Chapter 7:Epilogue
天使達を撃退し、無事に眞実を保護して数十分後。
天使達を撃退した事により張り巡らされていた「結界」も消滅し、統哉達は帰路につく事ができた。
「せ、先輩、さっきの怪物は何なんですか!? それに、先輩や私に何が起こったんですか!? そして、その人達は一体何者なんですか!?」
帰り道、眞実は統哉達に今まで遭遇した人智を超えた出来事についての質問を矢継ぎ早に浴びせた。そんな彼女に統哉は諭すように言った。
「……瀬藤、まずは帰って落ち着こう。今の状態で話しても、落ち着いて話を聞ける状態じゃないし、何より信じられないだろ?」
「は、はいっ」
と、興奮する眞実を何とか宥め、統哉達は八神家へ帰還した。
帰宅後、統哉達は眞実を落ち着かせるために風呂へ入るよう促した。彼女は素直に従い、風呂場へ向かっていった。その間に統哉は麦茶と数点の菓子を用意し、堕天使達は纏っていた戦闘服を解除し、普段着に戻った。
眞実が風呂から出て髪を乾かし、落ち着いて話ができるようになる頃にはすっかり深夜になっていた。
そして、統哉はこれまでの事を全て正直に打ち明けた。
夏の夜にルシフェルと出会った事、天使との戦いに巻き込まれて瀕死の重傷を負ったが彼女に命を助けられて生きるための力を授けられた事、それからというもの自分が天使達との戦いに身を投じている事、そして自分の周りに次々と堕天使達が集まってきた事、そして堕天使と接触した事によって眞実の中で眠っていた魔力が目覚めた事を打ち明けた。
話している最中、眞実は驚いたり目を丸くしたりしながらも真剣に話を聞いていた。
だが何より彼女が驚いたのは、統哉達が人間離れした力を行使できるという証を示すために、統哉は契約の証である胸の刻印と、魂が形を変えた輝石を見せられた事。そして、堕天使達が魔力によって普段着を瞬時にゴスドレスやローブ、特撮ヒーローのような戦闘スーツと、個性溢れる戦闘服に変えてみせた事だった。
先程の出来事も非日常とは無縁だった眞実に大きな衝撃を与えるのに十分だったが、目の前で繰り広げられるある種の奇跡に彼女は完全に言葉を失っていた。
だがそれでも眞実は自分なりに事実を受け止め、それを少しずつ理解しようとしていた。
統哉が真実を明かした後、長い沈黙がリビングを支配していた。そして、眞実は重い口を開いた。
「――なるほど……そういう事情があったんですね……」
一連の話を聞き終え、自分なりに事情を理解した眞実が呟く。そして、麦茶を飲み終えてから一つ溜息をついた。そこを見計らって、統哉は尋ねた。
「……瀬藤、今までの話、理解できているか?」
「まあ、何割かは」
「……正直、信じられるかい?」
「正直、信じられません……でも、目の前であんな光景を見せられたら信じられないを通り越して信じるしかありません……九割くらい」
「……どう、思った?」
その問いに、眞実は天井を仰ぎ見た後、ふうと息をつき、呟いた。
「……傷付きました」
「う……」
ストレートな眞実の言葉に統哉は呻いた。無理もない。嘘をつきたくてついていたわけではないが、つかざるを得ない状況に対して後ろめたさを感じていたのだから。そこへこのストレートな発言は心を抉るのに十分だった。
「ほ、本当にごめん! いきなり本当の事を言っても信じてもらえなかっただろうし、それに言ったら言ったで瀬藤を戦いに巻き込むかもしれないと思ったんだ!」
統哉は必死に訴えるが眞実は首を横に振るばかりだった。
「駄目です。私の事を考えた上での決断だったのでしょうが、先輩が私に嘘をついていたという事は正直本当に傷付きました」
「ま、眞実ちゃん、統哉君はあなたを巻き込まないように……」
「エルゼさん、口を出さないで下さい。これは私と先輩の問題です」
「ご、ごめんっ」
ただならぬ気迫を纏った眞実の言葉に、エルゼはしゅんとして引き下がった。
そんなエルゼを横目に、統哉は眞実に尋ねた。
「……瀬藤、俺はどうすればいい?」
すると眞実は何故か頬を赤らめ、俯きつつ呟いた。
「……名前」
「えっ?」
「先輩、皆さんの事を名前で、しかも呼び捨てで呼んでいるのに、私だけ名字なのはズルいです」
そして眞実は顔を上げ、続けた。
「――だから、私の事も名前で呼んでください。それで手を打ちます」
一歩も譲らないという強い意志を言葉に込め、眞実は統哉の目をまっすぐ見つめて言った。
しばらくして、そばでぽかんとしながら話を聞いていたルーシーが唐突に笑いだした。
「――はっはっは! これはしてやられたな、統哉! なかなかどうしてこんなにまっすぐなんだろうか、この子は!」
それにつられて、他の堕天使達も笑い出した。
「やれやれ、これはなかなかの強敵だな」
「まみまみ、実は策士~? こーめーの罠ってやつ~?」
「そうときたら、統哉君! 眞実ちゃんの望みを叶えてあげなきゃ!」
エルゼに背をバシンと叩かれ、統哉は軽く呻いた。
統哉が視線を上げると、そこにはまっすぐに統哉を見つめる眞実の視線があった。それを見た統哉は腹を括る事にした。軽く息を整え、口を開いた。
「……そ、それじゃあ、改めてよろしくな、その……ま、眞実」
すると統哉が自分の名を呼んでくれた事がかなり嬉しかったのか、眞実は目を輝かせ、
「……もっと」
「えっ?」
「も、もっと、私の名前を呼んで下さい! そうしたら、手を打つどころか私に嘘をついていた事は水に流しちゃいます!」
と、期待に満ちた表情で統哉を見つめる眞実。統哉は急変した眞実の様子に驚いていたが、やがて――
「眞実」
「はい♪」
「眞実」
「はーい♪ ……ああもう嬉しいなぁ~! ずっと先輩に名前で呼んでもらうのが夢だったのに、それが叶っちゃいました! ウェヒヒヒ♪」
邪神めいた笑い声を上げながらも、ご満悦な様子の眞実。すると――
「ですが!」
眞実はいきなり立ち上がると堕天使達を見渡し、そしてビシッと指を突き付け、宣言した。
「私、皆さんには負けませんからっ!」
「「「「????」」」」
眞実の言葉に首を傾げる堕天使達。だがそれを気にする事なく話を進めていく。
「やれやれ、一日目にしてあっさりとばれてしまうんじゃあ必死こいて隠そうとしていたベル達が馬鹿らしいな」
「まーまー、確かにいきなり色々な事がばれちゃったけど一件落着、結果オーライって事で~」
「じゃあ早速、お茶会といきましょう! てなわけで、早速スタンバイ! みんな、手伝って!」
「承知した」
「あいさー! ほらまみまみー、こっちこっち~!」
「あっ、ちょっと!?」
アスカに背を押される眞実を先頭に、女子達はキッチンへ入っていった。そして後にはその後ろ姿を見送る
「……やれやれ、色々とトラブルがあったけど、結果オーライ……なのかな?」
苦笑しながら呟く統哉。しかしルーシーはその言葉に応えず、何やら訝しげな表情で考え込んでいた。
(……一体どういう事だ? 眞実に追っていた天使の動き……あれはまるで彼女を捕らえようとしているようだった……天使が魔力を持つ人間を捕らえようとするなど、聞いた事がない。私達の知らない所で、何かが起こっている……?)
思考に没頭するルーシー。その様子に気付いた統哉が声をかける。
「ルーシー、どうしたんだ? 何やら考え込んでるけど」
統哉に声をかけられ、ルーシーはハッとして統哉の方を向いた。
「……いや、何でもないよ。さあ、私達も手伝いに行こう」
ルーシーは統哉を伴い、キッチンへ向かった。
それから統哉達は、夜が明ける間際までささやかなお茶会を楽しんだのであった。




