Chapter 5:Part 05 先客
祝! 50話!
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統哉達は三十分ほどかけて歩き、市街地近くに建つコンサートホール前に到着した。運悪く最後の市電を逃してしまったため、統哉達は徒歩で市街地へ出向かなければならなかったからだ。
そして、コンサートホールに近付くや否や、統哉達は異界に飲み込まれた。
目の前には、石造りの巨大な建造物がそびえ立っている。
「ルーシー、<欠片>はどこにあるんだ?」
統哉の問いに、ルーシーは自分の足下を指差した。
「ずっと地下だ。結構深い」
「よし、それじゃ行こうか」
「あ、ちょっと待った」
入り口の扉を開けようと足を踏み出した統哉はルーシーに呼び止められた。何やらルーシーは統哉の周囲を観察するかのように回り、しげしげと眺めている。
「……何だよ?」
長々と見回され、居心地の悪さを感じた統哉がルーシーに声をかけた。
「いや、そのコートが気になってね」
ルーシーの言葉通り、統哉は以前璃遠から新製品のモニターにと受け取った、魔獣ケルベロスの毛皮でできた、漆黒のノースリーブロングコートを羽織っていた。
軽くて頑丈、強靱でかつ、魔術加工も施されており、暑い場所では涼しく、寒い場所では暖かくと、場所に応じて周辺温度を至適温度にする調整が施されているスグレモノだ。
「……うーん、やはりよく似合っている。黒は男を引き立てる色だとパン屋のおかみさんが語っていただけあるな」
ルーシーが満足そうに頷く。
「それは女だろ。それよりも、早く行こうぜ? 終電逃したせいでいつもよりも時間が短くなっているんだろ?」
「ああ。それに、色々とケリをつけなきゃいけないしな。統哉今夜現れた天使共は、別に、全て倒してしまっても構わんのだろう?」
「このベルがチリ一つ残さず、消滅させてやる……」
「みなごろし~、きるぜむおーる~」
堕天使達は早く中に入りたくてうずうずしている。どうやら全員本気で勝ちに行くようだ。友情破壊ゲーム、恐るべし。
「……まあ、ほどほどに頼むぞ。派手にやりすぎた挙句、天井崩して生き埋めとか勘弁だからな」
「わかってるって」
あっけらかんとした口調で、ルーシーは前へと進み出る。
「――ゲーム・スタート」
ルーシーはそう呟き、扉を押し開けた。
統哉達がコンサートホールの<結界>に突入してから三十分後。
「……妙だな」
「……妙ですな」
「……妙すぎる」
「みょ~ん」
神秘的な文様が多く刻まれた、フロアを貫く大黒柱を眺めながら、統哉、ルーシー、ベル、アスカの順に、口々に妙だと呟く。
彼らは順調に地下深くへと進んでいた。いや、正確に言えば順調に進みすぎていた。何故なら――
「天使が全くいない……? どうなってんだ?」
訝しげな表情で統哉が呟く。
「……ああ。それどころか、天使の気配を全く感じない。これは一体どういう事なんだ……?」
ルーシーも真剣な表情で頷く。かと思いきや――
「うっおー! くっあー! ざけんじゃねーっ! くそう、これじゃ経験値も資金ももらえないし、何より気力が上がらない! おまけに誰が天使をどれだけ倒すかという勝負が全然成り立たないじゃないか!」
ルーシーが激昂する。
「落ち着け」
ごっ。
拳骨。
「……凄く落ち着いた」
頭を押さえたルーシーが呻く。
「本当にどういう事だよ、これは? 何かの罠か?」
統哉の言葉に、ルーシーは顎に手を当てて考え込む。
「……うーむ、天使の気配はおろか、私達四人以外、一切の魔力を感じない。<結界>が張られている上、<欠片>の気配まで感じるというのに、天使が一体も出てこないというのは、はっきり言って異常だ。前例がない」
「じゃあ、今の所可能性が一番高い原因。これはどう考える?」
その問いに、ルーシーは真剣な表情で口を開いた。
「……忍者が出てきて天使共を殲滅させたのかもしれん。それも、二回行動プラス連続行動、計四回行動というインチキくさいスペックでアイエエエエエエエエエエッ!?」
「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」
ルーシーの脳天に拳骨を落とし、統哉は溜息を吐き出した。
「じょ、冗談だよ……場を和ませようとしただけさ……」
「空気読めよ! で? 本当の所はどうなんだよ?」
その言葉に、ルーシーは首を横に振った。
「わからない。ただ一つわかる事は、先に進むしかないという事だな。この状況が罠だったとしても、わざわざ向こうから手招きしてくれるんだったら好都合じゃないか」
「……確かに、それしかないようだな」
「だね~」
ベルとアスカも賛同した。
「よし、先を急ごう」
統哉の言葉で、一行は探索を再開した。
「……何だよ、これ……」
もう何度目かの階段を下りた統哉は、目の前の光景に思わず呆然と呟いた。後からやってきた堕天使達も言葉を失う。
一行の目の前には、嵐が過ぎ去った後であるかのような、ボロボロになった広間が広がっていた。
「私達より先に何者かが来て、ドンパチかましたのか……?」
「待って待って、これってドンパチってレベルじゃないよ~!」
ルーシーの呟きに、アスカが不安を隠せていない口調で返す。
アスカの言う通り、下層部はとてつもなく荒れ果てていた。壁には鋭い爪で引き裂いたような跡や大きな穴がぽっかりと口を開けていた。床にも大きな亀裂や爆発の跡が残っていた。
通路に点在している柱も、ホール中央に存在する大黒柱以外はほとんどが破壊されていた。
「これは何かヤバイな。みんな、ここは先に進む前に一旦この辺りを調べて原因を突き止めた方がいいんじゃないか?」
統哉の言葉に、堕天使達は頷いた。
「じゃあわたしはこっちを調べよーっと。るーるー、べるべる、ついてこないでね~」
「では、ベルは向こうを調べるとしよう。ルーシー、アスカ、ついてくるなよ」
口々に言い、アスカは左、ベルは右へ歩いていった。後には統哉とルーシーが残された。
「……で? お前はどこを調べるんだよ? ちなみに俺はこの辺りを調べるけど」
「……えーと」
そしてルーシーは開き直ったかのように宣言した。
「せ、せっかくだから私は、このまままっすぐ進んだ所を調べるぜ!」
「いいから早く行け」
統哉にしっしっと手を振られ、ルーシーはそそくさと広間の奥へと歩いていった。
「一体、どういう事なんだ……?」
呟き、統哉も辺りの探索を始めた。
それからしばらくして。
「……だめだな、全然わからないや」
回廊の一角に膝をつき、破壊された床を調べていた統哉は溜息をついた。
自分なりに調査を進めていた統哉だったが、お手上げだった。ただ、とてつもない力であちこちを破壊されたという事しかわからなかった。
「……そろそろ、あいつらの方も何か進展があったかもしれないな」
統哉は立ち上がって、広間の奥へと進んでいった。
しばらく歩いていると、統哉は柱の残骸を調べているアスカに遭遇した。アスカは統哉の姿に気付くと、声をかけてきた。
「あ、とーやくん」
「アスカ、何かわかったか?」
統哉の質問にアスカは頷いた。
「うん、わたしは柱を調べていたんだけどね、これだけでも色々な事がわかったんだ~」
そう言ってアスカは柱の残骸の側へと歩み寄り、統哉もその後へ続く。
「まずね、柱の断面。なんだか力づくでボカーンって壊されている物が多いけど、いくつか違う壊され方をされているのがあるんだ~。ほら、そこの二本」
アスカに促され、統哉はその破壊された二本の柱の残骸を調べる。
「……何だ、これ?」
それぞれの柱の残骸を調べた統哉はその奇妙さに思わず呟いた。
一本の柱はまるで鋭利な刃物で切り裂かれたかのように綺麗な断面を晒した状態で破壊されていたが、もう一本の柱は奇妙な破壊の跡が残っていた。一言で言うと、柱の内部から、強引に捻じ切ったような跡。それが統哉の抱いた感想だった。
「どうやったらこんな壊し方ができるんだ……?」
首を傾げる統哉をよそに、アスカは目を細めた。
「……すごく弱いけど、魔力が感じられるね~。これは~……風の魔力みたい」
「風?」
統哉の疑問に、アスカは言葉を続けた。
「風の魔力に、この柱の壊され方……真空波に、竜巻かな~? 真空波でズバッと、竜巻でゴリュアって感じで~」
「そんな事ができる堕天使がいるのか?」
「うーん、風を操る力を持つ堕天使や悪魔って結構多いからね~。誰がやったのかをすぐに判断するのは難しいな~」
「そうか……」
「わたしはもう少しこの辺を調べてるね~。何かわかったらまた教えるよ~」
「わかった。頼むぞ、アスカ」
「りょーかーい」
気の抜けた動作で敬礼してみせるアスカを残し、統哉はさらに回廊を調べる事にした。
「……それにしてもひどいな、これ……ん?」
徹底的といっていいほど破壊された壁や床を調べながら通路を進んでいると、今度は壁に開けられた大穴を調べているベルに遭遇した。
「ベル、そっちはどうだ?」
「統哉か。いきなり一つ尋ねるが、お前はこの壁の穴をどう見る?」
「どう見る、って言われても……」
突然投げかけられた質問に、統哉はたじろぎつつも壁の穴を観察してみる。
穴は数人が優に通れそうなほど広く、穴の向こうには先が全く見えない闇が広がっている。どう考えても、落ちたら文字通りの奈落の底へご案内だろう。
「うーん……俺には馬鹿デカい穴にしか見えないなぁ。ベル、この穴がどうかしたのか?」
溜息と共にお手上げというジェスチャーをする統哉。するとベルは静かに言葉を紡いだ。
「統哉、穴の縁を見てみろ」
「穴の縁……? あっ!」
ベルに促され、統哉は穴の縁を観察する。そして、ある事に気付いて声を上げた。
「この穴の縁、全くヒビが入っていない!」
ベルが同意するように頷く。
「そうだ。大穴を開けたにしては、やけにその跡が綺麗すぎる」
そしてベルは穴の縁を手でなぞって調べる。
「……この穴、強力なパワーと精密な動作によって開けられているな。ドリルとかそんな工具のようなものを用いたわけではなさそうだ……もっとこう、シンプルなもの……徒手空拳、いや、レーザーか……?」
「……とりあえず、俺はもう少し辺りを調べるよ。何かわかったらまた教えてくれ」
「ああ……うーん、これは……」
何やらぶつぶつと呟きながら穴を調べるベルを残し、統哉はさらに調査を続ける事にした。
「……一体どうして、ここまで徹底的に破壊する必要があったんだ?」
ただでさえわからない事が多いのに、ベルとアスカの話を聞いた事でさらに疑問が深まった統哉は瓦礫に足を取られないように注意して歩きながら呟いた。
「ああ、統哉、何かわかったかい?」
壁の陰から顔を出したルーシーに尋ねられ、統哉はベルとアスカから聞いた意見を中心に調査結果を報告した。
「なるほどね……」
統哉の話を聞き、ルーシーは神妙に頷いた。
「私の方でもわかった事がある。少なくともここでは戦闘があった」
「何だって?」
「私の調査によると、戦闘の痕跡が確かにあった。だが、どうも腑に落ちない事がある」
「何だよ?」
「天使は倒された後、多少なりとも魔力の残滓が残っているはずなんだ。だが、それが全くない。まるで、残さず吸収されたかのようなんだ」
「吸収された……?」
ルーシーの言葉に、統哉は首を傾げるだけだった。
「……ひとまず、みんなを集めようか」
「そうだな。情報を整理しよう」
統哉の言葉に、ルーシーは頷いた。
それから統哉は全員を集めて情報整理を行っていた。
「……で、みんなの情報を総合すると……この異常事態を引き起こしたかもしれない奴は、風の魔力を持っていて、レーザーみたいなものを撃てる奴、で、天使の魔力を吸収できる奴か……」
そこまで言うと、堕天使達は押し黙った。おそらく、同胞の中で該当する者を探しているのだろう。
「……だめだな。まだはっきりしない」
ルーシーが呟く。ベルとアスカも首を横に振る。
「……仕方ない、今は先に進むしかないな」
そう呟き、統哉は先に続く階段へ向かった。
さらに地下へと進んだ統哉達は言葉を失った。
目の前には、一直線に壁を破壊された跡と、階段まで続く道ができていた。
「……何だよ、これ……さっきよりも形振り構わずって感じじゃないか」
統哉が呆然と呟く。先程までの破壊の跡の方がまだまともに思えるくらい、目の前の惨状は凄まじかった。
「……しかし、この壁の壊され方、まるで蹴破られたような……」
ルーシーがそこまで呟いた時、彼女は何かを思い出したかのようにハッとした表情を浮かべた。同時に、ベルとアスカも同じ表情をした。
「……どうしたんだよ、みんな?」
怪訝な顔をした統哉に、ルーシーは告げた。
「――統哉、この異常事態を引き起こした者の正体がわかったよ」
「何だって? 一体誰が――」
統哉が言葉を続けようとしたその時、一行の耳にこの世のものとは思えない断末魔が響き渡った。堕天使達の表情に緊張が走る。
「――まずい! 急がないと!」
ルーシーは一言叫び、走り出した。それを見たベルとアスカもお互いに頷き合って後へ続く。先程までのいがみ合いがまるで嘘のようだと統哉は思った。
「とーやくん! 何してるの!? 急いで~!」
アスカに声をかけられ、統哉も慌てて後へ続いた。
「なあ、一体何がまずいんだよ!?」
堕天使達の横に並んだ統哉が尋ねる。
「いいから走れ! 今は説明している時間すら惜しい!」
「!?」
ベルに一括され、統哉は押し黙った。何が起きているかはわからないが、まずい状況である事は確実だ。
そう考えた統哉は堕天使達と同じように、ただひたすら走り続けた。
一行は一直線に破壊された跡を駆け抜け、階段を駆け降る事を繰り返し、最下層までたどり着いた。
目の前にそびえ立つ大黒柱の根本には、大きな扉がついていたが、それをベルの火球で吹き飛ばし、内部へ突入。その中にあった螺旋階段を半ば飛び越しながら駆け降り、その果てにあったこれまた大きな扉をルーシーが強烈な飛び蹴りで蹴破った。
中は円形のステージといった雰囲気で、うっすらとした光に満ちていた。そして、ステージの中央に立つ人影。
すると、人影が統哉達に気付き、振り返った。
「――あ、統哉君♪ また会ったねー」
そこには、背が高く、暗い藍色に近い黒のショートヘアに白い肌、血のように紅い瞳を持った女性が立っていた。その姿に、統哉は驚きを隠せなかった。その傍らで、三人の堕天使も驚愕に目を見開いている。
「お前は……」
統哉が重い口を開く。どうして、お前が、ここに。そう言葉を発そうとしても、口は動かなかった。
統哉の目の前に立っていたのは、尋常ではない紅い光を瞳に宿した、あの女性フードファイター(仮)だった。
「――あれ? それに、ルシフェルにベリアル、アスモデウスまで……どうしたの、みんな統哉君の知り合いなの?」
堕天使達に向かって親しげに声をかける女性。その事が、統哉をさらなる混乱へと叩き落とした。
まさか、この女性も堕天使なのか? でも、あの時彼女からは魔力を感じなかった。一体どういう事なのか? 統哉の脳裏を疑問がよぎったその時――
「――ベルゼブブ」
ルーシーの驚愕に満ちた呟きが、ホールに反響した――。




