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間章Ⅱ:Part 03 しちたいざいの エルゼが しょうぶをしかけてきた!

 時刻は朝十時過ぎ。

 統哉は三〇メートル四方の広さはある、板の間の道場のような場所に立っていた。ご丁寧に、床の間や掛け軸まである。


(……はて、どうしてこうなった)


 腑に落ちないという表情で統哉は軽く首を傾げた。


「統哉くーん! あたしは全力全開で行くから、統哉君も全力全開で来てねー!」


 その原因は、朝に見かけた紺に白いラインが入ったジャージという格好をして、目の前で気合十分で、かつ心底楽しそうな表情を浮かべている女性――エルゼにあった。

 一体何がどうしてこうなったのか。それは、一時間ほど前に遡る――。




「……統哉君、あたしと戦ってくれないかな?」


 唐突に、エルゼはそんな事を言った。奇妙な沈黙が部屋を支配する。


「……待て待て、どうしてそんなどこぞの戦闘民族っぽい発想に行き着くんだ」


 顔に「なんで?」という文字を浮かべた統哉がエルゼに尋ねる。するとエルゼはあっけらかんとした様子で、


「だって、統哉君って興味が尽きないんだもん」

「興味が尽きない?」


 統哉の声に、エルゼは行儀のよいハムスターのようにこくん、と頷いた。


「うん。統哉君ってばあたしを含む七大罪の半分以上を侍らせているし」

「侍らせてないからな」


 すかさず訂正する統哉。


「しかも、一人だけにしかできないはずの契約を四人分結んでるし」

「まあな。自分でも不思議に思うけど」

「それに、みんなと一緒だったとはいえ、暴走していたあたしを止めるほどの力。本当に面白いよー」

「そりゃどうも。でも、どうしてそれがエルゼと戦う事に繋がるんだよ?」


 するとエルゼはしばし考え込み、


「うーん、あたしの趣味かな?」


 あまりにも簡単な理由に、統哉は思わずずっこけそうになった。


「趣味?」

「うん。あたし、体を動かすのが好きでしょ? それが高じて、天界にいた頃は色々な天使達と模擬戦やってたんだ。地上に降りた後は人間達の戦闘教官も務めてた事もあるし」

「はあ」

「で、統哉君はたくさんの<神器>を使えるでしょ? だから、一体どんな戦い方をするのかなーって思ったら、なんだかわくわくしてきちゃって、我慢できなくなっちゃって! だから統哉君、あたしと戦ってほしいな!」


 統哉はしばらく考え込んでいたが、やがて溜息を一つつき、頷いた。


「……ツッコみたい所は色々あるけど。わかった、その勝負受けるよ」


 勝負する事を承諾すると、エルゼは満面の笑みを浮かべた。


「やった! 統哉君ありがとう!」

「でも、やるにしてもどこでやるんだよ?」


 統哉がそこまで言った、まさにその時だった。


「話は聞かせてもらった!」


 高らかに響くソプラノボイスと共に、いきなり部屋のドアがバンと開く。そして、ルーシーを先頭にした堕天使達が部屋に押し寄せてきた。というか、今までずっと立ち聞きしていたのだろうか、この駄天使達は。


「二人共、実に面白そうな話をしているじゃないか! だが、私達抜きで抜け駆けしようとするのはいただけないな! なあ、二人共?」


 ルーシーの声にベルとアスカがそうだそうだと同調する。それを見たエルゼが頭をぽりぽりとかいた。


「ごめんごめん。ちゃんとみんなに相談すべきだったね」

「ちょっと待て」

「もー、わたし達に言ってくれればちゃんと準備してあげたのに~」

「水臭いぞ、エルゼ」

「待て」

「ごめんね、アスカ、ベル」

「おーい」


 統哉の必死の呼びかけも空しく、話はどんどん進んでいく。


「さて、そうと決まれば早速準備といこうか――璃遠!」


 何故かルーシーが璃遠の名を呼ぶ。すると――


「やはりそういう事でしたか!」

「うわっ!?」


 統哉は突然の出来事に思わずのけぞるほど驚いた。

 視線の先にはいきなり部屋の片隅にあったクローゼットのドアがバンと開き、そこから悪魔アバドン――璃遠が現れ、統哉達の元へ早歩きで接近し、話に加わった。


「り、璃遠さん? どうしてここに? と言うか、どうしてそこから出てくるんです?」


 慌てふためく統哉を無視して、璃遠はルーシーと言葉を交わす。


「何とかしてよ、あぽりおーん」

「ルーシーさん、私は未来の世界の猫型ロボットではありませんよ? まあそれはともかく、お話は聞かせていただきました。早速準備いたしましょう」

「ああ、よろしく頼む」

「それでは皆さん、店の方へどうぞ」


 璃遠は軽い足取りで入り口のドアから店に通じるドアへと向かっていく。


「乗り込めー」

「「「おー」」」


 ルーシーを先頭に、堕天使達も部屋を後にする。後には統哉が一人ぽつんと残された。


(ああ、結局そういうオチなのか……)


 統哉の中に、何とも言えない空しさがこみ上げてきた。うん、俺はもうこういう事には慣れてきてる。慣れてきてるんだと、自分に言い聞かせる。


「統哉くーん! 早く早くー!」

「……へいへい」


 エルゼに呼ばれた統哉は大きな溜息をつき、部屋を後にした。自分の意志や都合なんて完全に無視されているという理不尽さを握り拳の中に秘めながら。

 それから統哉は別室で体操服を思わせる身軽な服装に着替え、いや、正確に言うと着替えさせられ、さらにその上から防御面に優れているケルベロスコートを羽織る。それが完了すると璃遠によって何もない大部屋に案内された。

 そこに到着するや否や、璃遠は指をパチンと鳴らした。 次の瞬間、統哉は以前に感じた自分の足下が底なし沼のように沈んでいく感覚に襲われ、気がつくと統哉達はこの道場のような空間に立っていたのだ。

 璃遠曰く、実戦訓練用の部屋らしい。設定を細かく行う事によって、畳張りの道場から天使の<結界>を想定した広大なフィールドまで、自由自在に設定できるらしい。本当に何でもありだな、と統哉は素直に感嘆した。

 その後エルゼに促されて、一緒に軽くウォーミングアップを行った。

 そして、現在に至る。




(……完全に、状況に流されまくってるな、俺)


 自嘲気味に考える統哉。

 あれよあれよと流されまくって、気がついたらご覧の有様だよという展開である。


「さあ、それじゃ早速やろっか!」

「うん、やるのは構わないんだけどさ」

「どうかしたの?」

「さっきから気になってたんだが、あいつら一体何やってんの?」


 そう言って、統哉は道場の奥を指さす。

 そこには、璃遠と堕天使達が座り込んでいた。ご丁寧にそれぞれがポップコーンとジュースを持って。映画館か。


「みんな、是非とも間近で見学したいって」

「見学……?」


 目を細めて統哉は見物人を見やる。どう見ても映画館で話題の新作映画が始まるのを今か今かと心待ちにしている観客達です。本当にありがとうございました。


(……どう見てもあいつら、この状況を楽しんでやがる……!)


 統哉は思わず拳を握り締めた。


「では、そろそろ始めましょうか。二人共、準備をお願いします」

「押忍ッ!」

「はい、璃遠さん。ちょっといいですか?」


 気合十分に返事をするエルゼに対し、統哉が呆れ顔で手を挙げ、疑問を投げかける。


「はい、統哉さん」

「一体どうしてこうなったのか、色々と異議ありなんですが」

「却下します」

「待て!」


 統哉の疑問は一蹴された。


「統哉君統哉君、疑問なんて体を動かしていたら吹っ飛んじゃうよー!」


 エルゼが軽快なフットワークで反復横飛びをしながら呼びかける。

「そう簡単にいくか! こっちは疑問だらけだよ!」

「統哉、それは気のせいだ」

「いや、気のせいじゃないぞ!? というかベル、そんな頬を緩めた状態でそんな事を言っても説得力ないぞ! つーかルーシー、本当にやりあっていいのか!?」


 まくしたてる統哉に、ルーシーはにやにやしながら答える。


「まあ、ぶっちゃけると私達も君とエルゼを手合わせてみたかったからな。君の成長具合を確かめる意味でもな」

「ベルも同意見だ。何せ、エルゼは七大罪の中でもなかなかのバトルマニアだからな。おそらく統哉への好奇心と戦闘欲が抑えきれなくなったんだろう」

「えるえる、昔はよく言ってたもんね~。『あたしより強い奴に会いに行きたい』って~」


 堕天使達は暢気に談笑している。それを聞いた統哉は全てを察した。


(……ああなるほど、そういう事かい。俺がどれだけ強くなったのかを確かめるためと、自分達の好奇心を満たすためにその機会を窺っていたと。で、エルゼからグッドタイミングと言わんばかりに話が持ち上がったから、じゃあやっちゃおうと。そうかそうか)


 統哉の中で、様々なものがストンと胸の内に落ちた。

 統哉の都合をはじめ、色々と完全無視なのが引っかかるが、もう慣れてしまった。本当に、慣れとは恐ろしいものであると、統哉は一人納得していた。


(とにかく、こうなったらやるしかないか。一度承諾したわけだし、それはちゃんと守らないと)

「ま、そういう事だ。私としても、この何週間の間に君がどれだけ腕を上げたか気になるんだよ。今日はそれを存分に見せてくれ。期待してるからな?」


 金色の目を輝かせ、楽しそうな口振りで話すルーシーに、統哉は肩を竦めてみせた。


「……ま、ご期待に添えられるかどうかは分からんが、やるだけやってみるよ。あ、そうだ璃遠さん。いくつか確認させて下さい」

「はい、どうぞ」

「勝敗はどうやって決めるんですか?」

「どちらかが戦闘不能になった段階で決着です。私のジャッジ、もしくはギブアップによります」

「思い切り暴れてもいいんですよね?」

「はい、この空間は魔法で構成された空間ですが、重力や物理法則、その他諸々は通常通りです。ただし今回は模擬戦なので、大きなダメージを受けた際、身体に重大な影響を及ぼさない程度に軽減する結界を張ってあります。ただし、衝撃等はそのまま伝わるので気をつけて下さい」

「なんだ、君も結構乗り気じゃないか」


 にやにやと笑うルーシーに、統哉も思わずつられて笑う。


「一応な。模擬戦なんだからルールは確認しておかないと」

「模擬戦とはいえ、簡単にはいかないぞ。最初に言っておく。彼女はかーなーり、強い」


 楽しそうな笑みを深めたルーシーを見て、統哉は気を引き締めた。


(笑っちゃいるけど、口調はマジだ。模擬戦とはいえ、実際の戦闘と同じ感覚でいかないといけないな)

「わかりました。質問は以上です」

「もし、怪我をしても私の所で製造・販売している医療セットで治療できますので、どうぞ、怪我上等で戦って下さいね♪」

「できればそこまでの怪我は勘弁してほしいですけどね」

「統哉、骨は拾ってあげるから安心してくれ」

「縁起悪い事言うな。さて……」


 ルーシーとの会話が終わると同時に、空気が変わった。そこにあるのは、道場独特の空気と、板の間から薫る、檜の香り。そして、戦いの臭い。

 それを感じながら、統哉自身も気持ちを切り替える。力は抜きつつ、いつでも最大の力を発揮できる、戦いの気持ちへ。

 そして統哉は眼前に立つ相手に視線を移す。


「もう、大丈夫かな?」


 自分の方に向き直った統哉を見て、エルゼは笑顔で呼びかける。


「ああ、待たせて悪かった。やるからには俺も全力で行かせてもらうぞ」


 統哉も吹っ切れたような笑顔で応えた。


「うん、そうこなっくちゃ♪」


 エルゼは屈託のない笑顔を見せると、足を肩幅よりも軽く開き、体の力を抜いた。それは見方によってはスタートダッシュの姿勢に見えた。


「さあ」

「いざ」


 そして、この戦いの始まりを同時に叫ぶ。


「――勝負だっ!」


 統哉は胸の刻印から輝石を呼び出し、エルゼは自分の体に魔力を漲らせる。

 こうして、統哉とエルゼの模擬戦は始まった。結果がどうなるか、それはまだ誰もわからない。

 ただ、ここにいる誰もが、どちらが勝ったとしても、この戦いがとても面白くなるという予感はしていた。

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