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Chapter 5:Epilogue

 彼女は夢を見ていた。

 いや、それは走馬灯だったのかもしれない。

 彼女は魔力の枯渇によりその力が暴走、異形の化け物へと変じ、同胞に、そして意気投合した青年に襲いかかった。

 その末に彼女は彼らの手によって打ち倒され、その身を消滅させようとしていた。

 ならばせめて、最期は彼らの手によって散りたい。彼女はそう懇願した。だが――


「――ふざけんなよ!」


 そんな自分を青年は一喝したのだ。


「もう目の前で誰かを失うなんて、俺は嫌だ! それが、友達の友達だったらなおさらだろっ!」


 その言葉は、薄れゆく彼女の意識にハンマーをぶち当てたような衝撃を与えた。さらに彼は言葉を投げかける。


「お前はまだ生きたいか!? 生きて、まだ食った事のない美味いものを食ってみたいと思わないか!?」


 その言葉に、彼女に僅かながら活力が戻った。そして、無意識のうちに唇が動き、その願いを口にした。

 生きたい、と。

 それを見た青年は、信じられない行動を起こしたのだ。彼自信の魔力を、自分に向けて注ぎだしたのだ。

 それは、あまりにも無謀な行動。下手をすれば、魔力と共に自分の生命力まで失われてしまうというのに。

 だが本能は正直で、彼から与えられた上質な魔力を凄まじい勢いで吸収していく。魔力が満ちていく感覚が彼女を満たしていく。魔力がみるみるうちに漲っていくのを感じながらも、それとは正反対に魔力を失っていく青年に対してやめてほしいという気持ちが彼女の中に沸き起こった。

 だがその時、流れ込んでくる魔力の量が大きく増した。そこで彼女は、三人の同胞がもてる魔力を自分のために惜しげもなく与えてくれている事を知った。魔力と共に、戻ってこい、みんながお前の事を待っている、という彼らの思いが伝わってくる。それが彼女にはとても嬉しかった。

 そして何よりも、彼女は同胞に慕われている青年の事をもっと知りたいと思った。彼女にとって、このような感覚――異性の人間に対してこのような気持ちを抱くのは初めてだった。


 彼女は今、どうしようもなくときめいていた。


(……何だか……カッコいいな……あたし、もっと君の事が知りたいな……)


 そう思った瞬間、急速に意識が目覚めていった。




「……う……」


 どこからか差し込む光を感じ、彼女は目を覚ました。


「…………ベルゼブブ、気がついたか?」


 視界の外からひょっこりと、真紅の髪をツインテールに束ねた小柄な少女が自分の顔を覗き込んでくる。

 そして、彼女――ベルゼブブの思考は急激に覚醒していった。


「…………ってヤバイ! あたし人生、いや天使生振り返っちゃってる! 走馬灯だよ走馬灯! これは腹ペコで死んだんだ! 死んでしまう! ハッ! でもあたし死んでる! 死んでるのに死んでるって? 死んでるのに死ぬってどういう事? 『です』と『DEATH』!? ですとDEATHで死んでしまうんでーす!」

「だああもうっ! うるさーいっ!」


 ごっ。


「うう゛ぁーっ!?」


 真紅の少女が躊躇いもなく拳骨をベルゼブブの脳天に叩き込んだ。


「おいベルゼブブ! お前ちょっとは黙れよ頼むから!」


 必死に懇願する真紅の少女。その姿を見て、ベルゼブブは目の前の少女が誰なのかを思いだした。


「……ベリアル?」


 その言葉に、少女――ベリアルは嘆息した。


「その通り、ベリアルだ。まあ今はわけあって『ベル』と名乗っているがな。ところで、気分はどうだ?」

「……うん、何とか大丈夫」


 ベルゼブブは頭を軽く横に振り、気持ちを落ち着かせた。そして、改めて状況を確認してみる。

 自分はベッドに寝ていて、窓からは日光が燦々と降り注いでいる。

 自分が寝ているベッド脇に置かれた時計に目をやると、午後一時を回ったところだった。

 さらにじっくりと周囲を見渡す。ベッドやタンス、小さい棚以外の物がない、殺風景な部屋だった。


「……ここは?」

「ベル達が滞在させてもらっている家の一室だ。それと、服は着替えさせてもらったぞ」

「えっ」


 慌ててベルゼブブは自分の格好を見てみる。そこでベルゼブブは自分がワイシャツ一枚という格好でベッドに寝かされている事に気付いたのだった。ベルゼブブはすかさず尋ねる。


「……このシャツは?」

「統哉のだよ。全く、ルーシーといいお前といい、ごく自然に統哉のシャツを寝間着代わりにして羨ましい限りだ……そうだ、今度洗濯に出された統哉のシャツを借りパクして……でゅふふ」

「……ベリアル? さっきからブツブツと、どうかしたの?」


 何やら邪悪な考えを巡らせているベルの様子を訝しく思ったベルゼブブが声をかける。


「……ハッ!? べべべ別にベルは何も言っていないぞ!? そうとも、ベルは何も言っていない。いいな?」

「……アッハイ」


 ベルに気圧され、ベルゼブブは黙らざるを得なかった。だが、彼女の心臓は早鐘を打っていた。「彼」の名前を聞いた瞬間からだ。

 統哉――八神統哉。出会ったばかりの自分と意気投合した青年。自分が喰らおうとしていた青年。そして、自分を命懸けで助けてくれた青年――。


「おお、ベルゼブブ、気がついたか?」

「やっほー、えるえる久しぶり~」


 その時、凛とした声と、やたら気の抜けた声が耳朶を打ち、ベルゼブブは声のした方向に目を向ける。

 そこには、長い銀髪とアホ毛が特徴の少女――ルシフェルと、桃色の髪の毛に、身に纏ったゆるい雰囲気が特徴の女性――アスモデウスの姿があった。立て続けに揃った同胞の姿に、ベルゼブブは目を見開いた。


「ルシフェル! アスモデウス! どうしてここに!?」


 その言葉にルーシーは微笑む。


「まあ、話せば長くなるけどな。昨夜、あれから私達は君の容態が安定したのを確認した後、君を家に連れて帰った。まあ、魔力を大量に消費したために家に帰ってからすぐさまバタンキューだったけどな」


 ルーシーの言葉に、ベルゼブブは何度か神妙に頷いた。


「……うん、あたしの方も何とか思い出せてきた。あたしは天使達を喰らいながら、とても強い反応があった地下へと向かっていたんだ。そして、一番奥で守護天使と戦い、それを……うん、食べちゃった」

「君の話から察するに、戦った守護天使はガブリエルだな。神のメッセンジャーであり、放たれる声は強力な超音波となって敵を打ち砕く……のだが、君はそれを物ともせずにとって食ったと。それも<欠片>もろとも」

「……ううぅ、ごめん。そういえばその<欠片>はあれからどうなったの?」

「心配するな。あれから君の体から分離したよ。紫色の<欠片>――<基盤>の<欠片>だった。私は<欠片>を吸収し、魔力を回復した。おかげで、統哉をはじめ、ベルとアスカも早く回復できた。で、それから休んでいたというわけさ」

「そうなんだ……ところでルシフェル、統哉君はどこ? いや、そもそもどうしてみんなここにいるわけ? わからない事だらけだよー!?」

「まあ落ち着け。これからかいつまんで説明するからさ」


 それからルーシーは今までの出来事を簡潔に説明した。自分が統哉と出会い、契約を交わした事。二人の元にベルとアスカがやってきた事。統哉には堕天使に好かれる力がある事。そして、失われた力を取り戻すために協力して<欠片>を集めている事などを話した。


「……そして統哉は今、買い物に出かけているよ。そろそろ帰ってくる頃だと思うが……」


 ルーシーがそう言った矢先。


「ただいまー」


 下の階から統哉の声が聞こえた。


「噂をすれば、だな。早速統哉を呼んでこよう。彼は君の事をやたら心配していたからな」


 そう言ってルーシーは部屋を出ていった。


「あっ」


 ベルゼブブは何か一言かけようとしたが、それよりも早くルーシーは部屋を出て行ってしまった。

 しばらくして、ルーシーは統哉を連れて戻ってきた。


「ベルゼブブ、目が覚めたんだな……よかった」


 統哉はベルゼブブが起きあがっているのを見て、安堵の表情を浮かべた。だがベルゼブブは目を逸らし、俯いてしまった。

 だがしばらくするとベルゼブブは滑るような動きでベッドから降り――


「――本当に! 申し訳ありませんでした!」


 叫ぶや否や、ベルゼブブは床に手をつき、頭を床に半ば叩きつけるような勢いで下げた。いわゆる土下座の姿勢である。統哉は最初驚いていたが、やがて穏やかな口調でベルゼブブに語りかけた。


「顔を上げてくれよ、ベルゼブブ」

「……でも! あたしは統哉君やみんなに!」

「大丈夫だ」


 そっと諭すような口調で統哉はベルゼブブの肩に手を置いた。


「大丈夫だ、ベルゼブブ。みんながお前を助けるために全力を尽くしただけだ。そして、みんな生きてる。ベルゼブブもな」


 その言葉に、ベルゼブブははっと顔を上げた。その目尻は涙で濡れていた。


「だから、お前が気に病む事はないんだ。な?」


 統哉の言葉に同調するように、堕天使達も頷く。


「……ありがとう」


 声を震わせながら、ベルゼブブは感謝の言葉を口にした。その時――


 ぐうぅぅぅ~。


 ベルゼブブの腹の虫が盛大に鳴いた。


「……ぷっ」


 思わず統哉の口から笑いがこぼれた。


「……ベルゼブブ、せっかくいい話だったのに台無しじゃないか……ぷくくっ」


 笑いを抑えきれない様子でルーシーが呟いた。ベルゼブブは顔を真っ赤にして反論する。


「……だ、だって、安心したら急にお腹空いちゃったんだもん! 生理現象だからどうしようもないもん!」


 その言葉に統哉は軽く溜息をついた。


「……わかった。暑い時に悪いけど、お粥ならすぐに作れるぞ?」

「う、うん」


 頬を赤らめたベルゼブブが頷いたのを見て、統哉はキッチンへ向かおうと踵を返す。


「あっ! ちょっと待って!」

「ん?」


 その背にベルゼブブの声がかかり、統哉は振り返った。見ると、ベルゼブブは何やら頬を赤らめながらチラチラと統哉の方を見ている。


「……どうしたんだ?」


 統哉は穏やかな口調で尋ねてみた。しばらくの間の後、ベルゼブブはゆっくりと口を開いた。


「あのね、統哉君、えっと、その……」


 しばらくの逡巡の後、ベルゼブブは意を決して口を開いた。


「――あたし、お粥よりおじやが食べたい! 最低でもどんぶり一杯分!」


 ガタタッ!

 堕天使達が一斉にずっこけた。


「……はいはい」


 統哉は苦笑して、キッチンへと向かっていった。



 それからしばらくして。


(――どうしてこうなった?)


 統哉は首を傾げつつ、おじやをすくったれんげをふーふーしながらベルゼブブの口元へ持っていく。


「あーん……もぐもぐ」


 ベルゼブブは差し出されたれんげにぱくつき、ゆっくりと噛みながら飲み込んでいく。


「……何で新キャラがここまでいいとこ取りしてるんすかねぇ……?」

「あざといな、流石ベルゼブブあざとい」

「ぐぬぬ~」


 その後方では堕天使達がジト目でそのやりとりを見守っていた。

 あれから統哉はベルゼブブの要望通り、おじやを作って彼女の元へ持って行ったのだが、食べるために姿勢を正した所まだ本調子ではなかったのかバランスを崩してしまったため、統哉達は急いでベルゼブブを抱えてベッドに寝かせた。

 幸いベルゼブブに食欲はあったので、統哉は彼女の体を起こして食べてもらう事にしたのだが、何故かベルゼブブは手を付けようとしない。


「どうした? 食欲が湧かないか?」


 その様子を不審に思った統哉が彼女に尋ねてみると――


「あ、あのね統哉君? えっと……」


 ベルゼブブは何やらもじもじとしていたが、やがて思い切ったように口を開き――


「……た、食べさせてほしいかなーって……」


 そんなとんでもない事を宣った。


「……へ?」




 それから統哉は場の流れからベルゼブブにおじやを食べさせる羽目になっていた。正直、背後から刺さる堕天使の視線が痛い。


(しかし――)


 ふーふーして食べさせる事数回。統哉はふと考える。

 それはまるで――


(餌付け……?)


 そんな単語が思わず浮かんでしまい、頭を数度横に振ってその考えを振り払う。


「ん? 統哉君、どうしたの?」

「い、いや、何でもない……ほら」

「あーん」

(……何だかなぁ)


 今の状況に苦笑しながらも、統哉はベルゼブブにおじやを食べさせ続けた。




「ごちそうさまでしたっ!」


 ベルゼブブにおじやをふーふーしながら食べさせるというご褒美とも罰ゲームとも言える時間が過ぎ、彼女はどんぶりいっぱいに盛られたおじやを食べ終え、柏手を打つように手を合わせた。そして食後のお茶を飲み干した時、統哉は切り出した。


「でさ、これからお前はどうするんだ?」

「えっ?」


 統哉に尋ねられ、ベルゼブブは面食らったような表情をする。


「そういえば、ベルゼブブってどこか行く所があるのか?」

「いや、ないけど……」

「うん、ちょうどいいや。さっきみんなと話したんだけど、よかったらウチに住んじゃえよ。ウチにはこいつらが生活している居住空間があるし」

「で、でも、そしたらみんなに迷惑が……」

「大丈夫。こいつらの方が迷惑かけまくってるし」

「「「ひどっ!?」」」


 堕天使三人が一斉に悲鳴を上げるが統哉は気にしない。


「それに、まだ提案があるんだ。ルーシー、説明してくれ」

「ああ」


 統哉に促され、ルーシーは口を開いた。


「ベルゼブブ、君さえよければ統哉と契約したらどうだ?」

「えっ?」


 ルーシーの思いがけない言葉にベルゼブブは目を丸くする。


「彼と契約すれば、彼の持つ質のいい魔力が供給されるし、彼には<神器>が増える。まさにギブアンドテイクだ。何より、統哉と一緒にいると退屈しないぞ?」

「おいおい、お前らに振り回される俺の身にもなってくれよ」

「えー? とか何とか言って、君も満更ではなくなっているだろう?」

「う……まあ、な」

「……」


 そんな統哉達のやりとりをぽかんとした様子で見ていたベルゼブブだったが、やがてその顔に笑みが浮かべた。そして、彼女は宣言した。


「……わかった。あたし、統哉君と契約する! 確かに退屈しなさそうだし!」

「そうこなくっちゃ~」


 アスカが嬉しさを全面に押し出した口調で笑う。


「不束者ですが、よろしくお願いします!」


 バイタリティに満ち溢れた声で、ベルゼブブは深々と頭を下げた。


「よし、話は決まったな。ところで、ベルゼブブにつける名前は決まっているのかな? かな?」


 瞳を輝かせながらルーシーが統哉に尋ねる。統哉は自信ありげに頷く。


「ああ。買い物に出かけている間に考えた。ベルゼブブの綴り、『Beelzebub』から、『elze』を抜き出して、『エルゼ』とする。で、風の魔力を持っている事から、風はラテン語で『ヴェントゥス』っていうのが語呂がよさそうだから、それを合わせて『エルゼ・ヴェントゥス』ってどうかな?」


 ベルゼブブはしばらく考え込んでいたが、やがてにっこりと笑った。そこには初めて見た時と同じ、人懐っこい笑顔があった。


「エルゼ・ヴェントゥス……うん、いい名前だね! よし! 今日からあたしの名前はエルゼ・ヴェントゥスだ! 統哉君、素敵な名前ありがとう! よし、統哉君、早速契約しよう! 右手を出して!」


 統哉は言われた通りに右手を差し出す。するとベルゼブブも右手を差し出し、二人はがしっと握手を交わす。

 さらに角度を変えて、もう一度握手を交わす。

 お互いに拳を握り、上、下と打ち合わせる。そして――


「今日から、ダチだ!」


 ベルゼブブが宣言すると、二人の体が淡い緑色の光に包まれた。

 こうして、統哉とベルゼブブ――エルゼ・ヴェントゥスとの間に契約が交わされ、友情が結ばれたのであった――。

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