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Chapter 6:Epilogue

 朝風呂の騒動もひとまず落ち着き、統哉達は部屋で朝食をとっていた。白飯に納豆、焼き魚に漬物、そして味噌汁とシンプルな組み合わせだが料理人の実力がふんだんに活かされており、大変美味だ。


「……ねえ、統哉君、ルーシー、どうしたの? 何かさっきから微妙な空気だけど」


 エルゼが魚をほぐし、口に運びながら尋ねる。


「何だ?」「何だよ?」

「ひっ」


 統哉とルーシーは同時にエルゼに答えた。二人から感じる妙な迫力に思わず気圧されてしまうエルゼ。


「い、いや、何でもないよっ」


 そしてエルゼはご飯(五杯目)を食べる事に集中し始めた。


「……しかし二人共、朝から二人で散歩に行くだなんて水臭いな。ベル達も誘ってくれればいいものを」


 ベルが親の仇のように納豆を高速でかき混ぜつつ、ジト目で二人を睨む。


「散歩? ……ああ、君達より早く目が覚めてしまってな。気晴らしにその辺を歩いていたら統哉とばったり会ったわけだ。なあ、統哉?」

「そうだぞ。全くの偶然だ」


 ベルの一言から事情を察し、咄嗟に話を合わせる二人。


「ほほう……?」


 すると、アスカが口を挟んだ。


「でも~、何だか二人とも昨日よりも距離が縮まってる気がするんだよね~。なんていうか~、心の距離~?」

「「ぶほっ!」」

「わぶっ!?」


 二人は同時に味噌汁を噴き出した。味噌汁は哀れな事に正面にいたベルの顔面を直撃した。


「いやいやいや、そんな事はないぞアスカ。私と統哉は今日もいつも通りの平常運転さ。そうだろう、統哉?」

「そうだぞアスカ、俺とルーシーは散歩中もボケとツッコミをかましていたんだからな」


 二人の言葉を聞き、アスカは首を傾げた。


「……なんで二人共味噌汁噴き出してるの~? う~ん、な~んか二人の距離が縮まったように思えたんだけどな~。むしろそうなるようなイベントが起きたような気がするんだけど~……」

((何でそんな所で鋭いんだ!?))


 統哉とルーシーは心の中で同時にアスカに抗議する。二人の背筋を冷や汗が伝い始めたその時――


「……統哉のは許す。統哉の食べかけの味噌汁……はうぅ……しかしルーシー、お前はまず謝るべきではないのか? 堕天使として」



 ドMモードで統哉を見た後、すかさず怒りに燃える瞳でルーシーを睨む味噌汁まみれのベル。


「ああっ、すまんベル! すぐ拭くから!」


 すぐに備え付けのタオルを持ってくる統哉。


「あー悪かったベル。ほら、私の味噌汁のワカメ食うか?」


 すぐに自分の味噌汁からワカメをつまみ上げるルーシー。


「何でそうなる!?」


 そして激昂するベル。

 なんだかんだありながらも、統哉達は朝食を終えたのだった。




 それから統哉達は帰りのバスが来る時間までお土産を買ったり、ロビーでテレビでアニメを見ていたりと思い思いの時間を過ごしていた。

 堕天使達がちょっと遅めの朝風呂(統哉とルーシーは上手く言い訳してパスした)に入っている間、統哉は売店で璃遠のために饅頭などの土産物を買い終えていた。すると、何者かに服の裾を引っ張られた。振り返ると、そこにはルーシーが真剣な顔で立っていた。


「……統哉、ちょっといいか?」


 ルーシーは真剣な顔で統哉に問いかけた。その目には有無を言わさぬ真剣な光が宿っていた。それを見た統哉はルーシーが何を考えているのかを察した。


「……ああ」

 統哉は頷き、ルーシーの後についていった。

 しばらく歩いて二人はフロントに佇む女将の元へたどり着いた。女将は二人の姿を見ると柔和な笑みを浮かべて頭を下げた。


「これは八神様、ルーシー様」

「女将さん、一つ聞きたい事があるんです」

「女将、私たちはどうしても君に聞いておかなければいけない事がある」


 女将の挨拶へ間髪入れずに質問をぶつける二人。


「何でしょうか?」


 女将は柔和な笑みを浮かべたまま、二人の視線を受け止めた。そしてルーシーは呼吸を整え、女将に問いかけた。


「どうして君は、私達と統哉をやけにくっつけようとした? 様々な手を尽くし、挙句の果てには今朝の温泉での出来事。一体君は何が目的なんだ?」


 そう。全員一緒の部屋割りといい、朝風呂での鉢合わせといい、やけに統哉と堕天使をくっつけるイベントが多すぎる。しかも今朝方は朝風呂での統哉とルーシーの鉢合わせという、どう考えても狙ってやったようにしか思えないイベントがあったのだ。二人としてはこの件を筆頭に、今まで疑問に思っていた事をぶつけるチャンスだと考え、行動に移したのだ。


「その事ですか……」


 女将は軽く息をつくと、


「……だって皆様、形は違えど八神様に好意を抱いてらっしゃるでしょう?」


 何て事ない口調で、そう言った。


「「……はい?」」


 二人は声をハモらせ、間抜けな声を上げた。


「私としてはそれが大いに面白そ……こほん、微笑ましく思えましたので僭越ながら皆様との仲を深めて差し上げようかと」

「……それじゃあ女将さん、あなたはそのためだけに色々と手を回していたと……?」

「そうです」


 統哉は一瞬目眩のような感覚に襲われた。

 この女将、正真正銘の好事家だ。思わず身震いしながら統哉は直感した。堕天使達ですら手玉に取る彼女が底知れない存在のように思えてきた。

 そんな統哉をよそに、女将はさらに信じられない一言を放った。


「それと、皆様を見ていて思ったのですが、特にルーシー様は八神様にただならぬ興味と関心――いえ、それ以上のものを抱いてらっしゃるようで。しかしなかなか進展がなさそうでしたので私の方から背中を押させていただきました」

「え……?」


 女将の思いがけない言葉に、統哉はルーシーを見た。ルーシーはぽかんと口を開け、女将を見つめている。


「……私が、統哉に、興味や関心以上のものを……?」


 ルーシーは今まで気付かなかった事に初めて気付かされたという顔で、女将の言葉を反芻している。


「それに、お二人のやりとりを見ていると、まさに『友達以上恋人未満』という表現が実にしっくりくると感じましたわ、ふふふ」


 女将の言葉に、二人は同時に互いの顔を見合わせ、そして同時に顔を赤くし、目を逸らした。


「ふふっ、本当に仲のよろしい事で」


 女将は優しげな顔で、微笑ましいものを見るように笑った。




 そして、帰りのバスが到着した。統哉達は荷物を持って旅館を出ようとする。


「皆様、この度は誠にありがとうございました」


 すると、翠風館の従業員一同が見送りに来て、一同を代表して女将が礼を言った。


「今後、皆様が当旅館をご利用なさる際は、我々は全力を挙げてサービスさせていただきます。最優先予約、宿泊代金大幅値引き、温泉貸し切り、その他諸々、誠心誠意ご奉仕させていただきます!」


「ちょ、ちょっと女将さん、流石にそれはやり過ぎでは……」


 統哉が慌てて女将を宥める。

 そして一行が翠風館を出ると、なんとそこには宴会明けにもかかわらず温泉街の住民が見送りに来ていた。


「みんな、ありがとうな!」

「あなた達はこの町の英雄よ!」

「長生きはするものじゃのう……仏様が降臨なさった……」


 住民達は口々に統哉達に礼を言い、彼らを称えた。

 統哉達は手を振ってそれに応えつつ、バスに乗り込んだ。

 やがてバスは、別れを惜しむようにゆっくりと発車した。

 翠風館が、温泉街が遠ざかっていく。その間も住民達は見えなくなるまで手を振り続けていた。




 帰りのバス。

 一行はさすがに疲れたのか、しばらくすると眠ってしまった。しかしその寝顔は皆、楽しそうなものであった。そして午後七時過ぎ、八神家一行は家の前へと帰ってきた。


「久しぶりの我が家だなぁ」


 統哉は家を見上げ、大きく溜息をついた。三日間の旅行だったが、実に色々な事がありすぎて何週間も過ぎたような感覚だ。


「まあ、無事に生きて帰ってこれたから結果オーライじゃないか?」


 ルーシーが気楽な口調で言う。


「まったく、お前のその前向きさが羨ましいよ」

「へへ、どうも」

「いや、別に褒めたわけじゃないんだが……」

「まあまあ、早く家に入ろうよ。あたし、疲れちゃったよ」

「わたしも~」

「ベルもだ」

「はいはい、今開けるから待ってろ」


 統哉は騒ぐ堕天使達を宥めつつ、家の鍵を開けた。中から三日ぶりの我が家の匂いが鼻孔をくすぐる。

 リビングにつくと、電気を点け、換気のために窓を開ける。夕暮れ時の風が家に吹き込んできて心地よい感触を与えてくれる。

 そして仏間へ行き、しばらくぶりとなる両親への挨拶をする。


「ただいま、父さん、母さん……」


 統哉の口から帰宅の挨拶が紡がれる。しかし、彼は知っている。この言葉に応えてくれる者がいない事を。

 その時――


「「「「おかえりなさい!」」」」


 八神家に絶えて久しい、温かい言葉が響いた。

 思わず背後を振り返ると、そこには四人の堕天使達が笑顔を浮かべながらこちらを見ている。そして――


「――ただいま!」


 統哉は懐かしい気持ちとくすぐったい気持ちを胸に、改めてその言葉を口にした。




 その頃、瀬戸内海。

 夜の海を船舶が行き交う中、海中を魚雷のような速さで突き進む一つの影があった。

 それは、ウェットスーツらしきアンダースーツの上に鱗を思わせる材質でできた装甲を各所に纏い、両腕は青黒い装甲に覆われ、足は竜を思わせる形状のブーツを履いている。

 背中には鮫やシャチを思わせるヒレがあり、その姿はまさに、人型を基礎として様々な海洋生物のモチーフを取り込ませたキメラを彷彿とさせた。

 そして、ヒレを思わせるような水色のツインテールが船舶からのライトによって照らされ、キラリと光る。

 影は数時間前に元いた地下水脈に別れを告げ、川を下り、海へと出た。もう何時間も海中に潜っているが、ほとんど休まずに泳ぎ続けている。酸素は水中から取り込んでいるので窒息する心配は皆無だった。

 海中を突き進みながら、影は一つの事を考えていた。

 それは、自分の命を助け、叱ってくれた一人の青年。

妬ましくもあり、そしてどこか温かい気持ちになる、そんな気分だった。


(待ってなさいよ八神統哉! アタシをここまで妬ましくさせた責任をとってもらうからね! そして、絶対に契約してやるんだから!)


 海を往く影――レヴィアタンは決意を胸に、瀬戸内海を突き進んでいった。

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