Chapter 5:Part 03 統哉ですが、万魔殿内の雰囲気が最悪です。
「……統哉、いくら何でも見ず知らず、いや、ほんの数回会っただけの女性と意気投合したからといって、私達を放って一人だけ先に昼食をとるのはどうかと思うぞ。人として」
「……すまん」
腕を組んで仁王立ちし、統哉を見下ろすルーシー。そんな不機嫌を全面に押し出している彼女の言葉に統哉は素直に謝った。
時刻は午後三時過ぎ。統哉はリビングで正座して、三人の堕天使に対して頭を下げていた。ルーシーは統哉を見下ろしたまま続ける。
「謝罪の仕方は学んでいるな? まずはお辞儀だ……格式ある儀式は守らねばならん。君の親御さんは礼儀を守れと教えただろう? お辞儀をするのだ!」
「本当にすまん。そしてもうお辞儀してる」
ルーシーにお辞儀と謝罪を強要され、お辞儀をしつつも、ついいつもの癖でツッコミを入れてしまう統哉。
あれから統哉は腹を空かせてダウンしていた堕天使達に昼食を振る舞い、その後に彼女達から自分達を放ってどこで油を売っていたのか、尋問を受けていた。正直、下手をすると尋問がいつ拷問に変わるかわかったものではなかった。
いくら堕天使に対して強気に出られる統哉も、この時ばかりは大人しくしているしか選択肢がなかった。
何せ、統哉の眼前には背後に燃え盛る業炎を背負ったベル、頭上に巨大な雷雲を漂わせているアスカ、そして光と闇の入り交じった混沌の大渦を背負ったルーシーが仁王立ちしているのだ(※ 業火、雷雲、大渦はイメージです)。
そこでふと、統哉はある事に気付いた。
「……でもさ、ルーシーはともかくベルとアスカは料理できるんだろ? だったら自分達で昼飯を作るなりなんなりして食べていればよかったんじゃないか? インスタントラーメンの買い置きはあったのに。もしくは店屋物とかさ」
とりあえず、そう言ってみる。
まあ、女性との会話が弾みまくっていたとはいえ、自宅に連絡一つしなかった自分にも落ち度はあるが、それを言うとさらに自分の立場が危うくなりそうなのでやめておく。
「先に昼食を作るなりしていればよかった……だと……?」
「ひっ!?」
ギロッとルーシーに睨まれ、統哉は思わず蛇に睨まれた蛙のように竦んでしまう。それを見たルーシーはさらに言葉を紡ぐ。
「馬鹿な事を言うな! 君は私達にインスタントラーメンでも食っていろというのか!? 自分じゃ自覚はないだろうけどな、君の作る料理はとんでもなく上手いのだぞ! それを食わずにいられるか! インスタントラーメンや店屋物を食うくらいなら、私達はシェフである君の帰りを待つ!」
「俺はお前らのお抱えシェフじゃねえ!」
スパーン!
「とりこっ!」
ハリセン炸裂。
「でもとーやくん、とーやくんがその会って間もない女の人とそこまで意気投合する事って、一体どんな事かな~? かな~?」
口調は穏やか、表情はいつものニコニコとした笑顔だが、顔には影が差し、頭に怒りマークを浮かべたアスカが尋ねる。
その空恐ろしい表情を見て、統哉は口を開いた。
「……ああ、お互いに知り合いが馬鹿ばっかりやっていて、それで自分がその後始末やフォローをしなきゃいけないという、そんな似た境遇だったから意気投合した」
その瞬間、堕天使達の動きが固まる。そして、ぎこちない動作で、ゆっくりと統哉に顔を向ける。
「私達が……」
「馬鹿ばっかり……」
「やっているって~……?」
何とも言えない沈黙がリビングを支配する。そして――
「「「あァァァんまりだァァアァ~~~~!」」」
大声で駄々っ子のように泣き喚く駄天使達。
「ああもうやかましい! 大声でハモるなーっ!」
スパパパーン!
「えーるっ!」
「そーどっ!」
「らんちゃーっ!」
統哉の三連続ツッコミが炸裂し、堕天使達は安定の奇妙な悲鳴を上げた。
それから時間は経ち、夜七時。
飲食店が多く立ち並ぶ通りを「彼女」はゆっくりと歩いていた。
「彼女」は出店などで手当たり次第に食べ物を買って腹を満たしていたが、それでも「彼女」の飢えは満たされなかった。それどころか、それはさらに勢いを増しており、気を抜いた瞬間に体を突き破って噴出しかねないほどに強まっていた。
「彼女」は精神力を総動員してこれを抑え込んでいたが、いつ限界が訪れてもおかしくはなかった。
「グルルル……」
思わず、飢えた獣が発するような唸り声が口から漏れる。直後、「彼女」は慌てて首を横に振って自らを正気に引き戻す。
(……あ、危ない危ない……でも、いつまで保つかはわからないな……でも、どうにかなるのかな……)
「彼女」は当て所なく、夜の街を歩いていく。
さらに時間は過ぎてその日の夜。時刻は夜十時。
(最悪だ……)
リビングにあるソファーに腰を下ろした統哉は頭を抱えていた。
「……」
「……」
「……」
その側では、三人の堕天使が仲良く睨み合っている。あのアスカでさえも怒りの表情を浮かべている事から、事態はかなりのものだ。
(統哉ですが、万魔殿内の雰囲気が最悪です……)
思わずそんな一文が統哉の脳裏をよぎった。
(……いや、だからウチは万魔殿じゃないしっ! つか何だよ今の一文!?)
セルフツッコミも完備している統哉。
それはともかく、一体どうしてこうなったのか。
それは、夕食が終わった夜八時頃にまで遡る。
三人の堕天使は夕食後にテレビゲームをやる事にした。
この時、統哉は夕食の食器の片付けをしていたのでゲームには参加していなかった。しかし、片付けを終えた統哉がリビングに戻ると、この有様であったのだ。
どうしてこうなったのかと思いつつ、統哉がふとゲーム画面を見ると、そこには、某友情破壊ボードゲームのプレイ画面が表示されていた。
自分が一番になるためには手段を選ばない。
これがこのゲームにおける、絶対遵守の法則である。
画面から察するに、三人は最初それぞれ互いを牽制しながらも和気藹々とゲームを楽しんでいたようだが、ゲームが進むにつれてそれがエスカレートし、しまいには邪魔のしすぎ、されすぎで全員がにっちもさっちもいかない状況にはまりこんでしまったらしい。
で、二時間が経過した今もこの膠着状態は続いていた。正直、端から見ている統哉が一番ストレスを感じていた。
「オーケー、赤と紫は、敵だ」
「お前達、<太陽花火>で焼き尽くすわ……」
「二人とも、原子分解してもいいよね~? 答えは聞いてないけど~」
三人それぞれが物騒な台詞を吐きながらそれぞれを睥睨する。
まさに一触即発な空気。テレビから聞こえてくるその場に不釣り合いなゲームの音楽がさらに神経を逆撫でする。
パン。
だがその空気は、統哉がいつの間にか手にしていたハリセンを自分の手で軽く打つ音でひとまず和らいだ。堕天使達がやけに澄んだその音を聞くや否や背中をビクッとさせ、背筋を伸ばす。条件付けとは恐ろしいものである。
「……でさ、お前らいつまでそうやってるわけ?」
統哉が呆れた口調で尋ねる。
「「「この二人が謝るまで!」」」
三人の声がハモった。どうやら全員何がなんでも自分から折れる気はなさそうだった。
パン。
再びハリセンを鳴らす。即座に堕天使達がビクッと反応する。
「――とりあえず、誰からでもいい。早いとこ謝れ」
統哉が堕天使達を見やり、裁判官よろしく厳かな口調で命令する。
「え~わたし悪くな〜い〜」
「ベルは悪くないぞ」
「私は悪くねえっ!」
三者三様に文句を垂れる堕天使達。こうなったら喧嘩両成敗という事で全員にキッツイハリセンをお見舞いしてやろうかと統哉がハリセンを握り直した時――
「――キマシタワーッ!」
突如、ルーシーが立ち上がって両拳を上へと突き上げた。二本のアホ毛も天を貫かんばかりに直立する。
それを見た統哉はピンときた。
「もしかして……」
「そう。そのもしかしてだよ、統哉。次の<欠片>が現れたようだ。こうしてはおられん、早く準備をしなくては……おいベル、アスカ、何をしている。早く二人も準備してくれ」
慌てて立ち上がり、二人を急かすルーシー。だが二人の口からは、
「だが断る」
「やだ~」
即座に同行を断る言葉が飛び出した。まあ確かに、この険悪なムードでいきなり自分の手伝いをしろと言われて素直に従うのは流石に無理がある。その気持ちはわかる。
「この状況でお前の手伝いをしろだと? 寝言を言うな」
「ざけんなこら~、すっぞこら~」
ボイコット上等のベルとアスカ。統哉はルーシーとの契約の対価のためにどうしても同行するしかないのだが、戦闘力に優れているとはいえ、弱体化しているルーシーと二人だけで<欠片>の奪還に乗り込むのはいくらなんでもまずい。どうしたものか。
ぴきーん。
その時、統哉の脳裏に電球が点るビジョンが浮かび、同時に統哉はあるアイデアを閃いた。もしこれが上手くいけば、この二人を同行させる事ができ、その上三人の仲を修復する事もできる。そう考えた統哉は早速アイデアを実行に移した。
「……じゃあさ、これから向かう<結界>で誰が一番多く天使を倒せるか勝負したらいいんじゃないか?」
統哉が発したその言葉に、堕天使達の目が一斉にキュピーンと光った。
「いいね。実にシンプルで分かりやすく、面白い。まさに私達向けの勝負方法じゃないか……クックック……」
「他の奴らが天使共を弱らせた所にベルがとどめを刺せば……くふふ」
「わたしお得意の範囲攻撃で一網打尽にすれば~……フフフフフ~」
何やら堕天使達の間で様々な思惑が渦巻いているが、作戦は上手くいったようだ。統哉は心の中で「計画通り」と快哉を叫んだ。
「それじゃあ、みんな準備してくれ。ところでルーシー、場所はどこだ?」
場所を尋ねた統哉に、ルーシーはどこか遠くを見るような仕草をし、呟いた。
「――何やら大きな建物だな。そしてその中にこれまた大きなステージが見える……劇場……いや、コンサートホールか……?」
「大きなコンサートホール? それなら確か、セントラル街の近くにあるけど……」
統哉が答える。ルーシーは頷いた。
「よし、場所もわかった事だしすぐに向かうとしよう。ククク……せっかくだから誰が堕天使で一番優れているかを証明するいい機会だ」
邪悪さを感じさせる笑みを浮かべ、ルーシーは動きだした。
統哉も準備をするために立ち上がる。だがその一方で、こいつらこんな調子で大丈夫なんだろうかという不安を抱かずにはいられなかった。
(今夜は長くなりそうだな……)
そう心の内で呟き、それから統哉は大きな溜息をついた。




