Chapter 6:Part 13 レヴィアタン
「レヴィアタン?」
統哉が尋ねる。ルーシーは首肯して続ける。
「そう。七大罪が一つ、『嫉妬』を司る堕天使で、水の属性を司っている。水場での戦いにおいて彼女の右に出る者はいない」
「ご説明どうも。しかしルシフェル、アンタかなりちんまくなったわねー。アタシとほとんど身長変わらないじゃない」
レヴィアタンの言葉にルーシーは肩を竦めてみせる。
「あれから色々あってね。力を封印されてこんな姿になってしまっているのさ。だが、それも順調に回復しつつある」
「ふーん。まあそれは別にいいんだけど。さて、アンタ達がわざわざここまで来るって事は、温泉を止めたアタシを倒しに来たって事でしょう?」
「まあね。だがその前にいくつか君に聞きたい事がある」
「聞こうじゃないの」
「まず一つ目。どうして君がこんな山の中にある地下水脈に棲み着いている?」
その質問にレヴィアタンは目を伏せ、語り始めた。
「……かつて『神』との戦いに敗れ、力を奪われた挙げ句に見知らぬ世界に封印されたアタシは、この世界に飛ばされてきたの」
「れびれびまでこの世界に来てたんだね~」
アスカが呟く。一方で統哉はアスカのネーミングセンスは相変わらず独特だなと考えていた。それをよそにレヴィアタンは言葉を紡いでいく。
「気がついたらアタシは日本海をどんぶらこっこと流れていたわ。目覚めたばかりのアタシはとんでもなく弱っていてね、魚やマグロを捕って食って飢えを凌いでいたわ。特にマグロはタウリンもたっぷりだしね」
「マグロって……君はマンモスか。はたまたイグアナもどきか?」
ルーシーが肩を竦める。
「それからしばらくして、アタシはこの水脈に通じる穴を見つけたわけ。水から感じ取った魔力を辿って水脈を遡っていったらこの場所を探り当てたのよ。アタシはこの場所で水と純度の高い魔力を吸い上げ、力を蓄えた。おかげでアタシの魔力は天使をコントロールできるほどにまで高まったわ! 本当にこの場所の魔力はなじむわ。この肉体に実にしっくりなじんでパワーが今まで以上に回復できたわ! なじむ! 実に! なじむわ! フフフフ……アーハッハッハ!」
楽しくて仕方がないという表情で高笑いするレヴィアタン。その笑い声が建物内に響き渡る。ひとしきり笑い声を放ったのを見計らって、ルーシーは次の質問をした。
「二つ目。ここ最近、この地域で水のトラブルを引き起こしていたのは君か?」
ルーシーの問いにレヴィアタンは首を傾げた。
「うーん、アタシはここで力を蓄えている間、たまに水を操ってたりしてたけど? その影響が外にまで及んでたなんてねー」
何て事のないかのように答えるレヴィアタン。
「三つ目。君はどうして昨日川で私達を襲った? それも、わざわざ水の竜までこしらえて」
その質問を聞いた途端、レヴィアタンの眉がピクリと動いたのをルーシーは見逃さなかった。
そしてレヴィアタンは息を吸い込み――
「……アンタ達が川でキャッキャウフフとバーベキューや川遊びを楽しんでいたのが妬ましかったからよ!」
「……は?」
レヴィアタンが大声で発した言葉に、統哉は思わず間抜けな声を上げてしまう。ルーシー達も口をぽかんと開けてしまっている。
「最初はちょっかいを出す程度ですませようと思ってたんだけど、でもそれが魔力を持っている奴だってわかったから、せっかくだしそいつら倒して魔力の足しにしようと思ったけど、アンタ達が予想以上に粘るから疲れちゃったわ。でもまあ、場所が水脈から離れすぎていたせいで誰かはわからなかったけど、まさか<天士>一人に七大罪が四人だったなんてね! あー妬ましい!」
レヴィアタンの展開する滅茶苦茶な理論に統哉達は呆然とするばかりだった。
それでも何とか一足先に気を取り直したルーシーが言葉を紡ぐ。
「…………では四つ目。どうして温泉を止めたりした?」
するとレヴィアタンは頭から湯気を出さんばかりの勢いで声を張り上げた。
「そこの男のラッキースケベぶりが心底妬ましかったからよ!」
「お、俺!?」
困惑しながら統哉は自分を指さした。
するとレヴィアタンは統哉に人差し指をビシッ! と突きつけ、叫んだ。
「そうよ! 何か文句あんの!? あんなに楽しそうにはしゃいで――それも、男一人に女四人なんて妬ましい事この上ない! おまけに何よ、あの露天風呂での騒ぎは!? エロゲーか何か!? 妬ましいったらありゃしない! リア充爆発しろーっ! あまりにも妬ましかったから、温泉止めてやったわ!」
「「「「「…………」」」」」
統哉達はレヴィアタンのあまりの身勝手さに言葉を失っていた。
「……じゃあお前は、俺達が楽しくしているのが気に食わなくて、川で俺達を襲ったり温泉を止めたっていうのか……?」
そして、統哉が困惑と怒りを滲ませた口調で尋ねる。
「そうよ! アンタ達がリア充&ハーレムぶりをアタシに見せつけるのが悪いのよ!」
まるで悪いのはお前達だとでも言うかのようにレヴィアタンがまくし立てる。
「……もういい、レヴィアタン」
その時、ルーシーが声を低くしてレヴィアタンを制した。
「君は私達が妬ましいからという理由で私達を襲い、温泉を止めた。それだけではなく、自分のために一つの地域を犠牲にしようとする考え、万死に値する」
そこでルーシーは一旦言葉を切り、レヴィアタンを鋭い目で見据えながら宣言した。
「堕天使の判決を言い渡す――死だ。汝、罪あり」
その言葉に同調するかのように堕天使達が戦闘態勢をとる。だが統哉だけは躊躇っているようだ。
「……なあルーシー、確かにあいつは悪い事をした。でも、それでもあいつはお前達の仲間なんだろ? それでいいのか?」
するとルーシーは統哉を見据えて静かな口調で言った。
「いいか、統哉? 確かに彼女は私達の古くからの仲間だ。しかし、何事にも限度はある。だから私達は彼女を断罪せねばならない。統哉、割り切れよ。でないと、死ぬぞ? ――さて、レヴィアタン。今から君を断罪するが、いいよな? 答えは聞いてないが」
レヴィアタンはルーシーの言葉を聞いていたが、やがておかしくってたまらないといった表情で笑いだした。
「……何がおかしい?」
ベルが不快感を隠さない顔で尋ねる。するとレヴィアタンはひとしきり笑った後、口を開いた。
「いやぁ、笑わせてもらったわ。ところでいいのかしら? そんな大口を叩いて? 今のアタシはここの魔力をたっぷりと吸収して超絶パワーアップしてるのよ? それにここは水のフィールド。アタシの独壇場よ? アンタ達が束になって勝てるとでも思ってんの?」
「だが、やってみなければわからないだろう?」
ルーシーが不敵な笑みを浮かべる。だがレヴィアタンはそれを一笑に付した。
「フン。水中ではアタシが最強だって知ってるくせに。それに今のアタシにはここから吸収した魔力によってパワーアップしてるのよ! 最高に『ハイ!』ってやつよ! 今のアタシは誰にも負ける気がしないわ! それがたとえ七大罪四人と、<天士>一人であろうと! さて、お喋りはもういいわ。どこからでもかかってきなさい!」
「それじゃあ容赦しないよ、レヴィアタン!」
エルゼが一声発すると同時に、持ち前の脚力を活かして猛スピードで飛びかかって先制攻撃を仕掛ける。そして体を横に回転させつつ烈風の如き回し蹴りを放つ。
ガキィン! と金属同士がぶつかり合うような音が鳴り響く。
エルゼが息を呑む気配がした。その視線の先で、レヴィアタンは不敵な笑みを浮かべながらエルゼの蹴りを掲げた片腕でしっかりと受け止めていた。それも、ただ受け止めていたのではない。レヴィアタンの腕は鈍い光沢を放つ、青黒い甲殻のようなものに覆われていた。
鱗でできた籠手。それが統哉の抱いた印象だった。
「相変わらずね、ベルゼブブ。スピードはあるけど軌道が一直線じゃ見切りやすいわ」
「なに~っ!?」
レヴィアタンに指摘され、エルゼが歯噛みする。
「勢いはよし、だけど相手がひよっ子じゃあね……はっ!」
言い終えると同時にレヴィアタンの強烈な右ストレートがエルゼの鳩尾に突き刺さり、エルゼの体が大きく吹き飛ばされる。そして、エルゼの体は岩壁に叩きつけられた。
「エルゼ!」
「大丈夫! 芯は外した! 何せ、鍛えてるから!」
叫ぶ統哉に対し、明るい口調で大丈夫だとアピールするエルゼ。
見ると、脇腹の装甲に剃刀のような鋭い刃物で切りつけられた傷が走っている。
一方、レヴィアタンは不敵な笑みを浮かべている。
「ちょうどいいわ。アタシがここで得た力をアンタ達に見せてやるわ!」
そう叫び、レヴィアタンは水中へと飛び込んだ。
しばらくすると大きな水柱が立ち上り、そこからレヴィアタンが飛び出してきて水面に着地――いや、着水した。
みると、レヴィアタンはウェットスーツらしきアンダースーツの上に鱗を思わせる材質でできた装甲を各所に纏っていた。両腕はあの青黒い装甲に覆われ、足は竜を思わせる形状のブーツを履いている。
背中には鮫やシャチを思わせるヒレがあり、その姿はまさに人に様々な海洋生物のモチーフを取り込ませたキメラを彷彿とさせた。
「その姿を見るのも懐かしいな」
ルーシーが懐かしそうな口調で呟く。
「あれがレヴィアタンの戦闘モードだ……来るぞ!」
ルーシーが言い終えるや否や、レヴィアタンはその場でスケート選手も顔負けの高速回転を始めた。軽く掲げられた手から水球が放たれ、スプリンクラーの如く四方八方にばらまかれていく。統哉達は一斉に散開して避けようとしたが、あまりの数にかわしきる事ができず、水球に衝突してしまう。衝突した水球が激しく弾け、統哉達は吹き飛ばされた。
「――くっ!」
統哉は吹き飛ばされながらも空中で身を翻し、受け身を取る。
と、統哉のすぐ目前にレヴィアタンの姿が映った。咄嗟に防御態勢をとる統哉だったが、その鳩尾に強烈な回し蹴りが叩き込まれた。
「ぐっ!」
凄まじい衝撃と共に統哉の体が吹き飛ばされる。
「統哉!」
叫びながらベルがレヴィアタンめがけて火球を投擲する。
「鬱陶しいのよ!」
レヴィアタンは舌打ちすると裏拳一つで放たれた火球を一気にかき消し、お返しとばかりに手から強烈な水流を放ってベルを吹き飛ばした。水流の直撃を受け、岩壁へ強かに叩きつけられたベルは呻き声を一つ上げるとその場にくずおれた。
キャノンを構えていたアスカはベルに視線を走らせたが、その一瞬でレヴィアタンはアスカの視界から姿を消していた。
「あれ!? いないよ~!?」
突然姿を消したレヴィアタンに驚いたアスカが周囲を見渡しながら叫ぶ。
「アスカ、危ない!」
エルゼの叫びが耳に届くと同時に、アスカの体は強烈な衝撃によって吹き飛ばされた。
足下の地面から飛び上がってきたレヴィアタンにサマーソルトキックを受け、アスカは吹き飛ばされ、後ろに立っていたエルゼに激突、二人は折り重なるように岩壁へ叩きつけられた。
「何なんだよ、あいつ……何をしたんだ?」
「あいつの得意技の一つだ。地面に潜ってその中を泳いだんだよ。ああやって地中を泳いで、相手の死角から攻撃できるんだ」
くずおれつつも相手の動きを見ていた統哉の呟きにルーシーが答えた。
「次はアンタよ、ルシフェル!」
レヴィアタンが叫びながら地面を滑り、ルーシーめがけて突っ込んでくる。その足下を見ると、水飛沫が上がっている。どうやら足下に水場を発生させてそれを滑る事で高速移動を行っているようだった。
「はあっ!」
レヴィアタンはルーシーに高速で接近し、徒手空拳で攻め立てる。ルーシーも徒手空拳で攻撃を防いでいたが、防ぎきれなかった拳が彼女の腕を掠めた。
「痛っ……!?」
突然、鋭い痛みを感じたルーシーが顔をしかめ、レヴィアタンの拳が掠めた腕を見た。
見ると、ルーシーの腕に一筋の切り傷ができており、それは思いの外すっぱりとやられていた。後から遅れて血が流れてきた。先程のエルゼのスーツに刻まれた傷といい、彼女の四肢には何か秘密があるらしい。
「ルーシー、大丈夫か?」
体勢を立て直した統哉が駆け寄る。ルーシーは頷き、自分の腕に治癒魔術をかける。腕を淡い光が包み、傷を瞬時に癒していく。
「ご覧の通りだ。大丈夫だよ」
「よかった。しかし、何なんだよあいつ……かなり強いぞ」
「……まずいな。水場とこの場所に満ちた魔力によってかーなーりパワーアップしている。具体的に言えば『超敵強化3倍』といった所か? しかも彼女は海の地形適応がデフォルトでSだから防御にも補正がかかっている」
「……悪い、その説明じゃわからないんだが」
「まあ簡単に言えば『海での戦闘はもう全部あいつ一人でいいんじゃないかな』というレベルに達しているんだ、今の彼女」
「それに、あいつの格闘攻撃はどうなってるんだ? 殴られたと思ったら刃物で切りつけたような傷ができているし」
「その事なんだが統哉、楯鱗って知っているか?」
「楯鱗? 何だよそれ?」
統哉が尋ねる。
「いわゆる鮫肌の事だ。あいつは元々海洋生物のモチーフを取り入れて生み出された天使で、鱗で四肢や体を覆う事で戦闘スーツを作り出すんだ。ちなみにあのスーツ、水中では抵抗を受け流して高速移動できるシロモノで、手足を覆う事によって籠手と具足の役割を果たし、殴打と斬撃、両方のダメージを与えられる。一言で言うならナタの重量さとカミソリの切れ味を持った刃物を四肢に置き換えたものだと考えてくれていい」
ルーシーが説明している間に、体制を立て直した堕天使達が二人の側へ駆け寄ってきた。
「みんな、大丈夫!?」
「もー、れびれびってば強くなりすぎ~!」
「……あいつ、焼き魚にしてやる」
それぞれが様々な事を口走る中、ルーシーは冷静に戦況を分析し、指示を出す。
「みんな、固まるんだ。こうなったら一斉攻撃に賭ける。統哉、ここは破壊力と貫通力があるベルブレイザーでチャージショットを」
「わかった」
統哉は頷き、ルシフェリオンをベルブレイザーに変更する。
「固まったわね! 一気に片付けてやるわ!」
レヴィアタンは勝ち誇った声を上げながら一直線に突っ込んでくる。
「できるだけ引きつけるんだ。3、2、1――GO!」
ルーシーの合図と共に、統哉の放った「真紅の魔弾」、ルーシーの放ったスフィアの雨、ベルの放った火球、アスカの放ったレーザー、エルゼが放ったサーヴァントの一斉射撃がレヴィアタンに殺到する。
直撃。迸る閃光と突風、そして轟音と爆煙。
「――どうだ!?」
統哉が叫ぶ。しばらくして爆煙が晴れていく。そして――
「……流石アタシね、何ともないわ!」
そこには、無傷のまま、笑っているレヴィアタンの姿があった。統哉達に戦慄が走る。
(勝てるのか……俺達は!?)
統哉の頬を一筋の冷や汗が伝った。




