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Chapter 7:Part 01 八神「先輩」

 八月十七日。天候快晴、時刻は昼過ぎ。

 昨日は堕天使達と夏祭りを心行くまで堪能した統哉は買い物に出かけていた。

 スーパーと商店街で目当ての物(主に食料。そしてその大半はエルゼの胃袋に消える)を買い揃えた統哉は大きく伸びをした。


「さーて、買い物も終わったし、帰るとするか」


 一人ごち、ゆったりとした足取りで帰路に就いた。

 道すがら、昨日の祭りの事を思い出す。昨日は堕天使達に振り回されつつも、久々に心が満たされた思いだった。その事に統哉は心の中で堕天使達に深い感謝の念を抱いていた。今頃、当の堕天使達は旅行や夏祭りの疲れなどどこ吹く風と言わんばかりに、リビングでゲームに興じているだろう。


「……やれやれ、本当にあいつらって元気ありすぎだなぁ」


 そんな事を呟き、統哉が道をぶらぶらと歩いていると――


「や、八神先輩!」


 突然、背後から声をかけられた。


「ん……?」


 名を呼ばれた統哉が立ち止まり、振り返る。

 そこには、身長一六〇センチほどの、上は半袖キャミソール、下はミニスカートという出で立ちをした少女が立っていた。

 手には小さいハンドバッグを持ち、長い髪を明るめのブラウンに染め、頭の後ろでポニーテールに纏めている。長い前髪にはオレンジ色の髪留めが日光を反射し、煌めいていた。


「八神先輩、ご無沙汰しております!」


 少女は明るい声で挨拶をし、深々とお辞儀をする。そして、おずおずと尋ねた。


「あの、私の事、覚えてますか……?」


 統哉の目が驚愕に見開かれる。


「……せ、どう?」


 統哉は確かめるかのようにその名を呟く。名を呼ばれた少女は満面の笑みを浮かべ、名乗った。


「はい、高校時代に先輩にお世話になった瀬藤せどう眞実(まみ)ですっ!」


 その瞬間、統哉の顔が綻んだ。


「瀬藤、久しぶりじゃないか! 高校の卒業式以来か? ずいぶん見違えたね!」


 統哉は後輩との思わぬ再会を喜び、声を弾ませた。


「はい! 先輩もお元気そうで何よりです! あっ、でも!」


 少女――眞実は笑顔で統哉との再会を喜んでいたが、突然何かを思い出したのような表情になり、そして――


「…………」

「……せ、瀬藤?」


 突然眞実は何故か無言になり、あからさまに不機嫌な顔で統哉を見つめている。その視線はどこか悲しげであり、統哉を責めるようなものだった。

 統哉は突然の眞実の豹変に驚きつつも、そっと尋ねた。


「せ、瀬藤、俺、お前に何かしたか?」


 すると瀬藤はただ一言、


「……当ててみてください」


 と、それだけ呟くと再び黙り込んでしまった。


(……ちょっと待て、俺は瀬藤に何か嫌な思いをさせてしまったか?)


 統哉はつい先程の再会して言葉を交わした数分のやりとりを思い返す。しかし、いくら見直してもどこもおかしいところはなかった。ならば、高校時代に何かトラブルがあったのかもしれない。そう考えた統哉はその時の記憶を想起してみる。すぐに思い出はスムーズに脳裏に蘇ってくる。しかし、どれだけ必死に思い出してみても、自分が眞実に何か嫌な思いをさせたという記憶は出てこなかった。

 統哉は溜息をつくとおそるおそるといった様子で眞実に尋ねた。


「……えーと、ごめん。俺、瀬藤から何か借りっぱなしだったっけ?」


 すると、眞実は首を横に振った。

「……違います。先輩は私から物を借りた事はないし、お金だって一円も借りた事はありませんでした」

「じゃあ、さっきのやりとりで俺が何か無礼な対応をしたとか……」

「それも違います。先輩は高校時代と変わらず、とても丁寧な対応をしてくれたので嬉しかったくらいです」

「そ、そうか、ありがとう。う~ん……」


 眞実の言葉に統哉は困り果ててしまった。ここまで来てしまうと、もう思い当たる可能性は見つからない。そして統哉は大きなため息をつき、


「……ごめん、降参。俺、一体瀬藤に何をしてしまったのかどうしても見当がつかないんだ。頼む、教えてくれ。俺、瀬藤に何をしてしまったんだ? それと、色々とごめんなさい」


 統哉は眞実に謝罪し、深々と頭を下げた。すると、眞実はしばらくその様子をぽかんと眺めていたが、やがてくすくすと笑いだした。


「顔を上げてください、先輩。もう、変なところで生真面目な所、変わっていませんね」


 眞実の言葉に、統哉はそろそろと顔を上げた。視線の先で笑っている彼女に、統哉は自分の肩に入っていた力が抜けていくのを感じ、苦笑した。


「そ、そうかな?」

「はい、変わってないです。でも、先輩が自覚できていないようなので単刀直入に言わせていただきます」

 そう言うと眞実は息を吸い込み――


「先輩はいつから女たらしになったんですかっ!」


 目を見開き、辺りをはばからぬ大声でそう叫んだ。


「…………はい?」


 いきなりの出来事に統哉は思わず面食らった顔をしてしまう。それに構わず、眞実はまくし立てる。


「私、昨日の夏祭りで先輩達を見かけてしまったんです! 先輩、浴衣を着た綺麗な女の人達と仲良さそうにお喋りしながら歩いてましたよね! 確か、やたらスタイルのいいおっとりお姉さん、スレンダーでボーイッシュなお姉さん、紅い髪が綺麗な小さな子……そして、銀髪に金色の瞳がもの凄く綺麗な女の子! あんなに綺麗でよりどりみどりな女の子達……それもみんな外人さんを侍らせてどんな気分ですか先輩!? それともアレですか!? 先輩はハーレムでも作る気なんですか!?」


 やたら早口で、かつ色々と斜め上の発想を並べ立てる眞実に統哉はようやく我に返った。


「ちょ、瀬藤! 声がでかいって! 近所に聞こえるから! ……というか、どうしてそんな考えになる!?」


 統哉は口元に指を当て、必死に静かにするようジェスチャーで訴えかけるが眞実は止まらない。


「答えてください先輩! 一体どうして先輩が女たらしになってしまったのか、納得のいく説明を要求します!」

「せ、瀬藤! 誤解だって! 頼むから落ち着いてくれよ!」


 必死に眞実を宥めながら統哉はようやく納得がいった。彼女の話から察するに、どうやら昨夜の夏祭りで堕天使達と一緒にいるところを目撃されたらしい。

 統哉としては堕天使達と過ごすのは最早非日常な日常と化しており、近所の人達もとっくに彼女達を受け入れてしまっているくらいだ。そのため、別にやましいところはない。眞実の言うハーレムとやらを作る気なんて毛頭ないし、むしろ作ってしまったら色々な意味で終わる。

 そこでふと、統哉はある事を思い出した。


(……そういえば、瀬藤ってなかなか頑固な所もあったっけ)


 と、思い出し笑いしそうになるのを堪えつつ、統哉は眞実に提案した。


「……わかった。ちゃんと説明するよ。でも、ここじゃ暑いから家に来る?」


 すると眞実は目を丸くし、


「いいんですか?」

「ああ。まあ実際、見てもらった方が納得がいくだろうし……」

「?」


 首を傾げる眞実。そして統哉は踵を返す。


「それじゃあ行こうか、瀬藤……ん? どうしたんだ?」


 統哉は眞実を促し、数歩歩きだす。だが眞実が動かないのを訝しげに思い、振り返って尋ねてみた。


「……せ、先輩の、家……はうぅ……」


 何故か眞実は顔を赤くし、何やらぶつぶつと呟いている。統哉は近付いて顔を覗き込むようにしながら声をかけた。


「瀬藤? 顔が赤いけど大丈夫か?」

「ひゃあんっ!?」


 すると、眞実は素っ頓狂な声を上げて飛び上がった。統哉は驚き、思わず数歩後ずさってしまった。


「せ、瀬藤、本当に大丈夫か? まさか、熱中症……? だとしたら救急車を呼ばないと!」

「ち、違うんです先輩! 私は大丈夫ですっ!」


 慌てて携帯電話を取り出し、119番通報をしようとした統哉を眞実は腕に飛びついて止めた。


「大丈夫?」

「は、はい。先輩の家に行くのも久しぶりだったので、つい浮かれちゃいました」

「ああ、そういえば高校時代はたまに家に迎えに来てたよね。それじゃあ、行こうか」


 それから二人は連れ立って八神家へと向かった。堕天使達が自由奔放に振る舞う万魔殿へ。

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