幕間Ⅱ
「……ふむ、改めて考えると私の周りも随分と賑やかになったものだ。だが、普通の人間に眠っていた魔力が目覚め、それをきっかけに天使共と遭遇し、繋がりができるとは。世の中何が起こるかわからないものだな。普通の人間と関わりを持つなんて、一体いつ以来の事か……」
眞実と知り合った経緯を思い返し、ルーシーはしみじみと一人ごちた。
「しかし、眞実が私と会う以前の統哉を知っているというのは興味深い。今度、彼の事について色々聞いてみようか……ん?」
そこまで言った時、彼女は自分の中に生じた違和感に気付き、胸にそっと手を当てた。
「……だが、何なのだろうな。この胸に棘が刺さったような、釈然としないものは……眞実が私と出会う以前の統哉の事を知っている……それに対して、私は何かを感じている……?」
呟き、ルーシーは目を閉じて思考に没頭し、違和感の正体に対して納得いく答えを得ようとする。すると、彼女の中で何かが引っかかった。
(待てよ? 思い返してみると私は、この違和感をもっと前から感じていた……そう、温泉旅行に出かけた時からだ。そしてそれは今、はっきりと感じられる……一体何なんだ、この感覚は?)
だが、いくら考えてもそれ以上の答えは得られなかった。目を開き、嘆息する。
「……ダメだ、わからない。とりあえず、茶を変えるか。茶を変えて気分転換しよう」
大きく伸びをしながら席を立ち、茶葉をしまってある棚に向かう。彼女の手は棚をしばし逡巡した後、ある瓶の前で止まった。
「これにしようかな」
ウヴァ茶。緑色の瓶に貼られたラベルにはそう書かれていた。
この茶葉を用いて淹れた紅茶はその名前と異なり、深い緑色をしている。
それ、紅茶ではなく緑茶ではないのか? と思われるかもしれないがれっきとした紅茶の一つである。
かのスリランカ産の高級茶葉であるウバ茶に極めて近い味だが、絶妙に自然味が強調されている魔界産の茶葉である。一応付け加えておくがアバ茶ではない。
だが飲んだ者によっては欲望が増幅される、一時的な情緒不安定に陥る、奇行に走ってしまうなど副作用的なものがあるが、元から色々な意味ではっちゃけているルーシーには全く効かない。
茶葉を適量ティーポットに入れ、湯を注いで待つ事しばらく。ルーシーはティーカップに中身を注いだ。みるみるうちにエメラルドを思わせるような深緑色の液体がカップに満たされていく。
深緑色の紅茶が醸し出す芳醇な香りを楽しみ、口を付ける。独特の風味が呼吸器、舌、そして体を満たしていく。いつの間にか胸の違和感はなりを潜め、ルーシーはほぅと息をつきつつ天井を仰いだ。
「……さて、コンコルドのように過ぎ去った夏の日々もいよいよ大詰めだな」
そう呟き、ルーシーはアルバムのページをめくった。そこには、満面の笑みを浮かべてはしゃぐ堕天使達に眞実、そして統哉。
するとルーシーはアルバムから一枚の写真を取り出した。
それは、子供のように屈託のない笑顔を浮かべた統哉の写真だった。その写真をまじまじと眺め、ルーシーは呟いた。
「……ふむ、よくよく見ると統哉の笑った顔ってなかなか愛嬌があって、カッコいいと言うよりも、時々見せる子供っぽい所がチャームポイントで、萌えてしまうな……ハッ!?」
そこまで言った時、ルーシーは口元に手をやり、驚愕の表情を浮かべた。
「……今、私は何を言った? 私が、統哉に、萌える……だと……?」
自分が言った一言を確かめるようを反芻した瞬間、ルーシーは顔を赤くした。
「……た、確かに彼は今までに見た事のないタイプの人間だし、その力は未知数、さらにツッコミは的確な上に応用も利く、色々と興味の尽きない人間で、でもたまに見せる子供っぽい所が可愛い……ああああ、私は何を言ってるんだ……わっつとーきんぐあばうと~? ……あっ」
すると、ルーシーは何かを思い出したような表情をし、そしてただでさえ赤くなっている顔をボンという音が出るほどの勢いでさらに赤くし、机に突っ伏してしまった。
「そ、そりゃあ私だって女だし、ああいった経験なんて漫画やゲームでしか見た事がないし……あの時はもうあんな事やこんな事、はたまた(自主規制)な事まであったし……あうぅぅ~……」
頭から湯気を出し、一対のアホ毛をしなる鞭のようにびゅんびゅんと激しく動かしつつ突っ伏した頭をぐりぐりと動かすルーシー。が、いきなり頭をガバッと上げると数度横に振った。
「……そうだ。よくよく考えたら私がこの違和感をはっきりと感じるようになったのは、あの時からだ。……よし、当時の事をじっくり思い出してみよう。きっと、この記憶の中に私の求める答えがあるに違いない」
一人ごち、ルーシーは目を閉じて記憶を辿り始めた。
程なくして、瞼の裏に波の音と喧騒、そして高い空、青い海、夏の日差しが蘇ってくる。
「……うん、そうだ。だんだんと思い出してきたぞ」
思い出を噛み締めるようにルーシーが呟く。
それは、眞実との騒動が一段落した翌日の出来事だった。




