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魔法少女の世界  作者: 呉万層
1/5

第一話 魔法少女始動

影があった。


 不恰好に動く影があった。


その影は、太陽の照りつける、


打ち捨てられ、雑草に囲まれた古い木造の家屋とプレハブが並ぶ人気の無い路地裏で、


「オラ、マジカルマジカルこの野郎。リリカルリリカルコンチキショー」


とブツブツと珍妙なことをつぶやきながら、


地面にうずくまっている赤いスーツで金髪のチンピラ風の男に、


執拗に何か棒状のものを振り下ろしていた。


 影はただの路上強盗というには、


と云うよりも公道に存在するには奇妙な格好をしていた。


 猫耳とカチューシャの付いた黒の目出し帽、


沢山のかわいらしいレースの付いた、ピンク色を基調としたエプロンドレス、


そして背中の小さな羽と、路上ではあまりお目にかかれないタイプの服装だった。


 小さな女の子が着ていたならば、さぞ可愛らしく感じられたであろうが、


その身長は優に百七十を越え、百八十に届きそうな程だった。


 世間一般の”可愛らしい女の子”の基準を上回る身長だ。


 そして、そんな珍妙な格好をした人物は、


その体格からと野太い声から判断して、明らかに男だった。



 その珍妙な男は、自分が何故こんなところで


こんなことをしているのか、手を休めることなく、


身体を大きく揺らしながら考えていた。

 


 回想は七ヶ月ほど前から始まっていた。


 親が医師だからというだけの理由で目標にしていた医学部を諦め、


結局四浪目にしてギリギリ志望校でない大学に合格し、


初めての一人暮らしに実感が沸かないまま、


僅か三ヶ月で大学に行かなくなった。


 人見知りする性格を何とかしようと思い、


勇気を振り絞って入ったサークルの自己紹介のときに、


新入生が自分の除いて皆十八、十九だったことと、


その事で周りが酷く気を使ってくれたことと、


特に行きたいと思ったことが無い大学だったが、


理系の、しかも工学系だったせいで、


何の興味も無い実験とレポートが大変だったこと、


世代の違いから、周りが餓鬼ばかりだと感じたことなどが、


原因だった。


 前期が終わって夏休みに突入すると、


もう彼に後期の授業に出る気力は完全に失われていた。


 自主連休が五百を超えたある日、


彼がただ点けていただけのテレビを眺めていると、魔法少女モノのアニメがやっていた。


其の時彼は、自分はこんな薄汚い駄目な野郎ではなくて、


無垢で純粋な魔法少女であるべきだと、突然理解した。


 自分の成すべき事を理解すると、


すぐに魔法少女になるための特訓を開始した。


 腕立て腹筋背筋、スクワット、ブリッジ、ダンベルレーニング、


走り込み、ステッキの素振り、自分で考えた魔法の練習、


武術に関する書物やDVDを見ながらの型稽古、


コスチュームの考案・作成などなどだ。


 彼の人生の中で、これほど頑張ったことが無いと言うくらいに頑張った。


 急に体を動かした所為で体の節々が痛くなったり、


風邪を引いたりしたが、今までの不摂生を改め、早寝早起き、


三度の食事をしっかり取ることを心掛けることで克服した。


 さらにプロテインやサプリメント、ホルモン剤について勉強し理解を深め、


徐々に、悪を懲らしめ善を成す魔法少女としての身体能力を手に入れていった。


 金が無くなれば、あらゆる理由を考え出して親に仕送りをねだり、


必要な予算を確保、合わせて脛かじりのスキルも大幅に向上させた。


 そうやって研鑽を重ねれば重ねるほど、


やはり自分は魔法少女になるべきだったのだと、いっそう強く理解した。


 そうして半年程たったある日、遂に路上デビューを果たしたのだ。



「ヒューヒューハーハー」


と荒い息を吐きながら、ヘタリ込みたくなる欲求を押し殺して


撤収作業に入る。


 ピンクのエプロンドレスの上からドラム缶に入れておいたトレンチコートを着て、


内ポケットを改造して作ったラックにバール状のステッキを収めた。


 それから顔面が熟れ過ぎた桃のようになった、


もはやピクリとも動かないチンピラ風の男の懐を弄りはじめた。


「人に見られるのはマズイ、三分以内に終わらせよう」


 考えを纏めるために独り言を言いながら、


鰐皮の財布を素早くスカートのフリルに入ったポケットに仕舞うと、


素早く光物に取り掛かった。


 腕時計を取りはずし、趣味の悪い金のチェーンと指輪を抜き取り、


ピアスを引きちぎった。


 まだ取れるものはないかと、体をまさぐると、最新式と思われる


鮮やかなメタリックブルー携帯電話と、


黒光りする回転式の拳銃の入ったホルスターが出てきた。


 瞬間、暑くてたまらないはずの彼の身体が、寒さで震えた。


 倒れている男を凝視する。


 服装を見る限り、たんなるチンピラだ。


 しかし、相手は性質の悪いチンピラだった。


 彼は地面に置かれた携帯と、ホルスターを身に付けた男の前で


正座をしたまま暫く膠着していた。


 数秒後ハッっとなって周りを見渡す。


 誰もいない。だが急がなければならない。


 いつ人が来るか分からないのだ。


 ぐったりとして動かない男からホルスターを苦労して抜き取って


携帯を放り捨てようとするが、ふと手を止めた。


 真新しいブランド物のストラップが目に付いた。


 傷つけないように慎重に取り外してから、改めて携帯を放り捨てた。


 運の悪いことにプレハブ小屋の窓ガラスに命中、粉砕した。


ガシャンと大きな音がする。


 遠くで


「なんだ今の音」


「行ってみようぜ」


子供の声がした。


 走って逃げた。緊張と疲労から頭が朦朧となりながら、走った。


 途中で覆面をしたままなことに気が付いて、

 

直ぐに剥ぎ取ってポケットに入れた。


 ショッピングモールに出ると、走るのを止め意識してゆっくりと歩く。


深呼吸をして落ち着くと、さっと周りを見回した。


「見られている」


不審な視線をいくつか感じられた。


 主婦が、子供が、カップルが、魚屋が、花屋が、見ているように感じた


 彼は最初、大量の汗でビショビショになった頭の所為だと思ったが、それから


十秒ほどでこの暑い中トレンチコートを着込んでいることの不自然さに気が付いた。


 中身がピンクのフリフリエプロンドレスとあっては、


脱ぐわけにも行かなかった。


彼は手近な本屋横の路地に入り、人気の無い道を慎重に選んでアパートに帰った。


「逃走ルートを何パターンか考えておかなきゃな」


そう呟くと服を全て脱ぎ捨て、万年床に潜り込んで、


汗だくのまま硬く目を瞑り、不快感を無視して無理やりに眠った。


 こうして、彼の魔法少女活動開始の初日が終わった。



 夢を見ていた。昨日の、路上デビューの夢だ。

 

 人通りの少ない路地の放置されたドラム缶の中に、


バール状のステッキを抱えて体育座りをして、隙間から悪人を探す彼がいた。


 目的はもちろん、悪人若しくは組織の成敗だ。


 そうして地域の治安や一般人達の心の平和を護ってやるのが、


魔法少女の義務であり権利だ。


 ”いつでも来るがいい、悪人共め”


彼がそう思いながらドラム缶に入ってすでに二時間、


ファンシーな格好をしたまま、完全にサウナと化したドラム缶の中で、


汗だく、と言うよりずぶ濡れになっていた。


 持ってきていたタオルは、


かなり早い段階で、絞れば吸った汗を垂れ流す、


生暖かい濡れタオルと化し、本来変装用に用意した、


今は座布団代わりに使っているコートは、


垂れ流された汗とたまに目から出る汗、


そして、何もかもどうでもよくなりかけた時に出た尿のお陰で、


生暖かく濡れて変色していた。


 慎重な彼が二リットルのスポーツドリンクのペットボトルを、


一本ではなく二本買っていなければ


脱水症状で死んでしまっていてもおかしくなかった。


 このままでは目的の達成は難しい。


もし邪悪な敵を見つけたとしても、何もできない何て事になるかもしれない。


 なにより今の彼は、今までの人生の中で最大の生命の危機に瀕しているのだ。


最早生き残ることが目的となりつつあった。


時間は刻々と過ぎていった。目眩と吐き気、倦怠感に頭痛で朦朧となり、


彼は独り言を絶えず呟くようになっていた。


 もしこのまま死ぬようなことがあったら、どう報道されるのだろうか。


 ビショ濡れでピンクのフリフリのエプロンドレスを着て、


ドラム缶の中で体育座りのまま、死ぬなんてどう考えても異常だ。


 ミステリーとして永遠に、定期的に話題に上り、


テレビやネットで大々的に取り上げられ、


都市伝説の主役にでもなるのだろうか。


 幸いにして、彼が都市伝説の重要なファクターになることはなかった。


 前からチンピラ風の男が歩いてきたのだ。


 携帯片手に大声で喋りながら、タバコをポイ捨てした。


 彼は即座に悪だと認めた。


 スポーツドリンクを飲むと、バール状のものを握り締めて、


ドラム缶に空いた小さな穴を覗きながら、男との距離を計る。


 二十メートル、


・・・・・・・・


 十五メートル、


・・・・・・・・


 十メートル、


・・・・・・・・・・・・・・


 二メートル、


 今だ!


 バール状の物を振り上げて、ドラム缶から躍り出る。


が、二時間も禄に動かしていなかった足がまともに動くはずもなく、


ドラム缶の縁に引っ掛けて転倒、


彼がマズイ! と思った次の瞬間には、ドラム缶ごと派手な音を立てて


体を地面に打ち付けていた。


「うぐぅッッッ」


腹を打った衝撃に呼吸が止まり、バールも放り出してしまっていた。


早くも敗北の予感が彼を支配した。


 そのまま地面で硬直していると、


「な、何やってんだお前?」


チンピラ風の男がこちらに近づいてきた。


 チャンスだ。聡明な彼が逃すはずもない。 


 痛む体に鞭打って素早く立ち上がると、


練習通りに、フランスの格闘技サバットの技であるサイドキックを


相手の腹に叩き込んだ。


「マジカルキッーク!」


もちろん彼は魔法少女であるから、魔法の掛け声も忘れない。


これが無くては魔法少女ではなくなってしまう。


 彼の呼吸は苦しくて仕方なかったが、愛ディンティティーに係わる問題である。


それに攻撃時息を吐くことによって、体の筋肉を硬くさせたり、


タイミングを図ることが出来るのだ。


「エグゥッッ!!!」


突然の攻撃にチンピラ風の男は、体をくの字にして、動きを止めた。


 その隙にバールを拾い上げると、


後は唯ひたすら、魔法の言葉を唱えながらバールを打ち込み続けていた。



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