Chapter 6:Part 17 宴の後
八月十五日。温泉旅行最終日。
統哉達は大部屋で一列に並んでぐっすりと眠っていた。
「……ん、もう朝か……」
ふと、寝返りを打った統哉が目を覚ました。携帯電話で時間を見ると六時過ぎだった。
寝付いた時刻は統哉の記憶が正しければ四時過ぎだったと記憶している。
「……あー、ゆうべはとても賑やかだったな」
体を起こし、頭をかきながら統哉は一人ごちた。
昨夜は異変解決とその感謝を込めて、温泉街の住民をできるだけ集めた上での大宴会が開かれ、老若男女問わず、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだったのだ。
楽しかったと言えば楽しかったが、その記憶のほとんどを占めていたのは山のように運ばれてくる料理、住民達の笑い声だった。
さらに堕天使達は「羽目を外す」という言葉が生温く感じられるくらい大騒ぎしていたため、統哉はツッコミに回りまくっていた。
ルーシーはカラオケセットでアニメの主題歌を100曲以上は歌い倒し(ただしシャウトのしすぎで二回ほどマイクを破壊してしまったが)、ベルはその人形のような外見とそれに似合わない毒舌が一部の住民達にうけ、ベルはそれを面白がって可愛い一面を見せたと思いきや毒舌モードに切り替えて住民のハートをキャッチし(その日の内に非公式ファンクラブができました)、アスカはその大らかな雰囲気と豊満なボディに引き寄せられた男達の相手に大わらわ(だがわりと上手く捌いており、飽きてきたらさりげなくお帰りいただいていた)、エルゼは大量に運び込まれた料理を面白いように食べまくっていた(途中で統哉が『餌を与えないでください!』と必死に訴えていたが効果はなかった)。
統哉自身、旅館の女性従業員や地元に住む若い女性達の相手をしなければならず、その顔には疲労がありありと見て取れた。
「…………すっげえ疲れたな」
昨夜の事を思い出した統哉はこめかみを押さえながら大きな溜息をついた。
「それにしても汗がひどいな」
統哉は浴衣の裾から覗く、汗で光る素肌を見て溜息をついた。これでは寝覚めが悪いし、何より不潔だ。
「……今の時間だったら、朝風呂に入れるよな」
これ幸いとばかりに呟き、統哉は立ち上がった。今から入れば堕天使達に邪魔されずに温泉を満喫できる。それが統哉の導き出した答えだった。
鉄は熱い内に打て。飯は熱い内に食え。そんなことわざを頭に浮かべながら統哉は入浴の支度を整えて立ち上がる。そこでふと、ぐっすりと眠っている堕天使達の姿が視界に入った。
「……くふふ……そうだ、そうやってベルを崇めろ、称えろ~……」
「……ほえ~? ニーソックスとストッキングのどっちが好きかって~? どっちも好きだよ~」
「……むにゃ……もっと食べられるよ~……じゃんじゃん持ってきて~」
どうやら堕天使達はまだ夢の中で宴会を繰り広げているようだ。その内容はカオス極まりないが。
しかも寝相は凄まじく悪く、布団は完全にのけ者にされていた。しかも浴衣の隙間から白い肌や綺麗な足、果てには胸がギリギリの所まで見えていたりと、統哉の目に毒だった。
「……ああもう、お前らなんつー格好で寝てるんだ」
統哉は理性を総動員しつつ、しょうがないなと溜息をついて好き勝手な格好で寝ている堕天使達に布団をかけ直して回った。
「ん……?」
そこで統哉は、ルーシーの姿がない事に気付いた。
「どこに行ったんだ、あいつ? 朝の散歩かな……?」
首を傾げる統哉。しかしそんな事を考えていても仕方がないと思い直し、露天風呂がある別館へ向かった。
「ああ、八神様。おはようございます。ゆうべはおたのしみでしたね」
別館に入ると、そこには女将がいた。女将は統哉の姿を見ると足早に近付き、深々と礼をした。
「……女将さん、確かにゆうべの宴会は楽しかったですけどその言葉は色々と危ないと思います」
即座にツッコミを入れる統哉。その言葉に女将は軽く笑うと言葉を紡いだ。
「八神様、この度は大変ありがとうございました。この地域一帯の住民も、皆様方に大変感謝しております」
恭しく礼をする女将に、統哉は慌てて手を振った。
「い、いえ、俺は自分の義務を全うしたまでですよ。それに今回の事は俺達がやりたいからやったんですし」
すると女将は穏やかな口調で語った。
「ですが、その勇気ある行動によってこの地域は救われたのです。この事は末代まで語らなくては」
「いやいや、そこまでするのは大袈裟かと」
すると女将は何かに気づいたかのように手をポンと打った。
「――ああ、すみません。長々と話し込んでしまって。本日の朝風呂は八神様一行の貸し切りとさせていただきます。存分にご堪能下さいませ」
「はい。ありがとうございます」
統哉が礼を言うと、女将は笑いながらその場を後にした。
「……さて、お言葉通りに満喫させてもらおうかな」
そして統哉は左側にかかっている男湯ののれんをくぐった。
統哉は服を脱ぎ、露天風呂へ足を踏み入れた。堕天使達によって破壊された垣根は大きなビニールシートで代用されていた。
ふと、温泉を見ると先日よりも湧き出る勢いが増しているのがはっきりとわかった。
「――へえ、レヴィアタンってやっぱり凄い奴なんだな」
感心したように統哉が呟く。考えてみると、プールに蓄積された龍脈由来の魔力の助けがあったとはいえ、一つの地域の水流を蘇らせ、さらに改善までしてしまったのだ。いくら封印されて弱体化した堕天使でも、ここまでの事をやってのけるのは大変だと統哉は実感した。
「……レヴィアタン、ありがとな」
この場にいない彼女に小さく礼を言うと、統哉は体を洗いにかかった。しばらくして体と頭を洗い終えると統哉は温泉に浸かった。
「あー、生き返る~……」
頭にタオルを乗せ、年寄りじみた台詞を言いつつ統哉は外の景色に目を向けた。そこには朝霧に覆われた山々が朝日に照らされてどこか神秘的な光景があった。
「しかしこうして見ると、夜にはわからなかった景色もよく見えるな。結構いい眺めじゃないか」
満足そうに呟き、鼻の下まで湯に浸かる。
そして、そっと目を閉じた。心なしか、先日よりも温泉の効能が増しているようにも思える。統哉はこれもレヴィアタンの力かと考えつつ、朝風呂を堪能していた。すると――。
からら……。
統哉の背後で、何か音がした。
(……ん? 今、扉が開いたような……?)
いや、気のせいだろう。昨日の疲れがまだ残っているらしいと、統哉は自分を納得させた。
ひた、ひた、ひた。
(……はて、足音まで聞こえるな)
濡れたタイルを何者かが歩く音まで聞こえてきた。何かがおかしい。そう思った統哉が目を開けて背後を振り返ると――。
そこには、バスタオル一枚で体の前を隠しただけのルーシーが立っていた。
「……………………」
統哉は思わず固まってしまった。
バスタオルによって体の前面は大半が隠されているものの、ボディーラインはくっきり見えている上、所々肌色も見えていたりする。長い銀髪は項の辺りで軽く一つに束ねられており、これはこれで新鮮な光景だった。
「……あ」
ややあって、統哉の口から呆気に取られた声が発せられる。そして酸欠の金魚のように口をパクパクさせ始めた。同時に、統哉の顔がどんどん赤くなっていく。
「……え」
ルーシーもまた、この異常事態を把握したのか、統哉と同じように口をパクパクさせつつ顔も赤くさせていく。そしてルーシーは思い切り息を吸い込み――
「アイエエエエ!? トウヤ!? トウヤナンデ!?」
周辺地域一体に響き渡るソプラノボイスで叫んだ。




