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Prologue:Part 01 流星の堕ちた地にて

 日本本土から南に少し離れた位置に存在する島、陽月島ようげつとう

 市街地から少し離れた所に位置する、閑静な住宅街の一角にある家。その窓から一人の青年が夜空を眺めていた。

 その青年はまだ少年の持つあどけなさが残る顔立ちに、寝癖で髪があちこち跳ねていたが、それとは対照的に表情はどこか冷めている所があった。

 青年の名前は八神統哉やがみとうや。この島にある大学に通う、大学三年生だ。


「はあ……世は事もなし、か……」


 家の二階にある自室から、満月と星が輝く夏の夜空を眺めていた統哉はひとりごちた。

 この日は本来大学が二ヶ月にわたる夏休みに入るよりも数日前。期末試験や課題を全て片付けた統哉は他の学生達よりも一足先に夏休みに入っていた。卒業に必要な単位の大半は二年間の内に取れるだけ取っておいた。おかげで、試験の数も少なくてすんだ。

 とはいえ、一足先に夏休みを迎えた彼は何をするという目標を決めてはいない。

 周りの学生達はアルバイトに明け暮れるか、就職活動に勤しむか、または思いっきり遊んで過ごすかに大別されていたが、統哉はそのいずれにも属していない。

 ただ普通に起きて、普通に生活し、そして普通に眠って明日を迎える。その繰り返しによって、統哉は夏休みを終えようと考えていた。

 ふと、外の通りに目をやる。

 外の通りはまだ明るい時間ににもかかわらず、ほとんどと言っていいほど人が歩いていない。一年ほど前からこの島で噂になっている、「神隠し」だとか「天使」の存在に恐れをなしているからだろう。現にこの島では、同じ時期に島民が行方不明になった、天使を見たという話が噂として伝わり始め、いつしか都市伝説として一人歩きしてしまった。

 もっとも、統哉は神隠しどころか、神そのものを信じてはいなかった。――「あの時」から。

 一瞬、「あの時」の事が統哉の頭をよぎった。


(思い出したくない過去だ)


 統哉は苦い過去を頭を振って振り払い、そろそろ寝ようと考えを切り替え、窓を閉めようとした時――

 統哉は空に光るものを見つけた。


「なんだ、あれ……?」


 思わず統哉は窓から身を乗り出して「それ」を見つめていた。

「それ」はまるで流星だった。流星は七色に輝く光に包まれ、尾を引きながら住宅街の裏山に真っ直ぐ向かっていく。統哉はそれを呆然と見つめていた。いや、見とれていたという方が正確だろう。統哉が我に返ったのは流星がそのまま裏山の頂上に音もなく墜落し、数分が経過した後だった。

 流星が墜落した事を見届け、我に返った統哉は、直後妙な胸騒ぎに襲われた。


「………………っ!?」


 無意識のうちにどうしようもなく胸が高鳴り、周囲の空気がゆっくりと全身を駆け抜けていくような、今まで感じた事がない不思議な感覚だった。


「……行ってみよう!」


 統哉は部屋の片隅にあった懐中電灯を掴むと、家の戸締りだけはきちんとして、裏山を目指して駆け出していった。

 何故だかはわからない。ただ、その場所に行かなければならないという、使命感に似たものが統哉を突き動かしていた。




 何かがおかしい。

 一人裏山へと続く道を走りながら統哉はそう感じていた。

 裏山へと向かう道中、統哉は人っ子一人とさえ出会わなかった。いくら「神隠し」や「天使」の都市伝説が蔓延っているとはいえ、この異常事態ならば、外に出てみたりしてもいいはずだ。

 ところが、先程から誰一人として外に出てくるどころか、家の窓を開ける気配すらない。いくら危険でも、外の様子を見るくらいはしてもいいはずだ。

 まるで、流星が裏山に落ちたという異常事態に全く気付いていないかのように辺りは静まり返っていた。

 それから数十分後、統哉は裏山の頂上に辿り着く事ができていた。

 登山道が整備されている事に加え、この裏山には子供の頃からよく登っていたため、登るのに不自由する事はなかったが、夜中にもかかわらず、その墜落したものから発せられているであろう光が辺りを明るく照らし、まるで昼間のような明るさだったため、統哉は苦もなく頂上まで辿り着いた。


「……なんだよ、あれ……」


 肩で息をしながら、統哉は目の前に広がる光景に呆然と呟いた。

 裏山の頂上には見晴らし台を兼ねた小さな休憩所があるのだが、それが跡形もなく破壊され、代わりに綺麗なすり鉢状の深いクレーターができていた。その深さは二メートルほどで、まるで超高熱で焼き尽くされたかのように、クレーターの範囲内は高熱で一度溶かされた後、凝固したかのように表面が黒く輝いていた。

 そしてその中心部には全長三メートル程の物体が鎮座していた。


「……あれは本当に、隕石なのか……?」


 目の前の物体は隕石とは程遠い外見をしていた。

 一言で言うならばそれは、七色に輝く蕾、もしくは卵。

 巨大な物体は水晶のような外見で、月明かりを受けて七色に輝いていた。


「こりゃ、近づかない方が身のためか……?」


 物体が放つ、あまりにも場違いな雰囲気と、それから来る得体の知れないもの――恐怖や不安に近いものだろうか――を本能的に感じ取ったのか、統哉が思わず踵を返した時だった。


「――――――っ!?」


 突然、背後に何者かの鋭い視線を感じた統哉は思わず飛び上がって後ろを振り返った。しかし、統哉の背後にはクレーターと、例の物体があるだけだ。

 しかし統哉は確かに何者かの視線を感じており、それはまるで刃物で突き刺すかのような鋭さをもっていた。そして、その視線は例の物体から放たれている気がしてならなかった。


(まさか……俺を呼んでいるのか?)


 さて、どうしたものか。俺はこのまま、あの物体に近づいてみるべきか?

 統哉の本能がすかさず警告する。近づいてはいけない。今ならまだ間に合う。すぐに回れ右をして引き返せ。

 統哉はしばらく考え込んでいたが、やがて、頭をぶんぶんと振って、本能の警告を振り払い、意を決して足を滑らさないよう慎重にクレーターを下り始めた。




 統哉は何度も足を滑らせそうになるのを堪えつつ、なんとかクレーターを下りきり、物体の周囲を目視で調べていた。もちろん最初は触ってみようという考えが頭をよぎったが、物体が醸し出す異様な雰囲気に、とてもじゃないが触ってみようという気はどこかへ行ってしまった。

 物体は穏やかな七色の光を放っており、相変わらず何者かから放たれている鋭い視線は物体からひしひしと統哉を捉えていた。


「わかった、わかったからそんなに睨まないでくれよ。な?」


 得体の知れない物体に対して話しかけるなんて馬鹿馬鹿しいと思いつつも、なだめるような口調で言い聞かせる。

 そのうち、物体を調べていた統哉の中で、思い切ってこの物体に触れてみようという好奇心が沸き上がった。


「……ちょっとだけなら、大丈夫……だよな?」


 触ってみなければどのような物体かは分かるはずがない。そうだ、これはあくまで調べるためなんだ。そう自分に言い聞かせ、統哉は物体へと手を伸ばしていく。

 ドクン、ドクンと心臓の鼓動が嫌に響く。掌が知らず知らずのうちに汗ばんでくるのがはっきりとわかる。

 触れてはいけない、関わってはいけない、今すぐ逃げろと、理性と本能が同時に警告する。しかし、統哉は手を止める事ができなかった。

 そして、統哉の手が物体に触れた瞬間、それは起きた。

 今まで沈黙していた物体に白いひびのような光が入り、それがみるみる内に物体全体へ広がっていく。

 次の瞬間、物体が強烈な閃光と衝撃を伴って弾け飛んだ。


「うわああっ!?」


 その衝撃で統哉の体は一気に数メートルもの距離を吹き飛ばされ、地面に強かに叩きつけられた。その衝撃に統哉は呼吸が一瞬止まったような思いがした。

 爆発の風圧で周囲の砂埃が竜巻のように巻き上げられ、統哉の視界を塞ぐ。


「ぐ……いつつ……な、なんなんだよ!? ちょっと触っただけなのに何が起きたんだよ!?」


 吹き飛ばされた痛みに呻きながらも身を起こした統哉が叫ぶ。次の瞬間、統哉はひっと息を飲んだ。

 統哉の視線の先、砂埃の向こう側で何かがゆっくりと起き上がり、こちらを向く気配がした。砂埃の向こうからでもはっきりとわかるほど爛々(らんらん)と輝く金色の光が二つ、統哉に向けられている。

 そして――


「ん~、よく寝た~! グッモーニーン!」


 やたらとハイテンションな、ソプラノボイスが響いた。




 直後、統哉の視界を覆い隠していた砂埃が突然の強風に吹き飛ばされる。統哉は慌てて腕で顔を庇い、砂埃を防いだ。やがて風が止み、視界が開けた。

 物体は跡形もなく砕け散っており、その代わりに立っていたのは、一人の美少女だった。ただし、超が付く程の美少女である、と言わねばならない。

 少女はスカートの裾が短い、ゴシック調というのだろうか、漆黒のドレスを纏っており、背中まで届く長い銀髪が月明かりを浴びて艶やかに輝き、夜風に吹かれて、緩やかになびいている。

 一方、頭頂部から伸びる二房の髪はぴょこんと触角のように飛び出ており、途中で緩やかなカーブを描いている。これが俗に言うアホ毛なのかと統哉は思った。

 日本人離れした端整な顔立ちに、歪みのない顔の輪郭。すっと通った鼻。小さく形の良い唇。

 身長は百五十センチ前後で、見た感じからは歳は統哉よりも年下に感じられた。ただ、漂わせている雰囲気は明るく軽快なもので、そして、とても大人びていた。


(……なんて……綺麗なんだ……)


 とにかく、その少女は美しかった。何もかも、現実感の希薄なこの状況で、統哉が思わず見とれてしまうほどに。

 何よりも目を奪われたのは少女の眼差しを辿った先にある長めの前髪から覗く、凛とした金色の光を宿す瞳。それはまるで天に輝く満月をそのまま瞳にしたかのようだ。

 きりり、と目尻が吊り上がった目つきが意志の強さを主張しており、口元が何やら不敵な笑みを浮かべている事がそれを引き立てていた。

 それはまさに、成熟した女性の美しさと少女の持つ可愛らしさがバランスよく混在している容貌だった。


「…………おー、早速第一町人発見ってやつかー?」


 しばらくぼんやりと辺りを見渡していた少女が統哉の姿を見るや否や口を開いた。


「しゃ、喋ったぁ!?」


 少女が喋った事に統哉は驚きを隠せなかった。それも、流暢な日本語だった事が拍車をかけた。


「なんだ、いきなり人を珍獣か何かみたいに扱って。誰も喋らないって言っていないだろう? お望みならば後でいくらでも喋ってやるよ、第一町人さん」


 少女は手をひらひらとさせながら笑みを浮かべた。


「……えーと、俺の事をずっと見ていたのは、お前なのか?」


 軽く息を整え、統哉が尋ねた。


「ああ。身体は眠っていたが意識は覚醒していたからな。しばらくの間、これからどうしようかと考えていたところに、ここへと近付く物好きな君の気配を感じた私は暇潰しに君を注視してみる事にした訳だ。で、身体の方も覚醒する準備ができたからいっちょ派手に爆現してみたのさ。なかなかサービス精神旺盛だろう?」

「自分で言うな自分で。ところで……」


 一呼吸おき、統哉は尋ねた。


「……お前は、一体何者なんだ?」


 その質問に少女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、ふふんと鼻を鳴らし、大きく息を吸い込み、腰に両手を当てて胸を張った。


「よく聞くがいい! 私は――――」


「悪魔で、天使だ!」


 二人の間になんともいえない沈黙が流れた。少女は自信たっぷりと言わんばかりに思いきり胸を張ったままだし、統哉は開いた口がふさがらない状態だ。


(……何これ? 笑う所なのか? それともそういう設定なのか?)


 口をあんぐりと開けたままの統哉に、少女が頬を膨らませて抗議する。


「あ! さては君、信じてないな!?」

「いや、いきなりそう言われても――」


 ざわっ――。

 その時、奇妙な感覚が二人を襲った。同時に空気が震え、異様な気配が辺りに満ちていく。


「な、なんだ!?」


 統哉が周囲を見渡す。


「……ふむ、招かれざる客、か」


 少女の表情とまとっている雰囲気が先程の穏やかなものからうってかわって、険しいものに変わった。


「……しかし妙だな、事前に施しておいた迷彩結界は完璧に機能していたはず……いや、それ以前にどうして、『奴ら』がこの世界にいるんだ? いやいや、それにどうして彼がこれの存在に気付き、ここに来る事ができたんだ……?」

「お、おい、何が起きているんだよ!?」


 顎に手を当て、ぶつぶつと何かを呟きながら考え込んでいる少女に、統哉が慌てふためきながらまくしたてる。

 と、その時、空が輝き、幾筋もの神々しい光が辺りに差し込んできた。それは夜の闇を昼間と同じ明るさに塗り替えてしまうほどの強烈さだった。


「……なんだよ、あれ……!?」


 あまりの眩しさに統哉が腕で目を庇いながら呟く。


「祝福の光と共に天から降臨し、神の命を愚直なまでに遂行する御使い――天使さ」


 少女が空を見上げながら、芝居がかった言い回しで答える。


「天使――だって!?」


 どういう事だ、と尋ねようとした統哉は空を見上げるや否や、言葉を失い、腰を抜かした。

 空を見上げた統哉の視線の先には、背中から翼を生やした人影が五体、こちらに舞い降りてくる姿があった。


「な、なんだよあいつら! お、おい、どうするんだよ!? あいつら、こっちに来るぞ!?」


 統哉の言葉通り、人影――天使達はスピードを上げ、こちらめがけて突き進んでくる。

 一方、少女はなんて事ないかのように、自然体で立っているままだ。


「おい、聞いているのかよ!? 早く逃げ――」

「大丈夫だ」


 慌てふためく統哉の言葉を、少女は姉が弟にするようにその口元に人差し指を添えて遮る。その仕草に、統哉は思わず、胸が高鳴ってしまうのを感じた。


「私はこういった荒事には慣れている。それに、君とここで会ったのも何かの縁かもしれないしな。だから――」


 一旦言葉を切って、少女は宣言した。


「君は私が守ろう」


 少女は微笑みを浮かべ、天使達が舞い降りてくる真夏の夜空を見据えた。

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