Chapter 8:Part 05 ツンデレ堕天使と言った奴、前へ出なさい
陽月島海水浴場にある大規模な海の家、「潮彩」。
その奥にある座敷タイプの団体席へと通された統哉達。
「…………」
だが一行の間には何とも言えない緊張感が漂っていた。当時の事情を知らない璃遠と眞実だけは頭にクエスチョンマークを浮かべている。
その時、レヴィアタンが麦茶の乗ったトレイを片手にやってきた。
「はい、どうぞ」
素っ気ない口振りでひとりひとりに麦茶を配るレヴィアタン。ちなみに統哉に配る際はドンと大きな音を立てて置いた。
「はい、これメニューね。注文が決まり次第さっさとそこのボタンを押して呼びなさい」
と、統哉にメニューを押し付けるレヴィアタン。
「……しかし、璃遠はともかく人間の女まで連れて歩いてるだなんて本当に妬ましいわね……ああ、妬ましい」
ぶつぶつと呟きながら奥へ戻ろうとするレヴィアタン。その背に統哉が声をかけた。
「れ、レヴィアタン、どうしてお前がこの島にいて、海の家でバイトしてるんだ?」
するとレヴィアタンはぴたりと足を止め、ふぅと溜息をつきながら振り返った。
「……あれからアタシはじっくり休んで力を回復させた後、この島に泳いで渡ってきたのよ」
「泳いで!? 中国地方から四国の方にあるこの島までか!? どれだけの距離があると思ってるんだよ!?」
統哉が驚愕の声を上げる。するとレヴィアタンはふんと鼻を鳴らして答える。
「アンタね、アタシを誰だと思ってんのよ? 七大罪『嫉妬』を司り、水の力を持つ堕天使、レヴィアタンよ?」
その言葉を聞いて統哉は目の前の少女が堕天使――それも七大罪の一席に名を連ねている事を思い出した。そして以前、地下水脈で戦った時は水脈からの力で凄まじい力を得ていたためにかなりの苦戦を強いられた事を思い出し、思わず戦慄した。
するとそこでルーシーが口を挟んだ。
「しかし、よく海から来た君を雇う気になったな……極端な話、住所不定無職の家出娘だろうに」
驚き半分、呆れ半分なルーシーの言葉にレヴィアタンはさらっと答えた。
「ああ、それならこの近海にいた巨大な鮫をとっちめて、それを手土産に上陸したら漁師をはじめ、地元住民から大歓迎されたわ」
「巨大な鮫?」
一瞬自分の耳を疑った統哉が思わず聞き返す。
「ええ。後で漁師から聞いた話だけど、そいつはこの近海で暴れていた凶暴な鮫だったのよ。ヒトにも被害をもたらしていたから、漁師達もほとほと困っていたらしいわ。
まあそいつは馬鹿な事にアタシにも襲いかかってきたわ。でもあいつ、ホント馬鹿よ。水の中でアタシに喧嘩売るなんて。
とりあえず、喰らいつこうと突っ込んできたあいつをぶん殴って怯ませた後、目ん玉に手を突っ込んでそこから脳味噌を握り潰してやったわ。ねえ知ってる? 鮫の脳味噌って意外と小さいのよ」
「へ、へぇ~……」
ゾッとするような笑みを浮かべ、得意そうに語るレヴィアタンに統哉達は軽く引いていた。
「ふーん、でもおっきな鮫だったらいいフカヒレがとれそうだよねー」
そんな空気の中、マイペースさを崩す事ないアスカが暢気すぎるセリフを宣う。
「……ところでさ、れびれび~」
と、そこでアスカが若干真剣さを帯びた口調で尋ねる。
「な、何よ」
柔和な笑みの裏から滲み出るオーラにレヴィアタンは思わず気圧されてしまう。決定的な一言を放った。
「どうして、わざわざ陽月島まで来たのかなぁ~? 観光とかそういう目的じゃあないよね~?」
「……そ、それは……それは……」
ずいと顔を近付け、ニコニコしながら妙な迫力を放つアスカにレヴィアタンはたじろぐばかりだった。
「はよ~」
「う……」
「はよ」
「……そ、それは、や……みと……のために……ごにょごにょ……」
蚊の鳴くような声よりも小さい声で何事かを呟くレヴィアタンにアスカが追い打ちをかける。
「なぁにぃ~きこえないなぁ~なんですかぁ~」
と、昔の俳優よろしく耳にかかっている髪の毛をもったいぶった動作で後ろへ流しつつ、やたらとねちっこい口調で追求するアスカ。やがてレヴィアタンの顔がみるみるうちに鬼灯のように赤くなり、そしてレヴィアタンは絶叫した。
「うるさいうるさいうるさい! あーっ、もう! 何でもないわよ! 言わせんな恥ずかしい! バカバカバカーッ!」
「おーい、レヴィちゃん! 友達に会ってテンション上がるのはわかるけどちょっとヘルプ入って!」
と、カウンターから店長らしき男性の声が届く。それを聞いたレヴィアタンは反射的に叫ぶ。
「と、友達じゃないわよ腐れ縁よ! ……って、ああ、いけない! まだ仕事中だったって事を忘れていたわ! じゃあね、別にゆっくりしなくてもいいけど、せいぜいゆっくりしていきなさいよね!」
早口にそう言い切り、レヴィアタンは小走りで仕事に戻っていった。
「ふふふ~、やっぱりれびれびっておもしろ~い」
好事家の如き笑みを浮かべるアスカ。その言葉に統哉達は苦笑いしながらレヴィアタンの仕事ぶりを観察する事にした。
「レヴィちゃん、七番テーブルに焼きそば三つとカレー二つお願い!」
「はーい! ……お待たせいたしました! 焼きそば三つとカレー二つです! ごゆっくりどうぞ!」
両手に料理の乗ったトレイを持ち、注文したテーブルへきっちり配膳するレヴィアタン。
「すみません、かき氷二つブルーハワイで!」
「はい喜んでー! すぐ伺いますので少々お待ちください!」
明るく元気な声で返事をするレヴィアタン。
「ごちそうさまー! 会計はツケに……」
「ザッケンナコラー! 酸素魚雷を食らわせるわよ! ウチは現金払いオンリーよ!」
ビールを飲んでほろ酔い気分のふざけた客にはツンとした態度をとるレヴィアタン。
「レヴィちゃん、仕事終わったらデートに……」
「何いきなり話しかけてきてるわけ? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「アイエッ!? れ……レヴィちゃんの目……養豚場のブタでも見るかのように冷たい目だ!? 残酷な目だ……『可哀想だけど明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね』って感じの! アバーッ!」
ナンパしてきたチャラ男には冷徹な視線と毒舌を添えて断るレヴィアタン。それにより男は失禁寸前まで心をボコボコにされ、フラフラと立ち去った。
ちょっと小柄な体をちょこまかと動かし、態度の悪い客には傍若無人な態度をとりながらも的確に仕事をこなしていく彼女の姿に統哉達は思わず目を見張った。
「へえ、割と丁寧に仕事をこなしているじゃないか。接客態度には色々とツッコミたいけど」
「あの酷いツン娘がなぁ……しかもナンパには容赦ない暴言で心を折りにかかる……見事だな」
「地は隠し切れてないな、くふふ」
「れびれびはツンツンだけどやればできる子なんだよ~」
「なんだか不思議と絵になる光景だね……エプロン姿で店を駆け回る姿が妙に似合ってるよ……」
統哉と堕天使達が思い思いの感想を述べる。
「あの、レヴィアタンさんってそんなに、その、人当たりが悪いんですか?」
統哉達の話を聞いていた眞実がおずおずと尋ねる。そこで統哉は、以前旅行先で遭遇した出来事を簡潔に話した。
「……という事があったんだよ」
「へ、へぇ~……先輩と、皆さんが温泉旅行に……私も一緒に行けていたらうぎぎ」
「よし、ちょっと落ち着こうか。何だか紫色のオーラが出てるぞ」
怪しいオーラを放つ眞実を宥める統哉。そこへ璃遠が話に割り込んできた。
「なるほど、以前ルーシーさんがお土産を持ってきてくれた時に少し話していましたが、詳しく聞くと、そんな事があったんですね。ならば私も一緒に行けば面白いものが見れたでしょうに……」
「すいませんそれは勘弁してください」
統哉は必死に頭を下げる。もしもあの時璃遠まで旅行に来ていたら色々な意味で詰んでいただろう。堕天使達の引率でただでさえ体力や気力を使ったというのに、そこへ大悪魔まで加わってしまったら、今頃統哉はこの場にいなかったかもしれない。
ましてや、露天風呂での「あの一件」に璃遠が絡んでしまったらどうあがいても絶望しかない。
そこで統哉の脳裏に、露天風呂でばったり出くわしてしまったルーシーの姿が思い起こされる。
バスタオルによって体の前面は大半が隠されていたが、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるメリハリボディーラインはくっきり見えていた上、タオルで隠れてない部分から覗く素肌は白磁のようであり、水気によって煌めいていた。
さらに水気を帯びた長い銀髪を項の辺りで軽く一つに束ねた髪型、背中の流し合いをした歳に触れた彼女の肌の柔らかさときめ細やかさ、普段は見せない恥じらう仕草は彼にとって新鮮で、その心をドキドキさせるものだった。
他にも言いたい事は色々あるが、一言で言い表すと――
とても、可愛い。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、統哉は自分の顔が急速に赤くなるのを感じた。
(ど、どうしてあの時の事が!? 確かにあの時はハプニングとはいえとてもドキドキしたけど! ああもう、どうしたんだよ俺!?)
統哉が一人考え込んでいると――
「統哉? 顔が赤いけど大丈夫か?」
「――っ!?」
突然ルーシーが顔を覗き込んできたので統哉は酷く驚いた。
「ど、どうしたんだい統哉、そんなに驚いて」
「い、いや、ちょっと考え事をしてただけだよ、大丈夫」
「え? でも……」
「とりあえずそろそろ腹減っただろ? 俺達も何か頼もう。な?」
「あ、ああ……うん。そうだね」
統哉に押し切られる形で押し黙ってしまったルーシー。そんなわけで、統哉達は揃って焼きそばを注文したのであった。
ちなみに、焼きそばは頼んでいないにもかかわらず大盛りで運ばれてきた。料理を運んできたレヴィアタンに尋ねると彼女は顔を赤くして統哉達から目を逸らしながら「材料配分の間違いよ。せっかくだから料金はサービスしてあげるわ。でもその代わり残さず食べなさい。残したりしたら承知しないんだからね!」と言い残し、さっさと仕事に戻っていってしまった。
「……いやいやいや、あからさまにわざとだよね? 普通に考えて材料配分間違いとかありえないよね?」
「……エルゼ、セリフと顔が合ってないぞ。目を輝かせて涎を流すのは変だ」
統哉が溜息混じりにツッコむ。するとエルゼは目を輝かせながら答える。
「だってあたし、海の家で焼きそばを食べるってシチュエーションに凄く憧れてたんだよ? なんでも、海の家に来たら焼きそばを食べるのがいいって聞いた事があるんだよ! テンション! 上がらずにはいられないッ!」
「まーた偏った知識を……まあいいや。とにかくいただこう」
そして、統哉達は「いただきます」と一斉に挨拶し、一口啜った。
「あ、美味い」




