間章Ⅱ:Part 05 模擬戦(後半)
それから数分後。
「はあ……はあ……」
統哉は肩で息をつきながらも、しっかりとエルゼを見据えていた。
「ふふん。流石の統哉君でも、オールレンジ攻撃はきついかなー?」
腰のサーヴァントを軽く叩きながら、エルゼは明るい口調で話す。
統哉は息を整えつつ、ダメージを分析していた。実際にダメージを受けたわけではないが、魔力の減少や肉体の疲労から彼は大まかなダメージを悟った。
その結果、かなり不利。そしてエルゼにはまだ大したダメージは入っていない。オールレンジ攻撃の恐ろしさを身をもって知った統哉だった。
(……まずいな。たった数分で魔力も体力もほとんど持っていかれたか。オーバートランスを使えばどうにかできるかもしれないけど、あのオールレンジ攻撃の最中にやるのは自殺行為だな。現にやろうとしたら止められたしな)
「どうする? ギブアップする?」
「ぬかせ。まだまだこれからさ」
悪戯っぽく笑うエルゼに、統哉も軽口で返す。
「……あれ? ちょっと待って?」
その時、エルゼが何かに気づいたかのような声を上げた。
「……そういえば今気付いたんだけど、統哉君、あたしの<神器>って何?」
「……え?」
エルゼに言われ、統哉は呆気に取られた声を出した。
ざわ……ざわ……
観客の間からもざわめきが起こり始める。そして統哉はエルゼを見据え――
「……ごめん。忘れてた」
統哉を除く、その場にいた全員がずっこけた。
「ちょっとー! それってひどくない!?」
エルゼが涙目で抗議する。
「ごめん、すぐに出そうと思ったけど最初のゴタゴタですっかり忘れてた」
統哉は素直に頭を下げた。するとエルゼは軽く溜息をつき、
「じゃあ見せてよ。あたしの力が宿った統哉君の<神器>を。待っててあげるから」
彼女の顔は、自分の力が宿った<神器>がどういうものなのかを知りたいという、好奇心と期待に満ちた顔をしていた。
「……わかった。わざわざありがとな」
「どういたしまして」
エルゼの返事を受け、統哉はベルブレイザーを輝石へと戻し、意識を集中させる。やがて彼は輝石の中にエルゼから受け取った魔力を感じ取った。
ふと輝石を見ると、輝石は淡い緑色に輝いていた。統哉の脳裏に新たな<神器>の名前が浮かび上がっていく。
「――エルゼシューターッ!」
統哉が<神器>の名を叫ぶ。
輝石が緑色の輝きを放ち、形を変えていく。
そして、輝きが収まった時、統哉の背には翼のような形をした<神器>があった。
背中には双四角錘の結晶が浮かび、その周囲に四対――八基もの翼のような形状をした攻撃端末が付随していた。
その異様な形状にギャラリーからも驚きの声が上がる。
「あたしのサーヴァントと同じ……!? ……というか何そのドラグーンシステム!?」
エルゼが驚きに満ちた声を漏らす。その一方で、統哉の脳裏にはこの<神器>がどのようなものかという情報が瞬く間に流れ込んできていた。
(……なるほど。この<神器>は八つある攻撃端末『フェザー』っていうのを使って、エルゼのサーヴァントと同じようなオールレンジ攻撃ができるのか。攻撃はフェザーから放たれるビームと、フェザーを直接ぶつける事によって行い、コントロールはイメージする事によって行う……そして、一発一発の威力は低いけど、その分手数はかなり多い……よし!)
新たな<神器>――エルゼシューターの特性を理解し終えた統哉はエルゼに向き直った。
「――待たせたな、エルゼ。これがお前の力が宿った<神器>――エルゼシューターだ」
「どんな<神器>なの?」
真紅の瞳を輝かせ、エルゼが尋ねる。すると統哉は悪戯っぽく笑い、
「それはこれから教えてやるよ」
そう言って、手首のスナップを利かせてエルゼを手招きした。
それを見たエルゼは口笛を吹いた。
「言うじゃない。それじゃあ、確かめさせてもらおうかな!」
叫び、エルゼが動くと同時に、統哉は「エルゼを攻撃しろ」と念じた。すると、八基のフェザーが一斉に分離し、猛スピードでエルゼめがけて襲いかかる。
「……速い!?」
エルゼの瞳が驚愕に見開かれる。直後、八方から放たれたビームがエルゼを攻撃する。一発一発のダメージは低いものの、矢継ぎ早に放たれるビームにエルゼがたじろぐ。
「そ、そんなのあり~!? 端末もビームもあたしのより多いし、しかも正確にコントロールできてる!?」
「自分でもびっくりだよ!」
答えつつ、統哉はエルゼに対して様々な方向からビームを浴びせかける。
「いいな! こりゃ凄いや!」
新しい玩具を手に入れた子供のように笑いながら、統哉はフェザーからビームを放つ。
「……このっ……まだまだぁっ!」
エルゼは叫び、ビームが途切れた一瞬の隙をついて突っ込んでくる。
しかしその時、統哉の姿が消えた。
「……えっ!?」
エルゼは慌てて立ち止まる。
「おーい、こっちだこっち」
声のした方向を見ると、統哉がエルゼの背後に立っていた。
「そんな、どうして!?」
エルゼが信じられないという表情で統哉を見る。すると統哉は背中の双四角錘を示した。
「こいつのおかげさ。どうやらこの物体はフェザーの制御装置であり、俺の魔力を増幅してフェザーに行き渡らせる充電装置、そして――」
すると、統哉の体が信じられない速さで動いた。まるで風に乗っているかのような、軽やかな動きだった。
「エルゼの持つ風の魔力が俺の動きを軽やかにしてくれる力場を作ってくれている。おかげで、俺は自分でもびっくりするぐらいの速さで動けるんだ」
統哉の言葉に、エルゼは感嘆したような溜息を漏らした。
「……凄いよ、統哉君」
それは、純粋な褒め言葉だった。それに対して統哉は静かに首を横へ振る。
「いや。エルゼ達に比べたら俺は素人だよ」
「またまた。謙遜しちゃって」
「本当だよ。堕天使のみんなに比べたら俺なんてまだまだヒヨっ子だよ」
統哉の言葉に、エルゼは首を横に振る。
「ううん。統哉君、君は今までも危ない目に遭ってきたんでしょ? でも、みんなと力を合わせて、そして統哉君自身の力で乗り越えてきたんでしょ? もっと自信を持って!」
「エルゼ……」
「さ、もっと統哉君の力をあたしに見せて!」
屈託なく笑うエルゼに、思わず統哉もつられて笑う。
「……わかった。もっと見せてやるよ!」
統哉は言い終えないうちにフェザーを展開した。
統哉はフェザーを、エルゼはサーヴァントを同時に放ち、ビームの応酬を行う。
ビームは空中で相殺し合うが、統哉の方が手数が多いため、ビームの何発かがエルゼに命中する。
「くっ! でもまだまだ!」
射撃戦では分が悪いと判断したエルゼは格闘戦メインの戦法へ切り替える。
再びエルゼは嵐のような蹴り技を放ち、統哉を圧倒する。だが、統哉も負けてはいない。フェザーに魔力を宿し、フェザーを直接エルゼに向けて放つ。魔力を宿したフェザーは刃となり、エルゼに襲いかかる。
「あははっ! ここまで手強く、楽しいのはいつ以来かな!」
苦境に立たされながらも笑うエルゼに、統哉はどこか暢気な調子で声をかける。
「……楽しそうだな」
その言葉にエルゼは心底楽しいという笑顔を浮かべる。
「うん! 統哉君のような、強い人と戦ってるんだよ!」
エルゼはビームを裏拳で受け流し、突っ込んでくるフェザーをハイキックで弾き飛ばす。
「楽しくならないわけが……ないじゃない!」
そこまで言い終えたエルゼはバックステップでいったん距離を取る。
彼は強い。だから、自分の全力をぶつける。そして、自分の信念を乗せて……蹴り貫く!
そう強く念じて、エルゼは統哉に宣言した。
「行くよ! 統哉君っ!」
エルゼは両拳を打ち合わせ、空高く飛び上がる。エルゼは空中でサーヴァントに宿っている風の魔力を一点に集中させた。
彼女の持つ風の魔力がエルゼの足に集まり、緑色の竜巻を纏う。そして――
「――疾風! ベルゼビュート! キィィィック!!」
上空で身体を高速で横に回転させつつ、よく通るソプラノボイスで叫ぶ。そして、風の魔力を爆発させて一気に加速しながら強烈な跳び蹴りを放った。
それはまさに、竜巻のドリルと呼ぶに相応しかった。
そして、竜巻のドリルが統哉に突き刺さった。轟音と振動。そして立ち上る巨大な粉塵。
戦いを見守っていたルーシー達はすかさず腕で顔を覆う。そして、粉塵が収まって来た頃にそろそろと腕を下ろした。
そこには、道場の真ん中に大きな穴がぽっかりと大きな口を開けていた。そして、その縁にエルゼが立ちつくしていた。
「久々に見たな、エルゼの必殺キック」
ベルが静かな口調で呟く。
「ちょ、ちょっとだいじょーぶ~? とーやくん、流石にまずいんじゃないの~?」
アスカが焦りを滲ませた口調でまくし立てる。
「うーん、流石の統哉さんでもあのキックを受けてはひとたまりもないでしょうね……」
璃遠が顎に手を当てつつ呟く。
「……」
そんな中、ルーシーだけが何も言わず、口元に不敵な笑みを浮かべている。
「ルーシーさん、どうかしたんですか?」
その様子を不審に思った璃遠が尋ねる。
「よく見てごらん。まだ決着はついていないようだぞ?」
そう言って、ルーシーはクレーターを指さす。それにつられて、一同がクレーターの方へ目を向けると、思わずあっと声を上げた。
「……うん、やっぱり統哉君凄いよ。って言うか、それ盾にもできたんだ」
クレーターの縁から、エルゼが底を見下ろして呟く。その視線の先には、フェザーを噛み合わせるようにする事で体の前面を防御していた統哉の姿があった。
「いや、今のは正直言って、かなりギリギリだったぞ? ……いてて、駄目元でフェザーを使って盾を張った上に、コートがあったとはいえ、今のは結構派手にやられたな」
「でもあたし、本気で打ち込んだんだよ? これで終わらせる! って気持ちで。でも統哉君、ギリギリでもこうやって向き合ってる」
「ああ。正直言って体力も魔力も限界だよ。多分、次の攻撃が最後になりそうだ」
「奇遇だね。あたしももうギリギリだもん。うん、決着つけよっか」
「ああ」
統哉はエルゼシューターの力場を利用して軽く飛び上がり、クレーターの外へ戻った。
「さあ、決着をつけようか……来い!」
「上等っ!」
そして、エルゼは再び高く飛び上がった。再び、あの竜巻を纏ったキックの体勢だ。エルゼにとってはシンプルイズベストで、自分にとって最大の力で統哉に応えられる技だ。
ならば、自分もそうするまでだ。統哉は腹を決めた。
「――さて、エルゼシューター。お前の本気、見せてもらうぞ?」
統哉は呟き、ありったけの魔力を全身に、エルゼシューターに行き渡らせ、オーバートランスを発動させる。
見る見るうちに黒髪が銀髪へと変わり、瞳孔が縦に裂け、瞳が金色に染まっていく。
「さあ、統哉君の本気の本気、見せてよね! あたしも、全力の全力で応えるから!」
空中からエルゼの楽しそうな声が届く。
統哉は心の中でもちろんだと答えた。
エルゼシューターはイメージによって複雑な攻撃機動、及びパターンを作り出す事ができる。だが統哉はそれを完全に捨てる戦術をとった。
すなわち、単純明快、初志貫徹、シンプルイズベスト。ごちゃごちゃと小難しい事をかなぐり捨てた、原初の戦術。
それが統哉とエルゼシューターにとって最適かつ最速の攻撃を繰り出す。
エルゼを、眼前の敵を、速く撃ち抜くというイメージの元に。
「――行っけえぇぇぇっ!」
統哉は叫び、八基のフェザーを一斉に射出した。それも、てんでバラバラに。
適当というわけではない。ただ、「眼前の敵を速く撃ち抜く」という真っ直ぐなイメージが攻撃に反映されているだけだ。
そして統哉は体の内側から沸き上がってくる力と共に叫んだ。
「タービュランス!」
直後、凄まじいスピードによって、道場内を暴風が駆け抜ける。
統哉によって大幅に増幅、強化された風の魔力を纏った四基のフェザーはそれ自体が刃となり、槍と化していた。
そして、残り四基は死角であろうがなかろうが関係なしに、目まぐるしく移動しつつあらゆる角度からビームを放つ。
人の、いや、堕天使の目にも留まらぬ速さでフェザーは飛び回り、エルゼを攻撃する。見る見るうちにサーヴァントは悉く破壊され、エルゼが纏うアーマーも斬り裂かれ、撃ち抜かれていく。それはまさに、荒れ狂い、吹き荒び、その軌道を読む事が難しい「乱気流」の名に相応しかった。
そして――
「嘘……!」
道場全体を覆い尽くすほどの幾筋もの閃光が、アーマー、サーヴァントを破壊されたエルゼの心と体に、「敗北」の二文字を刻み込んだ。
それをエルゼが自覚するよりも早く、戦う力が尽きたエルゼの姿が元のジャージ姿に戻り、その体は猛スピードで床へと墜ちていく。
「――危ない!」
ルーシーが叫ぶ。
だが、それよりも早く統哉がエルゼシューターの機動性を活かして落下地点に回り込み、エルゼの体をそっと抱き止めた。お姫様抱っこという形で。
受け止めたと同時に、統哉のオーバートランスが解除された。銀髪が元の黒髪に、瞳が元の黒い瞳に戻っていく。
「……ふぅ、危なかった」
エルゼを無事だった事を確かめた統哉は溜息をつく。そして、エルゼの顔を見る。
すると、エルゼは疲れを漂わせながらも、清々しい表情をしていた。
「……あーあ、負けちゃった。でも、久しぶりに、本当にいい戦いができてよかった!」
「……いや、俺の方こそいい経験になったよ。ありがとな」
統哉はエルゼに礼を言った。そして――
「「ナイスファイト」」
どちらともなくそう言って、拳を軽く打ち合わせた。
「ブラボー! おお……ブラボー!」
直後、戦いの決着を見届けたルーシーが立ち上がり、手を叩きながら喝采を送る。
「素晴らしい! どうやらその<神器>はオーバートランスを行う事によってただでさえ向上したスピードをさらに高めてくれるらしい! ……でも、欲を言えば赤く光ればなおよかったけど。『トラなんとか!』みたいな感じで」
「何の話だ」
呆れた口調で統哉が答える。
「それよりとーやくん、エルゼはだいじょーぶ~?」
「……あ」
アスカに言われ、そこでようやく統哉はお姫様抱っこという形で抱き止めているエルゼの様子に気付く。すると――
「……統哉君、結構積極的」
頬を赤らめ、心なしか統哉から視線を逸らすエルゼの姿があった。
「待て待て! 何を誤解しているか知らんけどこれは不可抗力だからな!? みんな、今のはどう見ても不可抗力だよな!?」
統哉はエルゼを床に下ろしつつ、ギャラリーに助けを求める。
「若さ故の過ちというものか……仕方ないね」
「安心しろ。セクハラは重罪だが、罪が軽くなるようにベルが全力で弁護してやる」
「とーやくん、差し入れ持っていったげるよ~? トロルチョコ半年分とか~」
「統哉さん、地獄の沙汰も金次第ですよ?」
統哉に救いはなかった。むしろ差し伸べられた手を握った際、手に画鋲がびっしり刺さったようなやるせなさに襲われた。
「また俺を弄り倒したいのか! あんた達はーっ!?」
統哉は思い切り頭を抱えた。
「さて、統哉を存分に弄った所で、彼のさらなる力も見せてもらった事だし……」
「だな」
「やりますか~」
ルーシーの一言で、ベルとアスカが立ち上がる。
「「「私達も、存分に死合いますか!」」」
「待てお前ら! 文字がおかしいぞ!」
疲れているにもかかわらず、統哉の甲高いツッコミが入った。
その日は一日中、模擬戦が繰り広げられたのだった――。




