Chapter 6:Part 12 地下水脈の<結界>
そこはまるで、洞窟の中に作られた大型のレジャープールだった。
壁に開いた穴からは懇々と水が湧き出で、岩場に大きな水たまりをつくっている。
光が届かないはずの洞窟内は、地面や壁、天井から生えている水晶のような岩が放つ光によって明るく照らされ、岩肌や水を青く照らしている。
「……何だここは? まるで天然の室内プールじゃないか」
統哉が声を上げた。すると、近くに生えていた岩を調べたルーシーが呟いた。
「……驚いた。まさかここまでのものだったとは。統哉、どうやら異変の大元はこの地下水脈を己の居城とすべく、魔力を用いてこのエリア一帯を<結界>に変えたらしい」
「<結界>だって?」
ルーシーは頷き、壁のそばにある岩を示した。
「この岩を見てくれ。これは天界にあった照明用の水晶と岩の混合物だ。確かこれは、海を気に入っていた天使達がそれをイメージして作り出した一種のインテリアだな」
「あ~、そういえばそんなのあったよね~。少ない魔力で青く光り、それは海に差し込む陽光の如しって海好きの天使達が得意げに語ってたよね~」
アスカが暢気な口調で相槌を打つ。
「天界にあったもの? じゃあまさかここには間違いなく堕天使がいるのか?」
「そのようだ。しかし、この風景を見るにそいつはこの水脈一体を自分の家に変えたらしい」
「……ふむ。いい情景だ。感動的だな。だが無価値だ」
ルーシーの言葉に、ベルが小馬鹿にしたような笑いを漏らす。
「どういう事だよ、ベル?」
疑問を口にした統哉に、ベルは手に火球を生成しながら答える。
「統哉、普通室内プールにあのような連中は不要だろう? ――そこだ!」
言い終えると同時に、ベルが近くの水面に火球を放り投げた。次の瞬間、投擲された火球が水面に炸裂し激しい水蒸気が立ち上る。
すると、水蒸気の中から<大天使>が五体飛び出してきた。
「天使だって!? どうしてここに!?」
驚く統哉とは裏腹に、ルーシーは納得がいったかのような表情をしている。
「なるほど。そういう事か」
「どういう事だよ?」
「統哉、説明は後だ。まずはこいつらをぶっ潰す!」
ルーシーが言い終わると同時に、黒い光がその体を覆う。一瞬のうちに、涼しさと動きやすさを持った夏服が戦闘服である黒いゴスドレスへと変貌する。それに応えるように、あちこちで色とりどりの光が沸き起こる。その後には、真紅のゴスドレスに身を包んだベル、ローブに身を包み、アスモキャノンを担いだアスカ、黒色のボディスーツと磨き上げられた暗い藍色の装甲に身を包んだエルゼの姿があった。
統哉も胸に手を当て、刻印から輝石を呼び出す。そしてそれを横目に見ていたルーシーはニヤリと笑って<大天使>達に向き直った。
「ゲットレディ! 行くぜ!」
ルーシーの号令の下、統哉達は駆け出した。
統哉達は散開し、一体一の状況に持ち込める位置にまで<大天使>達を誘導した。
統哉は輝石をルシフェリオンへと変化させ、奇声を上げて飛びかかってきた<大天使>に真正面から斬りかかって一撃を浴びせ、怯んだ所へさらに体を回転させて両手の刃で斬り刻む。そしてとどめに連結させた刃でその体を横一文字に両断した。
ルーシーは鼻歌交じりの軽快なステップで<大天使>へ接近すると、振るわれた大剣をするりとかわし、無防備になった腕を掴んだかと思うと、花でも手折るかのような気軽さで一気に捻じ曲げた。悲鳴めいた大声を上げ、大剣を取り落とした<大天使>をよそに、その顎へ強烈なアッパーを叩き込み、仰け反った隙にボディめがけて強烈なパンチのラッシュを見舞う。瞬く間に鎧が破壊され、そしてがら空きになったボディに正拳突きが叩き込まれ、<大天使>は粒子となって霧散した。
ベルは奇声を上げて突っ込んでくる<大天使>を鼻で笑うと、両手を掲げて巨大な火球を作りだし、同時に投擲した。火球は大盾に直撃し、砕け散る。その衝撃で<大天使>の体がたたらを踏む。その隙を狙い、ベルは炎を纏った爪を伸ばし、鎧に覆われていない皮膚を容赦なく引き裂く。ある程度引き裂いた後、ベルはフレアショットを放ちそれを焼却処分した。
アスカを狙った<大天使>の斬撃は掲げられたアスモキャノンによって防がれていた。アスカは柔和な笑みを浮かべ、悪戯っ子を窘めるかのように人差し指を軽く振ってみせる。直後、アスカはアスモキャノンをぶん回し、<大天使>を殴りつけた。強烈な一撃を受けた<大天使>の体がよろけた所に、砲口がぴったりと押し当てられる。直後、砲口からレーザーが放たれ、その体は塵芥へと変じた。
エルゼが魔力をまとわせた鋭い蹴りを放ち、それが真空波となって<大天使>に殺到する。
<大天使>は手にした大盾で真空波を防ぐ。動きが止まった隙にエルゼが驚異的な脚力で相手に接近し、脇腹へ鋭い蹴りを叩き込み、さらに地面すれすれの足払いを放ち、その巨体を転倒させる。駄目押しとばかりにその頭部へ強烈なストンプを叩き込む。兜と一緒に頭骸骨が砕ける嫌な音と同時に、<大天使>の体が一瞬ぴくりと動き、そして水気に満ちた空間へと霧散していった。
「おととい来やがれっての!」
敵を殲滅したルーシーが軽い調子で叫ぶ。
「どうにか片付いたな……しかし、どうして天使がここにいるんだ?」
「その事に関してだが、私には思い当たる事がある」
ルーシーはそう言って周囲を見渡した後、壁際まで歩いていき、壁から湧き出ている水に手を差し出した。そして目を閉じ、何かを探るようにじっと手を浸している。
そして、しばらくすると目を開き、「やはりな」と一言呟いた。
「ルーシー、何がやはりなんだ?」
統哉が尋ねる。
「ここの水だよ。この地域を流れる水は龍脈――すなわち地面の下を流れる魔力の流れと複雑に絡み合っているんだ。まあ簡単に言うなら、この地域の水には魔力が含まれているって事さ」
「それが天使達とどう関係があるんだ?」
「どうやらあいつらは、ここの主によってコントロールされているらしい」
「コントロール?」
首を傾げる統哉。ルーシーは頷いた。
「<結界>である以前に、ここは龍脈由来の水の魔力が大きな比重を占めている。だからそいつはその水の魔力をたっぷり含んだここの魔力を利用して天使共を操っているようだ。自分を守らせるためにな」
「自分にとって都合のいい駒であり、優秀な警備員でもあるわけか。だが、ベル達にとっては無価値だがな。あの程度の戦力でベル達を止めようとはなめられたものだ」
ベルが肩を竦める。
「……おっと、説明が長くなってしまったな。みんな、先を急ごう。時間はあまり残っていない。急いでこの異変の元凶をとっちめないとこの地域一帯が終わるかもしれないんだからな」
「ああ」
表情を引き締めたルーシーに、統哉は頷き返した。
一行は地下水脈の<結界>をどんどん奥深くまで進んでいった。<結界>内はまるで迷路のように複雑に入り組んでおり、横道や吹き出す鉄砲水、そして<結界>の主によって操られている天使達が行く手を阻んだ。
一行は絶妙なチームワークでこれらの障害を乗り越え、ついに最奥部へと到達した。
最奥部はまるで擂り鉢の底のようになっており、上層から水流が滝のように流れ落ちてあちこちに池を作っていた。
さらに一行が奥へと歩を進めると、前方に奇妙な構造物が見えてきた。
「……何だ、ありゃ?」
「何って、家だろ」
疑念と呆れが入り交じった統哉の呟きに、ルーシーが何て事ないかのように答える。
「家?」
ルーシーの言葉に違和感を覚えつつも、統哉はその「家」を観察した。
それは一言で言うならば、巨大な巻き貝だった。
巻き貝の形をした構造物は地面に根付くようにして存在しており、その規模は学校の屋内プールほどはあるだろうか。
入り口は二枚貝の貝殻をモチーフにした扉で塞がれていた。
ルーシーは扉に近付き、数度ノックしてみた。骨を叩いたような乾いた音が洞穴に響く。ルーシーは納得したかのように頷いた。
「ははあ、やっぱりこれ天界の物質だ。質感は貝そのものだが、表面から魔力が滲み出ている。さて、こんな所にわざわざ<結界>まで張って住み着いているのは一体どこの堕天使だ? そして家主さんの反応は……?」
ルーシーはしばらく待ってみたが、反応がない事を悟ると、振り返って声を上げた。
「ベル、アスカ」
「わかっている。皆まで言うな」
「派手にやっちゃうよ~」
二人が進み出て、ベルは両手に火球を生みだし、アスカはアスモキャノンを構え、魔力を充填する。そして――
「過激にファイヤー」
「ばすたー」
ベルの手からフレアショットが、アスカがアスモバスターを放つ。強烈な火球とレーザーの直撃を受けた貝の扉が轟音を立てて粉々に砕け散った。
「よし、行こう」
ルーシーの一声で堕天使達が建物の中へと足を踏み入れる。
「……やっぱりお前ら、誰かに野蛮だって言われた事あるだろ」
統哉は呆れた口調でツッコみつつ、後に続いた。
「おじゃましま~す」
「堕天使達の強制お宅訪問だ」
扉をぶち破ったベルとアスカを先頭に、一行は建物の中へと足を踏み入れた。内部は薄暗く、壁際にはあの青い光を放つ岩が非常灯のように仄かな光を放っている。光の間隔から察するに、内部はかなり広いようだ。
「ちわーっす! 通りすがりのセールスマンでーす! ちなみに商品は暴力と混沌でーす!」
「うわ、随分外道なセールスマンだな!」
ルーシーと統哉が張り上げた声が暗闇の中にこだまする。
不気味な沈黙が一行を包み込んでいた。だがそれは、突然聞こえてきた声によって破られた。
「……妬ましい」
暗闇の向こうから不機嫌そうな女性の声が聞こえた。
「……は?」
やがて、壁や天井から生えていた岩が一斉に光を放ちだし、内部の全容が明らかになった。
建物の内部は一言で言うと、大きな水槽だった。あちこちに水草を思わせる謎の物体が生えており、統哉のつま先から数センチ先は深めのプールのようになっていた。水面は静かに揺れており、数枚の一枚岩が浮かんでいる。
「……へえ、なかなかいい御殿にお住みのようで」
ルーシーが呟く。すると、それに応えるかのように暗闇の向こうから足音と、堕天使特有の魔力の気配がゆっくりと近付いてきた。
「――妬ましい、ああ妬ましい、妬ましい!」
不機嫌そうに声を張り上げながら、ついに声の主が部屋の奥から姿を現した。
それは、澄んだ水を思わせる水色の髪を短めのツインテールに結わえた少女だった。
背丈はルーシーと同じくらい、服装はチューブトップの上に青の半袖ジージャン、ショートパンツという出で立ちだった。
目の色はエメラルドグリーンに彩られ、可愛らしい顔立ちをしていたが、その不機嫌そうな表情とよほどイライラしているのか、ガリガリと爪を噛む仕草がそれを台無しにしていた。
「妬ましいわね! 一回ノックして出てこなかったとはいえ、扉壊すとかバッカじゃないの!? こちとら気持ちよく寝てたのに叩き起こされて激おこなのよ! せめてアタシが出てくるまで待つぐらいできないわけ!? そもそも一体全体アンタ達誰よ!?」
一息にまくし立て、少女は一行をぐるりと見渡す。すると、その表情が驚愕に変わっていく。
「――嘘!? ベリアルにアスモデウス、ベルゼブブ、そして、ルシフェル!?」
そして少女は再び一同を見渡し、最後に統哉に目をやり、納得したように頷いた。
「……そうだったのね! 昨日からやたらリア充の雰囲気をバリバリに出していたのはアンタ達だったってわけね!」
そして統哉をビシッと指さし、
「特にそこの男! 何なのよアンタのそのリア充オーラ!? そうやって堕天使達を侍らせて楽しい!? あー妬ましい!」
そう言って彼女は再び苛立ったように爪をガリガリと噛み始めた。それを見た統哉は溜息をついた。
「一応断っておくが別に侍らせてないからな? なあルーシー、あいつは一体誰なんだ?」
そう言ってルーシーを見ると、ルーシーは口をポカンと開けて固まっていた。さらによく見ると、ベル達も驚きを隠せない顔で立ちすくんでいる。
「……まさか、君の仕業だったとはな。いや、納得がいったと言うべきか。そうだろう?」
そして、ルーシーは一呼吸置きつつ目を細め、彼女の名を呼んだ。
「――レヴィアタン」




