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Chapter 5:Part 02 苦労人と苦労人は引かれ合う

 統哉が商店街で謎のフードファイター(仮)に出会ったその翌日。

 時刻は午前十時。

 統哉は一人商店街をぶらぶらと歩いていた。特に目的地があるわけではない。気分転換のための散歩だ。

 その理由は、八神家という名の万魔殿にいるのが落ち着かなかったからだ。


「やれやれ……」


 思わず溜息をつく統哉。今頃八神家ではスタイリッシュに天使を屠るアクションゲームを荒ぶりながらプレイしている「傲慢」に、「罪と罰、SとM、ソドムとゴモラ」というどこから調達したのかわからない、ジャンル不明でかつ胡乱極まりない本を鼻息を荒くして読んでいる「憤怒」、張り子の虎の首を手で軽く動かし、それに会わせて自分の首も動かすという、謎の行動を繰り返す「色欲」が、安定のカオスぶりを遺憾なく発揮している事だろう。今の八神家の状況を一言で言い表すならば、「のどかな地獄絵図」であった。

 まあしばらく歩いてたら、あいつらもほとぼりが冷めるか、飽きるかして大人しくなるだろう。その時を見計らって昼食を作りに戻ろう。統哉はそう考えていた。


(それにしても……)


 商店街を歩いていると、様々な話し声が耳に入ってくる。<天士>となった恩恵により、聴覚まで鋭くなったおかげで遠くからの話し声も聞き取る事ができた。


「昨日の大食い姉ちゃん、凄かったなぁ」

「あれだけの量を、いたって普通の食事のようにぱくぱくと食べてたよねぇ」


 道行く高校生のカップルの声。


「……でも、私が聞いた話だと、昨日の女の子、この辺りで大食いチャレンジをやっている店に片っ端から入っていって、大食いチャレンジを制覇したらしいですよ」

「あらまあ、まるで道場破りね。でも、その子ってマッハの消化器でも持っているのかしら」

「もう、奥さんたら冗談がお上手なんだから」


 井戸端会議に花を咲かせている主婦達。


「そういえば昨日のフードファイターがさ、本屋でこの辺の情報誌――たしかグルメ関連のページだったかな。そこを読みながら涎垂らしてたなぁ。で、雑誌がべしょべしょになったからって本屋の親父にこっぴどく叱られてさ、その雑誌買わされてたよ。あの子、完全に平謝りしてたよ」

「おいおい、雑誌を見て涎を垂らすとか、その嬢ちゃんとんでもない食いしん坊だな。ハハハ」


 隣り合った店の主人同士が交わす会話。

 商店街は昨日のフードファイター――藍色に近い黒髪に紅い瞳を持った女性の噂で持ちきりだった。

 聞いた話を総合すると、あれから彼女はラーメン屋の大食いチャレンジを制覇するだけでは飽きたらず、さらに他の飲食店で大食いチャレンジに挑戦し、ことごとく制覇してしまったらしい。


(もしかすると、案外近くに宿を取っているのかもしれないな)


 ふと、統哉の脳裏にそんな考えがよぎった。




 それからしばらく何も考えずに歩いていると、統哉はいつの間にか商店街を抜け、海を臨む公園までやってきていた。

 だいぶ歩いたな、とひとりごちつつ、ひとまず休憩するために、海を見渡す事ができるベンチに腰を下ろして近くの自販機で買ったジュースを口に運ぶ。

 ジュースで喉を潤し、目を閉じて遠くから響く穏やかな波の音を聞く。涼しい潮風が吹き、統哉の頬をくすぐっていく。

 こうしていると、自分が今、他人の知らないところで天使という怪物と戦っている事を忘れられそうだった。


「平和だなぁ……」


 思わず呟く。束の間であるとはいえ、平穏な時を噛みしめる。

 そうしている事数分。名残惜しいと思いつつ、万魔殿、もとい自宅に戻ろうと統哉が立ち上がった時だった。


「あれ? 確か君、昨日会ったよね?」


「……え?」


 突然背後から声がかけられ、統哉は振り返った。

 そこには、あの暗い藍色に近い黒のショートヘアに白い肌、血のように紅い瞳を持った謎のフードファイターが立っていた。




「ああ、やっぱりそうだ! 君、昨日あのラーメン屋の前にいたよね?」


 そう言いながら、女性は統哉の元へと近付いてきた。


「ああ、そうだけど。それにしても、昨日の大食い、見事なものだったぞ」

「えへへ、どういたしまして」


 統哉の言葉に女性は明るく笑う。

 見ると、女性は昨日とは違い、半袖シャツにジーンズという動きやすい格好をしていた。あの大きなリュックサックを背負っていないところを見ると、どうやら宿かどこかに置いてきているらしい。


「それにしても奇遇だね! こう何回も会うなんて」

「そうだな」


 女性はベンチに腰を下ろした。


「ねえねえ、こうしてまた会ったのも何かの縁だから、少し話さない?」

「ああ、いいよ」


 拒否する理由もないのでそう答えると、女性は心の底から嬉しそうににっこりと笑った。昨日見た時と同じ、見る者に元気を振りまく、屈託のない笑顔だった。

 それに、統哉にしてみればまともな人間と話す事など久しぶりの出来事であった。




 それから二人はしばらくの間、ベンチに腰を下ろして取り留めもない話に花を咲かせていた。

 聞く所によると、彼女は日本人と北欧系のハーフで、特技は料理である事、日本語や日本文化については向こうで勉強したそうだ。

 学校を卒業してから世界の食文化を極めたいと思い、その第一歩にと母方の地である日本にやってきたという。

 本人曰く彼女は大食いである事は自覚しており、他人と違ってすぐに腹が減ってしまうようで、燃費が悪いんだよね、と自嘲気味に笑っていた。

 一方、統哉も相手が外国人であることからつい、自分の家で堕天使(外国人)を預かっている事を話してしまった。

 咄嗟に、彼女達はホームステイでやってきたのはいいが、何かの手違いで自分の家に集中してしまったという設定を言ってみたら、あっさりと信じてくれた。


「……へー、手違いでホームステイの外人さんの面倒を何人も見なきゃいけなくなったんだ」

「まあ、な」


 出会って間もない人間に嘘をつくのは気が引けたが、堕天使がいるなんて話をしても信じてくれるわけがないと割り切る事にした。

 そして、所々ぼかしながら統哉は自分の置かれている現状について簡単に女性に話した。


「――というわけで、もうみんなして好き放題やってくれちゃってさ。おかげで毎日大変だよ」


 話し終えた統哉は大きく溜息をついた。何だか肩の荷が下りた心地ではあるものの、出会って間もない女性にこんな苦労話をしてしまったのは申し訳がなかった。


「ああ、ごめんな。いきなりこんなネガティブな話をしてしまって。それに、俺ばかり長々と話してしまって悪かった」


 すると、統哉の肩にそっと手が置かれた。見ると、女性が統哉の顔を見つめていた。


「――わかる。わかるよ、その気持ちと苦労……!」


 なんと女性は瞳を潤ませながら統哉に共感の意を示したのだ。


「あたしもね、君と同じように周りの友達が好き放題やってくれちゃって、そのフォローに走り回っていた経験があるから、君の気持ちは痛いほどわかるよ……!」


 その言葉と姿に、統哉は大きな衝撃を受けた。


(――まさかこれって、親近感!? もしかして俺達って、似た者同士なのか!?)


 思わずそんな考えが彼の頭をよぎる。そんな事はつゆ知らず、女性はぽつぽつと語り始めた。


「あたしもね、こっちに来る前にいた場所で友達がバカばっかりやっててさー。ある子はいつも超ド級マイペースで何を考えているのかわからないし、またある子は別の友達と喧嘩ばっかりしてたし、で、その喧嘩をふっかけられた子はあたし達のグループでもリーダー格だったんだけど、ある時を境に急激にキャラが変わっちゃって……なんだか日本文化を変な方向でマスターしちゃったと言うか、何と言うか……」


 溜息を一つつき、どこか遠い目をした女性の姿に統哉は何だか胸に熱いものがこみ上げてくる感覚を覚えた。その様子に気付いたらしい女性が統哉に声をかけた。


「……どうしたの?」

「いや、久しぶりにまともに話ができる人、そして似た境遇の人に出会えてちょっと感動してた」

「ううん、あたしも同じ気持ちだよ。本当に嬉しいなぁ。何だかあたし達、気が合いそうだね」


 そして二人は無意識のうちに互いの手を取り合い、


「本当に」

「ありがとう」


 両手で固い握手を交わしたその時――


 くぎゅうぅぅぅ……。


 女性の腹から、何やら可愛らしい音がした。


「……」

「……」


 二人とも、しばし無言で見つめ合う。


「……もしかして、腹が空いてるのか?」


 統哉が苦笑しながら女性に尋ねる。すると女性は頬を染めて、


「……うん」


 正直に頷いた。統哉はふと近くにあった時計を見る。時刻は十一時半を少し回っていた。結構長い事話し込んでいたようだ。


「……どこかで、昼飯でも食うか?」

「うん!」


 統哉の言葉に、女性は笑顔で頷いた。




 そして、二人は近くのファミレスに入った。

 二人は禁煙席に座る事にした。やはり食事はクリーンな空気の元で食べるに限る。二人を案内したウェイトレスが声をかける。


「では、ご注文が決まりましたら、お呼び下さい」

「あ、注文いいですか?」

「はい、どうぞ」


 すると女性は軽く息を吸い込み――


「タン塩カルビハラミ特上骨付きカルビレバ刺しセンマイ刺し特上ハツビビンバクッパワカメサラダ激辛キムチサンチュでサンキューお願いします!」


 朗々と響き渡る声で、そう言った。それも一息で、かつ早口で一言一句間違える事なく。


「…………え?」


 呆然とするウェイトレス。一気に周りの席から視線が殺到する。


「待て待て待て! ここはファミレスだ! 焼肉屋じゃないぞ! 腹が減っているのはわかるけどちゃんとメニューを見て注文しろ!」


 即座に統哉がツッコむ。なぜファミレスで焼肉のメニューを注文するのか。それほどまでに彼女は腹を空かせているのだろうか。

 ウェイトレスはあまりの勢いに固まってしまっている。


「す、すいません! この人、腹が減ってるせいか少し錯乱してまして! ちゃんと注文が決まったら呼びますから!」


 慌ててウェイトレスに謝る統哉。ウェイトレスはどこか呆然としながら店の奥へと戻っていった。


「もう、いきなり何を言い出すんだよ。ほら、これがメニュー。ちゃんと読んで、それから注文しな」


 そう言って統哉がメニューを手渡す。メニューを受け取った女性はメニューをぱらぱらと流し読みし終えて――


「よし、決まった」

「え? もう決まったのか?」


 驚きを隠せない表情で統哉が尋ねる。すると女性は満足そうに頷いた。

 それを見た統哉はテーブルにある呼び出しボタンを押した。すると、先程のウェイトレスが若干ひきつった笑顔を浮かべながらやってきた。


「……え、えーと、ご注文の方はお決まりでしょうか?」


「ライス大盛りステーキパエリアハンバーグオムライスカルボナーラシーフードドリアシーザーサラダチキンステーキミックスピザにギガンテックパフェとドリンクバーで!」


 先程と同じ勢いで注文する女性。ウェイトレスは一瞬気が遠くなりそうになるのを必死に堪えて注文を確認する。


「で、ではご注文を繰り返します……ライス大盛り、ステーキ、スパゲッティミートソース……」


「違います! ライス大盛り、ステーキ、パエリア、ハンバーグ、オムライス、カルボナーラ、シーフードドリア、シーザーサラダ、チキンステーキ、ミックスピザにギガンテックパフェとドリンクバーです!」


 ご丁寧に、区切りながら注文を訂正する女性。ウェイトレスも何とか注文をキッチンに通していく。


「あ、あの、そちらのお客様は?」


 唐突に声をかけられ、統哉は慌てて料理を注文する。


「え? えーと、ハンバーグランチとドリンクバーで」

「はい、かしこまりました。え、えーと、お客様、出来上がった料理から先にお持ちすればいいでしょうか……?」

「はい! どんどんじゃんじゃんばりばりお願いします!」


 元気よく答える女性とは対照的に、ウェイトレスはとても疲れた表情で戻っていった。




 それから――

 女性は最初に運ばれてきたハンバーグにフォークをグサリと突き刺し、大口を開けて思い切りかぶりつく。


「……美味いか?」

「んふんふ(おいしいよー)」

「ああすまん。食ってる最中に話しかけた俺が悪かった。っていうか何を言っているのかがわからん」


 その後、次々に料理が運ばれてきて、一時間後――


「……嘘だろ、おい……あれだけの料理を、あっさりと完食しやがった……」


 食後のコーヒーを飲み終えた統哉が呆然と呟く。そして今、女性の口にギガンテックパフェ(かなり大きいパフェ。キャッチコピー・腹が破壊されてもまた食べたくなる)の最後の一口が消え、女性は満足そうに溜息をついた。


「ごちそうさまでしたっ!」


 明るい声と共に、柏手を打つように手をパンと叩く女性。それが、彼女の食事が終わった合図であった。




 午後一時を回った頃、二人はファミレスから出た。店を出るまで他の客や店員の視線がずっと二人に突き刺さっていた。女性の方はいつもの事なのかどこ吹く風という感じだったが、統哉としては凄まじく申し訳なかったり、穴があったら入りたい気持ちになったり、他人のふりをしたかったりと、様々な思いが渦巻いていた。


「ホント、よく食うもんだな……」


 呆れながら呟く。


「えへへ、ごめんね。でも、わざわざ付き合ってくれてありがとね!」

「どういたしまして」


 しばらく話しながら歩いていると、分かれ道にさしかかった。片方はオフィス街への道、もう片方は商店街に繋がる道だ。すると女性がオフィス街への道へ歩いていく。


「あ、そろそろあたしはここで!」

「ん、わかった。今日は色々と話せて楽しかったよ」

「うん、あたしも! また縁があったら会えたらいいね!」


 そして女性はオフィス街へ歩いていく。統哉も商店街への道に向かう。すると、その背に女性の大きな声が届いた。


「ねえ! 今日は本当に楽しかったよー! ありがとう!」


 統哉は振り返って手を振る。すると、さらに女性の声が響いた。


「そうだ! 君の名前はなんて言うのー!?」


 統哉は口元に手を当てて叫ぶ。


「統哉! 八神統哉だ!」

「統哉君かー! あたしの名前は――」


 その時、強風が吹いて周囲の音をかき消してしまった。統哉も思わず目を閉じ、腕で顔をかばう。

 やがて風が収まり、統哉は目を開けた。そこにはもう、誰もいなかった。


「……名前、聞きそびれちゃったな」


 頭を軽く掻きながらひとりごちる統哉。まあ、彼女の言う通り、縁があればまた会えるかもしれない。そう考えて統哉は商店街へと歩いていった。




 それから、家に帰った統哉が腹を空かしてダウンしていた駄天使達を発見し、慌てて彼女達に遅めの昼食を振る舞ったのはまた別の話である。

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