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Chapter 6:Part 02 福引き

 事の始まりは、八月九日の昼過ぎにまで遡る。

 統哉とルーシーは連れ立って夕食の買い物のために商店街へとやってきていた。

 買い物を終えた二人はそれぞれ手にはちきれんばかりに膨らんでいる大きなエコバッグをぶら下げて、商店街を歩いていた。

 エコバッグがここまで膨らんでいる理由は、ここ数週間のうちに堕天使がゴロゴロと居候してきた事により、八神家のエンゲル係数が急激に増加したため(さらに付け加えると、エルゼが居候し始めた当日からは天元突破する勢いで一気に上昇した)である。

 よって統哉はできるだけ無駄が出ないように、かつ堕天使達の胃袋(特にエルゼの)を満たすだけの、大量の食料を買い込むというなんとも危うい橋を渡る羽目になった。この絶妙な買い物加減が難しいとは統哉の弁である。

 ちなみに、本日の夕食はカレーである。

 統哉としては、カレーとは料理へのこだわりや情熱がダイレクトに表れる料理であると考えていた。

 まずはベースとなる野菜、肉、チキンコンソメ、カレールーをドロドロになるまでじっくりと煮込む。この時、隠し味にハチミツと自家製であるニンニクのたまり漬けを少し入れる。これで味がよりまろやかになり、深みがより増すのである。

 その上で別に用意しておいたニンジン、ジャガイモ、タマネギなどの野菜に加え、今回は夏野菜であるナスを追加、あとは全身全霊を込めて煮込むのみ。シンプルだが奥が深い。そして一晩寝かせたカレーの味は格別であると、統哉はかつて母親から教わっていた。

 ただし、今回は万魔殿の料理長であるエルゼに、炎のエキスパートであるベルがサポートしてくれるので、今までにないカレーができるかもしれないと、統哉は密かにワクワクしていた。




 今日も商店街は活気に溢れていた。買い物に訪れた主婦、店の入り口で声を張り上げる店員、菓子を買いにコンビニへと駆け込んでいく子供達。道行く人の顔にも活気が溢れている。

 陽月島の中でもこの商店街は一番の規模を誇り、両脇には様々な店が軒を連ね、上を見上げれば高いアーチに埋め込まれたガラス越しに雲一つない夏空が見える。

 こうしていると、外の気温なんて関係なくなるくらいにスッキリとした気分になりそうだと統哉が考えていたその時――


「神に会うては神を斬り~♪ 悪魔に会うてはその悪魔をも撃つ~♪」

「……」


 スッキリとした気分は、横から聞こえてきた何やら物騒極まりない歌によって、一気に殺伐とした気分に変わってしまった。


「戦いたいから戦い~潰したいから潰す~♪ 俺達に大義名分などないのさ~♪」

「…………」


 しかも、無駄に歌が上手だから余計に腹が立つ。正直言って殴りたい。でも歌が上手いからもっと聞きたい。だから殴れない。殴ろう。殴れない。どうすればいい。そんなジレンマが統哉の中に生じていた。


「俺達が、地獄だ! はい統哉も一緒に!」


「何だよその歌!? ドクロの魔神でもやってくるのかよ! つか俺を巻き込むな!」


 そして後にはボケるルーシーに統哉がツッコむという、いつも通りの光景が広がっていた。


「おお、八神さんの所の! 調子はどうだい?」

「ルーシーちゃん! 夏野菜いいのが入ってるわよー!」

「よっ、ご両人! 今日も仲がいいな!」


 と、そんな二人に周囲の店から声がかかる。彼らに対してルーシーはにこやかに手を振りながら、


「どーもどーも、いつもニコニコ、ルーシー・ヴェルトールでございま~す」


 と答えつつ、それぞれの店主に一言二言付け加えた上で通り過ぎていく。一方の統哉は作り笑いを浮かべるくらいしかできなかった。

 ふと、統哉はルーシーの横を歩きながら、まだこの島に来てから一月も経たないうちに、彼女はここまで商店街の人達と仲良くなったのかという疑問を抱かずにはいられなかった。そして、思い切って尋ねてみる事にした。


「……なあ、お前いつの間にここまで商店街の人達と仲良くなったんだ? それに、どうしてこんなに人気なんだ?」


 その問いに対し、ルーシーは自慢そうに胸を張った。


「フフン、自分で言うのもなんだが、私のように顔立ちがいい女子が歩いていたらそりゃ自ずと有名になってしまうものさ。まあ、それ以外にも私がこの商店街をよく利用している事も大きいな」

「え? そうなのか?」

「私の場合は、ほら、そこの玩具屋でロボットのプラモデルや最近流行のベルト型玩具のパーツになるUSBメモリとかメダルとか指輪をドカンと大人買いした事で店主と顔なじみになったもんだ」

「……最近の玩具ってやたら凝ってるのな。つか俺の知らない間に一体どれだけ買ってんだよ」

「まあ気にするな。付け加えると、他のみんなもこの界隈では結構有名だぞ。ベルはそのロリな見た目のわりに毒舌な所が、アスカはその大らかな人柄と豊満なバストが、エルゼはこの辺りの大食いチャレンジを片っ端から制覇した事と快活な性格がそれぞれの人気の秘訣だな」

「待て、所々人気のポイントがおかしい事になってるぞ。どうなってんだよここの人達」

「やれやれ、人気者は辛いよ」

「自分で言うな」


 肩を竦めるルーシーに、統哉は軽く溜息をついただけだった。


「……おっ?」


 と、突然ルーシーが足を止めた。


「ん? どうしたんだよ、ルーシー」


 統哉が声をかけると、ルーシーは向こうを指さした。

 その方向を見ると、通りの一角で福引きが行われていた。


「ああ、そういえばこの前からやってるんだよ。商店街で一定の金額分買い物したら福引きの引換券がもらえるんだよ」

「へー」

「そうだ、今日の買い物でちょうど二回分の券をもらっていたな。早速引いていくか」

「おー! ならば善は急げだ! ほら統哉、早く行こう!」

「あーこらこら、そんなに急ぐなって」


 ルーシーは歓声を上げるや否や足早に福引き会場へ歩いていく。統哉も急いでその後を追った。




 福引きの賞品だが、四等賞から下は大したものではないため、三等賞から説明していこう。

 三等賞、銅色の玉。商店街で使える買い物券。

 二等賞、銀の玉。野菜や地酒など、陽月島の名産品詰め合わせ。

 一等賞、金の玉。陽月島内限定だが、買い物時に合計金額を四分の三にまで割引してくれるゴールドカード。

 そして注目の特等賞は、プラチナ色の玉。温泉旅館二泊三日の宿泊券、五人分。

 もう一等賞が特等賞でいいんじゃないかなと思った統哉だったが、口には出さないでおく。

 正直言って、統哉としてはよくてゴールドカードか、名産品の詰め合わせが欲しいと思っていた。統哉は結構現実思考である。

 賞品のラインナップを眺めていたルーシーだったが、一番上に書かれていた特等賞を見て金色の瞳を輝かせた。


「温泉旅館の宿泊券!? 統哉、これ当てよう! 五人分とはずいぶんと太っ腹じゃないか!」

「おいルーシー、福引きの意味わかってるか? こういうものは当てようと思って挑戦しても、そうそう上手くいかないものだぞ? しかも、特等賞って一つだけじゃないか」

「たのもー! 福引きを引きに来た!」

「……っておい! 話を聞けよ!」


 統哉の言葉に耳を貸さず、ルーシーは道場破りのようなノリで係員に二枚の引換券を渡した。


「はい、二回分ですね。それではどうぞー」

「では統哉、君からやってくれ」

「わかった。だけど俺、クジ運ないぞ?」


 ルーシーに促され、統哉は苦笑しながら軽い気持ちでガラポンを回した。

 コトン、という音と共に、白い玉が転がり出てきた。つまり、一番下。


「はい、ティッシュ一箱ですねー」


 と、係員からぽんとティッシュを渡された統哉。


「ほらな、ブービー賞だよ」

「貧乏クジ! 貧乏クジ!」


 と、手をぱたつかせながらからかうルーシー。


「うるさいよ! てかなんで片言なんだよ!?」

「だって、そう言わずにはいられないじゃん♪ どこかの狙撃手だって子供のお守りを押しつけられた時はサポートロボットにそう言われてたし……って、統哉、頼むからそのパンパンに膨らんだエコバッグをハンマーを振り回すかのように構えるのはやめてくれ。正直スマンかった。それを食らったら私の頭が砕けたスイカみたいになってしまう」

「……ならばよし」


 そう言って統哉はエコバッグを下ろした。すると、係員から声がかかった。


「……あのー、すみませんが次の方引いていただけますかー? 後ろの方つかえてますんでー」

「あ、すいません」


 係員に促され、ルーシーは台の上に乗っているガラポンの前に立ち、深呼吸した。そして――


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお! 突然だがこれは『気合いの雄叫び』だっ! 回させていただきますッ!」


「うるせえーっ! 静かにやれよ! そもそもお前、無理があるだろ!」


 思わず耳を塞かなければいけないほどの大音量で叫んだルーシーにツッコミを入れつつ、統哉は続ける。


「いくら昔はチートオブチートだったお前でも、たった一回の福引きで特等賞を引き当てられるわけが……」

「行けェ! やれェッ!」


 統哉の声を遮り、ルーシーはガラポンの柄をガシッと掴むと、全身全霊を込めて回した。ただしちゃんと玉が落ちるようにゆっくりと、絶妙な力加減をして。


 ジャラジャラジャラ…………コトン。


 カランカランカラン!


 そして、祝福の鐘の音が鳴り響いた。


「――お、おめでとうございますっ! 特等賞、温泉旅館二泊三日の宿泊券が当たりましたっ!」


 係員が特等を示すプラチナ色の玉を高々と掲げ、声の限りに叫ぶ。一瞬の静寂の後、周囲から歓声が上がった。


「……っしゃー! イェッス! どーもどーも、皆さんセンキューベリマッチー! ……統哉、やはり切り札は常に私の所に来るようだ! Wasshoi!」


 ルーシーはガッツポーズをしながら見物人に応え、統哉に対しては全身で喜びを表している。


「…………あったよ」


 統哉は呆然としながらそう呟くしかできなかった。

 このゴールドカードって、実際にあったら本当にチート級のシロモノですよね?^^;

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