Chapter 8:Part 07 カオティック・サマービーチ
それから一行は日が暮れるまで遊び倒し、大いに夏の海を満喫したのだが、その内容がカオス極まりなかった。
ビーチバレー!
「……なあ、ふと思ったんだがビーチバレーをするのは別に構わないよ。でも、ボールやコートはどうするんだ?」
統哉が疑問を口にする。すると、アスカが豊満な胸を張って答えた。
「そこは心配いらないよ~」
「どういう事だよ、アスカ?」
その言葉にアスカは微笑んで波打ち際を指差した。統哉がそちらに目をやると、いつの間にかビーチバレーのネットが張られ、審判役までスタンバイしていた。統哉がよく見ると、その人物達はアスカに魅了されている男達だった。
「ね~」
「ね~、じゃないよ……」
にっこり笑ってみせるアスカに統哉は頭を抱えるしかなかった。
さて、ビーチバレーとは本来二人一組のチームで行う競技であるが、どうせなら全員が同時に楽しめるようにと、四人一組のチームによる特別ルールで行う事になった。もちろん超人的身体能力は抑え、魔術も使用禁止なのは言うまでもない。
「……というわけで私達なりの大まかなルールも決まったし、チーム分けといきますかね」
「どうやって分けるんだ?」
「こんな事もあろうかと」
統哉の疑問にルーシーは握った右手を突き出し、開いてみせる。その中には銀色のコインがあった。彼女はそれを指でつまみ、表裏の模様が違う事を示して言った。
「こいつの表裏で決めよう」
それから各々がコインを指で弾いた結果――
表チーム、統哉、レヴィアタン、眞実、璃遠。
裏チーム、ルーシー、ベル、アスカ、エルゼ。
なんとも偏った編成が出来上がった。
「何だ、これ」
統哉は呆然と呟くしかなかった。自分のチームは<天士>、堕天使、大悪魔、(一応)一般人という編成。それに対してあちらは堕天使四人という編成。その事実を再確認した統哉は目の前が真っ暗になった。
(ダメだ……実力の差がはっきりしすぎている……これじゃあ甲子園優勝チームにバットも持った事がない茶道部か何かが挑戦するようなもの……惨め……すぎる……)
そんな事を考えながら統哉がふと横を見ると、レヴィアタンが眞実をじっと見つめていた。
「な、何ですか?」
自分の事を見つめてくるレヴィアタンに、眞実は戸惑いながら尋ねた。するとレヴィアタンは感心したように呟いた。
「……アンタ、いい嫉妬のオーラを持ってるわね」
「し、嫉妬のオーラ?」
「そう。アンタ、普段から堕天使達がターゲットにちょっかいをかけてるから、自分のやりたい事ができない。だからそんなに嫉妬のオーラを立ち上らせている……違うかしら?」
「わ、私は……」
「ああ、別に否定しなくていいのよ。いい? 嫉妬っていうのはね、負の感情ってイメージが強いけど、そうじゃないわ」
そこで一旦言葉を切り、レヴィアタンは続ける。
「嫉妬はね、自分を高めるガソリンであり、起爆剤のようなものよ」
「ガソリン……起爆剤?」
「そう。嫉妬というのはね、見方を変えればそいつに負けたくない、勝ちたいという気持ちでもあるのよ。だからね、アンタはその気持ちを大切にしなさい。でも、いきすぎた嫉妬は身を滅ぼすわよ。肝に銘じておく事ね」
「は、はいっ、ありがとうございます」
眞実が頭を下げると、レヴィアタンは笑顔を浮かべ、満足そうに頷いた。
「いいのいいの。アタシこそ、久しぶりにいい嫉妬のオーラを見せてもらったわ。アンタとは気が合いそうね!」
心の底から楽しそうに笑い、眞実の手を握るレヴィアタン。今ここに、何とも奇妙な友情が成立した瞬間だった。
「……あー、二人共。そろそろ作戦会議をしたいんだけど、いいかな?」
そこへ、一部始終を見ていた統哉が遠慮気味に声をかけた。
「あ、はい!」
「反対する理由はないわ。存分にやりなさい」
二人の同意を得、統哉はメンバーに作戦を伝える。
「作戦はこうだ。俺とレヴィアタンをメインにして試合を進める。相手が堕天使しかいないこの状況だと、まともに相手できるのは俺とレヴィアタンだけだ」
「そうね。アタシもそう思うわ。アタシとアンタがメインで頑張るしかないわ」
統哉の言葉にレヴィアタンが頷く。
「先輩、私は?」
「眞実には基本的にトスやブロックなどのサポートを頼みたい。もちろん、攻撃のチャンスがあれば思いきりやってくれ」
「了解ですっ」
両拳を握り締め、眞実は力強く頷いた。
「統哉さん、私は?」
璃遠が可愛らしく小首を傾げながら尋ねる。それを見た統哉はしばらく考え込んだ後、軽く頷いた。
「…………臨機応変に動いてください」
その言葉には「この人にどう指示すればいいのかわからない」という思いが込められていたのだが、璃遠は「わかりました」とにこやかに返事をするだけだった。
その頃、裏チームでは。
「作戦を伝える。守らねぇ!」
「「「おー……」」」
ルーシーが自信満々に語る作戦(?)に対し、ベル、アスカ、エルゼは不安な表情を浮かべ、生返事をするしかできなかった。
そして、試合開始を告げるホイッスルが響き、全員が戦闘態勢に入った。
表チームは璃遠と統哉が前衛、眞実とレヴィアタンが後衛を担当し、裏チームはベルとアスカが前衛、エルゼとルーシーが後衛だ。
先攻は裏チーム。
「てぃーちみーばりぼー!」
謎のかけ声と共にルーシーはボールを高々と放り投げた。それはもう高々と……高々……と?
「……って、お前どこまで高く投げてんの!?」
統哉が叫ぶ。その視線の先に見えるボールは垂直に遥か彼方上空。ここから目を凝らしても豆粒のようにしか見えないほどの高さまで放り投げていた。
「言っただろう? 魔界のビーチバレーは必殺技とかが飛び交うと」
「い、いや確かに言ったけどさ!? サーブの時点でそこまで高く投げるとは聞いてない!」
「落ちろやあぁっ!」
統哉の叫びをよそに、ルーシーは落下してくるボールに合わせて飛び上がり、全身のバネを活かした強烈な一撃を放つ。
ズドン!
直後、砲丸が打ち込まれたかのような音と砂煙が上がり、統哉が音のした方向に目をやると、彼のすぐ脇にボールがめり込んでいた。
ピーという笛が鳴り響き、得点が入った事が告げられる。
「どーよ?」
ルーシーが形のいい胸を張り、ドヤ顔を向ける。
「くそっ、やるな」
思わず歯噛みする統哉。するとルーシーは優雅な仕草で統哉に手首のスナップを利かせた手招きをする。
「さあ、遊んであげようじゃないか。遠慮しないでかかっておいで」
「……よーし、見てろよな」
統哉の闘争心にも火がついたらしく、反撃が始まった。
なお、その後の試合展開はというと、ベルが顔面ブロックでスマッシュを防ぎ、鼻血を流しながらも悦に入っていたり、アスカがその豊満なバストでボールを受け止めてみせるとギャラリーの男性陣から大歓声が上がり、エルゼが反射的に蹴り技でボールを遠くに吹っ飛ばし、レヴィアタンと眞実が息の合った連携を見せて奮戦した。しかしルーシー率いる堕天使チームの力は凄まじく、統哉達は窮地に立たされた。
だが、最終的にはルーシーに「もう若くないんじゃないか?」と言われた璃遠が笑顔でブチ切れ、圧倒的な強さを発揮して逆転勝利を収めてしまい、凄まじくカオスな試合展開となった。
ちなみにその活躍ぶりは統哉に「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」と言わしめるほどだったという。
スイカ割り!
「先人曰くスイカ割りとは、己のバランス感覚と心眼を頼りに、木の棒にてスイカを一刀両断する武芸者の嗜みであるとされている」
「どこだよその情報ソースは」
「古事記にそう書かれている」
「嘘を言うなっ!」
統哉とルーシーの漫才をよそに、エルゼを筆頭とした一行はスイカ割りの準備を進めていく。
「スイカ、スイカスイカスイカ……ねえねえ、アタシ、スイカ、マルカジリシテモイイヨネ?」
「落ち着きなさいよベルゼブブ! 顔が飢えた獣みたいになってるわよ!」
「まるでカブトムシだな……いや、正確に言えば蠅だったか……」
今にもスイカにかぶりつこうとするエルゼにレヴィアタンが必死にしがみついて押さえつけている。その光景を見たベルが呆れたように呟く。
その後、どうにかスイカ割りの準備が整い、レヴィアタンがやる気満々なエルゼに目隠しを巻きつけ、高速回転させた。
「目隠しプレイ……悪くない……」
「はいべるべる、おちつこーねー」
その脇で頬を染め、艶めかしい溜息を漏らすベルをアスカが宥めている。
それをよそに、スイカ割りが始まった。
「エルゼ、右だー」
統哉がエルゼに指示を出す。しかし、エルゼは棒を軽く持ったまま動こうとしない。
統哉がその様子を訝しんでいると、エルゼは棒を捨ててしまった。かと思いきや、全身の力を抜いた姿勢で立ち尽くしている。
一体どうしたんだ? 統哉がそう考えていると、不意にエルゼが動いた。
「――そこだぁっ!」
叫ぶと同時にその場で飛び上がり、勢いよく後ろ回し蹴りを放つ。
一陣の風が吹き抜ける。そして、エルゼが体重を感じさせないような所作で着地し、砂が微かな音を立てた次の瞬間――。
ゴトリ……。
スイカが、キッチリ八等分に分断された。その音を聞いたエルゼは目隠しを外し、ガッツポーズをとった。
「イエス!」
「イエスじゃねーよ!」
スパーン!
「もるがっ!?」
統哉がエルゼの脳天に容赦なくハリセンを降り下ろす。
「スイカ割りで真空波出すなよ! これじゃあスイカ割りじゃなくてスイカ切りだよ! 一体何のための棒なんだよ! 飾りか!」
「ちょ、ちょっと待って統哉君。どうして海にハリセンを持ってきてるのかな……?」
「堕天使対策だ。いらないかもしれないと思っていたが、やっぱり念のために持ってきていて正解だった」
ハリセンを肩に担ぎながら堂々と言い切る統哉。その姿を見た堕天使達は思わず戦慄した。
「ま、まあまあ皆さん、綺麗に分けてもらったんだから新鮮なうちに食べましょうよ! ねっ!」
眞実が重くなった空気を吹き飛ばすように明るい声を出す。その言葉に統哉達は同調し、輪になってスイカを食べる事になった。
全員がスイカを手に取った。
「いただきまーす!」
エルゼが一際元気な声を出し、スイカにかぶりつく。
「あむあもがぼごぶむしゃもしゃじゅるん!」
食べ終わった。
それも、昔のお笑い芸人の如く、大きくカットされたスイカをコンマ一秒で食い尽くしたのだ。
「……」
そのあまりにも浅ましい光景に統哉は絶句するしかなかった。彼の視線の先ではエルゼが口をもごもごさせ、大量の種を手の平に吐き出している。そして種を吐き出し終えると満足そうに叫んだ。
「ごちそうさまー!」
「普通に食えっ!」
スパーン!
「がいさっくっ!」
再び、エルゼの脳天にハリセンが降り下ろされた。
「何だよあのお笑い芸人そのままな食べ方!? 間近で初めて見たよ! つか本当にできるのかよ!」
「カブトムシよりはやーい」
「ルーシーは黙っててくれ!」
そんなこんなで、楽しい時間は過ぎていく。
午後三時。
それから統哉は、夕方まで全員に自由行動を言い渡した。
統哉も女子達から一緒に遊ぼうと誘われたが、それをやんわりと断った。何故なら――。
「いいぞルーシー、大分上手くなったじゃないか」
「ん……ぷあっ……そ、そうかな?」
「ああ。最初の頃と比べると、段違いだよ」
「ふふっ、ありがとう。私、もっと頑張るよ。それに、こうして上達していくのも楽しいものだしな!」
一見すると意味深な会話だが、二人はただ泳ぐ練習をしているだけである。
あの後、統哉も適当に過ごそうと考えているところ、ルーシーがやってきて「泳ぎの練習に付き合ってくれないか?」ともじもじしながら頼んできたため、統哉は彼女を連れ、それなりに浅く、かつ人が多いところで泳ぎの練習をする事にしたのだ。こうすれば人混みに紛れているので目立つ事はないという彼の判断だった。
ルーシーの泳ぎも最初の頃と比べると上達しており、動きにも無駄がなくなってきた。その事をルーシーは心の底から喜んでおり、それを見ている統哉も穏やかな表情を浮かべていた。
だが、そんな微笑ましい光景を水中から見つめる影がある事に二人は気付かなかった。
「何なのよあの二人……あんなに楽しそうに泳ぐ練習なんかしちゃって、本当に妬ましい……」
水面から顔を出し、レヴィアタンは嫉妬に満ちた口調で呟いた。
彼女の視線の先では、統哉とルーシーが楽しそうに水泳の練習を行っている。
「それにしても、ルシフェルが泳げなかったなんてね。あいつとは結構長い付き合いだけど、そんな素振りなんて全く見せてなかったわ。それに、やけに八神統哉と仲が良さそうじゃない……妬ましいわ、本当に妬ましい……アタシだって、あいつともっと遊びたいのに……」
そこまで言うと、レヴィアタンはニヤリと笑った。
「……ちょーっとだけ、ちょっかい出しちゃおうかしら」
そう呟くと、彼女は海中へと潜った。
「……よしルーシー、少し休もうか。ぶっ続けで練習しても疲れるだけだからな」
「ん、わかったよ」
統哉の言葉にルーシーは頷き、泳ぐのを止めた。
「ふぅ、慣れない体の使い方をすると疲れるな」
「でも、大分上達したじゃないか。このまま練習を重ねれば泳げるようになると思うぞ?」
統哉がそう言うと、ルーシーは真剣な表情になった。
「なあ、統哉」
「ん?」
「ありがとう」
「どうしたんだよ、突然」
突然礼を言われた事に統哉は首を傾げる。するとルーシーは統哉の目を見て言った。
「君が今日、こうして私に泳ぎを教えてくれなければ、私は泳ぐ事に対して恐怖感を抱き続けていただろう。しかし、君のおかげで泳ぐという事もなかなか悪くないと思えるようになったんだ。どれもこれも、君が丁寧に、かつしっかりと教えてくれたおかげだよ。だから、ありがとう」
笑顔を添えて言われた感謝の言葉に統哉は思わず頬を染めた。
「ど、どういたしまして。それに、俺だって今日は来てよかったと思ったしさ」
「え?」
「俺も、お前をはじめ、みんなと出会ってなかったらこうして海に来る事もなかったと思う。それに、相変わらずカオスだけど、正直言ってとても楽しいしさ。だから今日は俺も来てよかったと思う。俺からも、ありがとう」
「統哉……もし、だけどさ……」
ルーシーが何かを言いかけたその時――
ザバァッ!
「「うわっ!?」」
突然二人の間に水柱が立ち上り、二人に直撃した。たまらず統哉は目をつぶり、水柱が収まった頃におそるおそる目を開けた。すると、そこにルーシーの姿はなかった。まさか、今の水流に巻き込まれてしまったのではないか。そんな予感が統哉の脳裏をよぎり、思わず叫んだ。
「ルーシー! どこだ!? どこにいる!?」
すると、統哉の眼前の海面が盛り上がり、ルーシーが髪を振り乱しながら姿を現した。
「ぷはっ! ……ちゃら! へっちゃらだよー。水流に巻き込まれて一瞬沈んでしまったけどこの通り大丈夫だよー」
「そうか、無事でよかったよ。しかし、何だったんだよ、さっきの水柱……は……!?」
そこまで言った時、統哉は言葉を失い、固まった。その様子を訝しげに思ったルーシーは首を傾げた。
「統哉? どうしたんだい?」
すると統哉は震える指でルーシーを指差す。それも、胸元の辺りを。
「何だよ統哉、私の胸がどうかしたのか……い……?」
そう言いながらルーシーが自分の胸元に視線を落とすと、そこには水着がなかった。
「……え?」
何が起こったのかわからないという顔をしているルーシー。
一方、統哉も息をするのを忘れ、目の前の光景に釘付けになっていた。
露わになった豊かな膨らみと、その頂点に息づくピンク色の突起まで、統哉はバッチリ見てしまった。それも、至近距離で。
すると、ルーシーも我に返ったようで、ハッとして左手で胸を隠す。そして、顔を真っ赤にさせ――
「統哉の…………ヴワカァァァーッ!」
目にも留まらぬ速さで強烈な右ストレートを統哉の顔面に叩き込んだ。
次の瞬間、統哉は目から流星群が出るほどの衝撃を受け、そのまま意識はブラックアウトした。




