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Chapter 6.5:Part 02 夏祭り

 統哉達は市内電車に乗り、夏祭りの会場である海沿いの自然公園に到着した。


「ああ、やっぱり人が多いな……」


 市内電車の車窓から外を見た統哉が呟く。遠くからでも、公園が人や音で溢れ返っているのがわかる。

 ちなみに市内電車内は祭りの見物客でごった返していたが、堕天使達が軽く猫撫で声を発すると、魅了された乗客(ほぼ男性客)はすぐに席を譲ってくれた。

 それを見た統哉は席に座りながらも、心の中で譲ってくれた人達に全力で謝っていたのはまた別の話。


「ここかぁ? 祭りの場所は……」

「いきなりドンパチ始めそうな台詞を吐くな」


 会場に到着早々、何か違うニュアンスを臭わせるセリフを吐いたベルを統哉が諫めた。


「それにしても、すごい人だね~」

「こればっかりは仕方ないな。時間帯が時間帯だし」


 感嘆の声を上げたアスカに、統哉が相槌を打つ。一行の視線の先では大勢の人が思い思いに祭りを楽しんでいた。


「まあ、それはしょうがないよね。それに、人混みは覚悟の上だし、人がいない祭りなんて面白くないもんね!」


 エルゼが祭りの熱気にあてられたのか浮かれた口調で言う。


「それで、ルーシーとはどこで待ち合わせなんだ?」

「えーと、るーるーとはこの辺りで待ち合わせするって話だったけど~……」


 統哉の言葉に、アスカが辺りを見渡す。すると、


「おっ、みんな来たな!」


 という、明るい声が一行の背後から聞こえた。そして、何の気なしに振り返った統哉は驚愕に目を見開いた。

 カランコロンと下駄を鳴らしながらルーシーも浴衣を身に纏っており、それは黒地に月とススキ柄というシンプルな柄だった。だが、彼女自身の魅力、結われた銀髪に和風の髪飾り、金色の瞳という組み合わせがその魅力を十二分に引き立てていた。

 その普段とは全く違う出で立ちに、統哉は思わず息を飲んだ。


(……やばい、何だか凄く綺麗だ。それに、結構可愛いぞ……)


 無意識の内に彼女をまじまじと見つめながらそんな事を考えていると、


「どうかな、統哉? 我ながら結構いい感じだと思うのだが」


 ルーシーは悪戯っぽく微笑んでみせ、浴衣の袖を掴むとその場で一回りして見せた。


「あ、ああ。よく、似合ってるよ」


 統哉は慌てながらも素直な感想を述べた。するとルーシーは満面の笑みを浮かべてみせた。


「そうか、それはよかった。苦労して選んだ甲斐があったというものだ。いや、私は浴衣というものを初めて着たが、良く馴染むな。馴染む! 実に! 馴染むぞ! ふはははは!」


 テンションが上がってきたのか、奇妙なセリフを言いつつ高笑いするルーシーを見て統哉は溜息をついた。


「……ったく、ちょっと可愛いと思った瞬間にこれだよ……」

「ん? 統哉、何か言ったかい?」

「いや、何でもないよ」

「そうか。ふふっ、それじゃあ夏祭りを楽しむとしようか!」


 そう言って彼女は前を向くと、軽やかなステップで歩き始める。統哉と堕天使達は一度顔を見合すと、軽く笑い合い、先に行ったルーシーを追った。

 こうして、統哉と堕天使一行の夏祭りは幕を開けたのであった。




「あら、皆さん。ごきげんよう」


 たくさんの出店が立ち並ぶ公園の道を歩いていた統哉達は、いきなり横合いから声をかけられた。声のした方向を見ると、そこには璃遠がにこやかに手を振っていた。彼女は長い髪を結わえ、若草色の浴衣にイナゴ柄という、奇抜なセンスを前面に押し出したスタイルだった。


「おっ、君も来ていたのか」


 そう言ってルーシーは璃遠の元へと歩いていく。統哉達もその後に続いた。


「あ、ルーシーさん。先程は旅行のお土産、ありがとうございました♪ いただいたお饅頭、大切にいただきますね」

「ああ」

「それにしても皆さん、浴衣がよく似合っていますねえ」

「いやいや、君だってよく似合っているよ」

「もう、誉めたって何も出ませんよ?」


 と、二人が仲良く談笑している所に、統哉が割って入った。


「えーと。お話し中の所すみません、璃遠さん。一体あなたはここで何をやってるんですか?」

「何って、出店ですよ?」


 さも当然のように答える璃遠。だが、統哉から見ると――

 闇市。

 それが、璃遠の構えている出店に対する第一印象だった。

 店の側には人魂のように青白く燃える篝火が焚かれ、テントの梁やその支柱には何やら奇妙なシンボルやお面が飾られている。

 その異様すぎる雰囲気に、見物客は全力で距離をとっていた。小さな子供に至っては、遠目に見ただけで火がついたように泣き出す有様だ。


「……出店、ですか。で、何を売ってるんですか?」

「まず、イチオシは魔界産のイナゴですね。植物だったら何でも食べちゃいます♪ 佃煮もありますよ? 他にも、マンドラゴラの青汁、コキュートスの氷を使った絶対零度かき氷、邪神ムージュラの仮面、付属のサイコロを振った目によって何かが起こるクレイジーな箱『83』とか。他には……」

「どう考えてもお祭りで売るものじゃないでしょ!」


 璃遠の言葉を遮り、統哉はツッコんだ。


「ですが、魔界でのお祭りではこれが普通ですよ?」


 統哉のツッコミに璃遠は可愛らしく首を傾げてみせるが、それに動じる統哉ではない。さらにツッコミを見舞う。


「ここ人間界ですから! っていうか最早それって祭りじゃありませんよね? 黒ミサとかサバトとか暗黒の儀式とかで売るようなものですよね?」


 そして統哉は大きな溜息をつき、根本的な質問を投げかけた。


「……で? 売れるんですか? これ」

「売れません!」


 即座に清々しい笑顔で返された。




 璃遠と別れた後、統哉達は再び会場を歩いていた。祭りの光景は絵になるのか、先程からあちこちでカメラのシャッターが切られる音がする。


「……いきなり疲れたぞ、俺」

「まあまあ、彼女に悪気はないんだ。寛大な心で許してやってくれ」


 そう言ってルーシーが統哉の背中をぽんぽんと軽く叩く。


「そーそー、あれがりおりおクオリティ~」

「ま、いつもの事だけど璃遠はブレないねー」


 と、ルーシーの言葉に相槌を打つアスカとエルゼ。


「……ん?」


 そこで統哉は一番後ろを歩いているはずのベルの声が先程からしない事に気付き、後ろを振り返った。すると、


「はあ……はあ……」

「「うおおっ! ゴスっぽい浴衣を着たロリっ娘が頬を上気させて息を荒らげてる! これは萌えずにはいられないッ!」」


 視線の先では、何故か息を荒らげたベルがカメラを構えた見物客達に取り囲まれ、写真を撮られまくっていた。


「……ベル、お前何やってんだ?」


 統哉達はベルを中心とした人垣に近付き、統哉が驚愕半分、呆れ半分といった口調で尋ねた。


「と、統哉……助けてくれ……突然このカメラを持った連中に囲まれて『写真撮らせてください!』って言われてな……ベルが答えるよりも早く、写真を撮り始めたのだ……」


 すると、見物客の一人がベルに呼びかけた。


「ほらほら、こっち向いてー」

「はうぅっ!」


 ベルは見悶えしながら振り返ると同時に、妙に蠱惑的な表情でカメラに流し目を送る。それも、やけに背中を反らせた姿勢で。


「うおおっ! シャフ度キター!」


 客達は妙に興奮しながらシャッターを切る。そもそも、シャフ度とは一体何の事であろうか。


「…………何なのだ、このマッポーめいた光景は」


 さすがのルーシーも戸惑いを隠せない様子だ。すると、ベルも何が何だかわからないといった表情で言葉を紡ぐ。


「ど、どうしたというのだろう……フラッシュを焚かれ、カメラのシャッターを切られる度に、何故かこのような恥ずかしい声が出て、このようなポーズをとってしまう……くぅん……と、統哉……助けてくれ……このカメラを持った連中を追い払って、ベルを助けてくれ……」

「うーん……」


 統哉は見物客とベルをしばらく交互に見ていたが、やがてよしと頷くと、


「頑張れ! ただし程々にして帰ってこいよー」


 笑顔でサムズアップし、踵を返した。


「お、鬼! 悪魔! ……ひゃあぁんっ! だ、ダメだっ! シャッター、カメラ……らめぇっ!」

「やっぱりロリっ娘は最高だぜ!」


 さらにテンションが上がった見物客と、新たなプレイに目覚めてしまったベルを残し、統哉はその場を後にした。




 それからベルを除いた一行は出店巡りをしていた。


「……何だかあいつ、どんどん常軌を逸したプレイに目覚めていってないか?」

「統哉君、何気に鬼畜だね……い、いいの? 放っておいて」


 統哉の呟きにエルゼが何とも言えない表情をしながら答える。


「ん? だってあいつ、何だか満更でもない顔してたし。それに、万が一襲われそうになってもあいつなら大丈夫だろうさ」

「そーゆーものなのかな~……おっ?」


 相槌を打っていたアスカが何かを見つけてぽてぽてと走り出した。その先には、射的の出店があった。アスカは店の軒先に立つと、台に並んだ景品を眺めた。そこには、最新ゲーム機をはじめ、お菓子や置物など、様々な物が置かれていた。


「ほえ~……」

「お嬢ちゃん、やってみるかい?」


 目を丸くしているアスカを見て、店主である中年の男性が声をかける。それを見てアスカはやんわりと頷いた。


「はい~」

「それじゃあ、一回五百円な。弾は六発だよ」


 アスカは店主に五百円玉を渡し、店主はライフル状の射的銃とコルクの弾を六発手渡した。

 その瞬間、アスカの目がきらりと光った。そして、統哉に向き直る。


「……とーやくん」

「何だ?」

「別に、わたし一人で全部もらっちゃってもいいんだよね~?」

「……欲しい物だけ狙えよ、他のお客さんの事も考えて。それにそのセリフは完全に失敗するフラグな気がするんだが」

「だいじょーぶだいじょーぶ♪ さーて、アスカ・シュドナイ、目標を狙い撃つよ~」


 そう言ってアスカは銃を構えた。普段は大型のキャノン砲をぶっ放す、もしくは振り回している彼女も銃はやはり扱いで似通った所があるのか、なかなか様になっている。

 だが、フォームは綺麗なのに凄まじく緩い笑顔のせいで台無しになっているのが玉に瑕だ。


「目標をセンターに入れて……すいっち~」


 緩いかけ声と共に、アスカは引き金を引いた。

 ぱしっ…………ことん。

 一番落としにくい景品だったであろう最新鋭のゲーム機の箱がいとも簡単に落ちた。ギャラリーからは歓声が上がり、店主はガックリと肩を落とした。


「あはっ、やった~」


 アスカはやんわりとした笑顔で喜びを表す。しかしその細められた目の奥に宿る鋭い眼光を統哉は見逃さなかった。


「よーし、この調子で行くよ~」


 アスカは笑顔のまま銃を構え、引き金を引いた。しかし弾は何故か明後日の方向へ飛んでいった。


「おいおい、どこ狙ってんだ……」


 と、統哉は言いかけた言葉を引っ込めた。何故なら見当違いの方向へ放たれた弾は景品台の角に当たると反射し、大きな猫のぬいぐるみに衝突、それを落とした勢いで近くにあった埴輪めがけて進んでいく光景を見てしまったからだ。いわゆる跳弾というものだ。

 弾は埴輪を落とした後さらに反射し、こけし、達磨、そしてお菓子の箱と五つの景品を落とした。達人級の技に沸くギャラリー。白目を剥いている店主。溜息をつく統哉。


「さーて、弾はあと四発……わたしのバトルフェイズはまだ終了してないよ~?」


 笑顔を浮かべるアスカが、事実上の|死刑(商売あがったり)宣告をした。


 結局、アスカはその四発の弾ですべての景品をかっさらっていってしまったのであった。


(……お店の人、本当にすみません)


 統哉は心の中で謝罪しつつ、射的の惨状から目を逸らそうと向こうを見た。すると――


「たこ焼き、焼きそば、リンゴ飴っ! ウマー! それにチョコバナナ! ひゃっはぁー!」


 両手いっぱいに食べ物を抱えたエルゼが大層ご満悦の様子で出店――食べ物を出している所に竜巻のような勢いで突っ込んでいく姿が映った。そしてそれを見物客達が唖然とその姿を見ていた。


「おいおいあの商店街の大食いチャンピオン、一体どれだけ食べるんだよ!? もう出店の三分の一は制覇しちまったぞ!」

「それにしても、あの子本当に美味しそうに食べるわね! あんな幸せそうな顔して食べてたら、店の人の喜びもひとしおでしょうね!」


「……」


 統哉はその光景を見なかった事にしようと、さらに別の方向へ目を向けた。すると――


「出目金、獲ったどー! WRYYYYYYYYーッ!」


 金魚すくいの出店で、ルーシーが雄叫びを上げながら大きな出目金をすくい上げていた。


「す、すげー! あの銀髪の子、たった一個のポイで金魚をあんなにたくさん取っちまったぞ! 三〇匹か!?」

「四〇……いや、五〇はいるぞ! 一体どうやったらここまで取れるんだ!?」

「いや、さっきあの子は型抜きでとてつもなく精密なロボットを彫り込んでいたぞ!」

「マジかよ! それ見てみたい!」


 と、ギャラリーが大騒ぎするのもどこ吹く風と言わんばかりに、


「私の金魚すくいはエボリューションだ!」


 と叫びながら、まるで小石を拾うかのような気軽さでどんどん金魚をすくっていくルーシー。


 こうして統哉は、フリーダムに祭りを満喫する堕天使達に対して頭を抱える事しかできなかった。

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