Chapter 6:Part 05 川遊びへ行こう
――というわけで、一行は到着して間もなく川遊びへ繰り出す事になった。
統哉にしてみれば、先に昼食をとりたかったのだが、有無を言わせぬ堕天使達のテンションに押し切られてしまった。
川遊びと言えば水着。統哉は部屋で一足先に新調したばかりの水着に着替え、その上に用意しておいたパーカーを羽織った。
部屋を出ると、堕天使達が待っており、ルーシーが話しかけてきた。
「統哉、レジャーシートなどは女将が貸し出してくれるそうだ。統哉は先にそれらを借りて、先に沢へと向かっていてくれ」
「みんなは?」
「私達は私達で準備があるからな。しばらくかかるよ」
「そうか」
「じゃあ私達は着替えるからな……覗くなよ?」
「覗かねえよ」
「……覗かないのか?」
「覗かれたいのか覗かれたくないのかはっきりしろよ」
「……じゃあ覗かれたくない」
「なら早く着替えてきな」
ルーシーとの奇妙なやりとりを終えた統哉は軽く溜息をつき、堕天使達を部屋へ押し込んだ。
「さて、とりあえず物を借りてくるか」
統哉はひとりごち、一階へ向かった。
目的地である沢は翠風館の裏手にあり、歩いて数分の所にある。
統哉は女将からレジャーシートと様々な水鉄砲を借りると、一足先に沢へと到着した。
「……へえ、なかなかいい場所じゃないか」
沢へと到着した統哉は思わず呟いた。
そこには、雄大な自然に囲まれた清流があった。
透き通った水面は日光を反射し、その中では魚が優雅に泳いでいる。
高く生い茂った木々は夏の日差しを適度に遮り、また風の流れを受け止める事によって、さわさわと心地良い音を立てる。水のせせらぎと相まって、まさに自然が奏でるメロディだなと、統哉は柄でもなくそんな感想を抱いた。
こうしていると、普段の堕天使達が繰り広げる賑やかすぎる日常を忘れられそうだった。
「……おっと、こうしているのもいいけど準備しないとな」
統哉はひとりごち、川辺から少し離れた所へ旅館から借りてきたレジャーシートを敷いた。次に荷物の入ったビニールバッグを置き、パーカーを脱いだ。統哉の水着は横の方に波を思わせる模様の入った、トランクスタイプの至って普通なものだった。正直、統哉はあまりお洒落に敏感ではない。自分の感覚にしっくりきたものを選んだだけだ。
パーカーをたたんだ統哉はレジャーシートに腰を下ろしてルーシー達を待つ事にした。
その間、統哉は出かける際に女将から言われた一言が気になっていた。
(『くれぐれも水に注意してください』、ねぇ……)
まあ、今の時期だから水の事故に気を付けろという事かと結論付け、統哉は考え事を終えた。
そして、水のせせらぎや木々のざわめきに目を閉じ、耳を傾けながら一行を待っていると――
「統哉、待たせたな!」
というルーシーの明るい声がした。その声に気付いた統哉が後ろを振り向くと、それぞれ半袖シャツにハーフパンツという格好をした堕天使達の姿があった。手にはそれぞれ荷物を持っている。
「おっ、来たな。おーい、こっちだ」
統哉は堕天使達に手を振った。
堕天使達はレジャーシートの上に荷物を下ろしたと思いきや――
「さーて、それじゃ目一杯遊ぶとするかなー!」
「「「おー!」」」
と、ルーシーの言葉を皮切りに、女性陣は一斉に服を脱ぎ始めた。
「ちょっ、お前ら、いくら知り合いしかいないからって……!」
いきなりの行動に統哉が顔を赤くし、慌てふためく。
「なーに、心配するな。ちゃんと下に水着着てきてるって」
ルーシーがけらけらと笑う。統哉も思わずつられて笑った。
「あ、そうか……そうだよな。ははは」
「もう、当たり前じゃないか。そもそも君は私達が着替えに部屋へと入ったのを見ただろう?」
「悪い悪い、確かにそうだった」
しかし、下に水着を着ているとはいえ、いきなり目の前で異性が服を脱ぎ始めたらドキッとするだろう。誰だってそー思う。統哉だってそー思う。
そうこうしている間に、堕天使達は水着姿へと変わっていた。
「…………!?」
堕天使達の水着姿を視界に収めた統哉は、思わず息を呑んだ。
まず、ベルの水着は赤いセパレートタイプの水着だった。
普段から赤い服を好んで着るベルだが、布が少ない水着を身につけているため、その分肌の露出も増える。水着の赤と白い肌のコントラストはなかなかに見事なもので、腰にはフリルのような布がなびき、実に可愛らしい。
堕天使の中でも体は一際小柄で、胸は平坦であったが、それらを差し引いても、その水着は彼女によく似合っていた。
アスカの水着は紫色のビキニだった。セクシーでいて、なおかつ清楚なデザインが彼女のイメージとマッチしている。そして艶やかなピンク色の髪が日光を浴びて輝き、彼女の魅力をさらに増加させている。
極めつけは胸。普段はゆったりとした服装だったのでいまいち分からなかったが、水着の胸の部分がこれでもかと言わんばかりに大きく盛り上がっている。
アスカのバストは豊満であった。アスカのバストは豊満であった。大事な事なので、二度言いました。
う~ん、でかい。
思わず、統哉の脳裏にそんな感想が浮かぶほどだった。
次にエルゼの水着は紺色の布地に緑色のラインが入っている競泳水着だった。
競泳水着は肌の露出こそ少ないものの、体のラインがくっきりと表れている。そして、体を動かす事が好きなエルゼにぴったりなチョイスといえるだろう。
こうして見ると、エルゼのスタイルも出る所はそれなりに出ており、なかなかのものである事がわかる。また、女性でありながらもそこらの男性より引き締まった長い手足にスラリと伸びた背、スレンダーな体型は見る者を振り返らせるだろう。
最後に、ルーシーは動きやすそうな黒のビキニを着ており、腰にはこれまた黒いパレオを巻いていた。
彼女は普段から黒い服を好んで着ているが、今回の水着姿は彼女の魅力を大きく引き立てていた。黒は女を引き立てると、どこぞのパン屋のおかみさんも言っていたぐらいだ。
何せ、黒い水着に白い肌のコントラスト、長い銀髪という姿は神秘的ですらあった。
彼女特有の開放的で、かつ健康的な雰囲気と、やや小柄ながらも外国人(?)らしいナイスバディが相まって凄まじい破壊力を醸し出している。
統哉の視線を受け止めながらも、堂々とした態度を崩さないのも好ポイントだ。
「…………」
統哉はまさに天国と言ってもいい光景に言葉を失っていた。
誰の水着も本当によく似合っており、正直、甲乙つけがたい。
「統哉? どうしたんだ?」
呆けていた統哉にルーシーが声をかけた。
「……あ、ああ。みんなの水着がよく似合っていたから、思わず、その、見とれていたんだ」
統哉はどもりながら答えた。いくら本心であるとはいえ、面と向かって「水着が似合っている」と女性達に言うのはどうも照れてしまう、ウブな統哉だった。
統哉の言葉に、堕天使達から歓声が上がった。
「よよよ、よく似合っている!? ……あ、鼻血が……」
「も~、とーやくんてば女性を立てるのが上手なんだから~」
「やったー! しっかりと選んだ甲斐があったよー!」
「ふふっ、君にそう言ってもらえると、本当に嬉しいよ」
と、それぞれが喜びを表している中、統哉はずっと疑問に思っていた事を尋ねてみた。
「……ところでみんな、その荷物は何だ? そしてベル、鼻血拭けよ」
と、統哉がそれぞれ手に持った荷物について尋ねる。
見渡してみると、ルーシーの手には包丁やまな板といった調理器具の入った袋が、ベルの手にはペットボトルに入ったジュースの袋が、アスカの手には野菜と肉が入った大きなビニール袋に塩、コショウに焼肉のタレといった調味料が入った袋が、エルゼの手には組立式コンロと着火器具があった。
そう、これは大自然の恵みに感謝しつつ肉や野菜を焼き、それを食す野生的な儀式――バーベキューの準備物であった。
「それって、バーベキューやるための物だよな? 確かに河原でやるバーベキューは格別だというのはよくわかるよ。でも、一体いつの間にそれだけの物を用意したんだ? 家から持ってきたのか?」
「ああ、女将が持たせてくれた」
「あの女将さんが? 一体どうして?」
ルーシーの思いがけない言葉に、統哉は驚きを隠せなかった。
「宿泊客が一斉にキャンセルしてしまったおかげで食材が余ってしまったんだってさ。そこから出してくれたんだろう」
「はあ……でもこれって別料金じゃないのか?」
「いや、タダだってさ。『捨ててしまうのはもったいないので、よかったらお使いください』って言われて、じゃあせっかくだからという事でポンッと受け取った」
思いがけないサプライズに驚きつつも、統哉は首を傾げずにはいられなかった。
いくら宿泊客がいなかったとはいえ、食材をこうも簡単に、それもタダで一介の客に渡してもいいものなのだろうか。
「……なあルーシー、いくら何でもおかしくないか? 簡単にバーベキュー用の材料をくれるなんて変だろ」
「いいじゃないか! タダだし」
「……お前それでいいのか? まさかこれ、傷んでるんじゃ……」
統哉がそう言った時、エルゼから声がかかった。
「統哉君、大丈夫。傷んでるどころか新鮮そのもの、百パーセント純国産だよ! 野菜は無農薬栽培、肉は近くの牧場からの直送だね。断言できるよ」
「何でわかるんだ?」
「匂い!」
「犬かっ!」
即座にツッコむ統哉。流石「暴食」の称号を持つエルゼ。いい食材というのは臭いでわかるらしい。蠅なのに犬とはこれ如何に。
「ほら、エルゼが言うんだから何の問題もない事は確定的に明らかだ」
「……まあ、な」
疑問が解消されたわけではないが、統哉は納得せざるを得なかった。まあ、食材に関してはあのエルゼがそこまで言うのならば問題はないだろう。
「それに、『腹が減っては戦はできぬ』というだろう? これから水遊びという名の戦が始まるんだからさ」
「……腹が減っているのは事実だが、戦というほどの水遊びってどんなのだよ」
統哉がツッコんだその時、エルゼから声がかかった。
「統哉君、材料の下ごしらえ手伝ってくれるかなー?」
「ほら、お呼びだよ料理長さん」
「おだてたって何も出ないぞ……わかったエルゼ、今行くよ! ルーシー、アスカ、二人はそのコンロを組み立てておいてくれ」
「「りょーかーい」」
統哉は二人に指示を出し、エルゼの手伝いへ向かった。
それからしばらくして――
「肉! 食わずにはいられないッ!」
「おいルーシー、それまだ生焼けだぞ」
「ふれっしゅみーと~」
「アタシ、ミンナマルカジリ!」
「おいお前ら、野菜も食えよ! お前ら肉食い過ぎだ! 俺の食う肉がないじゃないか!」
辺りには肉や野菜の焼ける、とてもいい匂いが漂っている。
バーベキューコンロを囲んだ統哉達は賑やかにバーベキューを楽しんでいた。
「あー、バーベキューではよくある事だが、何かご飯が欲しくなったなー」
「そう来ると思った。ルーシー、朝に作っておいたおにぎり持ってきたよ!」
「おっ! エルゼ、気が利くじゃないか! ありがたくいただこう!」
「どういたしまして……ちょっとアスカ、肉食べ過ぎじゃない?」
「ん~? わたし太らないからだいじょーぶ~」
「……くっ、まさか栄養が全部胸に行ってるというの……!? ぐぬぬ……」
と、アスカの胸を羨むエルゼ。一方こちらでは。
「ほれベル、キノコ食えキノコ。キノコを食ったらでっかくなれるぞ?」
と、ベルの皿にやたらと焼けたシイタケをよそうルーシーに対し、ベルは露骨に嫌な顔をする。
「おいルーシー、ベルをヒゲの生えた配管工と一緒にするな」
「……あー、確かに言われてみればベルって色が赤いし、火の玉出すよなー。まさにその通りじゃないか! だったらなおさらキノコを食べるべきだな。というわけでもう一つシイタケ追加っと」
「……ルーシー燃やすべし。慈悲はない」
「おいやめろ馬鹿。俺達もろとも消し炭にする気か。それとルーシー、シイタケだけじゃなくて他の野菜も載せてやれよ」
手に火球を生み出したベルと、彼女の皿にシイタケ載せまくるルーシーを統哉が諫める。と、そこへアスカが近付いてきた。すると――
「ねー、とーやくん、『あーん』で食べさせてほしいな~」
などととんでもない事を言いながらアスカが口を開けた。さらに、
「むっ! 抜け駆けとはずるいぞアスカ!」
「統哉、ベルにも食べさせろ!」
「統哉君、あたしにも!」
と、それを聞きつけた堕天使達が、まるで親鳥に餌をねだる雛鳥の如くぴーぴー言いながら統哉の元へ集まってきた。
それを見た統哉は大きな溜息をついた後、半ばやけになって叫んだ。
「あーもう! こうなったらみんなに食べさせてやるからそこに並べ!」
「「「「やったー!」」」」
それからしばらくの間統哉は堕天使達に肉や野菜を食べさせ続ける羽目になったのであった。
この時、誰も気付かなかった。
和気藹々とバーベキューを楽しんでいる一行の背後で、水面が一瞬静かに、だが大きく波立った事に。




