Chapter 6:Part 08 Hell and Heaven in the hot spring
かぽーん……。
広い浴場特有の音が、統哉の心に響き渡る。ちなみにこの音は桶がタイル張り等の床に置かれたときに鳴る音から来ているらしい。
「はぁ~~っ……」
統哉は今、翠風館自慢の露天風呂に浸かっていた。広々とした空間に立派な岩風呂が広がっていて、独特の風情を感じさせる。
やはり温泉は広いに限る。そして温泉は人類の生み出した文化の極みであると、統哉は心の底からそう思った。しかも、事実上の貸切状態であるからか、心なしか気も大きくなったような感じがする。
この露天風呂は旅館から少し離れた場所にあるため、建物と温泉を繋いでいる渡り廊下を歩いていく必要がある。だがその分、眺めは格別である。
何せ、開けた空間からの見る事ができる雄大な景色だけではなく、空では夕暮れの赤と夜の青というコントラストが加わる事によって、見事な絶景を作り出している。
ちなみに気になる温泉の効能は、疲労回復はもちろん、神経痛や筋肉痛といった様々な痛み、皮膚病、婦人病など。
(……温泉かぁ……最後に行ったのは確か、高校の修学旅行以来だったなぁ……)
統哉は岩風呂に肩まで浸かり、夕暮れの赤と夜の青が入り交じる空を見上げながら、深い溜息をついた。
(はあ……こうしていると、お湯に疲れが溶けていくみたいだ……)
正直、日頃の心労までもが湯に溶けて消えていくかのような心地だ。
統哉は頭に乗せたタオルを直した後、目を閉じて温泉を心ゆくまで堪能する。ちなみに頭に濡れたタオルを乗せておくとのぼせ防止になる他、冬場では温めたタオルを頭に載せておく事で保温効果もある。頭全体を覆うように置くのがコツである。以上、入浴の際の豆知識。
しかし、何故あの水害の後にもかかわらず暢気に温泉に浸かっているのか。
確かに先程、水辺でえらい目に遭ったというのにルーシーがいきなり温泉に行くぞと言った時には統哉は驚いた。そして、いくら温泉が旅の楽しみであるとはいえ流石に反対した。だが近くにいた従業員に話を聞いた所、どうやら例の水害は温泉の方には影響が出ていないとの事だ。
それを聞いた統哉はとりあえず納得。こうして温泉を満喫しているわけだ。
(それにしても、あいつら大人しくしてるといいが……)
統哉はちらりと男湯と女湯を隔てている垣根に目をやった。
「温泉はいいね……人類の生み出した文化の極みだよ……」
奇しくも統哉と同じ事を考えていたルーシーが満足そうに呟く。
ルーシーをはじめ、堕天使様一行は、女湯にて温泉を全力でエンジョイしていた。
ルーシーとアスカは一足先に湯船に浸かり、エルゼはベルの髪を洗ってやっている。
「ふぃ~、生き返るわ~」
「あはは、るーるーってば年寄りみたいな事言っちゃって~」
ルーシーは頭にタオルを巻いて、腰まで伸びている銀髪をまとめていた。腕を横に広げ、岩風呂の縁に背中を預けている姿は完全にオヤジくさかったが。
一方のアスカは、ルーシーと同じように頭にタオルを巻いて、ピンク色の髪をまとめていたが、手足を思い切り伸ばし、くたびれた出汁昆布の如く全力でリラックスしている。
なお、二人は湯気で隠れていてハッキリ見えないが、もちろん裸だ。つまり――いや、何も言うまい。
なお、ほとんどの場合このような大浴場に入る時はタオルを巻く事は御法度とされている。
一方、ベルの頭を洗っているエルゼは楽しそうな表情だ。
「ベル、かゆい所はない?」
「ないぞー。しかしエルゼは髪を洗うのが上手いな」
「えへへ、ありがと♪」
二人のやり取りを見ていると、まるで仲睦まじい姉妹そのものだ。ただしベルの方が生まれは先だが。背の低い方が上で、背の高い方が下などよくある話だ。どこかの錬金術師兄弟とか。
「よし、おしまい!」
「ん、感謝する」
と、髪を洗い終えたベルとエルゼが連れ立って温泉に入ってきた。もちろんバスタオルなど纏っておりません。
「邪魔するぞ」
「お邪魔するねー」
「苦しゅうない、ちこう寄れちこう寄れ」
と、ルーシーが殿様のような口調で二人を手招きする。
「いや~、温泉ってやっぱり気持ちいいよね~! 最後に入ったのっていつだったかな~」
大きく伸びをしながらエルゼが満足そうに呟く。
「ふっふっふ。エルゼ、温泉は凄いぞ。何せ古代ローマ時代には温泉がタイムマシンとなっていたという逸話があるからな」
「えっ、そうなの!?」
ルーシーの言葉にエルゼが心底驚いた表情をする。そこへベルがさらに追い打ちをかける。
「それだけではないぞ。温泉によっては浸かる事でステータスが上昇したり、超能力が発現する事もあるそうだ」
「マジで!?」
エルゼが目を輝かせる。なおも変な知識を吹き込もうとする二人の間に、アスカがぱんぱん、と手を叩いて割って入った。
「はいはいストップストップ~。純粋なエルゼに変な嘘吹き込まないの~」
「え!? 嘘だったの!? そんなー!」
ガーンという効果音と共に、エルゼが落胆する。
「それにー、あまり騒いでるとあっちに怒られるよ~?」
と、アスカが垣根を指さす。
「……それもそうだな」
「すまなかった、エルゼ」
「いや、いいよいいよ」
日頃から統哉のツッコミ力の高さをよく知っているルーシー達は同時に湯船に座り直した。
「……でも、ちょっかい出す程度ならセーフだよね~」
アスカの一言に、全員の視線が一斉にアスカへと集中した。
「どうやらみんな考える事は一緒だったみたいだね~。それじゃあ早速、あっちにちょっかい出しますか~」
アスカは男湯の方に目を向けると、にんまりと笑った。
「あ~……癒されるな~……」
統哉は天を仰ぎながら温泉を満喫していた。彼にしてみれば、堕天使達のお守りから完全に解放されている、とても貴重で神聖な時間であった。
しかし、そんな時間も長くは続かなかった。
「統哉、湯加減はどうだ? 温いならベルの炎を貸そう」
「とーやくーん、おいす~」
「統哉君、ここってフルーツ牛乳あるかな?」
垣根の向こうから堕天使達の声が聞こえてきた。その瞬間、統哉は束の間の休息が終わりを告げた事を悟った。一気に日常へと引き戻され、疲れが蓄積し始めたのを感じずにはいられなかった統哉であった。
そんな統哉にはお構いなしに、堕天使達の攻撃が始まった。
「さて統哉、せっかくだから背中流そうか? 今なら爪で垢をこそぎ落とすサービスもついてくるぞ」
「垢どころか皮膚までこそぎ落とされそうだからパス」
「……がーん」
ベルの誘いを即座に断る。
「統哉くん、ここってフルーツ牛乳あるかなー?」
「エルゼ自身が確かめなー」
「……しょぼーん」
エルゼの質問もスルー。
「ねーねー統哉君、せっかくだからそっちに行っても――」
「来たら石鹸を投擲して容赦なく撃墜するからな」
「――そっこーで断られました~……」
アスカの悲痛な声が響く。ちなみに石鹸の威力は馬鹿にならない。何せ、タオルにくるんで遠心力を付けて振り下ろすだけで凶器に化けるのだ。
「いいかお前ら、ここが温泉だからといって、いつも以上に羽目を外すなよ? 水かけ遊びなんてするなよ? いくら温泉が広いからといって泳ぐなよ? わかったら大人しく温泉に浸かってろよ? 決して変な気を起こすなよ? 絶対だぞ?」
垣根の向こうでしょんぼりしてるであろう駄天使達に釘をゴッソリと刺しておく統哉。そこでふと疑問が浮かんだ。
(……そういえば、ルーシーの奴が何もしてこないな。珍しい事もあるもんだ……)
こんな時だからこそあいつが何かしてくると想定していただけに、統哉は肩透かしを食らった気分だった。
その頃、女湯では。
「う~、統哉君がそっけないよー。完全に修学旅行の引率の先生だよー」
「つまらんな。こんなサービス、滅多にしないというのにな。それに、規則でがんじがらめにするのは逆効果だというのに……」
エルゼとベルが残念そうに話しているのをよそに、アスカがルーシーの側に体を寄せて、耳元で囁いた。
「ねーるーるー」
「ん?」
「何でさっき、とーやくんにアプローチしなかったの~?」
「え……?」
突然のアスカの問いに、ルーシーはしばらく考え込んだ上で答えた。
「……わからない。自分でも、どうしてなのかわからないんだ」
そう言い終え、ルーシーは顔半分まで温泉に浸かった。そして、一人物思いに耽る。
(……そうだ、あの時からだ。川で統哉にお姫様抱っこされた時から、何かがおかしい。一体、私はどうしてしまったんだ……?)
「……ふ~ん」
悩むルーシーを見て、アスカが含み笑いをする。そんな彼女にルーシーがジトッとした視線を向ける。
「……何だよ」
「ん~? 何だか珍しいな~って思って~」
「何がさ」
「るーるーがこうして悩んでる事が~♪ まるで恋する乙女みたい~♪」
そう言われた瞬間、ルーシーの顔がさらに赤くなった。
「なっ……アアアアスカ、どうやったら私が恋する乙女だって証拠だよ!?」
と、ルーシーの視界にアスカの背後から忍び寄るベルの姿が映った。
その気配に、アスカが後ろを振り向いた。
「ん~? べるべるー、どうしたの~?」
アスカの視線の先では、ベルがわなわなと震えながら、どこか恨みがましい視線でアスカを――いや、正確には湯船にぷかりと浮かぶ、アスカの豊満な胸をじっと眺めていた。
「……ずるい」
「はい~?」
ベルの呟きにアスカが首を傾げる。
「……どうしてアスカはそこまで胸がでかいんだ……!」
「何だ、そんな事か。いいかベル、女子力というものは胸の大きさだけで決まるものではないぞ? あらゆる物事を総合的に見て、初めて決まるものだ」
ふゆん。
「そーだよべるべる~。るーるーの言う通りだよ~。女の子の価値=おっぱいって一体誰が決めたのかな~?」
ぼーん。
ルーシーとアスカが声を上げる。だがその一方で湯船に浮かぶ、合計四つの膨らみが激しく自己主張していた。
それを見たベルは心底悔しそうな顔をした。
「……くっ! これだから恵まれた者は……!」
そう吐き捨て、ベルは半ばふてくされ気味に湯船に浸かった。
そんなベルを慌ててエルゼがフォローする。
「べ、ベル? 大丈夫だよ? 『貧乳はステータスだ。希少価値だ』という名言があるじゃない。それに誰かが『競うな! 持ち味を活かせッッ』って言っていたじゃない?」
「……エルゼ、それフォローになってないぞ。くっ、こうなったら……」
そしてベルは静かにアスカの方へ向き直ると、ニヤリと笑った。
「ん~? べるべる~、どうしたの~?」
他の面々と比べて――いや、一段とリラックスしているアスカが酔ったような表情でベルに声をかける。
「――はあっ!」
間もなくしてベルは一声叫ぶと目にも留まらぬ速さでアスカの胸に掴みかかり――
もにゅうんっ!
「ひゃうぅっ!? ……や、やめて~……さ、さわっちゃ、らめえええええっ!!」
アスカが悲痛な、それでいてやけにエロい悲鳴を上げた。ベルはアスカの豊満な胸を揉みしだきながら悔しそうに歯噛みする。
「……くっ、この柔らかさといい、ハリといい、圧倒的ボリュームッ……! ええいアスカ、そのおっぱいを! おっぱいをよこせ! ちょっとだけでも!」
「ふゃわわわぁ~っ!?」
執拗なベルの責めにアスカは矯声を上げる事しかできなかった。それを見ていたエルゼは、
「……アスカ、ご愁傷様……恵まれた者も楽じゃないなぁ……でも、欲を言えばあたしももう少し欲しかったなぁ」
と、美乳と言っても何ら差し支えない胸を揉みながら深い溜息をついた。
アスカが上げた悲鳴はもちろん男湯にも聞こえていた。
「……あいつら、何をやってるんだ……」
統哉は頭を抱え、顔を赤くしながら呟いた。
さっきから頭の中で理性が「何だ?」「何だよ?」と、押し問答を繰り返している。
向こうにしてみれば、ちょっといき過ぎたスキンシップなのだろうが、それを聞かされる男子にとっては耳が痛い。性欲を持て余してしまいそうだ。
「ふわああぁ~んっ!」
なおもその豊満なバストを揉みしだかれていたアスカは突然その刺激から解放された。
「ふ、ふぇ? べるべる、どうしたの~?」
「……忘れていた。温泉といったらどうしてもやらなければいけない事があった」
真剣な表情でベルが呟いた。
「やらなければいけない事?」
エルゼが首を傾げる。
「さて諸君、一つ提案があるのだが……ちょっとこっちに来てくれ……静かにな」
声を落とし、ベルは堕天使達を手招きした。
「静かだなー……」
心底安らいだ表情で統哉が呟く。
つい先程までは垣根の向こうで繰り広げられる生々しいガールズトークに理性が「いいや! 限界だ! 『出る』ねッ!」と叫んでいたのだが、どうやらその必要もなくなったようだ。
「それにしても、やけに静かになったな……?」
統哉が男湯と女湯を隔てている垣根を見ながら呟く。試しに意識を集中し、彼女達の気配を探ってみたが反応がない。
最初は出たのかと思っていたが、出ていったにしては物音一つしないというのはあまりにも不自然だ。
(……何かやばいな。部屋に戻らせてもらうか……)
一抹の不安を覚えた統哉が腰にタオルをしっかりと巻き、温泉を後にしようと立ち上がった時――
ぴょこん。
垣根の上に二房のアホ毛が飛び出した。
それを皮切りに、赤毛、ピンク色の髪、藍色に近い黒髪が垣根の上に現れた。そして――
「フヒヒ、この先に禁断のエデンが……」
「ご、ゴクッ……! お、落ち着けベル……落ち着いて素数を数えるんだ……」
「とーやくんのあられもない姿、いただきま~す」
「覗きをするわけじゃない、覗きをするわけじゃない……あたしはただ統哉君の引き締まった体を見るだけなんだ……」
口々にアブナイ台詞を口走りながら堕天使達が垣根の上から顔を出した。
「「「「「…………」」」」」
と、統哉達と堕天使達の目が合う。しばしの沈黙。そして統哉は口を開いた。
「…………お前ら、何やってんの…………?」
こめかみに青筋を浮かべながら統哉が静かに尋ねる。
「……き、筋トレ?」
ぎこちない笑顔を浮かべながらエルゼが答える。
「何で温泉で筋トレやる必要があるんだ? おかしいよな? でさ、普通覗きってやつは男が女に対してやるものだよな? 百歩譲って俺がお前らの入浴を覗くのはわかる。でも、逆のパターンなんて聞いた事がないぞ?」
「「「「…………」」」」
再びの沈黙の後、ルーシーが、
「……ほ、ほら、異性の入浴は覗くものだって言うし? 疾走する本能がそうさせたっていうか……」
と、ぎこちない笑顔で答える。それを聞いた統哉は穏やかな笑みを浮かべた。
「そうか、そうか。今なら風呂桶や石鹸をぶつける程度で許してやろうと思ったけど……」
直後、その笑みが修羅が浮かべるような凄絶な笑みに変わった。そして、駄天使達を見据えて――
「……やっぱやめた。ベルブレイザーで撃ち抜かれるか、アスモデバステイターで消し飛ばされるか、エルゼシューターでオールレンジ攻撃を受けるか。選択の自由は残しておいてやる。さあ、どうする? 一応、辞世の句があるなら聞いてやるぞ」
統哉の言葉に、堕天使達は顔を見合わせた後、声を揃えて――
「「「「ありがとうございます!!」」」」
と、頭を下げて感謝の意を述べた。
「お礼言っちゃったよ!? よしわかった、フルコースだな! 遠慮せずに受け取りやがれ!」
言い放ち、統哉は輝石を手にしようと意識を集中させ始めた。それを見た駄天使達の顔からサーッと言う音と共に血の気が引いていく。
「や、やっべ! ついお礼言っちゃったけど、今ので統哉が『プッツン』してしまったようだ! 総員ずらかれ! 逃げるんだよォォーッ!」
「おい! ルーシー暴れるな! ベルを落とす気か!」
「う、うろたえるなッ! 堕天使はうろたえないッ!」
「ルーシーが一番うろたえてるじゃない! は、早く! 誰からでもいいから早く降りてー!」
「わ~! ちょっとみんな暴れないで~! も、もーダメ~!」
アスカが悲鳴を上げた直後、堕天使四人分の重さに耐えられなくなった垣根がゆっくりと男湯の方へ倒れていく。
「……え?」
やけにスローモーションで倒れてくる垣根を眺めながら、統哉は間抜けな声を上げた。
そして――
ガラガラガシャーン!
大きな音を立てて、一昔前のコントを彷彿させるように垣根が倒れた。
倒れた垣根から放り出されるような形で堕天使達が男湯に転がり込んでくる。
「いたたた……重さに耐えられずに垣根が倒れるとか、今時そんなのありかよ……」
ルーシーが頭をかきながら立ち上がった。同時に、頭に巻いていたタオルがハラリと床に落ちた。
統哉がふと向こう側を見ると、たくさんの風呂桶や風呂椅子が散乱していた。どうやら駄天使どもはこれらをピラミッドのように積み重ね、足場にしていたようだ。
そしてそれは気配を完全に殺した上で、潜入工作員の如く静かに、かつ速やかに行われたらしい。飛行すれば簡単に覗けただろうが、あえてそれをしなかったのは飛んだ時に放たれる魔力を検知されないためらしい。無駄な所で知恵が回るなと、統哉は一種の感心すら抱いてしまった。
さて、それはさておきこいつらをどうやってしばき倒してやろうか。統哉がそう考えた時、彼は重大な事実に気付いてしまった。
「…………あ」
そして、統哉は人生でトップクラスに入るほどの間抜けな声を上げてしまった。
何故ならば、前をタオルで隠していた統哉と、一切合切隠していない堕天使達がエンカウントしてしまった事に気付いたからだ。
そして、統哉は見てしまった。
湯煙のせいで多少ぼやけてみえるが、ルーシーの小柄ながらも均整のとれたボディ、ベルのロリ体型、アスカの豊満なボディ、エルゼのスレンダーなボディと自慢の美脚、その他諸々が見えた。
ええ、それははっきりと。地上波だと妙な光、あるいは不自然な湯気で見えなかったのが、DVD版だと綺麗さっぱりなくなっているのと同じぐらいに、ばっちり見えました。どう見ても眼福です。本当にありがとうございました。
謎の補正のおかげか、肝心な所が見えていないのがせめてもの苦しみ……いや、救いだった。もしも見えてしまっていたら統哉のSAN値は爆発四散していただろう。
「へ、ヘヴンだ……」
思わず統哉が呟く。<天士>である以前に、彼もやはり健全な一人の青年であった。
一方の堕天使達はあまりの恥ずかしさからか、隠す事も忘れて顔を真っ赤にし、頭から湯気を立てている。実際ここは温泉だから湯気が立つ事に不思議はないが。
とその時、ルーシーがどこから取ったのかバスタオルを目にも留まらぬ早さで体に巻き付け、そして幽鬼のような動きで統哉の方へと向き直った。
「統哉……? もしかしなくても、見てしまったのかい……? 私の、裸を……?」
目を見開き、顔を真っ赤にし、涙目で体をわなわなと振るわせながらルーシーが言葉を紡ぐ。
その様子を見た統哉は我が目を疑った。以前風呂に乱入してきた時は裸を見られたにもかかわらず堂々としていたというのに、今のルーシーはまるで別人のように恥ずかしがっている。
(か、可愛い……)
思わず統哉の脳裏にそんな思いがこみ上げる。だがその思いを押し殺し、統哉は尋ねる。
「る、ルーシー? お前、一体どうしたんだよ? 前に風呂に乱入してきた時は堂々としていたのに……」
「わ、私にだって羞恥心はあるさ! あっちゃ悪いか!?」
「……!?」
真っ向から反論され、統哉は言葉を失った。
「……ってそうじゃなくて! なんでタオル巻いてないんだよ!?」
「だって、普通はタオル巻かないんだろう!? 今は状況が状況だから巻いてるけど!」
「だったら最初から巻いておけよ! お前って奴は――」
「……二人共、お話は終わったかな?」
と、話を遮るように横合いから凛とした声がかかった。
「え?」
声のした方向を見ると、いつの間にかタオルを体に巻き付け、何故か頭から角、背中から翼、そして尻尾を生やしたアスカがいた。ご丁寧に背中にゴゴゴゴという荒ぶる文字を背負って。
「と、統哉? ベルの体ってそんなに魅力的だったのか? べ、別に統哉なら本気の体見せつけるまで眠らない覚悟はできてるぞ?」
「統哉君、いくら君でも見ていいものと見てはいけないものがあるよね……?」
アスカと同じくバスタオルを纏ったベルとエルゼが統哉に追い打ちを欠ける。
「ちょっと待てお前ら! これはハプニングだ! 不可抗力だろ!? そもそもお前らが覗きやろうとした事に非があるよな!?」
「でも、見たよね? それもばっちりと。しかし、私達の裸を直視しておきながら立っていられるのは凄いよね。感動的だね。だけど無意味だね。さて、そんな統哉くんには等価交換の法則が適用されるよね?」
アスカがたゆんと豊満なバストを揺らしながら腕を組み、穏やかな口調で言う。ただし、影の差した笑顔で。
「り、理不尽すぎる! そもそも俺が立っている事が奇跡だと思うんだけど!? ……ま、待て! 構えるな! 待つんだみんな!」
「「「待てと言われて待つ奴があるかーっ!」」」
ルーシー、アスカ、エルゼが一斉に飛びかかってくる。ベルはその後ろで顔を髪と同じぐらいに赤くしながら立ちすくんでいる。そして、統哉は堕天使達が放つ凄まじい気迫にただたじろぐ事しかできなかった。
「さあ、君の罪を数えろ!」
肌色率ほぼ100パーセントの堕天使達が統哉めがけて進撃してくる。お湯に濡れて艶やかになった髪。巨乳、美乳、貧乳と揃った理想郷の如き眺め。揺れる胸。均整のとれたボディ。ポロリ? もうバッチリ堪能させていただきました。
「それでは、いよいよもって――」
今、統哉の見る世界はスローモーションに見えていた。そして、彼女達が唸る必殺の一撃を繰り出す刹那、統哉の心は穏やかな海の如く静かであった。そして、決意し、覚悟を決めた。
――覚悟はできた。どうせ死ぬならばせめて、このファイナルヘヴンを目に、そして記憶にしっかりと焼きつけておこう、と。
「「「死ぬがよい!!」」」
そして、世界は元の速さに戻り、次の瞬間には凄まじい衝撃が統哉を襲い、彼の意識は遙か彼方へと投げ出された。
※描いてもいいのですよ?w




