

「よろしく、俺はルカ。魔法使いだ。こっちは相棒のクレア。拳闘士だ。」


ブレットと名乗った戦士はクレアをじっと見つめる。


「剣も使うのか、なかなかやるな。それにクレア、可愛い顔してかなりの使い手だな」


数人の護衛の戦士がブレットの元に来て指示を仰ぐ。どうやら護衛のリーダーのようだ。


「ジーナの所に来て長いのか?」

「ああ、そろそろ3年になる」


キャラバンに雇われる護衛はその場限りのものではない。

通常は長期契約で、長い者は20年以上も同じキャラバンで護衛している。

とはいっても、命を落とすこともある。何らかの理由で去っていく者もいる。

特に、ジーナのキャラバンはこの大陸で一番危険なエリアを巡回している。

その為、護衛の入れ代わりが激しい。


「3年か、俺がジーナに始めてあったのは6年前だが、その頃のメンバーは誰もいないようだな」

「へえ、俺が一番長いと思っていたが、先輩がいたとはね」


3年で最長とは…ジーナの巡回エリアがどれだけ危険か分る。

今から6年ほど前、暫く護衛をしていた青きクリスタルのキャラバンから紹介された形で、ジーナのキャラバンの護衛をしていた。わずか1年ほどの期間だが、その間にジーナとの信頼関係を築いていた。

その後、何回か会ってはいるのだが、ここ暫く会う機会に恵まれずにいた。


「谷の反対側、橋の向こうにいた盗賊どもの気配が無くなりました」


一人の若い戦士が走ってきてブレットに報告をしている。

かなり若い、20前後か?


「やつら、動き出したようだな。ルカ、どう思う?」


ここの地形は知っている。谷を山の方へ遡った所に、猟師が使うつり橋があったはずだ。


「奥のつり橋からこちら側へ。で、夜襲だろうな。お決まりのパターンだ」

「同じ考えか…どうする?待ち伏せするか?」

「だな、ルートは限定されている」


ブレットは報告に来た若い戦士に何か指示を出す。戦士は頷くと他の護衛がいる所へと走っていった。


「彼、若いな。いくつだ?」

「20になったばかりだよ。俺の弟だ」

「へえ、兄弟で護衛か、いいな」

「腕はまだまだだが、根性だけは一人前さ」


ブレットが見つめるその先で、彼の弟は他の護衛の戦士と共に待ち伏せの準備を始めている。

ジーナに待ち伏せの件を伝え、野営地から離れた場所で身を潜める。

念のため護衛の半分の10人ほどを野営地に残してある。

盗賊の人数はわからないが、よほどの事が無い限り大丈夫だろう。


「きます」


隣で息を潜めていたクレアが、聞こえるか聞こえないかの小さな声で伝えてくる。

思った通り、キャラバンが寝静まった頃を見計らい、盗賊どもが動き出した。

俺は高速術式を起動させ、上空に光の球を発現させる。

視界の確保と、仲間への合図だ。

盗賊の数はざっと見て20人前後。戦士達が一斉に走り出す。

一番最初に戦闘を開始したのはブレットとクレア。

ブレットは剣のひと払いで二人切り倒す。

鋭く、早い一振りだ。力ではなく、技と速度で相手を倒す剣技だ。

その横でクレアの強烈な一撃。

こちらは力技。そこに速度が乗っているのだから、盗賊程度ではよけることなど出来ない。

直撃を食らった一人が数人を巻き込みつつ吹き飛ばされていく。

あれを喰らったら即死だろうな。

他の護衛達も順調に盗賊どもを倒していく。


「こりゃ、俺の出番は無いか?」


術式を使った都合、俺はまだ剣を抜いていない。右手には発動用の杖をまだ持っている。

剣に持ち換える事も無く、新たな術式を構築する必要もなく、戦闘は終了した。


「おいおい、俺にも出番残しておいてくれよ」


皮肉をこめてブレットに話しかける。


「はははは、すまんすまん。彼女がすごすぎてな。つい、競り合っちまった」


確かにクレアはすごかった。一撃でまとめて数人吹き飛ばしていた。

俺のゴーレムや、あのガーゴイルを粉砕したパワーだ。人間なんて軽く吹き飛ぶ。

快勝に気分よくキャラバンに戻ると、戦いの音に気がついていたジーナが迎えてくれた。


「ご苦労さん、よくやってくれたね」

「たいした事はないです。それに、この間の連中いませんでしたしね」


ブレットの報告に満足そうなジーナ。

この間の連中…獣使いを使っていた連中の事か。


「そうかい、あれで諦めたとは思えないけど…。まあいい、ご苦労さん」


ブレットは思っていたよりも強い。これだけの腕ならばジーナに信頼されてもおかしくは無いだろう。弟のほうも荒削りだが将来希望できる。


「あ…いえ、私は…」


ふと見ると、クレアがみなに囲まれ困惑していた。

護衛の連中のほとんどはまだ若い。

あの容姿であの強さは誰もが気になるだろう。


「あらあら、彼女あっという間に人気者だね」


ジーナはそう言うと、クレアの周りに集まっている護衛たちのところへ行く。


「ほらほら、まだ夜は明けてないんだよ。しっかりと警戒しておくれ」


ジーナの言葉に渋々といった感じで散っていく護衛たち。


「ルカ、お前って、あのルカじゃないよな?」


ブレットがどきりとする事を言って来る。

一瞬迷う。ジーナに信頼されているのなら、身分を明かしても問題はない。

しかし…


「残念だが違う。同じ名前の上、同じ魔法使いだからな、よく間違えられる」

「だよなー。あのルカがキャラバンの護衛なんてしてるわけないよな」


してるんだが…と、心の中で苦笑しつつ、すまんと心の中で謝る。

その後は何事も無く次の街に到着した。

キャラバンはここで、2週間ほど滞在するそうだ。

ここは大陸中央の国『ミケルス皇国』と北の『ノーリス北部連合』の境の街で、かなりの賑わいだ。

ミケルス皇国はガザイアと同盟を結んでおり、奴隷は禁止されている都合上、国境の街なので北部連合に所属していながら、ここでは奴隷の取引は禁止されている。

本来なら、奴隷であるクレアはこの町に入ることは難しいが、すでに奴隷ではなくなっているから問題はないはず。それに、キャラバンに同行しているのだ、誰も何も言ってくることはないだろう。

2週間、かなり時間はあるがこの近辺の遺跡の類は全て探索済みだ。

街についてしまえば護衛の必要もない。ブレットたち護衛はテントの設営を手伝っているが、終われば暇になるだろう。

俺はキャラバンから離れ、街の中心へと向かう。

この街に来たら寄ろうと思っていた所がある。


「ここ、教会ですよね?」


ついてきたクレアが目の前の建物を見上げ呟く。


「ああ、メリア神の教会だ。ここに古い知り合いが居てな」


メリア神…大陸全土で信仰されている神で、慈愛と豊穣を司っている。

クレアを連れ教会の中に入る。


「すまんが、高司祭はいるかい?」


近くにいた神官を呼び止め尋ねる。


「はい、奥のほうに居られますが、どちら様でしょうか?」

「ルカが来た、と伝えてくれ。それで分る」


神官は少し考えたあと、驚きの表情を見せる。

はい、すぐに!と大慌てで奥へと走っていった。


「ルカ様!」


声のしたほうをみると、司祭服に身を包んだ若い女性の姿が見えた。


「ファラ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「お久しぶりです。ルカ様もお変わりない様で。そちらの娘さんは?」

「紹介するよ、俺の相棒でクレア、拳闘士だ。クレア、俺の古い知り合いでファラレルだ。見ての通り司祭をやっている」


クレアは小さくお辞儀をしている。


「ルカ様が相棒なんて…なにか込み入った事情があるようですね。こんなところではなんです、奥へ」


奥に通され、まずはクレアにファラレルとのいきさつを説明する。


「彼女とは魔術学校時代に知り合ってな。あの頃の俺は若さにまかせて悪さばかりしていたが、そのたび彼女に怒られていた。俺より年下なのにな、さすがに神に使えているだけの事はあるよ」

「ふふふ、あのルカがいまや大陸でも5指に入る魔導師様ですからね。世の中、何が起こるか判りません」


ファラレルにクレアの事を説明するとさすがに驚いたようだ。


「北部連合ではいまだに奴隷の取引が行われていると聞きましたが、こんな歳若い娘さんまで奴隷にしてるなんて…」

「ああ、北部の国々を廻ってみて、その状況はしっかりと見てきたよ。何とかしたいが、今では厳しいだろう」

「そうですね、大陸西部のドレイク帝国が、ガザイアとミケルス皇国を狙っているようですから」


ドレイク帝国…元々大陸西部にあった小さな国だったが、わずか10年ほどで勢力を伸ばし、いまや大陸西部をほぼ制圧している。

そして、中央部に進出するのに邪魔なミケルス皇国と、その同盟国であるガザイア王国を敵とし、攻め込む隙を狙っている。


「ん?クレア?どうした?」


俺とファラレルの話を黙って聞いていたクレアの様子がおかしい。


「いえ、大丈夫です」


大丈夫とは言うがその顔色は悪い。


「あ、そう言えば、お前西部の出身だったな」

「えっ、そうだったのですね。知らなかったとはいえごめんなさい」

「気にしないでください、戦争なのですから仕方がないことです」


その表情からなんとなく彼女の過去が見えてくる。

幼い頃に住んでいた街は、帝国に占領されたのだろう。

必死に生き延びていたが、捕らえられ奴隷となった。

その間、生きるために戦った。

武具なんて手に入るはずもない。戦いの武器は己の身体のみ。

クレアの強さの理由の一端がわかる。


「ところで、この街に寄ったと言うことは、ガザイアに帰られるのですか?」


閑話休題、ファラレルが別の話題を振ってくれる。


「いや、キャラバンの護衛で立ち寄っただけだ。まだ帰る予定はないよ」

「あら?ルカ様、あのお話は聞いておられないのですか?」

「あの話?」

「ええ、国王様がお倒れになったと言う…」

「陛下が?!」


突然の事に思わず立ち上がってしまった。

ガザイアの国王は70近い老齢だ。いつ病気で倒れてもおかしくはない。


「ええ、それで帰国なされるのかと思いましたので」


倒れた後の事はまだ何も知らないそうだが、この街にまで話がきているとなるとかなりやばいような気がする。

もし、国王が死ぬような事があれば、次の国王は第一王子であるレイカルド王子だ。

そうなると即急に戻らなくてはならない。彼との約束を果たすためにも。


「これは、急ぎ戻ったほうがいいかな?」

「はい、私もそう思います。レイカルド様もルカ様のお帰りを待っていると思いますよ?」


王子のレイカルドとは魔術学校時代に知り合ったのだが、なぜか気が合い親友の杯を交わした仲だ。

あの頃はお互いにまだ若く、一緒に悪さをしてはファラレルに説教されていた。

だから、ファラレルも俺とレイカルドの関係はよく知っている。

学校を卒業し、旅に出ることを決意した俺は、レイカルドにそのことを打ち明け、あることを約束した。


「俺が国王になった時、お前を宮廷魔導師として迎えたい」


俺は、レイカルドのこの申し出に必ずと誓った。

ジーナなら事情を話せば分ってくれるはずだから護衛の方は問題ない。

問題なのは、ここからガザイアの王都まではどんなに急いでも4ヶ月はかかるということだ。

大急ぎで戻るならあいつを呼んだほうが良いか…


「クレア、前に話したと思うが、俺とレイカルドはある約束をしている。その約束を果たすため、ガザイアに戻るぞ」

「はい」

「ファラ、俺は3日か4日後に発つ。その間に何かあったらキャラバンにきてくれ」

「はい、判りましたわ」


教会を後にしキャラバンへと戻ると、ジーナに事情を説明する。


「その話ならあたいもさっき聞いたよ。すぐに戻ってやりな」

「すまない」

「気にしなくていいよ。それと、そろそろ、ミケルスとガザイアの国境のあたりに

土のクリスタルのキャラバンが来る頃だ。彼らと連絡を取ってみようじゃないか」


『豊かな土のクリスタル』は大陸中央を巡回しているキャラバンだ。その巡回ルートは北部を巡回しているジーナの炎のクリスタルと、南部を巡回している水のクリスタルのルートと重なっている。彼らと連絡が取れればガザイアの様子がわかるだろう。

ジーナと別れると街の外へと行き、マントから角笛を取り出す。


「ルカ様?それは?」

「これか?俺と命を分けた友を呼ぶ角笛だ」

「よ…呼ぶんですね…」


角笛を咥え息を吹き込むが何も音はしない。

それでも、この魔法の角笛の音はあいつに届いているはずだ。

あいつならガザイアまであっというまに連れて行ってくれるだろうが、さすがにここまで来るには数日はかかる。

それまでの間に、キャラバンの手を借り可能な限り情報を集める。

集めれば集めるほど切迫した状況だと言うことがわかる。

しかし、聴くことができた話はすべて数ヶ月も前の事。

現状がわからず若干の焦りが産まれる。

角笛を吹いて4日後の早朝、あいつがやってきた。

巨大な体、大きな翼、体を覆う白銀の鱗。

クレアは俺の後に隠れ震えている。

あいつ=白銀のドラゴンのマーレスは俺のかけがえのない友だ。

かつて、俺はマーレスを偶然助けたことがある。たまたま関わった事件を解決した結果だったが、それをきっかけにマーレスとは友となった。

その後、戦いで重傷を負い、命の危険に晒されていた俺をマーレスが助けることになる。この時、俺を助ける手段として、マーレスは己の血を俺に分け与えた。

それゆえ、俺はマーレスを命を分けた友と呼んでいる。


「我が友、親愛なるルカ、早くお乗りなさい。レイカルドが待っていますよ」


どうやら事情は把握しているようだ。これならキャラバンから話を聞く必要もなさそうだ。


「クレア、大丈夫だから…」


後ろに隠れているクレアは、恐る恐ると言った感じでドラゴンに近寄る。

まあ、無理もないだろう。話はしておいたが実際に間近で見るドラゴンはその存在感が圧倒的に違う。

マーレスは俺達を背に乗せると一気に飛び立つ。

眼下を見ると、突然のドラゴンの出現に街は大騒ぎだ。


「マーレス、陛下の容態は?」

「思わしくありません。レイカルドに頼まれ、私も秘薬を渡したのですが、それも効かない様で…」

「そうか…そこまで…北部地帯に長居しすぎたか…」


大陸北部まではさすがに南部地方の話はあまり伝わってこない。

悔やんでも仕方がないが、自分の考えの無さに呆れる。

ドラゴンの飛行能力は凄まじく、5日ほどで王都の上空に到着してしまった。

俺はそのまま王宮のテラスへとマーレスを誘導する。

突然のドラゴンの出現に王宮は大騒ぎだが、ガザイアにいた頃はよくやった事なので気にする必要はないだろう。

これだけの騒ぎになれば、何が起きたか誰でもすぐに気がつく。

案の定、王子レイカルドがすでにテラスに出て待っている。


「まったく、相変わらずの登場の仕方だな」


ドラゴンの背から降りた俺に、開口一番皮肉を言ってくる。


「なんだよ、久しぶりの再会の言葉がそれか?」

「はははは、よく帰ってきてくれたな。話しは聞いてるのか?」

「ああ、ファラから話を聞いてな。詳しいことはマーレスから聞いた」

「そうか、話は後だ。まずは父上に逢ってくれ。喜ぶぞ」

「ああ、案内してくれ」

「それと、後でしっかり説明しろよな」


そう言ってクレアのほうをチラッとみる。


「わかってるよ」


レイカルドに案内され国王の寝室へと入っていく。

ベッドに横たわる国王にはかつての風格は無く、やせ衰えていた。


「陛下、ルカ=クルデュクスただいま戻りました」

「ルカか…よく、戻ってくれた…これで、安心して眠れる…」

「陛下、何をおっしゃいます。陛下にはまだまだ、皆を導いてもらわないと」

「己の体の事は、己が一番分かっておる。人は何時か死ぬもの。その時がわしに来ただけの事だ」

「陛下…」

「ルカ、レイカルドの事、頼むぞ」

「はい…」


寝室を辞し、レイカルドの部屋に入る。


「前に一度帰国した時は元気だったのにな」

「7ヶ月ほど前か、いきなり倒れてな。それ以来寝たままだ」

「そうだったのか」

「で、お前は一体何をしていた?その鎧とこの娘は?連絡しようにも、お前の師ですら居場所がつかめなかったんだぞ?」


以前、3年ほど前に帰国したことがある。キャラバンの護衛でたまたま王都に寄ったのだ。

その時、当たり前と言えば当たり前だが、国王に謁見を申し出ている。

もちろんレイカルドにもあっている。

その後の3年間の事をかいつまんでレイカルドに話す。


「なるほど、お前の恋人かと思ったが違ったか」

「ええええ!」


レイカルドの言葉にそれまで黙っていたクレアが驚きの声を上げる。


「わ…私は…そ、そんなつもりでご一緒しているわけでは…そりゃ、ルカ様は…って、私何を言って…あっ!ち…違いますから!」


慌てふためくクレアが面白く、思わずレイカルドと一緒に笑ってしまった。


「ルカ様~~!」


その時、いきなり扉が開き、一人の少女が飛び込んできて抱きついてきた。


「ひ、姫?!」

「おい、ミレーア!」


レイカルドが慌てて引き剥がす。

ガザイア王国の第一王女ミレーア。レイカルドの妹だ。


「もう!兄様!ルカ様がお戻りになられたのなら、なぜ知らせてくれないのですか?」

「あの騒ぎの中、昼寝していたのはどこの誰だ?」

「あ…そ、それは…もお!兄様の意地悪!」

「姫、相変わらずのようですね」

「もお…ルカ様まで…」


たしか今年でやっと12になるはず。

王女と言ってもまだまだ子供だ。

しかし、久しぶりの再会を喜んでいる暇はない。

姫もそのことは分かっている様で、挨拶だけ済まし自室へと戻っていった。


「医術師が言うには、いつ意識がなくなってもおかしくない状態だそうだ。意識を保っているのは精神力が強いからだろう」

「なら、即位式は急いだほうがいいんじゃないか?」

「ああ、お前が戻ってきてからと思っていたが、そうも行きそうもないんでな、日は決めてある。今日から5日後に行う予定だ」

「わかった、俺のほうも急ぎ準備する」


レイカルドと別れ、大臣達と必要な打ち合わせをし、王宮を後にした俺は魔術学校へと向かった。

『ガザイア王国王立魔術学校』大陸で一番大きく、そして歴史のある魔術専門の学校だ。

入学資格に年齢制限はないが、厳しい適性検査がある。

強力な術式は諸刃の剣。使い手によっては悪にも善にもなる。

力を悪用されないために行う適性検査はとても厳しい。

俺は、12でこの学校に入学している。適性検査にはかろうじて合格したが成績はそれほど良くは無かった。

しかし、16の時に師と出会うことで俺の力は目覚め、クリスタルエンブレムを授与されるまでにいたった。

我が師『ガーレフ』は、この学校の長で、大陸5賢者と呼ばれる高位の魔導師のうちの一人だ。もちろん、クリスタルエンブレムを持っている。

俺は、マントからエンブレムを取り出すとマントの止め具にはめ込む。

そして、固く閉ざされた扉の前に立つ。

扉に施された獅子のレリーフ。その獅子の目から赤い光がエンブレムへと伸びる。

学校内には誰でも入れると言うわけでもない。中に入る事が出来るのは教師と生徒、後は卒業生だけだ。

その門番がレリーフの獅子で、通行証がエンブレムだ。

一般の生徒はエンブレムの代わりに、ヘキサゴンが浮かぶ水晶球を貸し与えられる。それが生徒の証となる。

例外は一切ない。たとえ国王でも通行証が無ければ門は開かないのだ。

さすがに、クレアは入れる事は出来ないので、宿に置いてきた。

自分の故郷だが、長いこと空けていたので家などない。

知り合いの宿に部屋を取ってある。

まあ、即位式が終わりれば、宮廷内に俺の部屋が出来るだろうからそれまでの我慢だ。

扉が開き、俺は久しぶりに学校に足を踏み入れる。

迷うことなく歩みを進め、師の部屋の扉の前に立つ。


「来たか、待っていたぞ入れ」


手を触れることなく扉が開く。

俺が来ることはすでに分っていた様だ。


「失礼します。ルカ=クルデュクスただいま帰国しました」

「無事の帰国、嬉しく思う。が…あれはちょっと大胆すぎるぞ」


マーレスの事を言っているのだろう。


「まあ、そこまでして急ぎ戻ってきたのだ、何も言うまい」

「申し訳ありません」


師に何か言い訳をしても無駄だ。

国を長い事空けていたのは事実だし、後先考えずマーレスで直接王宮に乗り込んだのも事実だ。

もちろん、その理由を分ってくれない師ではない。


「5日後か、とうとうその時が来たようだな」

「はい。あの時、陛下と師の見守る中、王子と交わした誓い、果たします」

「うむ、お前なら大丈夫だ。力の限り尽くせよ」

「はい」


旅立つ直前、俺とレイカルドは、お互いの約束を国王と師の前で誓った。

あれから7年、ついにその誓いを果たす時が来たのだ。

師への挨拶が終わると魔術学校を後にする。

師は別れ際、俺に水晶球を一つ渡してくれた。クレアの分の通行証だ。

どうやら、マーレスに乗っていたのが俺1人ではないと気がつき、用意してくれたらしい。

まったく、何もかも解っているんだな、敵わないなと、心の中で呟く。

宿に戻り、部屋に入るとクレアが待っていた。


「ふう…」

「おかえりなさい、お疲れのようですね」

「まあな、さすがに師と会うと疲れる」

「ルカ様のお師匠だけあってすごそうですね」

「すごいなんてもんじゃない。なにもかも全てお見通しだ」

「うわ…もしかして私の事も?」

「ああ、マーレスに一緒に乗っていたのに気がついていた。学校の通行証までくれたよ」

「なんか…すご過ぎてなんて言っていいか…」

「そうだな。さて、これからの事だが……」


俺は即位式が終わればすぐに新国王の側近として招集される。

そうなるとクレアの扱いが問題となる。

奴隷だったと言う過去は関係ないが、いくらなんでもこの若さで、いきなり位の高い地位につけばこのガザイアでもなにかと噂になる。

それも悪い噂の方が早く広まる。

とはいえ、クレアの能力は手放すには惜しい。

俺の地位は『宮廷付きの魔導師』だ。国のナンバー2とでも言えばいいだろうか?

レイカルドと俺の関係は重鎮のほとんどが知る事となっているし、俺の名はこの国で知らない者はいない。

なので、国王の側近についても誰も文句は言わないだろう。

その立場を最大限に利用し、クレアを俺の片腕としてそばに置くことにしようと思っている。

そうなると、クレアの地位はかなり高いものとなる。

奴隷から一転、宮廷付き魔導師の直属の部下だ。

噂は無視すればいい。すぐにクレアの実力を知り、噂は消えるはずだ。

クレアにその話をすると、目を丸くして驚いている。

今日から暫くは、クレアに宮廷での礼儀作法を教えることに、全ての時間を使いそうだ。


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