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Chapter 5:Part 04 幕間

 ルーシーが新たな<欠片>の反応を捉えたその頃、コンサートホール前では。


「……ガ……グ……」


 人とのものとは大きくかけ離れた――許容しがたい呻き声を上げながら、一つの人影が半ば足を引きずるようにコンサートホール前を歩いていた。

 街頭によって微かに照らされた人影からは、ほっそりとしたシルエットしかわからない。


「グ……オ……お……お腹……空いタ……」


 かろうじて発せられた声から、人影は女性であるらしい。だがその声には獣のような唸り声や壊れたスピーカーを通したノイズのようなものが混じっていた。

 人影――いや、「彼女」は幽鬼のように体を左右に揺らしながら必死に歩を進めていた。


「……いよいよ、やばい、かな……あれだけ食べたのに、全然足りないや……せっかく、新しい『世界』に来たっていうのに……」


「彼女」は自嘲気味に笑う。

 数ヶ月前に「この世界」で目覚めた「彼女」は、流れるようにこの地へとたどり着いた。

 しかし、その時にはもう、その体を維持できる力はあまり残っていなかった。自分の中で蠢くある衝動を精神力で抑えつけていたが、いつ限界を迎えてもおかしくなかった。


 そしてそれは今、限界を迎えた。


 彼女がコンサートホールの正面入り口にさしかかった時、女性は力尽きたかのようにその場に倒れた。


「……あ、はは……ここまで、かな……」


 その言葉に力はこもっておらず、女性はゆっくりと目を閉じた。

 あまりにもシンプルで、かつ原始的な欲求――地獄の業火のように身を焦がす、強烈な飢えに心身を苛まれながら。

 喰いたい。くいたい。クイタイ……。

 クイタイクイタイクイタイクイタイクイタイ――!

 ただ一つの欲求が、「彼女」の全てを埋め尽くしていく。


 その時、辺りの空間が大きく震えた。


 コンサートホールを中心に、どんどん周囲の風景が異界の力によって浸食されていく。

 次の瞬間には、コンサートホールの形をした迷宮が目の前にそびえ立っていた。

 そして、どこからともなく砂糖菓子に群がる蟻のように異形の怪物――天使の群れが「彼女」に向かってじりじりと迫る。複数の<天使>、<大天使>、<力天使>からなる部隊だ。

 彼らは自らの聖域へ足を踏み入れた侵入者を排除するために、動かない「彼女」めがけて無慈悲に武器を振り上げる。

 その時、「彼女」の体が雷に打たれたかのようにビクンと動いた。

 その動きに、今まさに「彼女」へ武器を振り下ろそうとした天使達の動きが止まる。

 そして「彼女」は、熟練した芸人が糸で操るマリオネットを思わせるような異様に滑らかな動作で立ち上がった。天使達は動かない。いや、「彼女」の放つあまりにも異様な雰囲気に呑まれ、動けなかった。

「彼女」は焦点の合っていない双眸でぼんやりと周囲を見渡した後、顔を天使達へ向けた。その双眸は血のように紅く、爛々と光っている。それどころか、身に纏う雰囲気がこの世のものとは思えないほどに変わっていた。

 突如変貌した「彼女」の様子に武器を振り下ろそうとした天使達は思わず恐れをなして後ずさった。

「彼女」は焦点の合っていない目で天使の群れをしばらく眺めていたが、やがてその口元に三日月を思わせる笑みを浮かべた。

 だがその笑みは次第に獰猛な――まさに飢えた肉食獣、あるいは捕食者が浮かべるであろう笑みへと変わっていった。その笑みは見る者全てに本能的な恐怖を与えるほど深く、口元は耳に届くまで裂けていた。

 その凄絶な笑みに、天使達は異形の口から恐怖の叫び声を上げた。


「……ウェヒヒヒ♪ 今日は本当にラッキーだなぁ……こんなに天使達が食べ放題なんだもん。あは、あはハハ、アハハハハハハハハハハ!」


 背を反らせ、体を揺らし、場違いなほどに明るい声で「彼女」は哄笑する。

 そして、ひとしきり笑った後、「彼女」は紅の瞳をより一層輝かせて宣言した。


「――さあ、ディナータイムだよ? …………イ・タ・ダ・キ・マ・ス」


 やがて、その場には、絶叫と轟音、鎧と骨が砕ける音、そして肉が引き裂かれる音、そして、聴く者全てにある種の純粋ささえ感じさせるほどの狂笑が響き渡った。

※今回の話は次話との調整の結果、このような短い仕様にさせていただきました。

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