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間章Ⅱ:Part 04 模擬戦(前半)

「――さあ、行くよ!」


 エルゼは一声叫ぶと、何やら特撮ヒーロー――それもキックが得意技であるバイク乗りがするようなポーズをとった。


「……はい?」


 思いがけないエルゼの動きに、統哉の動きが止まる。

 そして、エルゼは静かながらも圧倒的な存在感を持った口調で宣言した。


「――変身!」


 エルゼの体に淡い緑色をした蜂の巣状の光条が走り、それは数を増しながらエルゼの体を包み込んでいく。やがて、光条が解けるように消えていくと、そこには――


「――チェンジ・ベルゼブブ!」


 特撮ヒーローのような戦闘スーツに身を包んだ細身の異形が立っていた。

 黒色のボディスーツを下地に、肩や胸などを磨き上げられた暗い藍色の装甲で包んでいる。両腕には鈍色に光る頑強そうなスパイク付きの篭手、両足にはこれまた膝や爪先にスパイクが付いた頑強そうなブーツを装備している。腰にはご丁寧にベルトが巻かれており、メカニカルな蠅らしき意匠が施されたバックルがベルトに装着されている。

 頭部は変身ヒーローらしく、フルフェイスタイプのヘルメット。目に当たる部分は昆虫の複眼のような意匠が施されており、燃えるように赤く光っている。額の部分には昆虫の触角を思わせる鋭いアンテナがついている。背中からは妖精の持つ羽のような、薄く虹色に光る羽が二対生えていた。もっとも、一対の羽にはドクロが描かれており、妖精らしさなど一欠片もなかったが。

 首には真紅のロングマフラーが巻かれており、風もないのになびいている。


(……え? 何これ? コスプレ? ヒーローショー?)


 統哉は突然の出来事にぽかんと口を開けたまま固まっている。おかげで輝石からどの<神器>を呼び出そうとしていたのかすっかり忘れてしまった。

 色々な意味で度肝を抜かれた統哉だったが、特に目を引いたのは、腰の側面から後方までを覆う、六基の平らな楔型をした物体だった。一見するとスカートアーマーの一種かと思われたが、統哉はすぐに違うと直感した。何故なら、その物体はエルゼの周囲に浮遊する形で付随していたからだ。


「……あ、ヘルメットは重たいからいらなかった、てへ♪」


 そう言ってエルゼはヘルメットに手をかざす。するとヘルメットは緑色の光条となり、霧散した。


(だったら最初からヘルメットまで装着しなきゃいいだろ……)


 開いた口が塞がらない統哉は心の中でツッコんでおく。

 ヘルメットを取ったエルゼはふぅと息をつき、宣言した。


「これが私の戦闘スタイル――甲虫装機インゼクター・ベルゼブブッ! ……いや、今は甲虫装機・エルゼッ!」


 ポーズを決め、自信満々に言い切るエルゼ。


「…………」


 統哉はなおも口を開けたまま突っ立っている。


「どうしたの? 構えないの?」


 突っ立ったままの統哉を訝しげに思ったのか、エルゼが首を傾げる。その言葉を聞き、統哉はようやく我に返った。


「……エルゼ、ちょっといいかな?」

「なーに?」

「何、その格好?」


 その言葉を聞くや否や、エルゼはよくぞ聞いてくれましたとばかりに胸を張った。


「なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け! というわけで、説明しちゃおう!」

「手短になー」

「このスーツは軽さと強度を両立した金属、ミスリルで作られてるの! 生半可な攻撃なんか効かないよー! それをあたしの魔力でいつでも展開・分解できるように調整した、あたし専用の戦闘スーツなんだ!」

「そりゃ凄いや。でもさ、どうして見た目が、その、キックが得意そうなバイク乗りっぽいんだ?」

「え? だってあたし、この手の特撮ヒーロー好きだもん。ルーシーがかつて地上から持ち帰ってきた特撮ヒーローのDVDを見せてもらった瞬間、あたしは心奪われちゃった。だからこの戦闘スーツも、そのヒーローをモチーフにして、ルーシーと一緒に独自に改良を加えたんだよ!」

「やっぱりお前のせいかよ!」


 統哉はすかさず観戦しているルーシーを睨む。同時にルーシーは思いきり目を逸らし、ぴーひゃらぴーと口笛を吹き始めた。


「……全く、ルーシーと地上文化の影響受けすぎだろ」


 統哉が呆れた口調で一人ごちる。


「まあね♪ でもそれがいい!」


 あっけらかんとしたエルゼの声に、統哉は肩を竦めるしかなかった。


「やれやれ。じゃあ、気を取り直して」

「ん、どうぞどうぞ」


 お互いに軽口を叩いた後、統哉は改めて輝石に意識を集中し、一対の<神器>――ルシフェリオンを呼び出し、構えた。

 統哉は自然体で構え、エルゼは足を肩幅まで開き、体から力を抜いた姿勢で立っている。


(……どう見ても、徒手空拳だよな)


 相手の構えから戦闘スタイルを分析した統哉もルシフェリオンを構え、いつでも飛び出せるよう神経を研ぎ澄ませる。

 相手は真正面から突っ込んでくる気満々だ。ならば、こちらも小細工なし、真正面からやってやる。統哉はそう考えていた。

 両者とも、今か今かと飛び出すタイミングを計っている。その場を支配するのは、全身を駆け抜ける緊張感だった。


「――けぽ」


 それを破ったのは、アスカがジュースを飲んだ後に発した、なんとも間抜けなゲップの音だった。

 それを合図に、二人は同時に板の間を蹴った。

 両者共、驚異的な足捌きで走り、相手に向かって突進する。


「はっ!」

「せいっ!」


 二人は同時に叫び、エルゼはすらりとした足を、統哉は手にした刃を、互いの全力をもって叩き込もうと振るう。

 鋼と<神器>は真っ向からぶつかり合い、火花を散らす。膠着状態になった両者は同時に飛び退いて距離を離した。


(……エルゼの蹴り、重いな……! 暴走していた時ほどじゃないけど、いい蹴りだ……!)


 びりびりと痺れる手を意識しながら、統哉は心の中で呟く。ブーツの強度もあるだろうが、エルゼ本人が持つ、強靱な体のバネと足腰から放たれた蹴りが、元々の威力の大きさを物語っている。


(……くーっ! 統哉君ってば結構できるなー! 今の太刀筋、体重、タイミング共に最高じゃない!)


 ブーツの中で響く、斬撃の衝撃を感じながら、エルゼは思わず笑みをこぼす。だが一方、<天士>として覚醒してからこの短期間でここまでの強さを手に入れた事に驚きを隠せなかった。


「まだまだ行くよ!」


 楽しそうな声を上げたエルゼは床を蹴り、統哉との距離を一気に詰める。そして――


「サイクロン!」


 飛び上がりながらのハイキック、さらにその勢いを生かした踵落とし、


「ハリケーン!」


 さらに体を回転させながら蹴り下ろし、


「テンペスト!」


 そしてトドメとばかりに高速連続蹴りが統哉に襲いかかる。


(なんて蹴り技のレパートリーだ……!)


 天変地異を思わせるほどの蹴りを必死に防ぎ、回避する統哉は驚くばかりだった。


「トルネード!」


 そのまま逆立ちの姿勢から高速回転蹴りを放つ。

 統哉は必死にガードしていたが、怒濤の蹴りによってガードを崩され、数発の蹴りを食らう結果となってしまった。


「カポエラも使うって言ったはずだけど!」

「初耳だよ!」


 何とか体勢を立て直しつつ、統哉はツッコむ。同時に統哉は、エルゼの蹴りは鈍器にもなり、槍にもなり、それ以上に、状況に応じてあらゆる武器になりうる、彼女にぴったりの武器であると直感した。


「そりゃーっ!」


 今度はエルゼが力強く足元を蹴り、勢いよく統哉に飛び蹴りを放つ。床すれすれを滑るように、真っ向から突っ込んでくる。

 統哉は瞬時にタイミングを見計らって、エルゼの懐に飛び込むために動く。蹴りが当たるか当たらないか、ギリギリのタイミングだ。


「――胴!」


 統哉は矢のような蹴りを気にせず、全力で刃を右から横薙ぎに一閃する。

 だが、その刃はエルゼに届くことはなかった。


「甘いよっ!」


 エルゼは統哉の手前で急に動きを止め、目にも留まらぬ動作で体勢を変えると空中から強烈な回し蹴りを放った。この間、一秒にも満たなかった。

 一閃を空振りした統哉の脇腹に、エルゼの回し蹴りが直撃する。


「……ぐ……っ!?」


 統哉は信じられないという表情で吹き飛ばされ、背中から壁に激突、壁に蜘蛛の巣状の亀裂を作る。


「くっ……」


 統哉の口の中に鉄の味が広がる。だが倒れている暇はなかった。何故なら、エルゼが追い打ちとばかりに統哉の元へ突撃してきていたからだ。


(――速い!)


 回避は間に合わない。そう直感した統哉はルシフェリオンを分解、ベルブレイザーに変更。すかさず火炎弾を放ってエルゼを牽制する。


「……わっととと!」


 突進してきていたエルゼが慌ててバック転で回避行動をとる。放たれた火炎弾が床に直撃し、穴と焦げ跡を作る。その隙に統哉は壁から抜け出し、床に降り立って体勢を立て直す。

 だがエルゼも甘くはない。統哉が床に降り立ったのを見るや否や、再び猛スピードで突っ込んでくる。

 直後、統哉の頭部を狙ったハイキックが放たれる。統哉はそれを上体を反らせて回避する。

 しかしエルゼは外れたハイキックを踵落としとして振り降ろし、統哉は咄嗟に後方へ転がってかわす。

 今度は統哉がベルブレイザーを横に振るう。しかしエルゼは後方へ大きく飛び上がって回避する。


「セイヤーーッ!」


 裂帛の気合と共に、エルゼが天井ギリギリからの強烈な跳び蹴りを放つ。

 それを見た統哉は後方へ飛び退いてかわす。直後、エルゼの蹴りが床を貫き、大きな粉塵が巻き起こる。


「ふんすっ!」


 かけ声と共にエルゼは足を引き抜き、統哉へ肉薄する。

 統哉はベルブレイザーを構え、火炎弾を放つ。

 エルゼは腕で火炎弾を防ぎ、バックステップで距離を離す。そして、感嘆したような溜息をついた。


「やるなぁ、統哉君。遠距離攻撃が苦手なあたしに対して射撃で攻めるって、そういうのあると思うよー。でも」


 いったん言葉を切り、エルゼは続けた。


「あたしだって遠距離攻撃ができるんだよ? ……まあ、射撃は苦手なんだけどな……四の五の言ってられないかー」


 エルゼは頭を軽くかきつつ呟くと、腰を軽く落とした。


「インパルス……シュート!」


 エルゼが叫ぶと同時に、その場で強烈な回し蹴りが放たれた。

 その動きを見た統哉は疑念を感じた。


(あの距離から回し蹴りをしても届くはずがない……なら、何が来る?)


 その時、統哉は気がついた。エルゼのブーツに、淡い緑色の魔力がまとわりついていた事に。


(まずい!)


 危険を察知した統哉は反射的に横へ飛んだ。その直後、背後の壁から轟音が響いた。見ると、先ほどまで統哉が立っていた場所の後ろの壁には、深い横一文字の傷が刻まれていた。


「……真空波か」

「ビンゴ」


 足を下ろしたエルゼがニッと笑う。


「あたしが持つ風の魔力のちょっとした応用だよ。今度はこれならどう……かなっ!」


 再びその場で回し蹴り。さらにワンテンポ遅らせて軽く跳躍した上で、空中で再び回し蹴りを放つ。

 時間差で放たれた二つの真空波が統哉に襲いかかる。彼は横に避けて回避する事を放棄せざるを得なかった。あの真空波は統哉が避けた後の隙を狙って放たれたものである事は明らかだった。


「くっ!」


 統哉は一発目を横に転がって回避する。だが、すぐに二発目の真空波が襲い来る。それに対して統哉は――


「はあああっ!」


 正面に構えていたベルブレイザーを高く掲げ、上段から全力で打ち込んだ。同時に、金属が激しくぶつかり合う音が響いた。

 直後、統哉の背後で二つの炸裂音が響いた。音のした箇所には鋭い切り傷が刻まれていた。

 そう、二発目は避けられないと判断した統哉は、真空波にベルブレイザーを真っ向から打ち込む事でそれを断ち切ったのだ。


「嘘……!」


 まさかそんな回避方法を取られるとは思っていなかったエルゼは純粋に驚いていた。

 ただ防御するのではなく、攻撃を打ち消す事で自分へのダメージを無効化し、さらに自分が進む道を文字通り切り開いた・・・・・事に。そして、それを当然のように判断し、やってのけた統哉に対して。

 そんなエルゼへ、統哉は間髪入れずに突撃、袈裟斬りを放つ。


「――はっ!」


 我に返ったエルゼは咄嗟に腕で袈裟斬りを防ぐが、体重と勢いが十分に乗った一撃はエルゼの体を後方へ吹き飛ばすのに十分だった。


「――くうっ! ここまで楽しい模擬戦なんていつ以来かな! でもね統哉君、まだまだこれからだよ!」


 エルゼは叫び、魔力を放出した。

 すると、例の平らな楔型をした物体が六基共、音もなく分離してエルゼの周囲に展開した。


(何だ?)


 統哉は胸騒ぎを感じた。直感が逃げろと警告する。だが、どう逃げる?


(ええい、ままよ!)


 統哉は咄嗟に後方へ大きく飛び退く。そして――


「GO!」


 エルゼが叫ぶと同時に、六基の物体が一斉に統哉めがけて淡い緑色のビームを放った。


「うおっ!?」


 ビームが足下を射抜いたのを見ると同時に、統哉は慌ててさらに横へ飛んでビームを回避する。外れたビームは床を穿ち、小さな穴を開けた。


「……ありゃ、避けられちゃった。でも統哉君、ビックリしたでしょ?」


 物体を腰に呼び戻し、エルゼは自慢げに鼻を鳴らす。


「……ああ。あれか? オールレンジ攻撃ってやつか?」


 統哉が軽く息をつきながら尋ねる。

 オールレンジ攻撃。

 それは複数遠隔誘導攻撃端末を用いた、ビームなどによって敵を全方位から攻撃する攻撃方法である。

 一対多数ならばそれぞれに攻撃可能で、かつ一対一ならばあらゆる方向から攻撃されるため、防ぐ事は困難とされる。ただし、扱うには熟練した技能や空間認識能力云々が必要とされるため、扱う者は限られている。

 以上、かつて読んだ事があるロボットもののエンサイクロペディアより。


「へえ、知ってるんだ」

「まあ、あいつの影響でな」


 統哉がルーシーを親指で示す。それを見たエルゼは続ける。


「ルーシーのアドバイスのおかげで、あたしの戦術もぐっと進歩したしね! ルーシー、ありがとねー!」

「またお前の影響かよ! そしてエルゼ! 特撮ヒーローにロボット……あいつの趣味の影響受けすぎだろ!」


 統哉は即座にルーシーに手を振るエルゼ、そしてルーシーへツッコんだ。


「「それほどでもない」」

「二人共褒めてねーから!」

「さーて、それじゃ続けようか統哉君!」

「またいきなりだな! ツッコミが追いつかねえよ!」


 まくし立てる統哉をよそにエルゼはスッと右腕を上げ――、


「えーと……エアッドだったっけ? いや、ファングだったかなー?」

「自分の武器なのに名前忘れてんのかよっ!」


 統哉がツッコむ。するとエルゼは何かを思い出したかのようにポンと手を打った。


「――ああ、思い出した……」


 そして、エルゼは上げていた腕を横に振って、


下僕サーヴァント! GO!」


 攻撃端末――サーヴァントを一斉に放った。




「……あー、思い出した。そういえばエルゼは調査や偵察などで、蠅を使役するのが得意だったっけ。故に彼女は戦いの際も蠅を使役して戦っていたが、どうも攻撃力や耐久力などに難があってな。どうすればいいかを私に聞いてきたのだが、その時ちょうど私が見ていたロボットアニメのDVDからヒントを得て、一晩で作り上げたんだったな……どうして蠅からあんな風になったのかはわからんが」


 ポップコーンを頬張りつつ、暢気な口調でルーシーは一人ごちた。彼女の視線の先では、統哉が必死に様々な角度から放たれるビームをベルブレイザーで防ぎ、かわしている。


「……しかし、あのオールレンジ攻撃に統哉が耐えられるかな?」


 ベルが呟く。


「それもそうだが、『あの事』に統哉が気がつくかな? ふむ……」


 ルーシーは顎に手をやり、戦いの行方を見守る事にした。

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