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Chapter 8:Part 02 渚のエンジェル(ただし堕天使)

 それから、統哉達一行は璃遠による頭文字(イニシャル)にDがつく豆腐屋の息子めいたクレイジーな運転を体感する事になった。

 全員が車に乗り込みシートベルトを締めたや否や、璃遠は「さあ、振り切りますよ!」と宣言していきなりアクセル全開で発進したのだ。

 突然始まったスピード地獄に統哉は悲鳴を上げる事すらできず、ただひたすらに早く終われと祈るしかできなかった。

 ちなみに眞実は発進して数分もしないうちに目を回して気絶し、堕天使達は嬉々としてこのスピード地獄を楽しんでいた(ただしアスカだけは暢気に寝息を立てていた)。

 ただ、あれだけ派手に大暴走していたのに事故はおろか、歩行者や自転車、電柱などのものに掠りもしなかったというのはある意味奇跡なのだろうか。

 二十分ほどかけ、一行は海水浴場の駐車場にたどり着いた。だが、地獄を楽しんだ統哉と眞実は顔を青ざめさせていた。


「し、死ぬかと思った……」

「はい……私、あの数分で寿命が三時間くらい縮みました……」


 息も絶え絶えに話す二人とは対照的に、堕天使達は涼しい顔をしていた。


「どうした二人共、あれぐらいで音を上げて」

「「あれのどこがあれぐらいだよ(ですか)!?」」


 暢気に尋ねてくるルーシーに、思わず二人はハモった叫びを上げてしまう。しかしルーシーは何て事ない顔で答えた。


「私達にとっては物足りないぐらいさ。何せ私達は高速戦闘に慣れっこだからな。QM69からのカットバックドロップターン、さらにレインフォールコークスクリューへ繋ぎ、仕上げにマニューバGRaMXs(グランエクス)というスタイリッシュ高機動戦闘なんて日常茶飯事、英語で言うとチャメシ・インシデントだぞ?」

「うん、何を言っているのかさっぱりわからないがお前らが普段からトチ狂った動きをしているのはよくわかった」


 相変わらずエキセントリックな言動のルーシーに統哉は溜息をつくしかなかった。すると、そこに他の堕天使達が声をかけてきた。


「まあまあ統哉君、眞実ちゃん、ルーシーの言動がめちゃくちゃなのはいつもの事じゃない。せっかく来たんだから、思い切り楽しもうよ!」

「れっつ・さまーう゛ぁーけーいしょ~ん」

「楽しもうじゃないか、この地獄を」

「……地獄を楽しめって、どうやって楽しめばいいんだよ……」


 統哉は呟きつつ、目の前の情景に目を向けた。そこには、大勢の海水浴客が思い思いに海を満喫していた。


「それにしても、凄い人だな」


 この日は雲一つない快晴に加えてカラッとした暑さであり、まさに絶好の海水浴日和だった。

 そのためか、海水浴場は無数の海水浴客でごった返していた。


「青ーい空、広ーい海……こんなにいい気分に浸っている私を邪魔するのは……誰だーー!!」

「知らねえよ! つかいきなり叫ぶな!」

「お決まりのツッコミも決まったところでプロデューサー! 海ですよ、海! 海、サイッコー! ウェミダー!」

「何語だよそれ!?」


 砂浜に足を踏み入れた瞬間、最高にハイテンションかつ意味不明な叫び声を上げたルーシーに統哉のツッコミが冴え渡る。


「まあまあ、落ち着きたまえ少年」


 統哉のツッコミを受けても、ルーシーは特に気にする事もなく、統哉の肩をぽんぽんと叩く。そんなルーシーに統哉は怒る気力も失せてしまい、そんなやるせなさを溜息と共に吐き出した。


「なあ、君。男は君一人、あとは全員女性なんだぞ? この状況で興奮しない奴がいるか!? いや、いない!」

「それは、まあ……うん、確かに興奮しないと言えば嘘になるよ?」


 統哉は正直に言った。確かに今、自分の周囲には美少女達(ただし一人は妙齢の女性である)が集まっている。もっとも、人間であるのは眞実だけで、あとは全員堕天使だったり悪魔(プラス残念な美人)だったりするが。

 それを差し引いても、確かにここにいる彼女達は圧倒的な存在感を放っていた。

 その証拠に、突然現れた美女の集団を見た海水浴客は男女問わず息を飲んでいた。特に男性陣は彼女達が統哉に群がっているのを見ると、凄まじい羨望と嫉妬の視線を彼に向けた。

 統哉自身、既に今までの生活でこういった視線を向けられる事に慣れてしまったため動じる事はなかったが、そこまで適応できるようになってしまった自分に溜息をつかざるを得なかった。

 すると、璃遠が砂浜に紅白のパラソルを突き立てて統哉に言った。


「統哉さん、ここはあなたが先に着替えてきてください。私達はその後入れ替わる形で着替えてきますので」

「わかりました。じゃあ、行ってきます」


 統哉は璃遠達にこの場を任せ、更衣室へ向かった。ただ、更衣室への行き帰りと更衣室内でも彼に対して常に羨望と嫉妬の視線が常に向けられていたのはまた別の話である。




「お待たせ」


 それからしばらくして、着替えを終えた統哉は砂浜へと戻ってきた。ちなみに彼の水着は以前と同じトランクスタイプである。璃遠が用意してくれるとは言っていたが、統哉としては着慣れた物の方がよかったからだ。

 そして、彼と交代で女性陣が更衣室へ向かっていく。もっとも、その更衣室は海水浴場のではなく、璃遠のワゴン車だ。

 駐車場へと戻り、ワゴンに乗り込んだ女性陣。そこで璃遠が魔術を発動、あっと言う間に高級ブティックを思わせる空間に移動した。辺り一面には色とりどり、種類豊かな水着がかかったハンガーが用意されており、奥には更衣室がある。

 初めて璃遠の魔術を目の当たりにした眞実は驚きのあまり言葉を失っていた。そんな彼女を堕天使達がフォローするなか、璃遠が柔和な笑みを浮かべて言った。


「さあ、お好きな水着をお選びください」




「それにしても、結構時間がかかるんだな……」


 腕時計を見ながら統哉が一人ごちる。女性陣が着替えに行ってから二十分が経過していた。

 一人レジャーシートに座って待っている間にも、羨望と嫉妬の視線に晒され続けているのは最早拷問だった。その時、統哉の感覚に堕天使達の魔力が反応した。


「お待たせー!」


 直後、背後からエルゼの明るい声がかかり、統哉は振り返った。

 そして、堕天使達の水着姿を視界に収めた統哉は、思わず息を呑んだ。周囲の海水浴客達からも男女を問わずざわめきが起こる。

 まず、ベルの水着はなんと紺色のスクール水着だった。それもフリル付きの。正式名称、ダブルフレアスカートワンピース。

 紅い髪に、紺色の水着というコントラスト、そしてフレアスカートや袖口に施されたフリルが絶妙な色気を醸し出している。

 よく見ると、胸元には「6-8 べる」というネームタグまで刺繍されていた。凝り過ぎである。

 しかし、どうしてベルにはこうもスクール水着が似合っているのだろうか。むしろ似合いすぎていて神々しさまで感じてしまう統哉であった。

 続いてアスカは薄紫色をしたワンピースタイプの水着を纏っていた。

 以前川遊びをした時は紫色のビキニを身につけていた彼女だが、これはこれで、彼女が持つ穏やかさと魅力をかなり引き立てている。なお、堕天使達の中でも一際豊満な胸は水着の中へ窮屈そうに収まっており、下手をすれば水着がはちきれてしまいそうだ。覗く谷間もくっきりとしており、最早見る凶器と言ってもいいレベルだった。

 次にエルゼに目を向けると、彼女は以前とはガラリと趣を変え、胸元で布が交差しているデザインの青と白のツートンカラーのビキニを着ていた。

 スラリとした背に、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるスタイル、大幅に増した肌の露出に青いショートヘア、快活さと人懐っこさを感じさせる表情と相まって、眩いばかりの元気と健康的な色気を周囲に振りまいている。

 眞実はシンプルなオレンジ色のビキニを身につけていた。普段は大人しい眞実だが、水着姿を見てみるとそれなりにスタイルはよく、元々の可愛らしさも相まって堕天使達と肩を並べられるほどだった。水着も彼女にしてはなかなか大胆なチョイスで、眞実自身も勇気を振り絞ったのか、彼女は頬を真っ赤にして俯いていた。

 そして璃遠は上下一体型のワンピースタイプの水着で、パーカーを羽織っていた。普段は喫茶店スタイルの璃遠だがこうして見ると彼女もなかなかスタイルがいい事がわかる。


「どーかなとーやくん? みんな張り切って水着を選んだんだよ~」


 笑顔を浮かべたアスカが尋ねる。その問いに統哉は改めて全員を見渡して感嘆の声を漏らした。


「……凄いな、みんな。とてもよく似合っているよ」


 統哉の答えに女性陣は素直に喜んだり照れたりと、様々な反応を見せた。

「ところでベル、一つ聞きたいんだが」

「何だ?」

「お前がスクール水着を着ているのは凄く納得がいく。フリルが付いているのはこの際ツッコまないが、どうしても気になるんだ。その『6-8』って何だ?」

「くふふ、これはソロモン七二柱である我が序列、六八位になぞらえているのだ。こういった水着にはネームタグを付けるのが鉄則だと聞いていたのでな」

「そ、そうか……」


 溜息をつく統哉。そこで彼は一人足りない事に気付いた。


「あれ? そういえばルーシーは?」

「ルーシーの奴、やけに慎重に水着を選んでいたぞ。正直あいつはスタイルがいいからどんな水着も似合うと思うが……まあ、いいさ。貧乳はステータスだ。希少価値だ」


 答えながら何やらブツブツ言っているベルをよそに、統哉はルーシーがどんな水着を着てくるかが気になっていた。その時――


「ま、待たせたな……」


 ルーシーの声だ。


「ルーシー、ずいぶん遅かった……な……」


 振り返った統哉は目の前の光景に言葉を失った。


 そこには、天使がいた。


 なんとルーシーは黒ではなく、純白のビキニに身を包んでいた。

 胸元や腰回りにはフリルがあしらわれており、とても可愛らしい。

 さらにワンポイントとしてボトムスの両サイドには天使の羽をイメージしているらしい羽型のアクセサリーがさがり、潮風に揺られている。

 普段とは全くイメージの違うルーシーの水着姿に、統哉はただ見つめるしかできなかった。堕天使達、眞実、璃遠、周囲にいた海水浴客達も時間が止まってしまったかのように固まっている。


「……ど、どうかな統哉? 似合って、いるかな?」


 頬を赤らめ、統哉から目を逸らしつつ尋ねるルーシーに、統哉は思わずドキリとしてしまった。


「……あ、ああ。とてもよく似合っているぞ。それに、凄く可愛い」


 無意識の内に出たその言葉は、他ならぬ統哉の本心だった。

 するとルーシーは表情を輝かせ、満面の笑顔を浮かべた。


「か、可愛い……? そ、そうか、嬉しいな。悩んだ甲斐があったというものだ」


 照れるルーシーに、統哉は胸が高鳴るのを感じた。


(こうして見るとやっぱり、ルーシーって可愛いよな……時々見せる女の子らしい表情や仕草っていうのかな……)


 統哉がそんな事を考えていると、エルゼが声をかけた。


「ねえねえみんな、そろそろ遊ぼうよ。あたし、待ちきれないよ!」


 早く遊びたいとうずうずしているエルゼを見て、統哉は頷いた。


「……それもそうだな。それじゃあ、昼まで各自自由時間な。ただし! お前らに色々と言っておく事がある! 他のお客さんに迷惑かけるなよ! 遠泳して向こうにポツンと見える島に行くなよ! 海の中にいる魚や貝を捕獲して『獲ったどー!』なんて叫ぶなよ! 他には……あー……とにかく! 人間の常識内の行動を終始徹底するように  いいな! 以上! 解散!」

「「「「イエス・ユア・マジェスティ!」」」」


 統哉が言い終えるや否や、堕天使達は蜘蛛の子を散らすようにあちこちへ走っていった。統哉が溜息をついてその背中を見送っていると、璃遠がクスリと笑った。


「ふふふ。統哉さん、すっかり彼女達の保護者、もしくは引率の先生ですね」

「璃遠さん、滅多な事を言わないでください。堕天使の保護者や引率だなんて凄まじく変な気分ですから。ところで、璃遠さんは泳がないんですか?」


 すると璃遠はいつの間に用意したのかビーチチェアに腰掛けながら答えた。


「はい、私は荷物番をしておりますのでどうぞお好きなように遊んできてくださいな」

「わかりました。さて、どうするか……」


 そんなこんなで、彼らの海水浴は前途洋々な始まりを見せた。

※描いてもいいのですよ?(笑)

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